蒼の箱庭

葎月壱人

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カーテンコール

兎【姫椿×綾瀬】

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盛大な笑い声が廊下に響き渡り、静かだった医務室に人が戻ってきた気配を感じた真白は白馬から離れてベッドを囲む淡いピンクのコントラクトカーテンを開いた。
入り口付近を確認すると数人の足音と共に真っ先に入って来たレージが笑い過ぎて倒れ込んでいる。
目元に薄っすら涙を浮かべ心の底から楽しそうに笑い続けているレージに続いて屈辱に耐え険しい表情のまま入室してきたのは綾瀬だった。
労う様に綾瀬の肩を叩くイミューノディフィシェンシーと綺羅の励ましすら耳に入ってない様子を見て、ただ事じゃないと悟った真白はすぐに綾瀬の側に駆け寄りその手を取った。

「綾瀬?どうしたの?」

焦点の合ってない瞳が揺れているのをジッと見ていると、少しだけ開いた口から声が漏れたが上手く聞き取れない。
それでも耳を澄ませていると微かに聞こえ漏れてきた。

「……た」
「え?」
「間違えた」
「は?」
「あっはは!大頬骨筋が痛い!笑い過ぎて痛い!あははっ!綾瀬、兎になった姫椿を見つけられなかったんだよ!?す、すごく得意そうにしてたのに予想通りで最高っ!!あははははっ」

意気消沈する綾瀬を見て更に笑うレージに真白がたしなめる視線を送るより早くイミューノディフィシェンシーが鉄拳を放った。
風を切る音とメシっという尋常じゃない音を響かせ窓際まで吹っ飛び気を失ったレージを担ぐなり白馬が起きてきたベッドに向けて雑に投げる姿は、何故か早朝のゴミ出し風景を連想させた。

「ふぅ」

邪魔な物は片付けましたと言わんばかりの晴れやかな笑顔に、その場に居た者全員がイミューノディフィシェンシーには逆らわない様にしようと心に誓う。急に静まり返った室内で最初に口を開いたのは綺羅だった。

「だから、あれほど忠告したのに」

綺羅の言葉に、綾瀬が所在なさそうにしょんぼりしている。

「それで姫椿は?どこにいるの?」

悪戯がバレた子供みたいに身体をビクつかせた綾瀬を見て何となく事情を察した真白は、しまったと思った。
自ら墓穴を掘った姿を見て笑っている白馬を肘で小突いて助け船を求めると、仕方ないなと肩をすくめつつも手品を披露する手振りで、赤いリボンが結ばれた白い南京錠を取り出した。

「姫椿の居場所ならわかるけど?」
「あーっ!!それっ!!」

どこに隠し持っているのか場所を特定出来てない白馬の南京錠を初めて見た真白が非難めいた声を上げた。
それを見た綺羅も自身の襟元を開き首筋に這う赤い鎖の跡を綾瀬に見せる。

「それなら俺も分かりますよ。俺たち術者と繋がってますから」

どちらも姫椿にかけられた施錠と使役の能力だ。
綾瀬は二人を恨めしげに見ながらも、なけなしのプライドを振りかざし被りを振った。

「いい。自分で探す」
「無理だよ」

秒で答える辛辣な綺羅に眉根を寄せつつも、めげない。

「む、無理じゃない!」
「時間の無駄」

すると今度は、白馬から容赦ない言葉が飛んできた。
怒りに戦慄く綾瀬と挑発する二人の間でオロオロする真白の肩に手を乗せたのはイミューノディフィシェンシーだった。

「……綾瀬?」

その静かな呼び声に、唇を噛み締めていた綾瀬が二人に頭を下げるまで数秒もかからなかった。
あっさり捨て去ったプライドに真白が驚いていると、笑いたいのを堪えながら白馬がそっと綾瀬に耳打ちする。
時折、窓の外を見ながら何度も頷きつつ決意を新たに立ち上がった綾瀬の顔にはもう迷いなんて消えて見えた。

「いってらっしゃい」

入って来た時の落ち込み具合から考えると、立ち直ってくれたのが嬉しくて後押しするようにそっと背中を押す。
ヒラヒラ後ろ手で挨拶し走り去る音を聞きながら、やれやれと肩をすくめるイミューノディフィシェンシーはレージのデスク上に積み重ねられている書類を一瞥して微笑んだ。

