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第46話 鬼畜光臨
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一般には非公開であるが、ダンジョン管理事務所は厳重な防犯設備に守られている。ことに来場した冒険者が何かのはずみでとち狂って職員に対して魔法の行使に及ぶ可能性もゼロではない。
その防犯設備の一例を挙げると、職員が執務しているデスクの前には魔石を利用した魔法障壁が常時展開されており、センサーが一定レベル以上の魔力を感知すると職員は一斉に机に伏せるという防犯マニュアルを徹底している。
このような理由で、本日早朝に大山ダンジョン管理事務所を訪れた陰陽師の一団が魔力を使用した件は、彼らがダンジョン内部に姿を消した5分後には市ヶ谷にある自衛隊ダンジョン対策室に報告としてもたらされている。
呪術を用いた集団はてっきり職員が眠っているものと思い込んでいたが、実は職員全員は無事で逆に怒りに燃えた彼らによって通報されてしまうとは間抜けにもほどがある。
陰陽道という少々古臭い呪術を信奉する彼らには、日々刻々と進化する日本の魔法工学に対して理解が及ばなかったのかもしれない。ただしこの点は彼らにとっては取り返しがつかない重大な失点といえる。
管理事務所並びに管轄する自衛隊のダンジョン対策室としては当然そのような犯罪行為を見逃すはずないので、ひそかに伊勢原駐屯地の特殊処理班が出動して彼らが乗ってきた車にGPS追跡装置をこっそり取り付けたり、防犯カメラの映像を元に男たちの身元を洗ったりと逮捕の準備に余念がない。
もちろん県警も捜査に全面的に協力しており、ワゴン車のナンバーから所有者を洗い出してその過程で東十条家の関与が濃厚という結論が導き出されるのは必然であった。
◇◇◇◇◇
「これは何だろうな?」
突如6階層に出現した鬼を無事に討伐した聡史は、5階層へ昇る階段の途中で床に落ちている紙の切れ端を発見する。手に取ってみると和紙に文字が書き付けられており、どう考えても陰陽師が使用する呪符の切れ端。
有力な証拠を手にした聡史の瞳にはこれ以上ないほどの物騒な光が輝く。これまで直接手を出すのを控えてきた敵に鉄槌を下す決断がこの瞬間に彼の脳内でまとまっている。しばらく眠っていた鬼畜の魂をこの証拠の品が呼び起こしてしまったのは東十条家にとってはまさに不幸な出来事であろう。
聡史が徹底的に追い込むと決意を固めた以上、理事長の存在など風前の灯火。ご愁傷さまと今から心の中で念じておこう。
立場を変えて考えると、東十条家としては手痛いミスの連続であった。これも伊豆で最精鋭の暗殺部隊が崩壊したことが一因となっているのかもしれない。
1時間半をかけてパーティーはようやくダンジョンの出口までやってくる。
「桜ちゃん、ドロップアイテムの買い取りなんかいつでもいいですから早くデザートを食べに行きましょうよ~」
「明日香ちゃん、私もそうしたいのは山々なんですが、今日の分をカウンターに提出しておかないとドンドン溜まる一方になりますから」
一刻も早く学生食堂に向かいたい明日香ちゃんがジリジリしながら買い取りが終わるのを待っている。その間に、聡史はその場から離れてスマホを取り出すと通話ボタンを押す。相手はもちろん学院長。
「もしもし、お忙しいところ失礼します。楢崎です」
「どうした?」
何やら学院長は忙しそうな様子で、聞こえてくる声には少々苛立った響きが混ざり込んでいる。
「本日ダンジョン内で襲撃を受けました。相手は秩父で警察に引き渡した男のひとりです。最初は人間の姿を保っていましたが、俺たちを見るなり鬼に変身して襲ってきました」
