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十三歳、淡い初恋、片想い
バニラアイスを一緒に
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群青色のアーケードで飾られたカフェテラスに到着すると、テオが先に立って扉を押し開けた。
「先、入れば」
扉を押さえて促され、あのやんちゃだったテオがエスコートなんて真似ができるようになったんだと感心する。
ルークに先導され店内に入ると、ギャルソンエプロンを纏った男性店員が恭しく出迎えてくれた。テラス席が空いているということで、揃って店内の奥へと向かう。
天井を飾るアンティーク調のシェードランプや曇りなく磨かれた色付きの窓ガラス、その脇のテーブルには小粋なマダムが向かい合って談笑していた。
店員の後ろについていくと、縁飾りのついた大きなパラソルの下にある席を勧められ、引いてもらった椅子にタイミングを見計らいながら腰をおろす。すぐに真っ白なテーブルクロスの上に革張りのメニューと小さなベルが並べられた。
「ご注文がお決まりの頃、また参ります」
そう言い置くと、店員は滑るように店内奥へと消えていった。
三人だけになると、エマはほうと小さくため息をつく。
籐の椅子は体重を預けても軋み音一つ立てないし、背もたれに置かれた東洋趣味の刺繍がほどこされたシルクのクッションは中身がしっかり詰まっていて腰を支えてくれる。ぱりっと糊のかかったクロスの中央に備えられた花瓶は白磁だろうか、活けられた生花はたった今切ってきたように瑞々しい。
「なんか、すごいお店だね」
圧倒されながら感想を告げると、どっかりと椅子に背を預けたテオが「だせー、びびってんの」とせせら笑う。
「気取った店じゃないからいつも通りでいい」
ルークはそう言うけれど、静かで上質な店構えはワゴンとはまったく趣が違って妙に緊張してしまう。
「アイスクリームはここ」
「ありがと」
メニューをこちら側に向けてくれるルークにお礼を告げて紙面に視線を落とし、一番上から順番に文字を追っていく。
「俺決まった。レモンシャーベット。ルークは?」
「ラムレーズンとコーヒー。エマはどうする?」
「……ちょっと待って」
「どうせバニラだろ」
「まあ、そうかもしれないけど」
テオの言う通り、どこへ行ってもエマはバニラアイスを選びがちだ。シンプルなものが一番おいしいと思っている。
とはいえすべてのメニューを確認して比較検討して迷うことも楽しみの一つだと思うのだ。
「いいよ、ゆっくり選んで」
ルークはそう言うけれど、テオが手持ち無沙汰にテーブルの上で指を遊ばせる音がエマを急き立てる。
オレンジ、ベリー、チョコレートと目移りしながら一番下の段までたどり着く。
「……やっぱりバニラにする」
「ほらな、だから言ったろ」
「だって初めて来るお店だし、まずは基本を押さえようかと」
「お前いつもバニラで飽きねえの?」
「好きなんだもん」
テオのまぜっかえしにむっと唇を尖らせてみせる。
味の好みももちろんだけれど、バニラアイスには幼い頃の大切な思い出があった。その記憶が忘れられないというのもあって、いつも選んでしまう。
「はいはい、注文するから二人ともおとなしくしろ?」
ルークが片手を上げて店員を呼ぶと、代表して注文を通した。
程なくして、注文の品がそれぞれの前に置かれた。
ガラスの器に盛られた半球型のアイスを見て、エマは目を輝かせる。
「いただきます」
ご馳走してもらうこともあり、ルークに向かって手を合わせる。すると彼はポットを持ち上げてカップに紅茶を注ぎ入れながら目線で応じてくれた。
「んー、うまい」
