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十三歳、淡い初恋、片想い
花冠の贈り物
花輪の飾りつけは手を動かすよりも口を動かす方が多かったくらいだ。同年代の女子が集まれば当然うわさ話に花が咲く。どうにか作業を終えた頃にはすっかり日が高くなっていた。
学校の友人たちと集まって花冠を作る約束をしているというアナと別れ、エマは街の外れの教会へと向かった。百人を超える聖職者たちが暮らしていたこともある街で一番大きな教会の厨房では、婦人会のメンバーが集まり夜の宴で振舞うための食事の用意をしていた。
平たく焼いた一口大のパン、ヤギのチーズ、インゲンと豆の煮込み、それと摘んだばかりのベリーを使ったジャム。子供が隠れられるくらいの大鍋で作るそれらは夏至祭の定番だ。
いんげんの筋切りから始まり、水仕事や仕上がった料理の配達とあくせく働き、味見ついでに賄いを食べ、また働く。
気がつくと夕方になっていた。
最後の配達を終え、急ぎ足で戻る。ルークは教会まで迎えに来てくれると言っていた。待ち合わせは十六時を予定している。教会を出たのが十五時半だったから、そろそろいい時間だ。
会う前に身なりを整えたいし、花冠だって手元にない。夏至祭の装いは生花で作った花冠が必須だ。妹のアナに自分の分も作っておいてほしいと伝えていたものの、受け取りに行く時間があるだろうか。
前方に見えてきた教会へ駆け込もうとすると、声をかけられる。
「エマ、ちょうど良かった」
振り返ると、涼しげなリネンのシャツに伝統的なくるぶし丈の下履きを合わせたルークが佇んでいた。
「わ、もう時間!?」
「ちょっと早い」
「抜けるって言ってくるからちょっと待っていてくれる?」
重い樫の扉に体当たりする勢いで押し開けようとすると、後ろから伸びた手が扉を支え、開く手伝いをしてくれた。
「ここで涼んでるから、ゆっくりでいいぞ」
そう言ってルークは礼拝堂の最後列の席に座りゆったりと背を預けた。
「わかった」
ルークに見送られながら礼拝堂の裏手に入ると、エマはせかせかと足を速めた。
調理室に顔を出し、母と婦人会のみんなに挨拶をしてから荷物置き場へと走る。
作業用の胸当て付きの真っ白なエプロンを脱ぎ捨て、赤と白の縦縞模様のレース柄の腰だけを覆うエプロンに着替える。それから自ら刺繍を入れたスカーフを肩にかけ、端をベストの胸元に押し込んだ。赤い房飾りのついた靴下をしっかり膝まで持ち上げてから四隅に錆の浮いた姿見に全身を写しておかしなところがないかを確認する。
前髪を指先で整え、深呼吸を一つ。踵を返し、礼拝堂へ向かった。
落ち着いた足取りで近づこうと決めていたはずなのに、ルークの姿を見ると勝手に足に勢いがついてしまう。
「お待たせ!」
高い天井に思いのほか大きく自分の声がこだまして、肩をすくめる。
「早かったな。急がなくてもよかったのに」
立ち上がったルークがそんな風に言うのを曖昧な笑いでごまかす。彼はエマが今日のことをどれだけ楽しみにしていたか知らない。同じだけ緊張していたことも。
ともあれ、年に一度の賑やかな祭を楽しまなくては損だ。
「行こう」
扉の方へ体の向きを変えようとした時、ルークが今しがたまで座っていた席に手を伸ばした。
「これ、エマに。アナから預かってきた」
ハーブと野草でできた花冠を差し出され、エマは目を丸くする。
八重咲のカモミール、ヒメウイキョウ、そして淡い紫のローズマリーが編みこまれた花冠は七歳の妹が作ったにしては出来栄えが良すぎる。
「もしかして、手伝ってくれた?」
「ちょっとな」
ちょっとだと言うけれど、きっとほとんどがルークの手によるものだろう。
思いもよらないご褒美をもらえた気がして、エマは胸を熱くしながらじっと花冠を見つめた。
「……ありがとう」
「着けてみて」
ルークが花冠を高く掲げるので、急いで頭を下げた。見た目は軽やかなのにいざ被せられると確かな重みを感じる。
「どう?」
おずおずと視線を送ると、ルークの薄い唇がきゅっと上がった。
「似合うよ」
耳が熱い。喉元がむず痒い。本人は自覚していないのだろうが、彼の言葉はエマにとって劇薬なのだ。
「これで完璧だな」
ぽん、と頭のてっぺんに手が乗せられて、とどめを刺される。もう目を見ていられない。礼拝堂の中が薄暗いのが幸いだった。もし顔が赤らんでいても目立たないはずだ。
