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第1話「泡の浮かぶ朝」
第1話「泡の浮かぶ朝」
キッチンの窓から差し込む朝日が、食器用洗剤の泡をキラキラと輝かせていた。私は無心に茶碗を洗いながら、その泡が指先から滑り落ちていくのを見つめる。
「ママ、お弁当は?」
娘の莉子が階段を駆け下りてくる音がする。中学二年生。最近は反抗期なのか、私との会話も減ってきた。
「もうできてるわよ。テーブルの上」
「ありがと」
短い返事。それでも、ちゃんと「ありがと」と言ってくれる。それだけで、私は少しだけ救われる。
夫の健一はすでにリビングでネクタイを締めていた。四十二歳。私より三つ年上。結婚して十五年。娘が一人。ごく普通の家族。ごく普通の朝。
「今日は遅くなるかもしれない」
健一が鏡に向かって髪を整えながら言う。
「わかった。夕飯は?」
「いらない。外で済ませる」
「そう」
会話はいつも必要最低限。でも、それが不満というわけでもない。長年連れ添った夫婦なんて、こんなものだろう。愛がなくなったわけじゃない。ただ、言葉にしなくても分かり合えるようになっただけ。
そう、自分に言い聞かせる。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
玄関のドアが閉まる音。莉子も遅れて出ていく。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
また、ドアが閉まる音。
静寂。
私は三十九歳。専業主婦。趣味は読書と、たまに観る映画。友人は数人いるけれど、頻繁に会うわけでもない。
シンクに戻って、残りの食器を洗う。泡が立つ。消える。また立つ。
この繰り返しが、私の人生なのかもしれない。
ふと、窓の外を見る。秋の空が高く、雲が流れている。
今日は、買い物に行こう。冷蔵庫の中身が寂しい。夕方のスーパーは混むから、午前中に済ませてしまおう。
洗い物を終えて、手を拭く。エプロンを外して、部屋着のままリビングに戻る。
テレビをつける。情報番組が流れている。芸能人の不倫騒動。コメンテーターたちが口々に意見を述べている。
「家庭を壊してまで、そんなことする意味がわからない」
画面の中の女性が眉をひそめて言う。
私も同感だ。でも、どこか遠い世界の話のように感じる。
私には関係ない。
そう思いながら、チャンネルを変える。
午前十時。着替えて、化粧をして、買い物バッグを持って家を出る。
最寄りのスーパーまで徒歩十分。秋の風が心地いい。住宅街の中を歩きながら、季節の移り変わりを感じる。
スーパーの自動ドアが開く。平日の午前中だから、客はまばら。主婦たちが野菜売り場に集まっている。
私もカートを押しながら、野菜コーナーへ向かう。
大根、白菜、にんじん、玉ねぎ。冬に向けて、温かい料理が恋しくなる季節だ。
「奈々子?」
背後から声がした。
私は振り返る。
そこに立っていたのは、見覚えのある顔。いや、見覚えどころじゃない。忘れられるはずがない顔。
「…久しぶり」
彼は微笑んでいた。
佐々木拓也。
私の、元彼だった。
キッチンの窓から差し込む朝日が、食器用洗剤の泡をキラキラと輝かせていた。私は無心に茶碗を洗いながら、その泡が指先から滑り落ちていくのを見つめる。
「ママ、お弁当は?」
娘の莉子が階段を駆け下りてくる音がする。中学二年生。最近は反抗期なのか、私との会話も減ってきた。
「もうできてるわよ。テーブルの上」
「ありがと」
短い返事。それでも、ちゃんと「ありがと」と言ってくれる。それだけで、私は少しだけ救われる。
夫の健一はすでにリビングでネクタイを締めていた。四十二歳。私より三つ年上。結婚して十五年。娘が一人。ごく普通の家族。ごく普通の朝。
「今日は遅くなるかもしれない」
健一が鏡に向かって髪を整えながら言う。
「わかった。夕飯は?」
「いらない。外で済ませる」
「そう」
会話はいつも必要最低限。でも、それが不満というわけでもない。長年連れ添った夫婦なんて、こんなものだろう。愛がなくなったわけじゃない。ただ、言葉にしなくても分かり合えるようになっただけ。
そう、自分に言い聞かせる。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
玄関のドアが閉まる音。莉子も遅れて出ていく。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
また、ドアが閉まる音。
静寂。
私は三十九歳。専業主婦。趣味は読書と、たまに観る映画。友人は数人いるけれど、頻繁に会うわけでもない。
シンクに戻って、残りの食器を洗う。泡が立つ。消える。また立つ。
この繰り返しが、私の人生なのかもしれない。
ふと、窓の外を見る。秋の空が高く、雲が流れている。
今日は、買い物に行こう。冷蔵庫の中身が寂しい。夕方のスーパーは混むから、午前中に済ませてしまおう。
洗い物を終えて、手を拭く。エプロンを外して、部屋着のままリビングに戻る。
テレビをつける。情報番組が流れている。芸能人の不倫騒動。コメンテーターたちが口々に意見を述べている。
「家庭を壊してまで、そんなことする意味がわからない」
画面の中の女性が眉をひそめて言う。
私も同感だ。でも、どこか遠い世界の話のように感じる。
私には関係ない。
そう思いながら、チャンネルを変える。
午前十時。着替えて、化粧をして、買い物バッグを持って家を出る。
最寄りのスーパーまで徒歩十分。秋の風が心地いい。住宅街の中を歩きながら、季節の移り変わりを感じる。
スーパーの自動ドアが開く。平日の午前中だから、客はまばら。主婦たちが野菜売り場に集まっている。
私もカートを押しながら、野菜コーナーへ向かう。
大根、白菜、にんじん、玉ねぎ。冬に向けて、温かい料理が恋しくなる季節だ。
「奈々子?」
背後から声がした。
私は振り返る。
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佐々木拓也。
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