【完結】泡になった約束

山田森湖

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第25話「泡になった約束」

第25話「泡になった約束」


 十一月に入り、冬の気配が近づいてきた。

 朝、キッチンで食器を洗いながら、窓の外を見る。

 冷たい風が、木々を揺らしている。

 シンクの泡が、光を浴びてキラキラと輝く。

 もう、この泡を見ても、拓也のことを思い出さなくなった。

 ただの泡。

 すぐに消える、儚いもの。

 それだけ。

 午後。

 近所のスーパーに買い物に行った。

 野菜売り場で、ふと振り返る。

 あの日、ここで拓也と再会した。

 あれから、どれくらい経ったんだろう。

 二ヶ月?

 短いようで、長い時間だった。

 でも、もう過去のこと。

 カートを押しながら、今夜の献立を考える。

 鍋にしよう。

 家族で囲む、温かい鍋。

 それが、今の私の幸せ。

 夜。

 鍋を囲んで、三人で食卓を囲む。

「美味しい」

 莉子が嬉しそうに食べている。

「良かった」

「最近、ママの料理、前より美味しくなった気がする」

「そう?」

「うん。なんか、愛情感じる」

 莉子の言葉に、健一が笑う。

「莉子、いいこと言うね」

「でしょ」

 私も笑った。

 本当の笑顔で。

 健一が私の手をそっと握った。

 テーブルの下で、誰にも見えないように。

 私も、握り返す。

 この手を、もう離さない。

 その夜。

 布団に入ってから、健一が話しかけてきた。

「奈々子、最近、本当に笑顔が増えたね」

「そう?」

「うん。前の奈々子に戻った気がする」

「前の?」

「結婚したばかりの頃の」

 健一が私を抱き寄せる。

「ずっと、こうしていたいな」

「私も」

 私は健一の胸に顔を埋める。

 温かい。

 安心する。

 これが、私の居場所。

「愛してる」

 健一が囁く。

「私も、愛してる」

 心から、そう思えた。

 翌朝。

 いつもと同じ朝。

 健一と莉子を見送って、一人になる。

 洗濯物を干しながら、空を見上げる。

 青い空。白い雲。

 拓也は、今どこで何をしているんだろう。

 ふと、そう思う。

 でも、もう会うことはない。

 あの約束は、泡になった。

 美しい思い出として、心の奥にしまっておこう。

 風が吹いて、洗濯物が揺れる。

 私は微笑んで、また洗濯物を干し始めた。

 日常が、愛おしい。

 この繰り返しが、幸せなんだと、今はわかる。

 泡のように消えた約束。

 でも、消えたからこそ、残ったものの大切さに気づけた。

 それで、良かったんだと思う。
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