蒼の箱庭

葎月壱人

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第三章

前哨戦

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真白達が放送で呼び出される少し前から、“朱の大会”会場は異様な熱気で満ちていた。
体育館よりも広い空間で盛大に開かれる立食パーティー、その前方にあるステージ上では何か催しでもやっているのか異様な人だかりができていた。
手筈通りに盛り上がっている場所へ颯爽と向かう白椿に気づいた何人かが徐々に輪を崩し道が開かれる。
スポットライトで照らされた先には、ステージで注目を集めている二人の人物がいた。

一人は桃色の髪を半分以上、血に染め両腕を後ろ手で縛られ身体には重そうな鎖が胴体の辺りからぐるぐる巻にされている白椿の双子の片割れ、姫椿。
服は無惨むざんにも切り刻まれた跡があり、露出している白い肌は幾重も赤い線が走り血が滲んでいた。
両膝をついて力なく項垂れる頭からは血が滴り落ちているが、大きく肩で息をしている辺りまだ意識はあるみたいだ。
もう一人は、そんな姫椿と相対する形で錆色の大鎌を肩に担いだ赤髪の青年。
王李は怪我一つなく神妙な面持ちで姫椿を見下ろしている。

「……えーん。まだ決着つかないのぉ?」

わざと泣き真似をしながらステージに上がる白椿に気づいた姫椿は、重い頭を上げ口の中に溜まった血液の唾を吐き捨てた。

迂闊だった。
王李の部屋を出た途端、奇襲に遭うだなんて……




「やだぁ、夜這い?」

屈強な男達に背後から羽交い締めにされた姫椿の前に現れたのは、白椿だった。
驚きを隠せない表情をしている姫椿の顎を指で押し上げ、容赦なく平手打ちする。

「コソコソ、コソコソと鼠が嗅ぎ回ってるみたいだから駆除しに来ましたぁ」

楽しそうに笑う顔を見ながら、姫椿は心の中で毒づいた。
駆除するなら部屋の中にいる奴にしろ!こっちは貞操の危機だ!!と叫びたいのを唇を噛んで押し殺す。
そんな姫椿を見て屈辱に耐えてると勘違いしたまま、おもむろに姫椿の服を弄って薬袋を引っ張り出した。

「臭う、臭うのよねぇ……あらぁ、何かしら?」
「っ!!」
「ふーん?貴女にお薬に詳しいお友達が居たなんて驚きぃ」

あ、やば。綾瀬に渡し忘れた薬だ!
無遠慮に中身を取り出して粉薬の個包装を観察する白椿の背後で、王李の部屋の扉が開いた。
外の騒ぎを聞きつけたのだろう訝しげに周囲を警戒する王李が此方を見て声を上げる。

「お前、何して……!?」
「やーーーん!ごめんねぇ、王李くん。煩くて起きちゃったよねぇ?」

あからさまに驚いてみせた声に反応して面白いくらいに硬直し足を止めた王李の気配を感じながら、白椿は姫椿から取り上げた個包装を自分の谷間に押し込めると、似た様な個包装の薬を取り出して振り返った。

「王李くん、具合が悪かったのかしら?あと数時間したら“朱の大会”が始まるんだから、体調は万全にして欲しいな。だからほら、お薬。ちゃんと飲まなきゃ……ね?」

王李の胸に押しやる様にして渡す個包装の薬と処方箋の袋を勢いそのまま受け取った王李は袋に見慣れた人の筆跡を見つけ、少しだけ警戒を解いた。

(騙されるなっ!!)

そう叫びたくても王李に見えない様に手際よく薬品を染み込ませたハンカチで口と鼻を塞がれてしまった姫椿は静かに気を失い、疑心暗鬼になっている王李が此方に視線を向けた事に気づけなかった。
王李も王李で、先程の出来事が尾を引いてると考え、姫椿が薬を届けに来たと言い、この場をやり過ごそうとしているのだと結論づけた。

「それじゃ、また後ほど!この子はちゃんと送り届けるから安心してね?」

それだけ言うと、あっさりと身を翻してみせた白椿に王李は完全に騙された。

「ありがとう、ございます」

ぎこちない礼に手を挙げて答えながら、近くの護衛に耳打ちする。
王李が倒れたら連れてくる様に、と。
そして……程なくして室内で倒れた王李もあっさり捕らえられのだった。





唾を吐き捨てられ、忌々しそうに顔を歪める白椿は、か弱い素振りを見せながら王李の背後に隠れた。

「やだぁ、こわーい。ねぇ、綾瀬?早くアレを殺してくれない?」

綾瀬と呼ばれても無表情のまま微動だにしないその頬を人差し指で軽く突いても反応は無い。
小首を傾げ、ステージ上に立ち込める白い煙の匂いを嗅ぐと仄かに香る薔薇の匂いは確かに綾瀬の為に調合したお香だ。
量を間違えたかしら?もしかしたら香りだけでは効果が薄いのかもしれない。
ならば直接、体内に注入した方が良さそうと結論づけて白椿は手を叩きステージを見守る観客達の視線を集めた。