「さ、あの二人が帰ってくるまで……皆さん、働きましょうね」

「「「えっ」」」

お茶して待ってましょうとかじゃないんだ!?と予想外な提案に、驚く三人の声が綺麗に重なった。





冬枯れの季節から何故か夏まで引き連れてきた愉快な春に気が滅入りそうになる日々で、唐突に部屋に大量の兎を放った後で兎カフェしようと言い出したレージの思惑にまんまと嵌められ真白と一緒に兎に姿を変えられたのがついさっきの話。
私ではない兎を抱き締める綾瀬を冷めた目で見た後、此方を気遣う綺羅と別れて気分転換がてら外に出てみる事にしたのは我ながらいい決断だったと思う。
不自由な身体から解放されて兎の身体で自由に動ける事にひたすら感動する。
過度の魔力消費、慣れない戦闘により負傷した身体は今も痛みを伴い全快とは言い難く一日の大半をベッドで過ごしている姫椿にとって、久しぶりの外の空気は新鮮で荒んでいた心も洗われた。
草木を縫う様に跳ねる単純な行動が楽しくて夢中になり、疲れなんて気にせず遊び倒したのも束の間、レージの試験薬の効果はあっさりと切れて戻ってきた身体の不調により具合が悪くなって完全に身動きが取れなくなってしまった。
ジリジリ肌を焼く暑さを放つ陽射しから逃れ、青々と茂る新緑が風に遊ばれ揺れ動くのを木陰に腰掛けて眺めていた姫椿はサクサクと芝生を踏む軽快な音に気づき、近づいてきた人物を見て意外そうに目を見開いた。

「み、見つけたぁぁぁ」

肩で息をする綾瀬の安堵した発言に、何故か無性にイラッとする。

「……何?」

怒気を含んだ声に綾瀬の表情が少しだけ強張った様に見えて、姫椿はすぐに後悔した。
綾瀬に対する自分の気持ちを封じていた施錠を解いてから、自分に戻ってきた感情は新鮮すぎて扱いに苦慮している。
少しでも感情を表に出せば白椿のようになる可能性もあるのではないかと常に怖くなって、考えない様に努めても綾瀬を前にすると生娘みたいに高鳴る胸も少し離れただけで感じる寂しさも全部制御できなくて煩わしくて……捨ててしまいたいとさえ思う。
だから二人きりになるのを余程の事がない限り避けていたのに今回の騒ぎときたもんだ。レージのしたり顔が浮かぶのを思考の外に追いやりながら深呼吸をして、脳内で何度も繰り返していた台詞をなぞる。

大丈夫、怒ってないよ。

そう胸の中では答えられるのに、やっぱり本人を目の前にすると苛々してしまう矛盾した気持ちを抑えて、謝る事すら躊躇してる口元を無理矢理動かして声を絞り出した。

「……ごめん。辛辣だった」

傷つけたくないのに上手くいかない。
私は綾瀬をどれだけ傷つけてきたのだろう?
今更悔いても仕方ないのに、心が黒く塗り潰されて綾瀬の顔をまともに見れなくなった。
目の前で膝をついた綾瀬が動いた気配を感じて警戒する。

「その、」
「やめて」

気遣う声を遮断する。

「言わないで」

大丈夫だから、と制した手を握られた。

「聞いてほしい」

強い力で握られた手は振り解けそうにもない。
真っ直ぐ向けられている熱い視線を感じても正面から受けられずに、自然を装って目を閉じた。

「……あのね?綾瀬が思ってる程、私、いい女じゃないの」

いっそ嫌いになってくれないだろうか?
双子の片割れみたいになる事を恐れてるビビりで、綾瀬が消えていた空白の二年の出来事を洗いざらい話したら百年の恋も冷める自信がある。
弱くて面倒くさがりな心が囁くままに口にすると秒で返事がきた。

「殴られたり、つねられたり、噛まれたりしても好き」
「そ、そうじゃなくて!」

どうしてそうなるの?と目を開けると、てっきり傷ついてる顔をしてると予想していた綾瀬の顔は笑顔だった。
予想外の反応に見つめたまま暫くいると不意打ちで目が合った綾瀬の顔が途端に真っ赤になって、今度は綾瀬に顔を背けられてしまう。

「ごめん、反応が返ってくるのが嬉しいんだ」
「え?」

耳まで真っ赤にしたまま咳払いをひとつして、綾瀬は姫椿と向き合った。

「俺さ、思ってた以上に浮かれてて……止めらんない。明日も明後日も毎日言いいたい位でさ、答えがなくても毎日不安でも構わない。俺は姫椿がいいんだ」

握られたままの手が少しだけ強張ったのが伝わってくる。
綾瀬、私相手に緊張してるの?なんで?
益々分からなくなって、答えを探る為に手元に視線を落とした時だった。

「姫椿を想う気持ちは、絶え間なく膨れ上がって満たされない」

すらすらっと耳に流れてきた言葉は、繰り返し練習された台詞みたいに綺麗だった。
長い事、何度も何度も胸の内で呟いていたような温かさのある言葉に顔を上げる。

「好き」

綾瀬の赤い瞳に映る私が息を呑んだのが見えた。
照れ臭いのを笑って誤魔化しながら首を傾げる綾瀬に胸が締め付けられる。

「よかった。ちゃんと言えた」

幾度となく貰った言葉は正直聞き飽きてるのに、綾瀬は返事すらしない私に向けて、いつも自分の愛情と袖にされる勇気を持って伝え続けてくれていた。
私のどこがいいの?とか、そんな次元に彼はいない。
全部ひっくるめて私がいいんだと直球で伝えてくれる。

「……ありがとう」

私も好きよ、とすぐ返せない天邪鬼な私の返しを綾瀬は笑って聞いていた。
それからもう少しだけ外に居たいと言うと隣に腰掛けて一緒に日向ぼっこをしてくれた。
不思議と何も話さなくても繋いだままの手がずっと安心をくれる。
だから少しだけ素直になってみようと思えた。

「あのね?」
「うん」
「施錠を解いて、戻ってきた感情の処理が追いつかないというか……馴れなくて。これからも醜い態度が出ると思う。その度に不快にさせちゃうと思うからさきに謝ってもいい?」

ごめん、と言おうとした唇を唇で塞がれる。
軽く触れてあっさりと離れてしまった寂しさと物足りなさを感じてる自分に困惑しているとも露知らず、綾瀬は普通に話始めた。

「俺、平気だよ。傷ついたりしないから今みたいに何でも話して欲しい。姫椿はすぐ抱え込むから……あ、間違っても施錠は使うなよ?」

逃げる道具として考えていた“施錠”の能力を見透かされた居た堪れなさから目を逸らすと図星か、と笑われた。

「ひとつひとつ解決していこう」

優しく頭を撫でながら赤い瞳が愛しむ様に見ていた。
こんな風に柔らかく笑う人じゃなかったのに……と一瞬だけ苦い記憶が通り過ぎて行ったが、あそこからここまで変わる事ができた環境と今の綾瀬を形作ってくれた仲間達には感謝しなきゃいけない。
皆の事を思い出したら、無性に会いたくなってしまった。
心配ごとも落ち着いたし、そろそろ帰ろうかな?

「ねぇ」
「うん?」
「抱っこ」
「はいはい」

ほら、と両手を広げる綾瀬の胸元に身体を預けて首筋に手を回すと軽々と抱き抱えられる。

「軽いな、姫ちゃん。もっと食べなくちゃ」

王李の口調でたしなめられた腹いせに首元に顔を埋め鼻筋で赤髪を掻き分け露わになった首筋に噛みついた。
勿論、加減はしているが予期せぬ姫椿の行動に綾瀬の身体が面白いくらいに跳ねて危うく姫椿を落としそうになったのをギリギリの所で耐える。

「っ、お前ね……」
「ねぇ、やっぱり分からなかった?兎」
「そ、それは、その。いや、でも高難易度過ぎるだろっ!?」

しどろもどろになる綾瀬に、そうだよねと一人納得しながら胸元に頭を預けた。
厚い胸板から眠りを誘う鼓動を聞きながら、重くなる瞼を閉じる。

「見つけて欲しかったなぁ」

胸に燻っていた懸念を口にすれば幾らか楽になれた。
別に責めているわけじゃない。ただただそう思っての言葉に対する返事はなかったものの、明らかに早鐘を打つ綾瀬の心音は面白い。

「次はカエルかぁ」
「………え?決定?決定なの?俺、カエル無理だよ」
「短い付き合いだったね、綾瀬」
「う、嘘でしょ?」
「ふぁぁ、眠い。おやすみー」
「ちょっ!?寝ないで!!起きて!?ねぇ!!!」

必死な呼び声を寝たふりで無視する。
一時はどうなるかと思ったけど、こうして憂いの晴れた今なら少しだけ藪医者に感謝してもいいとさえ思えた。

こうしてレージの思いつきで始まった珍事件は、楽しみにしていた本人が医務室のベッドで気絶している間に静かに幕を閉じたのだった。




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