「なるほど、生成りに出会ったのか」
「生成りですか?」
「ああ、人が鬼に変わるごく稀な事例だ。それで、秩父で突き出した男というのは間違いないんだろうな?」
「はい、すでに死亡してダンジョンに吸収されました」
「そうか… こちらは現在その件も含めて調査中だ」
「わかりました。ところで、これから理事長の元に乗り込んでいいですか?」
「なぜ急に理事長が出てくるんだ?」
「ダンジョンの階段に陰陽師が使用する呪符が落ちていました。俺たちに関わりがある陰陽師なんて理事長しかいませんから」
「強引な論法だな。まあいいだろう。適当に締め上げてやれ」
「本当にいいんですか?」
「このところ目に余る行動が目立つからな。学内で何かする分にはまだ大目に見るが、外部で犯罪行為に手を染めるようではこちらも甘い顔はできない」
「では、適当に締め上げます」
「ああ、それからお前の妹を貸してもらいたい。今夜東十条家の拠点にガサ入れを行うから手伝ってもらいたい」
「いいんですか? 跡形も残さずに更地にしますよ」
「それが目的だから私としては構わない。後で学院長室に寄越してくれ」
「了解しました」
通話を終えた聡史は心の中で考える。今日という日は理事長一派最後の日ではないだろうかと。自分が理事長の元に押し掛けるのはまだいい。ある程度理性のストッパーが掛かるから、理事長の命までは取らないであろう。
だが妹の桜が拠点のガサ入れに加わるとなったら話はまったく別次元。限度を知らないあの妹にかかったら、拠点の一つや二つ簡単に更地になってしまうことが十分予想される。
学院長との通話を終える頃には、買い取りカウンターの前にいる桜が代金を受け取っているところで、ニンマリしながら現金を手にしている。
「お兄様、本日の収入は3万2千円でしたわ。それからオーク肉の納入が5万少々になる予定です」
「そうなのか。それじゃあ一人5千円ずつ分配して、残りはパーティー財産に残しておけばいいだろう。それから桜はデザートを食べ終わったら学院長室に顔を出してくれ。カレンはすまないが桜を連れて行ってもらえるか?」
「はい、わかりました」
こうしてパーティーは学院へと戻っていく。桜と明日香ちゃんは連れ立って食堂へと向かい、美鈴とカレンもその後に続いく。だが聡史だけは彼女たちと行動を別にする。
女子たちと別れた聡史は、その足で研究棟の最上階へ向かっていく。特待生寮がある階だけに、さすがに最奥のスペースに理事長室があることくらいは知っている。エレベーターを降りるとそのまま何ら躊躇うことなく理事長室へと足を向けていく。
コンコンコン
ドアをノックすると室内から「お待ちください」という女性の声が聞こえてくる。細目に開いたドアから女性秘書が顔を覗かせて、その場に立っている聡史を見て一瞬体を硬直させる。聡史はその隙を逃さずに、開いたドアの隙間に足先を突っ込んでから力任せに開いていく。
「断りもなしに理事長室に学生が押し入るのは無礼です! すぐに部屋から出ていきなさい!」
怒りに満ちた表情で女性秘書が金切り声を挙げるが、聡史は一向に頓着する様子を見せない。それどころか女性秘書を押しのけて窓際のデスクに腰掛けている理事長の元にお構いなしに歩を進めていく。
「何をしているのですか! 早く出ていきなさい! 教員を呼びますよ!」
「よく喋る女だな。少しはそのよく回る舌を引っ込めておけ!」
第一声から聡史はすでにケンカ腰。短期間に2回も命を狙ってきた相手に対して今更こちらが遜る必要など感じていない。なんだったら土下座させようかくらいに考えている。
そしてお喋り女呼ばわりされた女性秘書はどこかへ電話しようとスマホを取り出す。
シュッ、ターン!
彼女の顔のスレスレを聡史が投擲したナイフが猛スピードで通り過ぎて、音を立てて壁に突き刺さっている。本人が気付かないうちに女性秘書の髪の毛数本がはらはらと床に落ちていく。これが覚悟を決めた鬼畜の怖さ。
この時点で彼女は理解している。聡史は話し合いに来たわけでも交渉に来たわけでもない。力尽くでも己の意志を押し通しに来たのだと… すでに説得の言葉など何ら役には立たない。そこにあるのは彼我の純粋な力関係だけ。より力が強い者が自らの主張を押し通す弱肉強食の理論しか今の聡史には通用しない。
「さて、どうやら静かになったから自己紹介してやろう。知っているだろうが、俺は楢崎聡史。この学院の1年生だ」
「そ、それで、一体何用だ?!」
すでに理事長は、聡史が発散する不穏な空気に気圧されてその声には怯えた感情が混ざり込んでいる。
「用件は大したことではない。ここ最近俺や俺の周囲の人間の命を狙うやつがウロついて困っている。ほら、今日もダンジョンでこんな物を拾ったぞ」
聡史が理事長の目の前で指に挟んでヒラヒラさせているのは例の階段で拾った呪符。眼前に物証を突き付けられた理事長は顔色を青くしている。
「これは自衛隊の特殊処理班に提出させてもらう。もしかしたらお前たちに事情聴取をしたいという要請が舞い込むかもしれないが、それは俺が知ったことではない。国家権力からの要請に応じるもよし。もし歯向かおうというのだったら、それはお前たちの勝手だ」
「な、何が言いたいのだ。ワシに何をしろと言っているのだ?」
どうやらこの理事長は知らぬ存ぜぬで通すつもりのようだと聡史は即座に理解する。このような手合いを追い詰める方法は聡史の経験からいって実に単純明快。何も言葉を発しないままにアイテムボックスから魔剣オルバースを取り出す。
「ほれ」
大した気合も入れずに振り下ろされた魔剣は理事長の目の前にある高級そうな黒檀製のデスクをど真ん中から真っ二つにする。ひと振りで切断されたデスクはバランスを失って斜めに引っ繰り返っている。
聡史は手前にある邪魔なデスクを蹴飛ばして退かすと、椅子に腰掛けている理事長の胸倉を掴んで床に引きずり倒す。
ズン
「ヒッ!」
ついでに倒れている理事長の顔の真横にオルバースを突き刺しておく。その間わずか1秒の早業。目にも留まらないとはこういうことを指しているに違ない。だがやられたほうは堪ったものではない。顔の真横に剣を突き立てられた理事長は身じろぎひとつできずに聡史の顔を見上げている。もちろん歯の根がガチガチと音を立てているのは言うまでもない。
「よく覚えておくといいぞ。お前たちは何度手を下しても俺を殺せないが、俺はいつでもお前たちを殺せる。これは動かしようのない事実だ」
聡史は眼光にいつにもまして凄みを増している。理事長を屈服させるのが目的なのであらゆる手段で圧力を加えているよう。
「は、離れなさい。ご当主様から今すぐに離れなさい!」
聡史が声のする方向にチラリと視線を送ると、女性秘書が呪符を取り出して何らかの術を行使しようとしている。聡史的には女性に暴力を行使するのは気が進まないが、それは時と場合による。このまま放置するのは少々不味いと咄嗟に判断すると、体の方が勝手に動き出す。
「一流というのは警告する前に先に攻撃を仕掛けるんだよ」
聡史の動きは女性秘書の動体視力ではとてもではないが追い切れない。突然目の前に出現した聡史に彼女は口をパクパクして何も反応ができてはいない。
「三流は寝ていろ」
当て身1発で女性秘書はくたくたと床に崩れ落ちる。最強の暗殺部隊が兄妹を相手にして手も足も出なかったように、東十条家当主の懐刀といえども所詮は聡史の敵ではない。そのまま床に寝ている秘書を一瞥してから再び理事長の元に戻ると、相変わらず理事長は床に寝たままで抵抗する素振りすら見せはしない。
「呆れたな。顔の真横に剣があるんだから、床から引き抜いて戦うくらいの気概を見せろ。いつまでそこに寝ているつもりなんだ? もしよかったら、そのまま永遠に寝かせてやろうか?」
意地の悪いフレーズを投げかける聡史に対して、理事長は小さく首を振って応えるのみ。とうに聡史の気迫に飲み込まれて抵抗しようという気力そのものを奪われている。
聡史の眼にはこの男はどうにも小物に映ってくる。こんな手合いにいつまでも構ってはいられない。聡史としても時間は惜しい。主に今夜ガサ入れに出動する妹に念入りに言い聞かせておかないといけない話が山ほどある。