夏至祭はこれからだというのに、すでに最高潮の局面を迎えているような気になってくる。
はやる鼓動を抑えながら、ルークと並んで教会を出て陽の傾いた街並みを歩き出す。
学校の友人たちと集まって花冠を作る約束をしているというアナと別れ、エマは街の外れの教会へと向かった。百人を超える聖職者たちが暮らしていたこともある街で一番大きな教会の厨房では、婦人会のメンバーが集まり夜の宴で振舞うための食事の用意をしていた。
平たく焼いた一口大のパン、ヤギのチーズ、インゲンと豆の煮込み、それと摘んだばかりのベリーを使ったジャム。子供が隠れられるくらいの大鍋で作るそれらは夏至祭の定番だ。
いんげんの筋切りから始まり、水仕事や仕上がった料理の配達とあくせく働き、味見ついでに賄いを食べ、また働く。
気がつくと夕方になっていた。
最後の配達を終え、急ぎ足で戻る。ルークは教会まで迎えに来てくれると言っていた。待ち合わせは十六時を予定している。教会を出たのが十五時半だったから、そろそろいい時間だ。
会う前に身なりを整えたいし、花冠だって手元にない。夏至祭の装いは生花で作った花冠が必須だ。妹のアナに自分の分も作っておいてほしいと伝えていたものの、受け取りに行く時間があるだろうか。
前方に見えてきた教会へ駆け込もうとすると、声をかけられる。
「エマ、ちょうど良かった」
振り返ると、涼しげなリネンのシャツに伝統的なくるぶし丈の下履きを合わせたルークが佇んでいた。
「わ、もう時間!?」
「ちょっと早い」
「抜けるって言ってくるからちょっと待っていてくれる?」
重い樫の扉に体当たりする勢いで押し開けようとすると、後ろから伸びた手が扉を支え、開く手伝いをしてくれた。
「ここで涼んでるから、ゆっくりでいいぞ」
そう言ってルークは礼拝堂の最後列の席に座りゆったりと背を預けた。
「わかった」
ルークに見送られながら礼拝堂の裏手に入ると、エマはせかせかと足を速めた。
調理室に顔を出し、母と婦人会のみんなに挨拶をしてから荷物置き場へと走る。
作業用の胸当て付きの真っ白なエプロンを脱ぎ捨て、赤と白の縦縞模様のレース柄の腰だけを覆うエプロンに着替える。それから自ら刺繍を入れたスカーフを肩にかけ、端をベストの胸元に押し込んだ。赤い房飾りのついた靴下をしっかり膝まで持ち上げてから四隅に錆の浮いた姿見に全身を写しておかしなところがないかを確認する。
前髪を指先で整え、深呼吸を一つ。踵を返し、礼拝堂へ向かった。
落ち着いた足取りで近づこうと決めていたはずなのに、ルークの姿を見ると勝手に足に勢いがついてしまう。
「お待たせ!」
高い天井に思いのほか大きく自分の声がこだまして、肩をすくめる。
「早かったな。急がなくてもよかったのに」
立ち上がったルークがそんな風に言うのを曖昧な笑いでごまかす。彼はエマが今日のことをどれだけ楽しみにしていたか知らない。同じだけ緊張していたことも。
ともあれ、年に一度の賑やかな祭を楽しまなくては損だ。
「行こう」
扉の方へ体の向きを変えようとした時、ルークが今しがたまで座っていた席に手を伸ばした。
「これ、エマに。アナから預かってきた」
ハーブと野草でできた花冠を差し出され、エマは目を丸くする。
八重咲のカモミール、ヒメウイキョウ、そして淡い紫のローズマリーが編みこまれた花冠は七歳の妹が作ったにしては出来栄えが良すぎる。
「もしかして、手伝ってくれた?」
「ちょっとな」
ちょっとだと言うけれど、きっとほとんどがルークの手によるものだろう。
思いもよらないご褒美をもらえた気がして、エマは胸を熱くしながらじっと花冠を見つめた。
「……ありがとう」
「着けてみて」
ルークが花冠を高く掲げるので、急いで頭を下げた。見た目は軽やかなのにいざ被せられると確かな重みを感じる。
「どう?」
おずおずと視線を送ると、ルークの薄い唇がきゅっと上がった。
「似合うよ」
耳が熱い。喉元がむず痒い。本人は自覚していないのだろうが、彼の言葉はエマにとって劇薬なのだ。
「これで完璧だな」
ぽん、と頭のてっぺんに手が乗せられて、とどめを刺される。もう目を見ていられない。礼拝堂の中が薄暗いのが幸いだった。もし顔が赤らんでいても目立たないはずだ。
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