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不穏な影
図書室での一件以来、私とアレクシス王子の間には、再び目に見えない壁ができてしまった。
彼も私も、互いにどう接していいのかわからず、顔を合わせれば、ぎこちない挨拶を交わすだけの日々が続いていた。
そんなある日。
アレクシスは、王宮の執務室で、宰相と密偵からの報告を受けていた。
彼の前には、数枚の羊皮紙が広げられている。
その表情は、普段のポーカーフェイスよりもさらに険しく、厳しい光を宿していた。
「……それで、間違いないのだな」
アレクシスの低い声に、密偵は深く頭を垂れる。
「はっ。国外追放処分となった、旧ナティアーノ家、並びに旧クロワ家の元家臣たちが、国境近くの街で、複数回にわたり密会を重ねているとの情報にございます」
「目的はなんだ」
「それはまだ……。しかし、彼らの間では、不審な金の流れも確認されております。追放された者たちが持つには、あまりに額が大きい」
宰相が、苦々しい顔で付け加える。
「金の出所が、全く掴めないのです、殿下。まるで、どこか別の場所から、潤沢な資金が供給されているかのようで……」
アレクシスは、指でこめかみを押さえた。
あの事件は、まだ終わってはいなかったのだ。
水面下で、何かが再び、うごめき始めている。
「特に、動きが活発なのは?」
「旧クロワ公爵家に仕えていた者たちにございます」
密偵の言葉に、アレクシスの眉がピクリと動く。
「そして、その者たちの動きの中心に、常に一人の女性の影が見え隠れいたします」
「……誰だ」
「リリアナ・グレイ。ジュリアン・クロワの、元婚約者にございます」
その名前に、アレクシスは目を見開いた。
あの、か弱そうに見えた伯爵令嬢。
ジュリアンの隣で、ただおびえているだけだと思っていた、あの女が?
「彼女が、残党をまとめ上げていると?」
「断定はできませぬ。しかし、資金の流れと、人の動き、その全てが、彼女に繋がっているのは事実。偶然とは、考えにくかと」
報告が終わり、宰相と密偵が部屋を辞去した後も、アレクシスはしばらくの間、椅子に座ったまま身動き一つしなかった。
脳裏に浮かぶのは、レベッカの顔。
図書室での、あの寂しそうな、それでいて頑なな瞳。
(このことを、彼女に話すべきか……?)
一瞬、そんな考えが頭をよぎる。
だが、すぐにそれを打ち消した。
(いや、まだ早い)
確たる証拠もない今、このことを話せば、彼女をいたずらに不安にさせるだけだ。
それに、これは彼女のかつての実家が関わる問題。
彼女が、どう受け止めるかもわからない。
(……まだ、彼女を完全に信用しきれていない、ということか。俺は)
その事実に、アレクシスは自嘲気味に息を吐いた。
守りたい、と思っている。
彼女の、あの誇り高い魂を、これ以上傷つけさせたくない。
だが同時に、心のどこかで、彼女が『ナティアーノ家の娘』であることを、忘れられずにいる自分もいた。
この複雑な感情を、どう処理すればいいのかわからない。
「……面倒なことになったな」
ぽつりと呟いたその声は、執務室の静寂に、重く吸い込まれていった。
アレクシスは、窓の外に広がる王宮の庭園に視線を移す。
あの日、ハーブを摘んでいた彼女の、無心な横顔を思い出す。
(何があっても、俺が、彼女を守る)
そう、心に誓ったはずだった。
だが、これから起ころうとしていることは、その誓いを試すかのような、大きな嵐の前触れなのかもしれない。
アレクシスの表情は、ますます険しくなっていくばかりだった。
図書室での一件以来、私とアレクシス王子の間には、再び目に見えない壁ができてしまった。
彼も私も、互いにどう接していいのかわからず、顔を合わせれば、ぎこちない挨拶を交わすだけの日々が続いていた。
そんなある日。
アレクシスは、王宮の執務室で、宰相と密偵からの報告を受けていた。
彼の前には、数枚の羊皮紙が広げられている。
その表情は、普段のポーカーフェイスよりもさらに険しく、厳しい光を宿していた。
「……それで、間違いないのだな」
アレクシスの低い声に、密偵は深く頭を垂れる。
「はっ。国外追放処分となった、旧ナティアーノ家、並びに旧クロワ家の元家臣たちが、国境近くの街で、複数回にわたり密会を重ねているとの情報にございます」
「目的はなんだ」
「それはまだ……。しかし、彼らの間では、不審な金の流れも確認されております。追放された者たちが持つには、あまりに額が大きい」
宰相が、苦々しい顔で付け加える。
「金の出所が、全く掴めないのです、殿下。まるで、どこか別の場所から、潤沢な資金が供給されているかのようで……」
アレクシスは、指でこめかみを押さえた。
あの事件は、まだ終わってはいなかったのだ。
水面下で、何かが再び、うごめき始めている。
「特に、動きが活発なのは?」
「旧クロワ公爵家に仕えていた者たちにございます」
密偵の言葉に、アレクシスの眉がピクリと動く。
「そして、その者たちの動きの中心に、常に一人の女性の影が見え隠れいたします」
「……誰だ」
「リリアナ・グレイ。ジュリアン・クロワの、元婚約者にございます」
その名前に、アレクシスは目を見開いた。
あの、か弱そうに見えた伯爵令嬢。
ジュリアンの隣で、ただおびえているだけだと思っていた、あの女が?
「彼女が、残党をまとめ上げていると?」
「断定はできませぬ。しかし、資金の流れと、人の動き、その全てが、彼女に繋がっているのは事実。偶然とは、考えにくかと」
報告が終わり、宰相と密偵が部屋を辞去した後も、アレクシスはしばらくの間、椅子に座ったまま身動き一つしなかった。
脳裏に浮かぶのは、レベッカの顔。
図書室での、あの寂しそうな、それでいて頑なな瞳。
(このことを、彼女に話すべきか……?)
一瞬、そんな考えが頭をよぎる。
だが、すぐにそれを打ち消した。
(いや、まだ早い)
確たる証拠もない今、このことを話せば、彼女をいたずらに不安にさせるだけだ。
それに、これは彼女のかつての実家が関わる問題。
彼女が、どう受け止めるかもわからない。
(……まだ、彼女を完全に信用しきれていない、ということか。俺は)
その事実に、アレクシスは自嘲気味に息を吐いた。
守りたい、と思っている。
彼女の、あの誇り高い魂を、これ以上傷つけさせたくない。
だが同時に、心のどこかで、彼女が『ナティアーノ家の娘』であることを、忘れられずにいる自分もいた。
この複雑な感情を、どう処理すればいいのかわからない。
「……面倒なことになったな」
ぽつりと呟いたその声は、執務室の静寂に、重く吸い込まれていった。
アレクシスは、窓の外に広がる王宮の庭園に視線を移す。
あの日、ハーブを摘んでいた彼女の、無心な横顔を思い出す。
(何があっても、俺が、彼女を守る)
そう、心に誓ったはずだった。
だが、これから起ころうとしていることは、その誓いを試すかのような、大きな嵐の前触れなのかもしれない。
アレクシスの表情は、ますます険しくなっていくばかりだった。
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