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十三歳、淡い初恋、片想い
回想:出会ったその日に恋をした3
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二人の密約が成立した時、父親たちがやってきた。
「私はそろそろおいとましようかな。これから運河の整備の現場に顔を出そうと思っているんだ」
「そうでしたか。運河もずいぶん多くなりましたから大変ですね」
ルークも同行するのだろうと思い、別れの予感に寂しさを感じていると、アシュクロフト氏が腰を屈めた。
「エマ、ありがとう。ルークもすっかり元気になって安心したよ」
「いいえ、こちらこそ。ルークと話せて楽しかったです」
「僕もエマと会えてよかった」
「すっかり仲良くなったみたいだね」
二人のやり取りに、エマの父も眼鏡の奥の目を柔らかく細める。
「ああ。それで治療のお礼に、私が戻るまで二人でアイスクリームでも食べていたらどうかと思ったんだが」
「え……!」
思わぬ展開に、エマは目を輝かせる。ルークとまだ一緒にいられるとしたら嬉しいし、アイスクリームは大好物だ。いいことが重なり、鼓動が弾む。
けれどそのためにはルークと父の同意が必要だ。
「そうしたい。エマは?」
「私もだけど、父さん、いい?」
どうかいいと言ってほしい。祈るような気持ちで父を見上げる。
「もちろん構わないよ。行ってきなさい」
「やった! ありがとう、父さん」
願いが叶って、エマは文字通り飛び上がった。
アシュクロフト氏からアイスクリーム代を預かったルークと連れだって、通りのアイスクリームワゴンに向かう。
大通りにはいくつかワゴンが出ており、エマはお勧めの店にルークをいざなった。
「ここは子どもにはトッピングをおまけしてくれるの」
クッキー、砂糖菓子、チョコレートのうちの一つを選ぶのだと告げると、ルークはチョコレートのアイスにクッキーにするとう。エマはバニラに色とりどりの砂糖のスプレーだ。注文したアイスを片手に日陰になっている場所へ移動する。
行き交う人を眺めながら、しばしアイスを舐めるのに集中した。暑さは夕方になって少しは落ち着いているはずなのに、日中の日差しを浴びた地面から熱気が漂っている。
半分近く食べ進んだ頃、背中側からエマとルークの方に長い影が差した。
「おい、さっき言ったこと忘れたのか?」
耳障りな声に振り返ると、赤毛のガキ大将、ダン・ブレイディが立っていた。
エマは唇についた溶けたアイスもそのままに、一歩前へ出るとそばかすの浮いた赤ら顔をきっと睨んだ。
そしてすぐに視線を外し、ルークの手を取った。
「行きましょ、ルーク」
普段なら絡まれれば下を向いて相手の気の済むまで耐える。けれど今はルークが一緒だ。ルークはすでに痛めつけられている。
痛々しい傷の痕を見て自ら手当てをしたこともあり、自分が守ってやらないとという思いがあった。
「逃げるのか」
「僕は――」
「いいから放っておきましょ」
反論しようとするルークの腕を引く。
「私たち、あなたに用はないの」
平然として聞こえるようにことさらゆっくり告げて、ルークの手を取った。すると赤ら顔はいやらしい笑みを形作る。
「生意気言うな、でぶっちょ。俺はそっちのチビに話があるって言ってんだよ」
体型をからかわれ、羞恥と怒りに目の奥が熱くなる。
「そもそもお前アイスなんか食える立場じゃないだろ」
にやにや笑いながら指をさし向けられたエマは屈辱に耐えながら、どうやってこの場を切り抜けようかと必死で考えていた。
学校の先生かダンの両親でも通りかかれば話は早いのだが、そう都合よくはいかない。
「今だって出荷寸前みたいな体してる癖にまだ太り足りねえの?」
これ以上聞きたくない。何よりルークに聞かれたくない。手の中のアイスクリームコーンにヒビが入る小さな軋みを聞きながら唇を噛んだ時――
横から手が伸びて、突きつけられていたダンの指を握った。
「……黙れ」
気づけば後ろにいると思っていたルークが前へ出て、エマとダンの間に体を割り込ませていた。
「なんだと?」
「下劣な口を開くなって言ってるんだ」
片手に食べかけのアイスクリームを持ちながら、ルークは明確にダンに立ち向かう意思を見せている。けれどダンとの身長差は頭一つ分もあるし、何よりルークは手負いだ。
「やめてよ、ルーク。私、平気だから」
袖を引いて穏便にすませようと懇願するエマに、ルークの返事はにべもなかった。
「やめない。エマが平気でも僕が嫌だ」
「なんで……」
力なく問うと、ルークが肩越しに振り返った。銀灰色の瞳が燃えるように輝いている。
まっすぐにダンを見つめ、ルークは告げた。
「女の人の名誉は、守らないといけないから」
ルークの言葉にエマは既視感を覚えていた。名誉なんて表現は六、七歳の子どもにとって身近なものではない。それでもどこかで耳にしたことがあった。どこで聞いたかは思い出せない。
「は? なんだその気障ったらしいセリフ。どうせ口だけだろ。謝るなら今のうちだぞ」
一瞬ルークの気迫に呑まれていたダンが調子を取り戻す。明確な脅しに、エマの意識は一気に現実に引き戻される。明らかに危険な橋を渡ろうとしているルークを止めたくて、繋いだ手を握りしめた。
エマの願いをよそに、ルークはダンの方へ一歩足を踏み出した。
「ありえない。そっちこそ今の発言を取り消してエマに謝れ」