そこで聡史は、いかにも「たった今思い立ちました」という表情で理事長に提案する。
「そうだ、この場を丸く収めるいい案を思いついたぞ。お前はこれからあそこのソファーで辞表を書け。お前のような老害がこの学院から出ていけば、お互いに顔を合わせることもなくなるだろう。それこそが双方にとっての幸せじゃないのか? どうする?」
聡史の目的は最初からコレ。急に思いついたフリをしているだけで、理事長自筆の辞表を握ることこそが本日最大の目的といっていい。
床に突き刺さっているオルバースを引き抜いてから理事長の襟首を掴んで無理やり立たせると、顎で「早よう書け!」と合図する。先程までよりも態度が軟化しているように見えるが、その実彼の目は一切笑ってはいない。それだけに理事長は聡史に対して髪の毛一筋分も逆らえずに、言われるがままにソファーで辞表を書き記す。
「ふむふむ、理事会宛ての正式な辞表だな。体裁は整っているからこれでいいだろう。それじゃあ邪魔したな。くれぐれも命は大切にするんだぞ」
こうして聡史は理事長室を後にしていく。その足で学院長室を訪れるとちょうどそこは桜がやってきたタイミング。
「あら、お兄様はどちらに行ってらしたのですか?」
「ちょっと交渉にな。学院長、理事長から辞表を預かったので好きなタイミングで使ってください」
「辞表だと。ちょっと見せてみろ… うーむ、確かに体裁は整っているな。わかった、これは私が預かっておく」
こうして聡史はガサ入れに意気揚々と出掛けていく桜を見送る。この夜の大掛かりなガサ入れで東十条家の実働部隊ははぼ壊滅するのであった。当然その裏には学院の演習姿で気の向くままに荒れ狂う桜の姿があったのは言うまでもない。
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その防犯設備の一例を挙げると、職員が執務しているデスクの前には魔石を利用した魔法障壁が常時展開されており、センサーが一定レベル以上の魔力を感知すると職員は一斉に机に伏せるという防犯マニュアルを徹底している。
このような理由で、本日早朝に大山ダンジョン管理事務所を訪れた陰陽師の一団が魔力を使用した件は、彼らがダンジョン内部に姿を消した5分後には市ヶ谷にある自衛隊ダンジョン対策室に報告としてもたらされている。
呪術を用いた集団はてっきり職員が眠っているものと思い込んでいたが、実は職員全員は無事で逆に怒りに燃えた彼らによって通報されてしまうとは間抜けにもほどがある。
陰陽道という少々古臭い呪術を信奉する彼らには、日々刻々と進化する日本の魔法工学に対して理解が及ばなかったのかもしれない。ただしこの点は彼らにとっては取り返しがつかない重大な失点といえる。
管理事務所並びに管轄する自衛隊のダンジョン対策室としては当然そのような犯罪行為を見逃すはずないので、ひそかに伊勢原駐屯地の特殊処理班が出動して彼らが乗ってきた車にGPS追跡装置をこっそり取り付けたり、防犯カメラの映像を元に男たちの身元を洗ったりと逮捕の準備に余念がない。
もちろん県警も捜査に全面的に協力しており、ワゴン車のナンバーから所有者を洗い出してその過程で東十条家の関与が濃厚という結論が導き出されるのは必然であった。
◇◇◇◇◇
「これは何だろうな?」
突如6階層に出現した鬼を無事に討伐した聡史は、5階層へ昇る階段の途中で床に落ちている紙の切れ端を発見する。手に取ってみると和紙に文字が書き付けられており、どう考えても陰陽師が使用する呪符の切れ端。
有力な証拠を手にした聡史の瞳にはこれ以上ないほどの物騒な光が輝く。これまで直接手を出すのを控えてきた敵に鉄槌を下す決断がこの瞬間に彼の脳内でまとまっている。しばらく眠っていた鬼畜の魂をこの証拠の品が呼び起こしてしまったのは東十条家にとってはまさに不幸な出来事であろう。
聡史が徹底的に追い込むと決意を固めた以上、理事長の存在など風前の灯火。ご愁傷さまと今から心の中で念じておこう。
立場を変えて考えると、東十条家としては手痛いミスの連続であった。これも伊豆で最精鋭の暗殺部隊が崩壊したことが一因となっているのかもしれない。
1時間半をかけてパーティーはようやくダンジョンの出口までやってくる。
「桜ちゃん、ドロップアイテムの買い取りなんかいつでもいいですから早くデザートを食べに行きましょうよ~」
