90 / 202
89
しおりを挟む「待ってて」
綺堂の従兄弟、丈は人差し指を唇に当てて夏生に合図し、ドアの方へ行った。
夏生は立ちつくす。
頭が真っ白になりそうなのを必死に働かせて整理しようとする。
この男の話が本当ならとんでもない事だ。
ついさっき、婚約者に対面してやましさや後ろめたさを感じたばかりだ。
強烈な抵抗感があった。
綺堂の世界では普通の事だとしても、婚約者がいる相手とセフレを続けるなんてやっぱり精神的にキツイ。
世間一般では婚約者がいる人間は結婚するまでは自由恋愛なのか、それとも婚約者の為に清らかに生活しなくてはいけないのか。
今考えても仕方がない事や、ズレた事まで考えてしまう。無意識に逃げ道や言いわけを探しているのかもしれない。
卒業までという期限がついて気分が楽にはなってはいたが、自分の中で目をつぶっていた事がやっぱり見過ごせなくなってきた。
やっぱ愛人とか浮気とか⋯性に合わねぇ
勝手な事をする綺堂にも腹が立つ。
考えてみたら夏生が綺堂に「長くても卒業まで」と言った時、あっさり承諾したのは最初から反故にする気だったのではないか。
あの時はあっさり過ぎて本音では落胆していた。なのにいい加減な事を言われていたのかと思うと怒りが湧いてくる。
考えがまとまらない。
これから何をどうしたら良いのか。
まずこの男が本当に颯斗の従兄弟なのかも確認したい。
「あ⋯」
神谷が言っていた「動き出した」って言うのはこの事だったのか。
急に思い出して腑に落ちた。
「だから逃がしてやるとかって⋯」
夏生が一人で懊悩いる間にドアの方でのやり取りが騒々しくなった。
店員が来たのだと思っていたが違ったのだろうか。
廊下には複数人いる気配だ。
丈は軽い調子で応対しているが手と靴の先でドアを押さえて相手が開こうとするのを阻止している。
「いま良いところだからやめてよ」
丈が言った。
・・・どこが?何が?
「何が良いとこなんだよ!?開けろって、このジャケットの持ち主がこの部屋にいるのは分かってんだよ!!」
勢いよくドアが開いたと思ったら神谷が入ってきた。すぐ後から夏生のジャケットを持った店員も入ってきた。
神谷は夏生を見つけて焦った顔で「マジかよ・・・」とつぶやいた。
見たことのない厳しい表情で夏生に近付いてきて夏生のシャツの襟元を掴んで広げた。
「なっちゃん、何でこんなにシャツ開いてんの?ネクタイどうした?髪も乱れて」
口調も鋭い。
「それは夏生くんが・・・」
「あんたは黙ってろ!」
代わりに答えようとした丈に神谷が怒鳴った。すごい剣幕だ。
いつもはヘラヘラしてるのにこういう顔もするのかと神谷の一面にちょっと驚いた。
「・・・あ、水かぶったんだ」
夏生が起きた事を説明すると、とりあえず納得した神谷は夏生のシャツのボタンをとめてネクタイを結んだ。
夏生が自分でやると言ってもムスッとした顔で手を出してくるので好きにさせた。
いつもワイシャツとスラックス姿の神谷だが、今日はジャケットも着ているしネクタイもきっちり巻いている。
ゴツい指で巻いたセミウィンザーは思いの外美しい。
神谷は「全く」とか「めんどくさい事になった」と呟いている。
夏生がじっとしてされるがままにしていると神谷の怒気も落ち着いてきた。
最後に髪を丁寧に整えている様子を見ていた丈が冷やかすように言った。
「・・・トリミングしてるみたいだな」
「うるせぇな、アンタ出てくるとややこしいんだよ。何でここに居んだ?どうせ今日のパーティの事聞きつけて探りに来たんだろうが?」
「正解!颯斗が入れ込んでる子、気になるじゃん。それも男の子って意外すぎて度肝抜かれたよ。俺オトコいけるかなぁ~って考えたけど、夏生くんが相手ならゾクゾクしてく・・・」
「「ふざけんな!!」」
夏生と神谷、同時に叫んだ。
綺堂が丈の事を「碌でもない奴」と言っていたのが分かった気がする。
性的な事に関しては綺堂も神谷も大概、碌でもないとは思うが。
とにかく丈は今日、夏生や綺堂の事がが目的でここにきたという事が分かった。
「俺にぶつかった女は何?わざとぶつからせたの?」
「いや、あれば思わぬ誤算。あの子呼び出して情報聞き出してたら迫られちゃって、お断りしたら飛び出してったの。さすがに淫行はまずいからね。ぶつかった相手が夏生くんなんてラッキー」
つくづく軽い奴だ。神谷の上を行ってるし、神谷も呆れている。
「もういい。おい丈、頼むからあまり引っ掻き回すなよ」
背丈は同じくらいだが体格が違う。神谷は威圧するように丈に近付いて忠告したが、丈は意に介さず笑って言った。
「そろそろ颯斗が来るんじゃない?神谷も大変だよね。これからもっと・・・かな?」
「俺帰る」
夏生は綺堂が来てはまずいと焦った。
丈の所で足止めされてしまったが、綺堂から離れたくて彷徨っていたのだ。神谷がここにいるという事は綺堂もすぐに来るだろう。
「おい、なっちゃん・・・」
店員に出口を聞いた夏生は、止める神谷を振り返らずに足早に部屋を出た。
135
あなたにおすすめの小説
従順な俺を壊して 【颯斗編】
川崎葵
BL
腕っ節の強い不良達が集まる鷹山高校でトップを張る、最強の男と謳われる火神颯斗。
無敗を貫き通す中、刺激のない毎日に嫌気がさしていた。
退屈な日常を捨て去りたい葛藤を抱えていた時、不思議と気になってしまう相手と出会う。
喧嘩が強い訳でもなく、真面目なその相手との接点はまるでない。
それでも存在が気になり、素性を知りたくなる。
初めて抱く感情に戸惑いつつ、喧嘩以外の初めての刺激に次第に心動かされ……
最強の不良×警視総監の息子
初めての恋心に戸惑い、止まらなくなる不良の恋愛譚。
本編【従順な俺を壊して】の颯斗(攻)視点になります。
本編の裏側になるので、本編を知らなくても話は分かるように書いているつもりですが、話が交差する部分は省略したりしてます。
本編を知っていた方が楽しめるとは思いますので、長編に抵抗がない方は是非本編も……
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
【完結済】俺のモノだと言わない彼氏
竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?!
■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる