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2:二人旅
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しおりを挟む伯爵家の子息のままであったのなら、そういう見栄のようなものも必要かもしれない。だが、もはや俺はただの平民なのだから。
「ほら、お兄ちゃんに甘えてくれよ。そろそろ眠いんじゃないか?」
「は?」
俺を乗せた腕とは反対の手が、俺を抱き寄せ背中を叩く。
何を言っているんだ。眠くなんて、と言おうとした口が欠伸をかみ殺していた。次第に目頭が重たく、瞼が持ち上がらなくなってきた。
まて、どういうことだ。
「ね? ほら、お眠りよ。全部やっておくよ」
「おい、ふざけ、……っ、」
睨み付けるつもりで顔をあげれば、うっかり見てしまったベリーの目が、たまらなく愉快だという感情を乗せ、それはそれは妖しく煌めいていた。
俺は……どうやらベリーの技を喰らったらしい。
*****
ぱちり。
見上げた天井は美しい夜空ではなく、素朴ながら丁寧に磨かれている木目。傷みは少なそうで、天井だからと手を抜かずに丁寧に扱われているのだろうことが伺える。
「…………」
左右に視線を動かせば、右手には窓があり、左手にはベッドがもう一台。使われた形跡はなく、空いている。
改めて窓の外を見ればまだ夜半。周囲はしんと静まり返っているが、商業区の方向が明るいからか窓からのぞく星の光は仄かだ。
ぼんやりと淡い星空を眺めて少し。もう一度、左隣のベッドを見る。やはり居ない。
「……どこに」
そもそもここは何処なのか。ギルドで勧められた場所なのか、そうではないのか。
顔ごと天井へ向け、目を閉じる。薄く、手早く魔力を広げていく。どこまでもどこまでも伸ばしていく。
宿屋の名、近隣の店、町の外、近くの森の中。どんな存在がどこで何をしているのか。ざっと探った後は必要なものだけを拾い上げるように取捨選択していく。
ここに居ないベリーは、どうやら下の食堂で何人かの冒険者と話し込んでいるようだった。
鑑定で飛ばした俺の魔力への、まるで返事のようなベリーの魔力が飛んできた。ほぅ、と一つ息を吐く。
ベリーの話し相手の冒険者は、この宿に泊まっている中では中々実力がありそうだった。その辺りもしっかり見極めてからの選択・行動なのだろう。
今更降りていくのもなんだしと、空間魔法にて収納していた、ギルドについてまとめられている冊子を取り出す。
まずは目次。そして次ページから、ギルドとは、ギルドの存在意義と目的、冒険者とは、冒険者に求められる心構え、冒険者登録をするということ、ランクについて、冒険者のランクと魔物ランクについて、身近な魔物一覧(なんと現在わかっている弱点まで)、職ごとのおすすめな初期装備、歴史上の英雄、歴史上の災害級の魔物について、強敵との闘い・敵前逃亡することについて、命をだいじに、依頼を受諾すること・方法、依頼の失敗について、高ランク冒険者への指名依頼・受諾・拒否・失敗それぞれへのメリットデメリット……。
なるほど、これを全てあの場で聞くのはつらいだろう。冒険者が身近な存在でなければ、心構えなど気にも留めないだろう。
知能のある生き物は己の物差しでことをはかりがちだ。自分が知っているのだから、相手も最低限知っていると思って話しかけることがある。初めて試みると伝えてあったとしても、その者にとって過去の感情や知識は上書きされてしまい、意外と重要なことを当たり前として伝えない、なんてこともある。
新人自身が必要な情報を、前もって揃えられるとは限らない。
流し見てみたが、新人相手には十二分な内容といえるだろう。
応援ありがとうございます!
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