「明日香ちゃん、私もそうしたいのは山々なんですが、今日の分をカウンターに提出しておかないとドンドン溜まる一方になりますから」
一刻も早く学生食堂に向かいたい明日香ちゃんがジリジリしながら買い取りが終わるのを待っている。その間に、聡史はその場から離れてスマホを取り出すと通話ボタンを押す。相手はもちろん学院長。
「もしもし、お忙しいところ失礼します。楢崎です」
「どうした?」
何やら学院長は忙しそうな様子で、聞こえてくる声には少々苛立った響きが混ざり込んでいる。
「本日ダンジョン内で襲撃を受けました。相手は秩父で警察に引き渡した男のひとりです。最初は人間の姿を保っていましたが、俺たちを見るなり鬼に変身して襲ってきました」
「なるほど、生成りに出会ったのか」
「生成りですか?」
「ああ、人が鬼に変わるごく稀な事例だ。それで、秩父で突き出した男というのは間違いないんだろうな?」
「はい、すでに死亡してダンジョンに吸収されました」
「そうか… こちらは現在その件も含めて調査中だ」
「わかりました。ところで、これから理事長の元に乗り込んでいいですか?」
「なぜ急に理事長が出てくるんだ?」
「ダンジョンの階段に陰陽師が使用する呪符が落ちていました。俺たちに関わりがある陰陽師なんて理事長しかいませんから」
「強引な論法だな。まあいいだろう。適当に締め上げてやれ」
「本当にいいんですか?」
「このところ目に余る行動が目立つからな。学内で何かする分にはまだ大目に見るが、外部で犯罪行為に手を染めるようではこちらも甘い顔はできない」
「では、適当に締め上げます」
「ああ、それからお前の妹を貸してもらいたい。今夜東十条家の拠点にガサ入れを行うから手伝ってもらいたい」
「いいんですか? 跡形も残さずに更地にしますよ」
「それが目的だから私としては構わない。後で学院長室に寄越してくれ」
「了解しました」
通話を終えた聡史は心の中で考える。今日という日は理事長一派最後の日ではないだろうかと。自分が理事長の元に押し掛けるのはまだいい。ある程度理性のストッパーが掛かるから、理事長の命までは取らないであろう。
だが妹の桜が拠点のガサ入れに加わるとなったら話はまったく別次元。限度を知らないあの妹にかかったら、拠点の一つや二つ簡単に更地になってしまうことが十分予想される。
学院長との通話を終える頃には、買い取りカウンターの前にいる桜が代金を受け取っているところで、ニンマリしながら現金を手にしている。
「お兄様、本日の収入は3万2千円でしたわ。それからオーク肉の納入が5万少々になる予定です」
「そうなのか。それじゃあ一人5千円ずつ分配して、残りはパーティー財産に残しておけばいいだろう。それから桜はデザートを食べ終わったら学院長室に顔を出してくれ。カレンはすまないが桜を連れて行ってもらえるか?」
「はい、わかりました」
こうしてパーティーは学院へと戻っていく。桜と明日香ちゃんは連れ立って食堂へと向かい、美鈴とカレンもその後に続いく。だが聡史だけは彼女たちと行動を別にする。
女子たちと別れた聡史は、その足で研究棟の最上階へ向かっていく。特待生寮がある階だけに、さすがに最奥のスペースに理事長室があることくらいは知っている。エレベーターを降りるとそのまま何ら躊躇うことなく理事長室へと足を向けていく。
コンコンコン
ドアをノックすると室内から「お待ちください」という女性の声が聞こえてくる。細目に開いたドアから女性秘書が顔を覗かせて、その場に立っている聡史を見て一瞬体を硬直させる。聡史はその隙を逃さずに、開いたドアの隙間に足先を突っ込んでから力任せに開いていく。
「断りもなしに理事長室に学生が押し入るのは無礼です! すぐに部屋から出ていきなさい!」
怒りに満ちた表情で女性秘書が金切り声を挙げるが、聡史は一向に頓着する様子を見せない。それどころか女性秘書を押しのけて窓際のデスクに腰掛けている理事長の元にお構いなしに歩を進めていく。
「何をしているのですか! 早く出ていきなさい! 教員を呼びますよ!」
「よく喋る女だな。少しはそのよく回る舌を引っ込めておけ!」
第一声から聡史はすでにケンカ腰。短期間に2回も命を狙ってきた相手に対して今更こちらが遜る必要など感じていない。なんだったら土下座させようかくらいに考えている。
そしてお喋り女呼ばわりされた女性秘書はどこかへ電話しようとスマホを取り出す。
シュッ、ターン!
