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しおりを挟む「ただいま!つかれたぁ」
『おかえり、お疲れ様』
安堵した桜井の声を聞くと、表情が目に浮かんでくる。
夏生はエアコンのスイッチを入れてソファに身体を預けた。
『バイト毎日入ってるの?』
「んー、稼がないと後期の学費払えないし。来年からは就活があるから今のうちに金貯めないと。夏休みはランチとディナーどっちも入れるだけ入る」
『そんなに頑張らなくても僕が払うのに・・・」
「さんざん世話になってるのにこれ以上は頼れねぇって」
『体が心配なんだよ、ちゃんと食事してる?』
「そんなにヤワじゃねぇよ。賄いあるし、おばさんがおかずいっぱいくれるから大丈夫」
『今度バイト先に行ってもいいかな?評判の店なんでしょ?』
「あは!地元のくせに全然詳しくないよな」
『よく言われる』
「いいぜ、来いよ。料理長にスペシャルメニュー頼んでやるから」
『そんな事されたら行きにくいだろ』
「気にすんなって」
高額バイトの事を相談するのはやめておく。どうせ心配してやめろと言うはずだ。
桜井の夏季休暇に一緒に桜井家に泊まる事になっている。その話と他に世間話をいくつかして電話を切った。
「ふぅ・・・」
ソファに横になりながらスマホを胸に置く。
桜井と話していると春馬を思い出す。
夏生の事を色々心配してくるところや頼りなさそうで頼りになる所。
春馬元気かな?
手紙をたまに書いている。
具体的な事はぼかして近況を伝えているのだ。元気にしている事を冬哉にも伝えるように頼んである。
書いた手紙はいつも桜井が東京の適当な所から投函する。
いつまでこんな風に過ごそうか。もう誰も夏生の事など気にしていないかも知れない。
ひょっこり東京に戻ったら皆どんな顔をするだろうか。
そんな妄想をしながら目を閉じるとすぐに眠りが訪れた。
週末の「硝子」はいつもより賑やかだ。
明るいジャズが流れる店内を、夏生はグラスを下げながら子気味よく回る。
「広瀬、あっちのテーブル追加だ!」
香取が声を張る。
「ヘーイ」
夏生は奥の客席へ向かった。
ふと視線を感じて足を止めると年が40くらいの男がニヤリと笑った。
「お兄さんこっち来てくれる?」
「はい、すぐに」
愛想笑いで近づくと男は隣の椅子をポンと叩いて言った。
「ちょっと座って休憩しなよ」
「すみません、ご注文だけ伺いますね」
「何だよ。俺この店じゃ、そこそこ金落としてるんだけど?」
やけに馴れ馴れしい手が夏生の袖を掴む。
夏生は笑顔のままそっと身を引いた。
「ありがとうございます。でも、他のテーブルも見ないといけないので」
「お兄さんつれないなぁ、もっと愛想振りまけよ。その綺麗な顔でさぁ。俺の奢りで一杯どう?」
「酒飲めないんです」
夏生がニコリともせずキッパリ言うと男はわざとらしく眉をひそめた。
「キミここのオーナーに可愛がられてるんだろ?俺とも仲良くしようよ。小遣いだってあげるよ・・・」
「お客様」
背後から声がして振り向いた。
松田が黒いシャツとスーツのボトム姿で立っている。
長身から見下ろす冷たい視線が男を慄かせた。
「そういう話はウチじゃなくてよその店でお願いします」
「ああ、松田さん・・・いや悪気は無いんだ」
「わかってますよ。でもスタッフには触れないでくださいね」
松田は微笑んでいるがどこか冷たい。
男は目を泳がせてグラスの酒を飲み干すと立ち上がった。
「悪い悪い、ちょっと酔ったみたいだ。お兄さんも悪かったな」
「またどうぞ」
松田は軽く見送り視線を夏生に戻した。
「大丈夫か?」
「平気だし・・・」
「姫を助けられて良かった」
「は?つーか何で俺がオーナーに可愛がられてる設定なんだ?」
「俺はみんなを可愛がってるから間違いじゃ無いよ」
「はいはい、いつもお世話になってまぁす」
松田はくすりと笑い、夏生の頭をポンと叩いてカウンターに戻って行った。
流し目に大人の余裕が溢れていてイラッとした。
夏生はグラスを片付けてカウンターの奥の洗い場の流しにグラスをおいた。
香取がニヤニヤしながら近づいてきて言った。
「救出成功~松田の奴、俺のこと押しのけて広瀬のもとへ駆けつけたんだぞ」
「スタッフ思いのオーナーでありがたいっすねー」
夏生は抑揚の無い声で答える。
「ぶっちゃけ広瀬は松田の事どう思ってんの?」
香取がグラスを磨きながら探るような目を向けて来た。
「別に。店のオーナーだし、俺が困ったら助けるのは店の為でしょ」
「あっさりしてるな。松田とお知り合いになりたくてここに足繁く通ってる客も多いのに」
「そんなお方と必要以上に仲良くなったらめんどくせーなって思うだけっすね」
香取が笑って肩をすくめた。
「難攻不落の姫さまってかぁ」
「姫じゃねーし」
夏生は香取の顔を狙って持っていた布巾を振り回した。
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