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第三章
最悪の遭遇
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あの日も普段通りに学園を抜け出して、軽く周辺を散策して帰ってくるつもりでいた。
退屈な授業、規則正しい生活、集団行動、息苦しく思うものから解放される一人の時間は全てが自由で、ささやかな息抜きと誰もやった事がないスリルと冒険心がいつも綺羅を夢中にさせて、規則を破る罪悪感もこの頃には殆ど感じていなかった。
学園を囲んでいる壁の一部に一人だけ通れる穴を見つけてからは更に行動範囲を広げ、仮病を使って数日かけて林檎の国が陸の孤島である事を確認したり、ある時は壁に登って上から全体を確認したりもした。
そこで発見した事、見た事を真白に聞いてもらうのも楽しみの一つなのだが、学園以外の場所に人が生活している痕跡もなければ動物もあまり生息していないので毎回景色の話になってしまうけど、それでも楽しそうに聞いてくれるのが嬉しくて散策を止める事はしない。
秘密を共有している真白は止める様な事は言わず、いつ行くの?と逆に外に出る事を勧めてくる位に好奇心に満ちていた。
本当は二人で抜け出してみたいけど、危険が増すので誘いはしない。
真白もそれを理解してくれているので有り難かった。
だから偶然、学園の正門付近で立ち話をしている二人組を発見した時は、歓喜に震えたのを覚えている。
純粋な好奇心から、二人の会話が盗み聞こえる距離まで移動して茂みに身を隠し様子を伺う事にしたのが……今にして思えば、運の尽きだったのだろう。
「へぇー……ここが、そうなのねぇー」
大きな旅行鞄を山積みにし学園の正門を見上げるピンク色の髪を風になびかせる女性と、無表情で立ち尽くす白髪の青年。
明らかに学園の人間ではない二人の会話は不穏なもので耳を疑った。
「よーし!!じゃんじゃん出荷してお金儲けするぞー!!」
「……声が大きい」
「ちょっと!はーくん?ここで気合いを入れとかないでどうするの?」
「わかってる」
「本当にぃ?私達にはお金が必要なの。大金よ?研究の為でもあるし、はーくんの薬代だって馬鹿にならないんだからね?」
学園の入り口、黒光りしている鉄製の巨大な門の前に立ち、背後に控える青年に話しかける声は益々ヒートアップしていった。
「はーくんは生徒に紛れて粋のいい子を何人か見繕って頂戴。私は学園長としてこの学園を大々的に世界に告知する。沢山のお金持ちを呼んでぇ、実演式の競売会なんてどう?素敵でしょう?うふふっ」
綺羅は本能的に身の危険を感じ、その場を離れようとした時だった。
それまで黙って立ち尽くしていた青年が此方を見たのだ。
身体の体温が一気に下がっていくのを感じて硬直する。
しかし青年はそのまま何事も無かったかの様に、意気揚々と語っている女性が落ち着くのを待っていた。
あれ?気のせい?