彼女の顔のスレスレを聡史が投擲したナイフが猛スピードで通り過ぎて、音を立てて壁に突き刺さっている。本人が気付かないうちに女性秘書の髪の毛数本がはらはらと床に落ちていく。これが覚悟を決めた鬼畜の怖さ。
この時点で彼女は理解している。聡史は話し合いに来たわけでも交渉に来たわけでもない。力尽くでも己の意志を押し通しに来たのだと… すでに説得の言葉など何ら役には立たない。そこにあるのは彼我の純粋な力関係だけ。より力が強い者が自らの主張を押し通す弱肉強食の理論しか今の聡史には通用しない。
「さて、どうやら静かになったから自己紹介してやろう。知っているだろうが、俺は楢崎聡史。この学院の1年生だ」
「そ、それで、一体何用だ?!」
すでに理事長は、聡史が発散する不穏な空気に気圧されてその声には怯えた感情が混ざり込んでいる。
「用件は大したことではない。ここ最近俺や俺の周囲の人間の命を狙うやつがウロついて困っている。ほら、今日もダンジョンでこんな物を拾ったぞ」
聡史が理事長の目の前で指に挟んでヒラヒラさせているのは例の階段で拾った呪符。眼前に物証を突き付けられた理事長は顔色を青くしている。
「これは自衛隊の特殊処理班に提出させてもらう。もしかしたらお前たちに事情聴取をしたいという要請が舞い込むかもしれないが、それは俺が知ったことではない。国家権力からの要請に応じるもよし。もし歯向かおうというのだったら、それはお前たちの勝手だ」
「な、何が言いたいのだ。ワシに何をしろと言っているのだ?」
どうやらこの理事長は知らぬ存ぜぬで通すつもりのようだと聡史は即座に理解する。このような手合いを追い詰める方法は聡史の経験からいって実に単純明快。何も言葉を発しないままにアイテムボックスから魔剣オルバースを取り出す。
「ほれ」
大した気合も入れずに振り下ろされた魔剣は理事長の目の前にある高級そうな黒檀製のデスクをど真ん中から真っ二つにする。ひと振りで切断されたデスクはバランスを失って斜めに引っ繰り返っている。
聡史は手前にある邪魔なデスクを蹴飛ばして退かすと、椅子に腰掛けている理事長の胸倉を掴んで床に引きずり倒す。
ズン
「ヒッ!」
ついでに倒れている理事長の顔の真横にオルバースを突き刺しておく。その間わずか1秒の早業。目にも留まらないとはこういうことを指しているに違ない。だがやられたほうは堪ったものではない。顔の真横に剣を突き立てられた理事長は身じろぎひとつできずに聡史の顔を見上げている。もちろん歯の根がガチガチと音を立てているのは言うまでもない。
「よく覚えておくといいぞ。お前たちは何度手を下しても俺を殺せないが、俺はいつでもお前たちを殺せる。これは動かしようのない事実だ」
聡史は眼光にいつにもまして凄みを増している。理事長を屈服させるのが目的なのであらゆる手段で圧力を加えているよう。
「は、離れなさい。ご当主様から今すぐに離れなさい!」
聡史が声のする方向にチラリと視線を送ると、女性秘書が呪符を取り出して何らかの術を行使しようとしている。聡史的には女性に暴力を行使するのは気が進まないが、それは時と場合による。このまま放置するのは少々不味いと咄嗟に判断すると、体の方が勝手に動き出す。
「一流というのは警告する前に先に攻撃を仕掛けるんだよ」
聡史の動きは女性秘書の動体視力ではとてもではないが追い切れない。突然目の前に出現した聡史に彼女は口をパクパクして何も反応ができてはいない。
「三流は寝ていろ」
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「呆れたな。顔の真横に剣があるんだから、床から引き抜いて戦うくらいの気概を見せろ。いつまでそこに寝ているつもりなんだ? もしよかったら、そのまま永遠に寝かせてやろうか?」
意地の悪いフレーズを投げかける聡史に対して、理事長は小さく首を振って応えるのみ。とうに聡史の気迫に飲み込まれて抵抗しようという気力そのものを奪われている。
聡史の眼にはこの男はどうにも小物に映ってくる。こんな手合いにいつまでも構ってはいられない。聡史としても時間は惜しい。主に今夜ガサ入れに出動する妹に念入りに言い聞かせておかないといけない話が山ほどある。