「みなさーん!?“朱の大会”前哨戦、楽しんでますかぁ?」

おおお、と野太い歓声に満面の笑みで両手を広げると、スポットライトが白椿に集中した。
スパンコールを散りばめた赤いマーメイドラインの煌びやかなドレスを身に纏い腰まで伸ばしたピンク色の髪は晴れ舞台である“朱の大会”に合わせて緩く巻かれている。
主催者として場を盛り上げるべく来賓客に対して恭しく一礼をした後、黒子から渡された金のマイクで話し始めた。

「では此処で少しだけ昔語りを。ここにいる彼は、ずっと昔に魔女によって引き離された私の最愛の人です。彼は、私に会う為に学生として身分を偽り、この学園へ入学してきました。そしてこの女……」

バツン、とライトの明かりが姫椿へと移った。

「巷では、零落の魔女と呼ばれている私の双子の片割れ。私から愛する人を奪っていった張本人!!私は長い間、ずっとずーーーーっと彼を探してきました。そんな私を嘲笑う様に、この魔女は“天狼”を隠れ蓑として彼を隠していたのです。でも私達の愛は今日、魔女に勝利する……だって、私達の愛は、無敵だからっ!!」

わぁっと湧き上がる歓声は、会場全体を大きく震わせた。
断罪を、処刑をと糾弾する声に感極まって涙を流す白椿に対し、益々同情の声が寄せられていく。

「……はぁ」

何だ、この茶番。ド定番過ぎて最高かよ。
おもむろに姫椿が立ち上がると会場にいる誰もが息を呑んだ。
年端も行かない幼女が、みるみる妖艶な女性へと身体つきを変化させ、身じろぎしないまま拘束具を砕いてみせたのだ。
自由になった両手を広げて王李と白椿を誘ってみせる。
せっかくだし零落の魔女として仰々しく、口調もそれっぽくして少し脚色してやろうか。

「いいよ、やってごらん?」

本来の姿に戻った姫椿を前にして、この時ようやく王李の瞳が揺れ動いた。
雲掛かっていた意識が鮮明になって、また操られていた事を苦々しく思いながらも久しぶりに見る姫椿本来の姿から目が離せない。
相変わらず綺麗だった。
サイズが合わなくなった服が窮屈そうに身体に食い込んでいるが、それすらも艶っぽさを増す演出に見える。
綺羅を正気に戻す為に切り捨てた短い髪にすっぽり収まってしまう色白の小顔も、強気に微笑む唇も、その全てが王李を……綾瀬を虜にするのだ。

「……出来ない」

自然と口から出た声も聞こえている筈なのに、姫椿は大袈裟に耳に手を当てる仕草をしてまで聞き返してきた。

「ん?」
「っ!!で、出来るかよっ!!くそっ!!」
「ははっ」

軽快に笑われたにも関わらず、反応してくれた事が嬉しくて頬だけでなく耳まで真っ赤にする王李を見た白椿の表情はみるみる険しくなった。

「ど、どうしたの。綾瀬?貴方、そんなんじゃなかった……もっとお人形さんみたいで……何?何をしたのよ!!!」

怒りの矛先はすぐに姫椿へと向けられた。

「何も?」
「嘘おっしゃい!!返してよ……!私の、綾瀬を!!!」
「返すも何も、彼はもう自由よ」

「「え?」」

ついに名前すら呼ばれなくなった事に心が冷えていく王李と、欲しい物を取り合うでもなく呆気なく譲られた事に驚く白椿の声が綺麗に重なったのが面白い。
姫椿は口元に手を当てて淑やかに笑いながら、はっきりと告げた。

「何のためにここまで来たと思ってるの?昔、私が彼に掛けた術のせいで二人の仲を引き裂いてしまったでしょう?私、申し訳なくて。長い時間をかけてようやく術を解いたの。だから今の彼はもう自由。私のものでもなんでもないから誤解しないで」
「姫椿……?嘘だろ?」

動揺を隠せず大鎌を落とした王李に、姫椿は微笑むだけだった。
にこやかに拒絶され、みるみる顔面蒼白になっていく王李を見ながら白椿が吼えた。

「はっ。何をごちゃごちゃと!この場において、あんたに決定権はないの。ここで死ぬか……そうね、お客様に媚びて買われなさいよ!!」

一気にどよめく会場の反応を見て、白椿は名案だと言わんばかりに手を叩いた。

「決めた!決めたわ!零落の魔女の即売会、素敵でしょう?追加商品も到着したみたいだし……皆様、大変お待たせしました!!“朱の大会”を盛大に始めましょう!!」

白椿が後方の扉を指差すと、恐る恐る扉を開けて中の様子を伺う真白が見えた。
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