あなたの姫にはなれないとしても~幼なじみに捧げた求めぬ愛のゆく先は

乃木ハルノ

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十三歳、淡い初恋、片想い

約束、特別なあなた

「俺、おじさんとこ行って挨拶がてら手伝うことないか聞いてくるわ」
「あ、うん。カップはそのままでいいよ」
居候の代わりにテオはよく薬局の仕事を手伝ってくれる。案外力仕事もあるから、父は助かるだろう。
「じゃ、またな」
「ん」
男同士の別れはさっぱりしたもので、テオはさっと部屋を出ていく。
残されたエマはルークの手元にちらりと視線を這わせた。彼の持つカップにはまだ半分ほど中身が残っていた。もうしばらくは二人きりでいられると考えて唇を緩ませる。
「夏至祭の日、どうする」
玄関扉の閉まる重い音が響いたと同時、ルークが問った。そういえば集合時間を保留にしていたと思い出す。
「たぶん昼過ぎまでは忙しいよな」
「そう……だね」
夏至祭の当日は朝から町中に花や葉の飾りをつけて回ったり、その日の夜に枕の下に入れて使うハーブの香り袋を作る手伝いをすることになっていた。
午後には体が空くはずだが、母親を始めとする街の婦人会のメンバーが祭の参加者に振舞う料理を作る手助けが必要な可能性もある。そうなればそちらにも顔を出さなければならない。
すべて終わらせるには夕方までかかるかもしれないと話すと、ルークは快く受け入れてくれた。
「だよな。じゃあ、夕方迎えに行く」
「わかった。抜け出せるように準備しておくね」
話はまとまったものの、まだこの時間を終わらせたくなくて、エマは新たな話題を提示する。
「ルークは夏休み中、どうしてる? おうちの仕事の手伝いとか?」
「あー、いろいろやらされてる。親父がうるさくて」
ルークの実家は元は大地主で、祖父の時代に立ち上げたを船会社が成功していることもあり、早い段階で後継ぎとしての教育が始まっている。
以前聞いたところによると、土地にかかる税や会社の売り上げなどの管理を教わっているらしい。数学に苦手意識を持っているエマにとって、ルークがしていることは想像もつかないものだった。
「大変だね」
「エマだって同じだろ」
事もなげに言うルークに苦笑を返す。確かにエマにも役割があるけれど、家を継ぐことと比べたら大変だなんて言えない。
「お前は頑張ってるよ」
家事も弟妹の世話も物心つく時からやっていることで過去にはどうして自分だけと思うことはあったが、もう折り合いをつけている。周囲も家業のある家庭はどこも同じようなものだ。
けれどこうやって気遣われて、認めてもらえることはエマにとって救いだった。だからこそ彼はエマにとって特別な存在なのだ。
きゅうっと胸が締め付けられるような心地がして、昂ぶる感情をなだめるように胸元に触れた時、玄関の方でバタンと騒がしい音がした。
「姉ちゃん、お腹減った! あれ、ルークじゃん」
「久しぶりだな」
ダイニングに姿を現したのは弟のクリスだ。外を駆けずり回っていたのだろう、額を汗で湿らせている。
「姉ちゃんおれらがいない間に男連れ込んでんの、やるじゃん」
「馬鹿なこと言ってないで手を洗う! ついでに着替えてきなさい」
にやにやと笑うクリスを一蹴し、エマはルークに向き直る。
「……クリスがごめん」
「いつものことだろ。昼時だしそろそろ帰るな。お茶、ごちそうさま」
「うん、またね」
楽しい時間はあっという間だ。ルークを玄関先まで送ってから、閉めた扉に背を預ける。テオを送るついでとはいえルークから会いに来てくれたことが素直に嬉しい。
それに待ち合わせ時間を決めたことで、夏至祭の現実味が増した。気持ちが浮き立つのを止められない。
けれど今は優先すべきことがある。昼食の用意をしなくては、とエマは着ていたエプロンの紐を結び直した。
母親もそろそろ帰ってくるはずだから、刺繍のうまくいかない箇所についてアドバイスをもらいたい。
当日までに衣装が完成するかという焦りはいつの間にか消え、できる限りのことをしようという前向きな気持ちに変わっていた。
ルークと会うとイライラや焦りのような刺々しい気持ちも治まってしまう。まるで特効薬だ。
そんなことを考えながら、エマは台所へと向かった。
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