そこで聡史は、いかにも「たった今思い立ちました」という表情で理事長に提案する。
「そうだ、この場を丸く収めるいい案を思いついたぞ。お前はこれからあそこのソファーで辞表を書け。お前のような老害がこの学院から出ていけば、お互いに顔を合わせることもなくなるだろう。それこそが双方にとっての幸せじゃないのか? どうする?」
聡史の目的は最初からコレ。急に思いついたフリをしているだけで、理事長自筆の辞表を握ることこそが本日最大の目的といっていい。
床に突き刺さっているオルバースを引き抜いてから理事長の襟首を掴んで無理やり立たせると、顎で「早よう書け!」と合図する。先程までよりも態度が軟化しているように見えるが、その実彼の目は一切笑ってはいない。それだけに理事長は聡史に対して髪の毛一筋分も逆らえずに、言われるがままにソファーで辞表を書き記す。
「ふむふむ、理事会宛ての正式な辞表だな。体裁は整っているからこれでいいだろう。それじゃあ邪魔したな。くれぐれも命は大切にするんだぞ」
こうして聡史は理事長室を後にしていく。その足で学院長室を訪れるとちょうどそこは桜がやってきたタイミング。
「あら、お兄様はどちらに行ってらしたのですか?」
「ちょっと交渉にな。学院長、理事長から辞表を預かったので好きなタイミングで使ってください」
「辞表だと。ちょっと見せてみろ… うーむ、確かに体裁は整っているな。わかった、これは私が預かっておく」
こうして聡史はガサ入れに意気揚々と出掛けていく桜を見送る。この夜の大掛かりなガサ入れで東十条家の実働部隊ははぼ壊滅するのであった。当然その裏には学院の演習姿で気の向くままに荒れ狂う桜の姿があったのは言うまでもない。
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(https://kakuyomu.jp/works/16818023211703153243)
異世界で名を馳せた英雄「一条 拓斗(いちじょう たくと)」は、現代日本に帰還したはいいが、異世界で鍛えた魔力も身体能力も失われていた。
残ったのは魔物退治の経験や、魔法に関する知識、異世界言語能力など現代日本で役に立たないものばかり。
一般人として生活するようになった拓斗だったが、持てる能力を一切活かせない日々は苦痛だった。
そんな折、現代日本に迷宮と魔物が出現。それらは拓斗が異世界で散々見てきたものだった。
そして3年後、ついに迷宮で活動する国家資格を手にした拓斗は、安定も平穏も捨てて、自分のすべてを活かせるはずの迷宮へ赴く。
異世界人「フィリア」との出会いをきっかけに、拓斗は自分の異世界経験が、他の初心者同然の冒険者にとって非常に有益なものであると気づく。
やがて拓斗はフィリアと共に、魔物の倒し方や、迷宮探索のコツ、魔法の使い方などを、時に直接売り、時に動画配信してお金に変えていく。
さらには迷宮探索に有用なアイテムや、冒険者の能力を可視化する「ステータスカード」を発明する。
そんな彼らの活動は、ダンジョン黎明期の日本において重要なものとなっていき、公的機関に発展していく――。
玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~
やみのよからす
ファンタジー
病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。
時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。
べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。
月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ?
カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。
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