「なら、どうなるかわかってるな」
饒舌なルークにダンは拳を振り上げて威嚇を示す。
このままでは、ルークはまた痛めつけられてしまう。そんなことは絶対に起こってほしくないのに、きっと止められないという予感があった。
「私はそろそろおいとましようかな。これから運河の整備の現場に顔を出そうと思っているんだ」
「そうでしたか。運河もずいぶん多くなりましたから大変ですね」
ルークも同行するのだろうと思い、別れの予感に寂しさを感じていると、アシュクロフト氏が腰を屈めた。
「エマ、ありがとう。ルークもすっかり元気になって安心したよ」
「いいえ、こちらこそ。ルークと話せて楽しかったです」
「僕もエマと会えてよかった」
「すっかり仲良くなったみたいだね」
二人のやり取りに、エマの父も眼鏡の奥の目を柔らかく細める。
「ああ。それで治療のお礼に、私が戻るまで二人でアイスクリームでも食べていたらどうかと思ったんだが」
「え……!」
思わぬ展開に、エマは目を輝かせる。ルークとまだ一緒にいられるとしたら嬉しいし、アイスクリームは大好物だ。いいことが重なり、鼓動が弾む。
けれどそのためにはルークと父の同意が必要だ。
「そうしたい。エマは?」
「私もだけど、父さん、いい?」
どうかいいと言ってほしい。祈るような気持ちで父を見上げる。
「もちろん構わないよ。行ってきなさい」
「やった! ありがとう、父さん」
願いが叶って、エマは文字通り飛び上がった。
アシュクロフト氏からアイスクリーム代を預かったルークと連れだって、通りのアイスクリームワゴンに向かう。
大通りにはいくつかワゴンが出ており、エマはお勧めの店にルークをいざなった。
「ここは子どもにはトッピングをおまけしてくれるの」
クッキー、砂糖菓子、チョコレートのうちの一つを選ぶのだと告げると、ルークはチョコレートのアイスにクッキーにするとう。エマはバニラに色とりどりの砂糖のスプレーだ。注文したアイスを片手に日陰になっている場所へ移動する。
行き交う人を眺めながら、しばしアイスを舐めるのに集中した。暑さは夕方になって少しは落ち着いているはずなのに、日中の日差しを浴びた地面から熱気が漂っている。
半分近く食べ進んだ頃、背中側からエマとルークの方に長い影が差した。
「おい、さっき言ったこと忘れたのか?」
耳障りな声に振り返ると、赤毛のガキ大将、ダン・ブレイディが立っていた。
エマは唇についた溶けたアイスもそのままに、一歩前へ出るとそばかすの浮いた赤ら顔をきっと睨んだ。
そしてすぐに視線を外し、ルークの手を取った。
「行きましょ、ルーク」
普段なら絡まれれば下を向いて相手の気の済むまで耐える。けれど今はルークが一緒だ。ルークはすでに痛めつけられている。
痛々しい傷の痕を見て自ら手当てをしたこともあり、自分が守ってやらないとという思いがあった。
「逃げるのか」
「僕は――」
「いいから放っておきましょ」
反論しようとするルークの腕を引く。
「私たち、あなたに用はないの」
平然として聞こえるようにことさらゆっくり告げて、ルークの手を取った。すると赤ら顔はいやらしい笑みを形作る。
「生意気言うな、でぶっちょ。俺はそっちのチビに話があるって言ってんだよ」
体型をからかわれ、羞恥と怒りに目の奥が熱くなる。
「そもそもお前アイスなんか食える立場じゃないだろ」
にやにや笑いながら指をさし向けられたエマは屈辱に耐えながら、どうやってこの場を切り抜けようかと必死で考えていた。
学校の先生かダンの両親でも通りかかれば話は早いのだが、そう都合よくはいかない。
「今だって出荷寸前みたいな体してる癖にまだ太り足りねえの?」
これ以上聞きたくない。何よりルークに聞かれたくない。手の中のアイスクリームコーンにヒビが入る小さな軋みを聞きながら唇を噛んだ時――
横から手が伸びて、突きつけられていたダンの指を握った。
「……黙れ」
気づけば後ろにいると思っていたルークが前へ出て、エマとダンの間に体を割り込ませていた。
「なんだと?」
「下劣な口を開くなって言ってるんだ」
片手に食べかけのアイスクリームを持ちながら、ルークは明確にダンに立ち向かう意思を見せている。けれどダンとの身長差は頭一つ分もあるし、何よりルークは手負いだ。
「やめてよ、ルーク。私、平気だから」
袖を引いて穏便にすませようと懇願するエマに、ルークの返事はにべもなかった。
「やめない。エマが平気でも僕が嫌だ」
「なんで……」
力なく問うと、ルークが肩越しに振り返った。銀灰色の瞳が燃えるように輝いている。
まっすぐにダンを見つめ、ルークは告げた。
「女の人の名誉は、守らないといけないから」
ルークの言葉にエマは既視感を覚えていた。名誉なんて表現は六、七歳の子どもにとって身近なものではない。それでもどこかで耳にしたことがあった。どこで聞いたかは思い出せない。
「は? なんだその気障ったらしいセリフ。どうせ口だけだろ。謝るなら今のうちだぞ」
一瞬ルークの気迫に呑まれていたダンが調子を取り戻す。明確な脅しに、エマの意識は一気に現実に引き戻される。明らかに危険な橋を渡ろうとしているルークを止めたくて、繋いだ手を握りしめた。
エマの願いをよそに、ルークはダンの方へ一歩足を踏み出した。
「ありえない。そっちこそ今の発言を取り消してエマに謝れ」
「なら、どうなるかわかってるな」
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