【完結】泡になった約束

山田森湖

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第4話「境界線の内側」

第4話「境界線の内側」

 翌朝。

 いつもと同じ朝のはずなのに、何かが違う。

 昨夜はよく眠れなかった。拓也の顔が夢に出てきた。私たちが大学生だった頃の、若い二人。

 目が覚めた時、隣で健一が寝息を立てていた。その寝顔を見ながら、私は罪悪感に襲われた。

 何も悪いことはしていない。ただ、昔の恋人と偶然会って、少し話しただけ。

 それなのに、なぜこんなに胸が苦しいんだろう。

「おはよう」

 健一が目を覚ました。

「おはよう」

 私は笑顔を作る。

「今日も天気よさそうだね」

「そうね」

 会話は表面的だ。でも、それでいい。深く踏み込まなければ、何も壊れない。

 午前中。

 洗濯物を干しながら、スマホが鳴った。

 見ると、知らない番号。

 迷惑電話かと思いつつ、出てみる。

「もしもし」

「あ、奈々子?俺、拓也」

 心臓が跳ねた。

「どうして、番号…」

「ごめん。昨日、あの後ちょっと調べたら、SNSで見つけて。で、共通の友達経由で聞いちゃった」

 驚きと、少しの戸惑い。

「そう…」

「迷惑だった?ごめん」

「いや、別に」

 嘘だ。迷惑なはずなのに、声を聞いて嬉しくなっている自分がいる。

「あの、もしよかったら、今度ちゃんと話さない?昨日は急だったし、ちゃんと近況報告とかしたいなって」

 断るべきだった。

 でも、私は言った。

「いいよ」

「本当?じゃあ、いつがいい?」

「平日なら…」

「来週の水曜日は?ランチでも」

「大丈夫」

「じゃあ、またこっちから連絡するね」

「うん」

 電話が切れた。

 私は洗濯バサミを手に持ったまま、呆然と立ち尽くしていた。

 午後。

 近所のカフェで、友人の由美と会った。彼女とは高校時代からの付き合いで、月に一度くらいこうしてお茶をする。

「最近どう?」

 由美がカフェラテを飲みながら聞いてくる。

「普通かな」

「健一さんは元気?」

「うん、相変わらず忙しそうだけど」

「いいなあ。うちなんて、旦那が休日もゴロゴロしてばっかりで」

 由美は笑う。彼女は明るくて、いつも前向きだ。

「あ、そういえば」

 私は思わず口を開いていた。

「元彼に会ったんだ」

 由美の目が丸くなる。

「え!誰?大学時代の?」

「うん…拓也くん」

「佐々木くん!?懐かしい!どこで会ったの?」

「スーパーで、偶然」

「へえ…で、どうだった?」

「普通に話したよ。結婚してるって」

「そっか。奈々ちゃんは、どう思った?」

「別に…ただ、懐かしいなって」

 由美はじっと私を見つめた。

「嘘つき」

「え?」

「奈々ちゃん、顔に出てる。動揺してるでしょ」

 ギクリとする。

「そんなこと…」

「あのね、奈々ちゃん。気持ちはわかるよ。初恋の人って、特別だもん。でも」

 由美は真面目な顔になった。

「今の家族を大切にしてね」

「わかってる」

「本当に?」

「本当だよ」

 私は笑った。でも、その笑顔がどこまで本物だったのか、自分でもわからなかった。

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