優秀すぎた俺が隠居生活を決め込んだ結果。〜鍛治とポーション作りを始めたら、思っていたのとは違う方向に注目を集めてしまっていたらしい〜

カミキリ虫

文字の大きさ
7 / 36

第7話 もしかして彼は龍殺しなのかも。

しおりを挟む
 * * * * * *

 目の前で黒龍が蹴り飛ばされた。

 その後を追って、突如現れた青年がこの場から姿を消した。

「今、何が起きて……」

 治癒師の少女がぺたりと尻餅をつきながら、呆気に取られた様子でそう零す。

 頭が追いつかない。

 あれは一体、誰だったのだろう。

 周りには、共に行動していたメンバーがいる。
 そして自分と同じように、黒龍が飛ばされた方向を見て驚いている。
 けれど彼女たちも正確に事情を把握できていない様だった。

 遠くから龍の咆哮が鳴り響く。

「う”……」

 大気を震わせるほどの轟き。

 直後、衝撃波のようなものを肌で感じた。

 ぶつかっている……。
 何かと何かが、遠くの方で。

「わ、私、行ってきます!」

「あ、ちょっと!?」


 治癒師の少女は、仲間の驚く声を聞きながら、立ち上がって山を駆けてゆく。

 戦っているのだ。

 龍と誰かが。

 彼は武器は持ってはいなかったように思える。
 自分が見たのは、黒龍を蹴り飛ばしている彼の姿。
 武器もなしに龍と対峙するというのは、信じられない光景だ。

 目を疑ったけれど、実際にこの目で見たのだ。


「ぐ……!!」

 程なくして、力と力がぶつかっている地点に到達した。
 瞬間、熱風が肌を撫で、思わず目を閉じた。

 ここは、熱い……。
 山が、燃えている。

 爆ぜる爆炎。揺れる陽炎。ジリジリと焼ける音。

 恐らく、龍のブレスがすでに何度か吐かれたのだろう。何かが焼けるような焦げ臭さを感じる。

 その中で、彼は龍と対峙していた。

(あの人だ……)

 傾いている山の斜面。
 黒龍が右から尾を凄まじい勢いでスイングしていた。それに合わせ、右方向からの拳を繰り出している彼。

 そして、ぶつかる。
 衝撃が発生し、距離をとる両方。

 そして再びぶつかりあう。

 ……ありえない。

 丸腰で龍と渡り合っている。
 黒龍の全身を覆っている鱗は、相当に頑丈なはずだ。

 そこらに転がっている鉱石などとは比べ物にならない。
 そんな龍の物理攻撃を、素手での物理攻撃で弾いている。ありえない。

 そして彼はその拳で龍のアギトを殴り抜くと、龍を吹き飛ばしていた。

 陽炎が揺れるこの場から、少し離れた場所へと強制的な移動される。

 木々を背中で薙ぎ倒しながら、徐々に勢いを殺し、そして倒れるように黒龍はなんとか地に足をつけた。

 そして、巨体の黒龍は向かい合う。
 追ってきた、己よりも数十倍ほど小さな、たった一人の人間と。

『小癪なッ、人間風情が武器も持たず、我と互角とはッ……』

(き、聞こえる……。龍の声が……)

 その声には苛立ちに満ちていた。

『人間とは我の玩具でなければならぬッ。貴様らの悲鳴は我の娯楽。貴様らの恐怖は我の楽しみ。しかし貴様は、選ばれし龍族であるこの我と互角などとッ。巫山戯ているッ』

 咆哮を上げた龍が両翼を広げ、目の前にいる人物に飛びかかる。

『グガァ!』

 けれど、それを躱し、すれ違いざまに尻尾を両手で掴んだ彼が、そのまま龍を背負い投げた。

 地面に叩きつけられた龍が呻き声をあげる。

(つ、強い……)

 地面にクレーターができていた。

 投げ飛ばした本人は余裕がありそうだった。

『ぐッ。ここまで、我と互角にやりあうとは……ッ』

 認められない。認めたくないと言ったように、上下の牙を噛み締めながら、龍が立ち上がる。

 けれど。

(互角じゃない……)

 少女から見ても、実力の差が一目瞭然だ。
 龍は自分に言い聞かせるように、『互角』だという言葉を使っているが、格上だ。彼の方が。

 そして、彼が言う。

「龍を相手にするのは、半年ぶりだ。今までで5体倒してきた。つまり、お前を倒せば6体目というわけだ」

(あ、あの人、5体も倒してるの!?)

 信じられない。

 そして。
 まさかーーと思った。

 まさか、もしその話が本当なのだとしたら、彼は他国で龍殺しを達成したことで有名になった、かの有名な龍殺しドラゴンスレイヤーではないだろうか!?

 噂は王国にまで伝わってきていた。
 単騎で、龍殺しを成し遂げた者がいると。そして、倒した龍の素材を加工して、その身に纏っていると。

 龍を倒し、糧にして、さらに龍を求める。

 それが龍殺しドラゴンスレイヤー。

「だったら、あの人も、もしかしたら国王様の勅命を受けてこの山に来たのかも……」

 自分たちがこの山に黒龍討伐に来たのと同じように。
 彼もそうなのかもしれない。

 依頼達成の暁には、莫大な報酬も約束されている。

 否。
 理由なんてないのかもしれない、

 なぜなら龍殺しは、龍を殺すために生まれ、龍を殺すことだけを生き甲斐にしている、ストイックな存在なのだから。

 ーー龍は俺の獲物だ。俺以外はすっこんでろーー

 だったら、これほど心強い存在はいない。

「でも、あれ……? ドラゴンスレイヤーさんは、この前3体目の龍を倒したって噂になってました……」

 今、この場で黒龍と渡り合っている彼は、過去に5体倒しているという。

 つまり、2体多い……。

 ……彼はドラゴンスレイヤーではないのかもしれない。

 謎は深まるばかりである。

 けれど、今は考えている場合ではない。

(回復の準備をしておかないと……)

 少女は近くの木陰に身を潜めながら、杖に魔力をこめ始めた。

 彼に何かがあった際には、自分が彼を癒す。それが治癒魔法が使える、自分にできることなのだから。

 だが、その心配は杞憂に終わる事になる。

『ぐはぁ……!』

 彼の姿が一瞬消えた。かと思ったら龍の懐に潜り、その腹部を拳で貫いていた。

 龍が吼える。
 そして痛みに耐えながらも、翼を大きく広げると、その内側から紫色の粉を撒き散らした。鱗粉だ。ひと目見て分かる。あれは毒だ。

『苦しみぬき、そして死ねッ』

 龍の腹部にいた彼は回避が間に合わず、その鱗粉を全身に受けていた。けれど、その状態で再び黒龍の腹部に拳を放っていた。
 一旦、右肘を後ろに引いて、そのままズドン、と。

『うぐッ! だが、鱗粉が回ればこっちのものだッ』

「残念なお知らせだ。俺の呼吸器と肺と内臓は優秀なものでね。この鱗粉も、すぐに浄化してしまうだろう」

『なにッ』

 彼は鱗粉が舞う中にありながら、躊躇うことなく呼吸をして、酸素を体内に取り込んでいた。実際には、そうしている様に見えた。龍の腹部辺りは鱗粉によって紫色の霧がかかっているから、よく見えない。けれど、余裕そうな声が龍の腹部から聞こえてくる。

 そして。

 鈍い衝撃音がしたかと思うと、龍が空へと打ち上げられていた。

 鱗粉が晴れる。そこにあったのは、黒龍を蹴り上げた彼の姿。

 瞬間、彼の姿が消えていた。次に彼が現れたのは、空中。龍が打ち上げられている直線上に、先回りしていた。

 そして組んだ両手の拳を、彼はやってきた黒龍の頭部に向かってそのまま加減することなく振り下ろしていた。

 結果、呻き声をあげて、地面へと急降下する黒龍。

 落下地点にあったのは、いつの間にか用意されていたへし折られた木の先端。

 まるで針のように鋭く尖ったその場所に、龍が串刺しになる光景が容易に想像できた。

『ぐッ、だが無駄だッ! 我が鱗は強靭だッ!』

 故に、貫かれることなどない。

 そう言っていた龍だったのだが……、

 グサリ、と。

 綺麗に串刺しになっていた。

 龍の自慢の鱗には、全体的にヒビが入っていたのだ。

(そうか……! 素手で攻撃してた時に、鱗にあらかじめダメージを与えてたんだ……!)

 なるほど、だからか。
 ……と感動する少女。

 いや、素手で龍の鱗にダメージを与えられる前提がおかしい……。

 少女は我に返り、混乱しながらその事実に怯えてしまった。

 そうして龍は活動を停止し、ぐったりと木に刺さった状態で、まるで飾られるように動かなくなったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

チートスキルより女神様に告白したら、僕のステータスは最弱Fランクだけど、女神様の無限の祝福で最強になりました

Gaku
ファンタジー
平凡なフリーター、佐藤悠樹。その人生は、ソシャゲのガチャに夢中になった末の、あまりにも情けない感電死で幕を閉じた。……はずだった! 死後の世界で彼を待っていたのは、絶世の美女、女神ソフィア。「どんなチート能力でも与えましょう」という甘い誘惑に、彼が願ったのは、たった一つ。「貴方と一緒に、旅がしたい!」。これは、最強の能力の代わりに、女神様本人をパートナーに選んだ男の、前代未聞の異世界冒険譚である! 主人公ユウキに、剣や魔法の才能はない。ステータスは、どこをどう見ても一般人以下。だが、彼には、誰にも負けない最強の力があった。それは、女神ソフィアが側にいるだけで、あらゆる奇跡が彼の味方をする『女神の祝福』という名の究極チート! 彼の原動力はただ一つ、ソフィアへの一途すぎる愛。そんな彼の真っ直ぐな想いに、最初は呆れ、戸惑っていたソフィアも、次第に心を動かされていく。完璧で、常に品行方正だった女神が、初めて見せるヤキモチ、戸惑い、そして恋する乙女の顔。二人の甘く、もどかしい関係性の変化から、目が離せない! 旅の仲間になるのは、いずれも大陸屈指の実力者、そして、揃いも揃って絶世の美女たち。しかし、彼女たちは全員、致命的な欠点を抱えていた! 方向音痴すぎて地図が読めない女剣士、肝心なところで必ず魔法が暴発する天才魔導士、女神への信仰が熱心すぎて根本的にズレているクルセイダー、優しすぎてアンデッドをパワーアップさせてしまう神官僧侶……。凄腕なのに、全員がどこかポンコツ! 彼女たちが集まれば、簡単なスライム退治も、国を揺るがす大騒動へと発展する。息つく暇もないドタバタ劇が、あなたを爆笑の渦に巻き込む! 基本は腹を抱えて笑えるコメディだが、物語は時に、世界の運命を賭けた、手に汗握るシリアスな戦いへと突入する。絶体絶命の状況の中、試されるのは仲間たちとの絆。そして、主人公が示すのは、愛する人を、仲間を守りたいという想いこそが、どんなチート能力にも勝る「最強の力」であるという、熱い魂の輝きだ。笑いと涙、その緩急が、物語をさらに深く、感動的に彩っていく。 王道の異世界転生、ハーレム、そして最高のドタバタコメディが、ここにある。最強の力は、一途な愛! 個性豊かすぎる仲間たちと共に、あなたも、最高に賑やかで、心温まる異世界を旅してみませんか? 笑って、泣けて、最後には必ず幸せな気持ちになれることを、お約束します。

処理中です...