そう安易に考えて安堵してしまったのがいけなかった。
「それにしても、この城壁は駄目ね。管理が行き届いてないわ。これじゃ私の商品が逃げちゃうと思わない?今みたく……ねぇ?」
ビクリと身体が震えた。
女と目が合っただけではなく、話し掛けられたのだ。
もう駄目だと悟り、綺羅は恐る恐る茂みから姿を現すと、女は嬉々として手を叩き出迎えた。
「まぁ!好青年!素敵っ!!」
「あの……貴方達は一体?」
問いかけを無視して綺羅の周りをくるくる回りながらはしゃぐ白椿と黙ったままの白馬を見るが、こちらも目を逸らされ無視された。
「でも残念……今の話聞かれちゃったわよね。生かしておけないわ」
谷間から真っ赤なタブレットを取り出す姿に、身の危険を感じて後退る。
青年は見て見ぬ振りをしているから、逃げるなら今だ。
恐怖で身体が動かなくなる前に、綺羅は走り出した。
ここから離れなきゃいけない、突き動かす気持ちはそれだけだった。
「あっ!!」
逃げる綺羅に気づくのが数秒遅れた白椿の声が聞こえる。
しかし追いかけてくる気配はなく、白馬も動く様子が全く無かった。
いける、そう確信して全力で振り切ろうとした時だった。
「えっ?」
自分の口から漏れた声に驚愕した。
地面を蹴っていた筈の足が空を蹴り、地面にのめり込む様に倒れた。
全身の血液が沸騰しているかの様に熱い。
「いい加減、その胡散臭い粉を振りまくのやめろ」
「あらやだ!即効性の痺れ粉よ?効果的面!さてさて。何が出るかな?何が出るかなぁ??はい、あーん?」
髪を鷲掴みにされ、手に持っていた赤いタブレットから取り出した錠剤を口の中に一粒、放り込まれると下顎を強制的に閉じられ喉仏が上下したのを見届けてから離される。
綺羅は直後から激しい頭痛に掻き回されている感覚に全身を襲われ動けなくなったのを最後に、ブツンと意識が途切れて気を失った。
再び意識を取り戻した時に聞こえた白椿の残念がる声は、耳障りな程よく聞こえた。
「本当はもっと可愛いのにしたかったのに……」
何を分からない事を言ってるんだ、そう思っても声が出ない。
代わりに出たのは獣の様な、ブルルっと震える鼻息だった。
手を動かした筈なのに、前脚が地面を蹴る。
……前脚?
「まぁ、馬も使い勝手があるからいいわよね!想像してみてよ、はーくん!さっきの可愛い子に跨がるなんてゾクゾクしちゃう!!」
変態極まりない発言すら最早、綺羅には届いて無かった。
馬?馬ってなんだ。
混乱のあまり暴れだした綺羅の四肢に触れて落ち着かせようと試みた白椿を振り被ると、短い悲鳴と共に尻もちをついた。
それを介抱する白馬が視界に入った途端、心は決まった。
とにかく、逃げよう。
綺羅は意識をそれだけに集中させて、がむしゃらに走った。
「あーーーーん!!!」
悔しそうに嘆く白椿の声を聞きながら、振り向く余裕すらなく綺羅は学園から逃げ出した。
退屈な授業、規則正しい生活、集団行動、息苦しく思うものから解放される一人の時間は全てが自由で、ささやかな息抜きと誰もやった事がないスリルと冒険心がいつも綺羅を夢中にさせて、規則を破る罪悪感もこの頃には殆ど感じていなかった。
学園を囲んでいる壁の一部に一人だけ通れる穴を見つけてからは更に行動範囲を広げ、仮病を使って数日かけて林檎の国が陸の孤島である事を確認したり、ある時は壁に登って上から全体を確認したりもした。
そこで発見した事、見た事を真白に聞いてもらうのも楽しみの一つなのだが、学園以外の場所に人が生活している痕跡もなければ動物もあまり生息していないので毎回景色の話になってしまうけど、それでも楽しそうに聞いてくれるのが嬉しくて散策を止める事はしない。
秘密を共有している真白は止める様な事は言わず、いつ行くの?と逆に外に出る事を勧めてくる位に好奇心に満ちていた。
本当は二人で抜け出してみたいけど、危険が増すので誘いはしない。
真白もそれを理解してくれているので有り難かった。
だから偶然、学園の正門付近で立ち話をしている二人組を発見した時は、歓喜に震えたのを覚えている。
純粋な好奇心から、二人の会話が盗み聞こえる距離まで移動して茂みに身を隠し様子を伺う事にしたのが……今にして思えば、運の尽きだったのだろう。
「へぇー……ここが、そうなのねぇー」
大きな旅行鞄を山積みにし学園の正門を見上げるピンク色の髪を風になびかせる女性と、無表情で立ち尽くす白髪の青年。
明らかに学園の人間ではない二人の会話は不穏なもので耳を疑った。
「よーし!!じゃんじゃん出荷してお金儲けするぞー!!」
「……声が大きい」
「ちょっと!はーくん?ここで気合いを入れとかないでどうするの?」
「わかってる」
「本当にぃ?私達にはお金が必要なの。大金よ?研究の為でもあるし、はーくんの薬代だって馬鹿にならないんだからね?」
学園の入り口、黒光りしている鉄製の巨大な門の前に立ち、背後に控える青年に話しかける声は益々ヒートアップしていった。
「はーくんは生徒に紛れて粋のいい子を何人か見繕って頂戴。私は学園長としてこの学園を大々的に世界に告知する。沢山のお金持ちを呼んでぇ、実演式の競売会なんてどう?素敵でしょう?うふふっ」
綺羅は本能的に身の危険を感じ、その場を離れようとした時だった。
それまで黙って立ち尽くしていた青年が此方を見たのだ。
身体の体温が一気に下がっていくのを感じて硬直する。
しかし青年はそのまま何事も無かったかの様に、意気揚々と語っている女性が落ち着くのを待っていた。
あれ?気のせい?
