蒼の箱庭

葎月壱人

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カーテンコール

兎【真白×白馬】

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「シー、怒らないで?」

黒のボサボサ頭、伸びたまま放置されている鬱陶しい前髪に埋もれている瓶底眼鏡の奥の瞳は細く、此方を馬鹿にしている様にも見受けられる。
薄ら笑いを浮かべる口元は、場を和ませようとしているのか申し訳なさを欠片も感じない。
普段は気にならないのにレージが着ている返り血に染まったまま一度たりとも洗濯していない白衣すら今は不快だった。
それくらいレージという人間そのものが許せなくなりそうなのだ。

「だからね、悪気があった訳ではないんだよ?ちょっとした探究心と純粋に実験体が沢山欲しいなーって思った結果が今な訳で」

必死に取り繕うレージに向けられる視線の冷たさは変わらない。
軽蔑という言葉がしっくりくる不穏な空気の中で、何故皆が憤慨しているのかイマイチ理解できてない天狼専属医師レージの発言は火に油を注ぐどころの騒ぎではなく、そろそろ命が脅かされつつあった。
最後の砦として皆の殺気を背後で受け止めながら、中立的な立場から冷静に話を聞いていたイミューノディフィシェンシーの額にすら青筋が立っている。

「春だし、うさぎかなぁーって」

春麗らかな季節ならまだしも、季節は既に夏の入り口に片足を突っ込んでいた。
面倒を巻き起こし仕事のペース配分を乱され収拾がつかなくなっている心を色で現すに相応しい灰色の、どんよりとした曇り空を眺め溜息をつく。

「……もうすぐ梅雨が来ますが?」
「あっ!そしたら次はカエルだねぇ」

呑気な返答に頭を抱えるイミューノディフィシェンシーの背後から、真っ白なウサギを腕に抱いた綾瀬が叫んだ。

「コイツ!!絶対、懲りてない!!懲りてないぞ!!」

綾瀬の指摘に、片頭痛がするのを気のせいだとかぶりを振ってイミューノディフィシェンシーは争いが起こる前に静止の意を込めて手を叩いた。

「はぁ。いいですか?レージ。人間の前に動物実験をする事に異議を唱える気はありません。しかし、この場合……モルモットとかハツカネズミとかあったでしょう?」
「えー、ネズミは可愛くない」
「ふむ。なら、仕方ないか」
「あれ?!イミューノ疲れてる!?疲れてるよね?!同意しちゃ駄目じゃん!!やい!この藪医者っ!!どうせやるなら、本物の兎じゃなくてバニーちゃんだろーが!!このバっ!!あ、い、痛っ!!すみません、冗談……いだだだ!」
「あー、、もう。一生やってろ」
「綺羅!!お前、酷いぞっ!!」

抱いている兎に腕を齧られてる綾瀬を押し退け、事の次第を見守っていた綺羅はレージに微笑んだ。
その笑顔には“御託はいいから……戻せ?”と暗に語るドス黒い圧があるものの、レージには通用せずヘラっと笑われるだけで終わってしまった。

「えっ。黒綺羅、怖っ」

わざとらしく怖がる綾瀬を無視したまま、綺羅は作戦を変えてレージに改めて事の惨状を確認してもらうべく部屋に溢れかえっている白い塊……兎の集団を指差した。

「で?どうするんですか、この兎っ!!しかも断りもなく真白と姫椿姐さんまで巻き添えにして!!」
「だってさぁ、姫椿の変幻能力を薬に出来たら色々便利だって事に気づいたんだよ。そしたら次は……ね?やっちゃうよね。差し入れのお菓子にちょっと試験薬を盛っただけだもん」
「ダメでしょっ!!だから藪医者って言われるんだよ!!」
「えー?二人は時間が経てば勝手に戻るのに。で、どうせやるなら本物の兎も混ぜて二人はどれでしょう?ってイベントにしようって閃いたのさ。ほらほら、早く真白ちゃんと姫椿を探しておやり?例え姿が変わろうとも相手を見つけられたら……それはもう愛だよね!?ね、綾瀬?」

レージからの意味深な問い掛けに綾瀬は少しだけムッとした顔つきになった。

「ふん!俺は絶対、間違えない」
「……いや、疑った方がいいと思う」

思わぬ横槍を入れてきたのは綺羅だった。
イミューノディフィシェンシーですら綾瀬が抱いている白兎を胡散臭そうに見ており、耐えられなくなった綾瀬は二人の視線から兎を庇う様にして声を荒らげた。

「大丈夫だって!」
「うん、あの……凄い自信あるみたいだけど絶対それじゃないって事だけは断言する」
「私も一度疑うべきだと思いますよ、綾瀬。ベッドに居ただけの兎を姫椿と決めるのは早計かと」
「な、なんでだよ!?俺の姫椿に対する気持ちを疑うのか?絶対、絶っ対この子だもん!!」
「はいはい……わかったよ、もうそれで良いよ。問題は真白だよ……おかしいな、気配すらしないんだけど?」

今だに馬になる症状に悩まされている綺羅だからこその動物的な勘というか、固有の匂いを嗅ぎ分ける能力を身につけてしまったと言うべきか。
首を傾げる綺羅にレージは誇らしげに両手を広げて宣言した。

「ふふっ!よく気がついたね、綺羅。この部屋じゃ窮屈だと思って、僕はさっき扉という扉を全て開け放ったよ!!」

「「この、馬鹿ーーーーーっっ!!!!!」」

綺羅とイミューノディフィシェンシーの声が見事に重なるのを合図に声に、もそもそ動く可愛い塊達が更に四方八方へと散っていった。







どうしてこうなったの!?
混乱する頭を整理しようにも、上手く出来なくて考える事を放棄した。
今すべき事は逃げる事だ。
ぺった、ぺったと我ながら軽快なリズムで飛び跳ねる事が出来ている。
後ろ脚で地を蹴り、前脚で着地後直ぐに後ろ脚を前に持ってきて再び跳ねる動作を繰り返すだけ……よし!行ける!!

“それで逃げてるつもりか?”

脚の運び方に集中していたせいで、追っ手の存在を失念していた。

(しつこいっ!!)

叫びたくても叫べない。
油断すれば直ぐに襲われてしまう貞操の危機を感じていた。
人間の時ですら感じた事のない、じっと舐め回す様な視線を向け続けてくる大柄の茶色い兎。
本能が警鐘を鳴らし、ジリジリ間合いを詰められ窮地だった時に突如開かれた窓から、決死の覚悟で外に飛び出したのがついさっきの話だ。
幸いな事に一階の窓から脱出したので怪我なく逃亡を続けられているが相手は野生の兎。
安堵したのも束の間、直ぐに追いつかれてしまった。
だって足音からして違うのだ。力強く獲物を狙い続ける執念は凄まじく、真白の脚がもつれた所を見逃す事なく横から体当たりして転ばせてくる荒技。
これに受け身すら取れず地に伏せ、万策尽きた真白に覆い被さろうとしてくる。
もう駄目だと絶望に染まる瞬間、自分の身体が宙に浮くのを感じ、瞳を瞬かせた。

(何!?なに!?)

「そこまで」

聴き慣れた声に視線を向けると、何かの実験中だったのか白衣を身に纏った白髪の青年、白馬が精密機械のついた重そうな眼鏡を外した所だった。

(白馬っ!?わぁぁぁぁ、白馬っ!!!)

ジタバタする兎が逃げない様に片腕で支えつつ抱き納めた白馬は、自分を警戒している茶色の兎にも手を差し伸べた。

「お前達、脱走してきた兎だな?ほら、帰るぞ」

(だ、ダメダメだめっ!!呼んじゃだめっ!!やーだぁぁぁあ!!!)

悲痛な叫びも虚しく茶色の兎もあっけなくお縄について、真白と一緒に抱き抱えられた。
大人しくなった茶色の兎を最大限に警戒しつつ、怒りの収め方が分からない真白は白馬の腕に噛みつくものの盛大な勘違いをされただけで効果はない。

「なんだ?お腹、空いてるのか?」

(怒ってるのよ!!)

「あれ?お前、怪我してる」

(え?怪我?)

何よ、何なのよと兎になった自分の身体を動かしてみてすぐに気がついた。
片脚がぷらんぷらんと真白の意思関係なく揺れているではないか。
これは脱臼したのだと理解した時には恐ろしさから血の気が一気に引き、怒りのあまり気がつかなった激痛に苛まれて真白は簡単に意識を手放した。

「失礼します」

医務室に来たものの、お騒がせ医師と助手は不在だった。
事態の収拾に奔走しているのだろうと見当をつけ無造作に置かれた空のゲージを一つ取り出し茶色の兎を入れる。

ガシャ、ガシャ

白馬はゲージに体当たりする茶色の兎を見ながら腕の中で眠る白兎の頭を優しく撫でた。

「駄目だよ?この子は、だめ」

眠っているのにくすぐったいのかヒクヒク動く鼻先を指で触ると器用に顔を前脚の間に埋めてしまった。
安心しきっている様子に苦笑しつつ、綺羅から伝令が飛んできた時は何事かと思ったが……こうして無事に見つける事ができて良かったと思う。
怪我している所は、本職の奴らが戻ってきたら診察してもらう事として一通り処置を終わらせた白馬は、兎を抱えたまま空いているベッドに横たわった。
何だかどっと疲れてしまった。
胸元で丸くなって眠る兎が落ちない様に気をつけながら、少しだけと自分に言い訳をして白馬は目を閉じた。

「ん……」

規則正しい心音が耳に心地良く響く。
真白は、もっと眠っていたいのに覚醒し始めている自分を恨めしく思いながら、何だかほんのり暖かくて抱き心地の良い抱き枕から離れがたくて顔をぐりぐり押しつけた。
ふと、抱き枕が緩く上下している感じがして重い瞼を開けると真っ先に視界に飛び込んできた寝息を立てて眠る無防備な白馬の顔。
至近距離で観察して、あ、まつ毛長いんだぁと呑気な感想を浮かべながら、何かおかしいと急速に状況把握しようと動く脳の結果、真白は白馬の上から飛び起きた。

「ご、ごめん!?白馬っ!!ごめっ……!???」

混乱する真白をぼんやりとした瞳で見つめたまま白馬は真白の腕を引いて、再び胸元に閉じ込める。

「もう少し、このままで」

えぇぇぇ、という小さな悲鳴に微笑みながら逃げられない様に抱き締めると観念したのか真白の身体から力が抜けていくのが分かる。
しかし、そのまま眠りについてしまおうとした白馬の目論見も虚しく真白は元気いっぱいだった。

「私、もう兎じゃないけど重くない?」
「……平気」
「あっ。そうだ!助けてくれて、ありがとう。よく私って分かったね?」

なんで?と見上げてくる真白に、眠る事を諦めて答えた。

「俺は、真白がどんな姿になっても見失わないよ」

面食らって黙る真白に微笑むと、顔を真っ赤にして目を逸らされてしまった。

「……き」
「き?」
「強烈っっ!!」
「何だよ、それ」

意味わかんねーと笑う白馬に真白はムキになって言い返した。

「私だって白馬の事、見失わないんだから!!」
「どうかな。真白は綾瀬と同じ感じがするけど」
「……間違えそうって言いたいのね?」
「ご明察」
「むうぅぅ」

少しだけ悔しくて白馬の胸元に頭を乗せたまま、唸る。

「あっ!分かった!あの眼鏡でしょ?!あれで探してたのね?」

白馬が見つけてくれた時にかけていた眼鏡の存在を思い出して、おもむろに白馬の白衣のポケットと探るなり、じゃーんと見せながら誇らしげに笑う真白に正解を濁した。

「さぁ、どうでしょう」
「ねぇねぇ、ちょっと眼鏡かけてみて?」
「真白さんは眼鏡男子がお好みでしたか」
「違う、違う!白馬が好きなの」

さらっと告げられた言葉に、今度は白馬が面食らう番だった。
無邪気に笑う真白は眼鏡に夢中で自分の発言に気づいていない。

「あ、待って?私の方が似合うかも」

勝手に魔力測定器の眼鏡を掛けて遊ぶ真白に気づかれない様に、白馬は火照る頬を隠しながら天を仰ぐ。

「……き」
「え?何っ?」
「強烈」
「えぇぇ?何なの?もう」

通じてるんだがいないんだか。
それでもこの関係が緩く続いていけばいいと思いながら、なんでもないと白馬は笑った。
微笑ましい二人のやりとりは、ゲージの中から見ていた野うさぎだけが知っている。


さて、綾瀬の方はどうなったかというと……
それはまた別のお話。

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