声に反応して視線を移動させると、いち早くスプーン取りあげたテオがスプーンからあふれんばかりのレモンシャーベットを口に入れているところだった。味わって食べるなんて思いもよらないのだろう。
その間にルークは紅茶のカップをエマとテオの前に置いてくれる。
「ありがとう、ルーク」
「うん」
取っ手を取りやすい方に向けてくれる心遣いにほわっと胸が温かくなる。
同じ年なのにルークは大人びているというのか、落ち着きがあって視野が広い。テオとは大違いだ。
コーヒーカップを持ち上げるルークから視線を剥がし、エマはバニラアイスを一匙口に含んだ。ひやりとした感覚がすっと溶けて口内の熱を和らげてくれる。同時に濃厚ながら軽さもある甘みがシナモンの香りを纏いながら口の中に広がっていった。
「んー、おいしい……!」
目尻を下げて呟くと、ルークが「良かったな」と声をかけてくれる。
「口溶けがいつものと全然違うの。どうしてこんなふわっとしてるんだろ?」
「そんなにか?」
「うん。口の中でしゅっとなくなる」
「へー、一口ちょうだい」
エマは正面から伸びてくるテオのスプーンから守るように器を引き寄せた。
「いいけど、私が取るからね」
「じゃあ交換なら」
スプーンが引っ込められたかと思うと代わりにほんのちょっぴり薄黄色が残った器を差し出される。
「これ残ってるって言える?」
「味はわかるだろ」
スプーンの先を器の底に押し付けながら溶けかけたレモンシャーベットをスプーンに乗せ口に収める。
甘酸っぱさを感じ、エマは目を見張る。シャーベットがあっという間に溶けて消えた後は、削ったレモンの皮が舌に残った。そのかすかな苦味と塩味が絶妙に味を引き立てていて、ため息が漏れた。
味の余韻を感じながらバニラアイスをスプーンに乗せ器に取り分けようとした時、腕が掴まれる。
「わっ……?」
そのまま腕を引かれたかと思うとすぐにテオがスプーンを咥える。
「ん、うまい」
「もう、びっくりするでしょ」
ご満悦な様子のテオにエマは文句を告げる。
「だって溶けるし」
平然としているテオにこれ以上怒るのも馬鹿らしくて、器にスプーンを戻す。程よく溶けたバニラを口に運ぼうとすると、テオが隣に座るルークを振り返った。
「先、入れば」
扉を押さえて促され、あのやんちゃだったテオがエスコートなんて真似ができるようになったんだと感心する。
ルークに先導され店内に入ると、ギャルソンエプロンを纏った男性店員が恭しく出迎えてくれた。テラス席が空いているということで、揃って店内の奥へと向かう。
天井を飾るアンティーク調のシェードランプや曇りなく磨かれた色付きの窓ガラス、その脇のテーブルには小粋なマダムが向かい合って談笑していた。
店員の後ろについていくと、縁飾りのついた大きなパラソルの下にある席を勧められ、引いてもらった椅子にタイミングを見計らいながら腰をおろす。すぐに真っ白なテーブルクロスの上に革張りのメニューと小さなベルが並べられた。
「ご注文がお決まりの頃、また参ります」
そう言い置くと、店員は滑るように店内奥へと消えていった。
三人だけになると、エマはほうと小さくため息をつく。
籐の椅子は体重を預けても軋み音一つ立てないし、背もたれに置かれた東洋趣味の刺繍がほどこされたシルクのクッションは中身がしっかり詰まっていて腰を支えてくれる。ぱりっと糊のかかったクロスの中央に備えられた花瓶は白磁だろうか、活けられた生花はたった今切ってきたように瑞々しい。
「なんか、すごいお店だね」
圧倒されながら感想を告げると、どっかりと椅子に背を預けたテオが「だせー、びびってんの」とせせら笑う。
「気取った店じゃないからいつも通りでいい」
ルークはそう言うけれど、静かで上質な店構えはワゴンとはまったく趣が違って妙に緊張してしまう。
「アイスクリームはここ」
「ありがと」
メニューをこちら側に向けてくれるルークにお礼を告げて紙面に視線を落とし、一番上から順番に文字を追っていく。
「俺決まった。レモンシャーベット。ルークは?」
「ラムレーズンとコーヒー。エマはどうする?」
「……ちょっと待って」
「どうせバニラだろ」
「まあ、そうかもしれないけど」
テオの言う通り、どこへ行ってもエマはバニラアイスを選びがちだ。シンプルなものが一番おいしいと思っている。
とはいえすべてのメニューを確認して比較検討して迷うことも楽しみの一つだと思うのだ。
「いいよ、ゆっくり選んで」
ルークはそう言うけれど、テオが手持ち無沙汰にテーブルの上で指を遊ばせる音がエマを急き立てる。
オレンジ、ベリー、チョコレートと目移りしながら一番下の段までたどり着く。
「……やっぱりバニラにする」
「ほらな、だから言ったろ」
「だって初めて来るお店だし、まずは基本を押さえようかと」
「お前いつもバニラで飽きねえの?」
「好きなんだもん」
テオのまぜっかえしにむっと唇を尖らせてみせる。
味の好みももちろんだけれど、バニラアイスには幼い頃の大切な思い出があった。その記憶が忘れられないというのもあって、いつも選んでしまう。
「はいはい、注文するから二人ともおとなしくしろ?」
ルークが片手を上げて店員を呼ぶと、代表して注文を通した。
程なくして、注文の品がそれぞれの前に置かれた。
ガラスの器に盛られた半球型のアイスを見て、エマは目を輝かせる。
「いただきます」
ご馳走してもらうこともあり、ルークに向かって手を合わせる。すると彼はポットを持ち上げてカップに紅茶を注ぎ入れながら目線で応じてくれた。
「んー、うまい」
声に反応して視線を移動させると、いち早くスプーン取りあげたテオがスプーンからあふれんばかりのレモンシャーベットを口に入れているところだった。味わって食べるなんて思いもよらないのだろう。
その間にルークは紅茶のカップをエマとテオの前に置いてくれる。
「ありがとう、ルーク」
「うん」
取っ手を取りやすい方に向けてくれる心遣いにほわっと胸が温かくなる。
同じ年なのにルークは大人びているというのか、落ち着きがあって視野が広い。テオとは大違いだ。
コーヒーカップを持ち上げるルークから視線を剥がし、エマはバニラアイスを一匙口に含んだ。ひやりとした感覚がすっと溶けて口内の熱を和らげてくれる。同時に濃厚ながら軽さもある甘みがシナモンの香りを纏いながら口の中に広がっていった。
「んー、おいしい……!」
目尻を下げて呟くと、ルークが「良かったな」と声をかけてくれる。
「口溶けがいつものと全然違うの。どうしてこんなふわっとしてるんだろ?」
「そんなにか?」
「うん。口の中でしゅっとなくなる」
「へー、一口ちょうだい」
エマは正面から伸びてくるテオのスプーンから守るように器を引き寄せた。
「いいけど、私が取るからね」
「じゃあ交換なら」
スプーンが引っ込められたかと思うと代わりにほんのちょっぴり薄黄色が残った器を差し出される。
「これ残ってるって言える?」
「味はわかるだろ」
スプーンの先を器の底に押し付けながら溶けかけたレモンシャーベットをスプーンに乗せ口に収める。
甘酸っぱさを感じ、エマは目を見張る。シャーベットがあっという間に溶けて消えた後は、削ったレモンの皮が舌に残った。そのかすかな苦味と塩味が絶妙に味を引き立てていて、ため息が漏れた。
味の余韻を感じながらバニラアイスをスプーンに乗せ器に取り分けようとした時、腕が掴まれる。
「わっ……?」
そのまま腕を引かれたかと思うとすぐにテオがスプーンを咥える。
「ん、うまい」
「もう、びっくりするでしょ」
ご満悦な様子のテオにエマは文句を告げる。
「だって溶けるし」
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