そう安易に考えて安堵してしまったのがいけなかった。
「それにしても、この城壁は駄目ね。管理が行き届いてないわ。これじゃ私の商品が逃げちゃうと思わない?今みたく……ねぇ?」
ビクリと身体が震えた。
女と目が合っただけではなく、話し掛けられたのだ。
もう駄目だと悟り、綺羅は恐る恐る茂みから姿を現すと、女は嬉々として手を叩き出迎えた。
「まぁ!好青年!素敵っ!!」
「あの……貴方達は一体?」
問いかけを無視して綺羅の周りをくるくる回りながらはしゃぐ白椿と黙ったままの白馬を見るが、こちらも目を逸らされ無視された。
「でも残念……今の話聞かれちゃったわよね。生かしておけないわ」
谷間から真っ赤なタブレットを取り出す姿に、身の危険を感じて後退る。
青年は見て見ぬ振りをしているから、逃げるなら今だ。
恐怖で身体が動かなくなる前に、綺羅は走り出した。
ここから離れなきゃいけない、突き動かす気持ちはそれだけだった。
「あっ!!」
逃げる綺羅に気づくのが数秒遅れた白椿の声が聞こえる。
しかし追いかけてくる気配はなく、白馬も動く様子が全く無かった。
いける、そう確信して全力で振り切ろうとした時だった。
「えっ?」
自分の口から漏れた声に驚愕した。
地面を蹴っていた筈の足が空を蹴り、地面にのめり込む様に倒れた。
全身の血液が沸騰しているかの様に熱い。
「いい加減、その胡散臭い粉を振りまくのやめろ」
「あらやだ!即効性の痺れ粉よ?効果的面!さてさて。何が出るかな?何が出るかなぁ??はい、あーん?」
髪を鷲掴みにされ、手に持っていた赤いタブレットから取り出した錠剤を口の中に一粒、放り込まれると下顎を強制的に閉じられ喉仏が上下したのを見届けてから離される。
綺羅は直後から激しい頭痛に掻き回されている感覚に全身を襲われ動けなくなったのを最後に、ブツンと意識が途切れて気を失った。
再び意識を取り戻した時に聞こえた白椿の残念がる声は、耳障りな程よく聞こえた。
「本当はもっと可愛いのにしたかったのに……」
何を分からない事を言ってるんだ、そう思っても声が出ない。
代わりに出たのは獣の様な、ブルルっと震える鼻息だった。
手を動かした筈なのに、前脚が地面を蹴る。
……前脚?
「まぁ、馬も使い勝手があるからいいわよね!想像してみてよ、はーくん!さっきの可愛い子に跨がるなんてゾクゾクしちゃう!!」
変態極まりない発言すら最早、綺羅には届いて無かった。
馬?馬ってなんだ。
混乱のあまり暴れだした綺羅の四肢に触れて落ち着かせようと試みた白椿を振り被ると、短い悲鳴と共に尻もちをついた。
それを介抱する白馬が視界に入った途端、心は決まった。
とにかく、逃げよう。
綺羅は意識をそれだけに集中させて、がむしゃらに走った。
「あーーーーん!!!」
悔しそうに嘆く白椿の声を聞きながら、振り向く余裕すらなく綺羅は学園から逃げ出した。
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