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玉座の間ほど広くはないが、王城の奥深くに設えられた謁見の間は、それだけで十分に威圧感を放っていた。
光沢のある大理石の床に、静まり返る空気。ココナ・フォルティアはその中心で、まるで貴族の仕来り通りに相手を迎えるように佇んでいた。だが彼女の表情には、戸惑いと何かに抗おうとする微かな意志が見え隠れする。
「ココナ・フォルティア。これまでの縁に感謝する。しかし、本日をもって、そなたとの婚約を解消したい」
告げたのは、王太子アルトワーズ・ガルシア。その声に迷いやためらいはなかった。
ココナは一瞬、心臓が止まったかのように感じた。
「……はい? それはどういう……」
曖昧な笑みを浮かべそうになるのをこらえ、必死に状況を理解しようとする。言っている意味がわからない。つい先日までは、王太子妃としての礼儀作法を必死に学び、宮殿での生活に馴染むよう努力を重ねていたのだ。
しかし、その努力をかき消すように突きつけられた“婚約破棄”という言葉。国中が注目する縁談を結んでいたはずの二人に、一体何があったのか——そう問いかけるように、周囲の廷臣たちが硬い表情で黙っている。
「詳しい話は、いずれ正式な書簡で届けさせる。……許せ、こうせざるを得ない事情があるのだ」
アルトワーズは冷静だった。怒りも悲しみも見せず、まるで儀式を終わらせるかのように、ココナへと頭を下げる。
「事情、ですか」
ココナの胸の奥で、何かが剥がれ落ちるような感覚がした。どうしても納得がいかない。だがこの場で問い詰めたところで、結果は変わらないだろう。相手は国の第一王子。王家の意向が覆されることは、通常ありえない。
ふと、脳裏に父リシュモンド伯爵の言葉がよぎる。——“王族との婚約は政治的意味合いも大きい。お前自身の気持ちだけでは計り知れないものが絡んでいることを忘れるな”。それでも、これほど一方的に破棄されるとは夢にも思わなかった。
「……わかりました」
そう小さく答えると、膝を折りそうになるのを踏みとどまり、ココナは必死に気丈な態度を保つ。今、ここで取り乱せば、“悪役令嬢”という不名誉な呼び名をさらに強く印象づけるだけだ。実際は、苛立ちと哀しみで胸がいっぱいだった。
「ご厚意に、これまで深く感謝申し上げます。今後はどうぞ、ご自由に」
皮肉めいた言葉が、思わず口をついて出てしまった。自分でも嫌な性格だと思う。だが、こうでもしなければ、涙がこぼれ落ちそうだった。アルトワーズは、一瞬だけ眉を動かし、そのまま黙してしまう。
王太子に続いて、周囲の廷臣らも退席を促す空気が流れる。ココナは服の裾をつかみ、ゆっくりと礼をして、その場を後にした。
——婚約破棄。王太子との結婚は、ココナの伯爵家にとっても一大事だった。それが取り消されれば、フォルティア家の名誉に傷がつくのは必至。どれだけの侮蔑と憐憫の視線を浴びることになるのか、考えるだけで気が重い。
だが何よりも、ココナ自身の心が空っぽだった。王太子が何を思い、何を背負って彼女を棄てたのか。話し合いの余地すら与えられないまま、全てが一瞬で終わってしまったのだ。
「……そう、私はもう、捨てられたのね」
宮殿の廊下を歩きながら、誰にも聞こえないような声で呟く。その背中は、一人の乙女が背負うにはあまりに重い現実を映していた。
光沢のある大理石の床に、静まり返る空気。ココナ・フォルティアはその中心で、まるで貴族の仕来り通りに相手を迎えるように佇んでいた。だが彼女の表情には、戸惑いと何かに抗おうとする微かな意志が見え隠れする。
「ココナ・フォルティア。これまでの縁に感謝する。しかし、本日をもって、そなたとの婚約を解消したい」
告げたのは、王太子アルトワーズ・ガルシア。その声に迷いやためらいはなかった。
ココナは一瞬、心臓が止まったかのように感じた。
「……はい? それはどういう……」
曖昧な笑みを浮かべそうになるのをこらえ、必死に状況を理解しようとする。言っている意味がわからない。つい先日までは、王太子妃としての礼儀作法を必死に学び、宮殿での生活に馴染むよう努力を重ねていたのだ。
しかし、その努力をかき消すように突きつけられた“婚約破棄”という言葉。国中が注目する縁談を結んでいたはずの二人に、一体何があったのか——そう問いかけるように、周囲の廷臣たちが硬い表情で黙っている。
「詳しい話は、いずれ正式な書簡で届けさせる。……許せ、こうせざるを得ない事情があるのだ」
アルトワーズは冷静だった。怒りも悲しみも見せず、まるで儀式を終わらせるかのように、ココナへと頭を下げる。
「事情、ですか」
ココナの胸の奥で、何かが剥がれ落ちるような感覚がした。どうしても納得がいかない。だがこの場で問い詰めたところで、結果は変わらないだろう。相手は国の第一王子。王家の意向が覆されることは、通常ありえない。
ふと、脳裏に父リシュモンド伯爵の言葉がよぎる。——“王族との婚約は政治的意味合いも大きい。お前自身の気持ちだけでは計り知れないものが絡んでいることを忘れるな”。それでも、これほど一方的に破棄されるとは夢にも思わなかった。
「……わかりました」
そう小さく答えると、膝を折りそうになるのを踏みとどまり、ココナは必死に気丈な態度を保つ。今、ここで取り乱せば、“悪役令嬢”という不名誉な呼び名をさらに強く印象づけるだけだ。実際は、苛立ちと哀しみで胸がいっぱいだった。
「ご厚意に、これまで深く感謝申し上げます。今後はどうぞ、ご自由に」
皮肉めいた言葉が、思わず口をついて出てしまった。自分でも嫌な性格だと思う。だが、こうでもしなければ、涙がこぼれ落ちそうだった。アルトワーズは、一瞬だけ眉を動かし、そのまま黙してしまう。
王太子に続いて、周囲の廷臣らも退席を促す空気が流れる。ココナは服の裾をつかみ、ゆっくりと礼をして、その場を後にした。
——婚約破棄。王太子との結婚は、ココナの伯爵家にとっても一大事だった。それが取り消されれば、フォルティア家の名誉に傷がつくのは必至。どれだけの侮蔑と憐憫の視線を浴びることになるのか、考えるだけで気が重い。
だが何よりも、ココナ自身の心が空っぽだった。王太子が何を思い、何を背負って彼女を棄てたのか。話し合いの余地すら与えられないまま、全てが一瞬で終わってしまったのだ。
「……そう、私はもう、捨てられたのね」
宮殿の廊下を歩きながら、誰にも聞こえないような声で呟く。その背中は、一人の乙女が背負うにはあまりに重い現実を映していた。
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