ひとつの恋、いくつもの物語【学生純愛短編集】

山田森湖

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好きだから、逃げてた

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好きだから、逃げてた


 好きなのに、どうしても素直になれなかった。
 私――ヒナは、高校二年の春からずっと、ユウトのことが好きだ。

 彼は誰にでも優しくて、明るくて、男女問わず人気がある。
 廊下ですれ違うたびに胸がぎゅっとなるのに、私はいつもわざと目を逸らしていた。
 話しかけられても、つい冷たい口調になってしまう。
 ほんとは笑いたいのに、頬が引きつる。
 彼の隣で素直に笑ってる女子たちが、羨ましくて仕方なかった。

 そんな私を見て、きっと彼は「感じ悪い女」って思ってる。
 そう思うと余計に怖くて、また距離を取ってしまう。
 ——恋って、こんなに不器用になるものなんだろうか。

 放課後の教室。
 黒板の文字が消え、誰もいない静けさが落ちていた。
 私は自分の机に残ったプリントを取りに戻った。
 すると、窓際に一人、ユウトがいた。

 夕焼けの光が彼の横顔を照らして、まるで映画のワンシーンみたいだった。
 「あ……まだいたんだ」
 声が震えた。

 ユウトは振り向いて、少しだけ笑った。
 「ヒナこそ。忘れ物?」
 「う、うん。プリント」
 早く帰ればいいのに、身体が動かなかった。
 沈黙が、二人の間に落ちる。

 彼がふと、少し寂しそうに言った。
 「なあ……俺、なんかヒナに嫌われてる?」

 その言葉に、心臓が跳ねた。
 「……え?」
 「いつも冷たいし、話しかけてもすぐどっか行くし。俺、なんかしたかなって」
 まっすぐな視線に、息が止まった。

 本当は大好きで、でもその“まっすぐさ”がまぶしすぎて。
 自分が恥ずかしくて、近づけなかったんだ。

 「……違うの。嫌いとかじゃない」
 「じゃあ、なんで?」
 彼が一歩近づく。
 机越しに距離が詰まる。
 逃げたくなるのに、足が動かない。

 「……好きだから、逃げてたの」
 小さな声だった。
 だけど、教室にはそれしか響かなかった。

 ユウトの目が少し驚いたように見開かれ、次の瞬間、柔らかく笑った。
 「……そういうことか」
 「……ごめん。感じ悪くて」
 「謝んなくていいよ。俺も、ヒナのそういうとこ見て、ずっと気になってた」
 「え……?」
 「たぶん、最初から好きだったんだと思う。素直に言えなかったの、俺も同じかも」

 静かな夕焼けの中で、ユウトがゆっくりと手を伸ばした。
 机の上で、彼の指先が私の指に触れる。
 それだけで、胸が熱くなった。

 「……もう、逃げないで」
 「うん……」

 そのまま、彼がそっと私の手を包む。
 指先が絡まるたびに、鼓動の音が重なっていく。

 そして、彼の顔が近づいた。
 息が触れそうな距離で、瞳が重なる。
 私は目を閉じた。

 ——優しく、唇が触れた。

 それは想像していたよりもずっと、温かくて。
 怖くて避けていた“恋”の全てが、静かに溶けていく気がした。

 唇が離れたあとも、彼の手は離れなかった。
 「ねえ、ヒナ」
 「うん」
 「明日、ちゃんとみんなの前で話しかけてもいい?」
 「……うん。ちゃんと笑うから」
 「じゃあ、約束」

 指切りのように、小指を絡めた。
 夕焼けの光がオレンジ色に差し込み、影がひとつになった。

 あのときの私は、背伸びも見栄も全部やめて、やっと“好き”をまっすぐ言えた。
 不器用で、遅くて、だけど――それが私たちの恋の始まりだった。

 放課後の教室に残る光の中で、
 初めて手を繋いだあの瞬間を、私は今でも覚えている。
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