婚約破棄ですか?道連れにしますけど?

ともえなこ

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決別の夜会

きらびやかなシャンデリアの光が、磨き上げられた大理石の床に乱反射している。

流れるのは優雅なワルツ。着飾った紳士淑女たちが、楽しげにグラスを傾け、談笑に花を咲かせていた。

ここは、王国宰相が主催する夜会。

その華やかな輪の中心から少しだけ外れた場所で、私、レベッカ・ バナ・ナティアーノは、一人の男を探していた。

「ジュリアン様はどこかしら……」

私の婚約者である、ジュリアン・ド・ラ・クロワ公爵子息。

この国の女性ならば誰もが羨む、完璧な婚約者。

「あら、レベッカ様。ジュリアン様でしたら、あちらのテラスにいらっしゃいましたわよ」

声をかけてきた侯爵令嬢に、私は完璧な淑女の笑みで応える。

「ありがとう。助かるわ」

内心で舌打ちしながら、私は優雅な足取りでテラスへと向かった。

最近のジュリアン様は、どうもよそよそしい。

今日も、会場に着くなり私を置いてどこかへ行ってしまった。

公爵家に嫁ぐこの私を、あまり待たせるものではないわ。少しお灸を据えてさしあげないと。

そんなことを考えながらテラスに足を踏み入れた瞬間、私の思考は凍り付いた。

「……ジュリアン、様……?」

そこにいた。

私の婚約者は、確かにそこにいた。

けれど、その隣には、か細く可憐な一輪の花のような令嬢が寄り添い、ジュリアン様はその肩を優しく抱いていた。

リリアナ・グレイ……確か、伯爵家の。

「ああ、リリアナ。君の瞳は、夜空に輝く星よりも美しい」

「そ、そんな……ジュリアン様ったら、お上手なんですから……」

甘ったるい声。蕩けるような表情。

私には決して見せたことのない顔だった。

カツン、と私のヒールが音を立てる。

その音に、二人はようやく私に気づいたようだ。

ジュリアンはバツが悪そうな顔を一瞬だけ見せたが、すぐにふてぶてしいとも言える傲慢な表情に戻った。

「なんだ、レベッカか。驚かせるな」

「……ジュリアン様。そちらの方と、どういうご関係なのか、説明していただけるかしら?」

私の声は、自分でも驚くほど冷たく響いた。

震える体を、侯爵令嬢としての矜持だけで支える。

するとジュリアンは、リリアナ嬢の肩をさらに強く抱き寄せ、私に向かって言い放った。

「ああ、丁度いい。皆にも聞こえるように、ここでハッキリさせておこう」

彼はわざと大きな声を出し、周囲の注目を自分たちに集めた。

ざわめきが波のように広がり、夜会の主役が私たちになったことを告げている。

やめて。

こんな、衆目のもとで。

私のプライドが、悲鳴を上げていた。

だが、ジュリアンは止まらない。

彼は私の心を壊すために、最も残酷な言葉を、笑顔で紡いだ。

「レベッカ・ バナ・ナティアーノ! 私は、君との婚約を、今この時をもって破棄させてもらう!」

シン、とテラスが、いや、ホール全体が静まり返る。

全ての視線が、私に突き刺さる。

同情、好奇、そして嘲笑。

「な……にを……」

「君のその傲慢さ、嫉妬深さ、人の心を持たない冷酷さ! もう、うんざりなんだ!」

ジュリアンは、まるで悲劇のヒーローのように、大げさに嘆いてみせる。

「私は真実の愛を見つけた。このリリアナこそ、私の運命の女性だ! 君のような悪役令嬢が、私の隣に立つ資格はない!」

悪役令嬢。

その言葉が、私の頭の中で何度も反響する。

ああ、そう。

私は、あなたに愛されるために、完璧な淑女を演じてきた。

あなたの隣に立つにふさわしい女であるために、どれほどの努力をしてきたと思っているの。

それなのに。

あなたは、こんなぽっと出の、何を考えているかもわからない女のために、私を捨てるというの。

私の家を、ナティアーノ侯爵家を、敵に回すというの。

目の前が、ぐにゃりと歪む。

涙が溢れそうになるのを、奥歯を噛みしめて必死にこらえた。

泣いてはいけない。

ここで泣いたら、本当に私は、捨てられた惨めな女になってしまう。

「……そう、ですか」

ようやく絞り出した声は、掠れていた。

ジュリアンは満足げに頷く。

「そうだ。物分かりが良くて助かる。さあ、リリアナ。行こう。こんな女のことは忘れて、僕たちの未来を祝おうじゃないか」

彼が私に背を向け、リリアナ嬢の手を取って一歩踏み出した、その時。

ぷつん。

私の頭の中で、最後の理性を繋ぎとめていた細い糸が、大きな音を立てて切れた。

ああ、そう。

そうよね。

婚約破棄。結構だわ。

でも、ただで破滅してあげるなんて、そんなお人よしだとお思い?

「お待ちになって、ジュリアン様」

私の呼びかけに、彼は心底面倒くさそうに振り返る。

「まだ何かあるのか? 往生際が悪いぞ」

私は、ゆっくりと顔を上げた。

涙は、もうどこかへ消えていた。

代わりに、私の顔には、きっと人生で一番美しい笑顔が浮かんでいたことだろう。

「ええ、ええ。最後のご挨拶を、と」

私は、ゆっくりとドレスの裾を持ち上げ、淑女の礼をする。

そして、言った。

「婚約破棄、確かに承りました」

「ですが、ジュリアン様。あなた一人が幸せな未来を迎えるなんて、そんなこと、この私が許すと思いますか?」

「私の家も、あなたの家も……ここで終わりにして差し上げますわ」

私の言葉の意味が分からず、ジュリアンが眉をひそめる。

周囲の貴族たちも、何が始まるのかと固唾をのんで見守っている。

私は笑みを深くした。

「道連れですわ。盛大に、いきましょう?」

さあ、ショーの始まりよ。

私が全てを壊してあげる。

あなたの未来も、私の未来も、何もかも。

この夜会を、私たちの破滅の舞台に変えて。

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