1 / 1
1
しおりを挟む
「……ぅわ……綺麗っ……」
思わず、独り言が溢れた。
学校の正門のすぐ隣に、桜の木が整然と植えられていて、その花びらが風でハラハラと零れている。
例年よりかなり遅く開花した桜が、ようやく満開を迎えようとしているのだ。
早くも盛りを過ぎた梢からは、命の欠片たちが地へと還り始めていた。
結希斗は、桜が散るのを見るのが好きだ。
薄桃色の花弁がヒラヒラと揺蕩うのも、淡雪のようにほろほろと落ちるのも。
あるいは、散った花びらが春の嵐に巻かれて狂おしく舞い上がるのも。
そのすべてが等しく美しく映る。
この季節、結希斗が通う『白鳳学院』の重厚な石造りの正門から、隣駅へと続く線路沿いの道は、見事な桜のトンネルになるという。
「なるという」というのは、初等部から通い続けて十一年。結希斗はその道を一度も歩いたことがなかった。
「結希斗様、お迎えにあがりました」
いつもの放課後は、送迎の専用門の前に黒塗りの高級車が横付けされる。
それが彼にとっての「日常」であり、決められたルールだったからだ。
けれど、今日は違った。
予定されていた委員会が急遽中止になり、結希斗のスケジュールに、生まれて初めてかもしれない「空白」という名の贅沢が紛れ込んだのだ。
本来なら、すぐに専属の運転手へ連絡を入れ、早めの迎えを頼まなければならない。
親の言いつけに背くことなど、これまでの人生で一度もなかった。
──……歩いてみたい
誘うように舞う、薄桃色の導き。
結希斗は吸い寄せられるように正門を出た。
磨き上げられた革靴が、アスファルトを静かに叩く。初めて踏み出す、自分の足での下校路。
大袈裟だが、一歩進むごとに、これまで自分を縛り付けていた透明な鎖が音を立てて解けていくような気がした。
「……すごい……夢見たい……」
桜並木は見事だった。
立ち並ぶ木々の幹はどれも黒々として立派で、どこか厳かな風情がある。
切れ目なく続く桜のトンネルには淡く柔らかな光が満ち、ヒラヒラと穏やかに舞い散る花びらと、時折通り抜ける穏やかな風に、結希斗は目を細めた。
ガタンガタンと響く電車の通過音さえ、今の結希斗には自由を祝福する音楽のように聞こえる。
分刻みの生活から解放され、心からリラックスする。
それがほんのひとときでしかないと分かっているからこそ、この時間はより一層キラキラとした奇跡のように思えた。
結希斗は、一歩ずつ感触を確かめるように、できるだけゆっくりと歩いた。
思わず、独り言が溢れた。
学校の正門のすぐ隣に、桜の木が整然と植えられていて、その花びらが風でハラハラと零れている。
例年よりかなり遅く開花した桜が、ようやく満開を迎えようとしているのだ。
早くも盛りを過ぎた梢からは、命の欠片たちが地へと還り始めていた。
結希斗は、桜が散るのを見るのが好きだ。
薄桃色の花弁がヒラヒラと揺蕩うのも、淡雪のようにほろほろと落ちるのも。
あるいは、散った花びらが春の嵐に巻かれて狂おしく舞い上がるのも。
そのすべてが等しく美しく映る。
この季節、結希斗が通う『白鳳学院』の重厚な石造りの正門から、隣駅へと続く線路沿いの道は、見事な桜のトンネルになるという。
「なるという」というのは、初等部から通い続けて十一年。結希斗はその道を一度も歩いたことがなかった。
「結希斗様、お迎えにあがりました」
いつもの放課後は、送迎の専用門の前に黒塗りの高級車が横付けされる。
それが彼にとっての「日常」であり、決められたルールだったからだ。
けれど、今日は違った。
予定されていた委員会が急遽中止になり、結希斗のスケジュールに、生まれて初めてかもしれない「空白」という名の贅沢が紛れ込んだのだ。
本来なら、すぐに専属の運転手へ連絡を入れ、早めの迎えを頼まなければならない。
親の言いつけに背くことなど、これまでの人生で一度もなかった。
──……歩いてみたい
誘うように舞う、薄桃色の導き。
結希斗は吸い寄せられるように正門を出た。
磨き上げられた革靴が、アスファルトを静かに叩く。初めて踏み出す、自分の足での下校路。
大袈裟だが、一歩進むごとに、これまで自分を縛り付けていた透明な鎖が音を立てて解けていくような気がした。
「……すごい……夢見たい……」
桜並木は見事だった。
立ち並ぶ木々の幹はどれも黒々として立派で、どこか厳かな風情がある。
切れ目なく続く桜のトンネルには淡く柔らかな光が満ち、ヒラヒラと穏やかに舞い散る花びらと、時折通り抜ける穏やかな風に、結希斗は目を細めた。
ガタンガタンと響く電車の通過音さえ、今の結希斗には自由を祝福する音楽のように聞こえる。
分刻みの生活から解放され、心からリラックスする。
それがほんのひとときでしかないと分かっているからこそ、この時間はより一層キラキラとした奇跡のように思えた。
結希斗は、一歩ずつ感触を確かめるように、できるだけゆっくりと歩いた。
22
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
花いちもんめ
月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。
ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。
大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。
涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。
「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる