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第34話 小さな子供と、あの日の出来事。
しおりを挟むその日、王都ディフレシスはかつてないほどの賑わいを見せていた。
「ジュリア様とセリカ様に乾杯!」
「「かんぱぁーい!」」
酒場からは活気のいい笑い声と乾杯の音頭が鳴り響き、街の広場では号外がばら撒かれていた。
話題の中心は、セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナス。
無数に独立し復活する魔物から、この王都を守ってくれた若き才能溢れる天才たち。
「……俺のことは載ってないだろうか?」
俺は隅々まで号外をチェックして、どこかに俺の話題が載っていないかと血眼になって探した。
けれど、載ってない……。
残念……。
「……しょうがない。特別に今回は譲ってやる。セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナス」
今頃、あの二人は王城に招かれて、王や国の重鎮たちから報酬や賛美の声を、惜しみなく受け取っている頃だろう。
聞こえてきそうだ。才能にあぐらをかいた二人が札束を手に広げながら、高笑いする声が。
精々、今のうちにいい思いをしておくといい。
あの二人は、いつか超越した俺の前に跪き、吠えずらかくことになっているのだから。
俺は高みの見物をしながらドンと構えるだけだ。
「さて。せっかくだし、屋台で何か食べ物を買って食べるか」
「…………」
そんな俺の隣には、小さな人影がある。
大きめのフードを被っているその下からは、尖った耳が見え隠れしていた。
歳は5歳ほど。性別は女の子。
先ほど、5歳ぐらいの子供が着れそうな服を見繕って、いくつか買ってきたのだが、気に入ってくれたものはあっただろうか。
そんな子の首には、首輪が嵌められている。
『隷属の首輪』。昔、俺の首に嵌まっていた物だ。大事に保管していたそれを、大丈夫だとは思うが、念の為に彼女の首に嵌めることにしたのだ。
「…………」
その子はこちらを見ようともせず、しゃべろうともしない。
怪我は完治しているはずなのだが、しばらく人とは違う姿をしていた期間が長かったため、その影響がまだ残っているのかもしれない。それか、体が少し縮んでしまった影響もあるかもしれない。
それでも彼女は、俺の手だけは弱々しくも握り、離そうとはしなかった。
「ほら、お食べ」
「…………」
ベンチに座って買った物を食べる際も、その子は俺の手を離そうとはしなかった。
自分で食べようともしない。
だから俺が食べさせてあげることにした。口元に運べば食べてくれる。
「おかわりもあるから、たくさんお食べ」
「…………」
そうやって食事をしながら、俺は周囲の気配を探るのも忘れない。
確か、あの時に感じた気配は、4つあったはずだ。そのうちのどれかが王都に様子見に来ているかもしれないと思ったが、空振りだ。
どうやら、相手は警戒心が強いらしい。
魔族のことだ。
今頃また何かおかしなことを企んでいるかもしれない。そして、それを妨害するために龍殺しさんが奔走している頃だろう。
それぞれに思惑があり、そして俺にも思惑はある。
ベンチに座ったままで空を見上げ、俺はあの時のことを思い出す。
ーーそれは、前世で車に轢かれて死んで、この世界に来ることになった時のこと。
『あなたはお亡くなりになりました。小さな女の子を身を挺して庇い、それと引き換えに死んでしまったのです』
死んだ俺の目の前には、とても美しい女神様。
社会の荒波にもまれ、なんの希望も見出せずに変わらない毎日を消費しながら生きていた俺は、その女神様に話しかけられただけでなぜか救われた気がした。
それほど美しい女神様だった。
『あなたが救ったのは、将来、大きな功績を残す少女だったのです。あなたの勇敢な行動の結果、世界は大きくより良い方向へと向かうことができるのです』
だからその功績を讃え、記憶を持ったままあなたを生まれ変わるようにしようと思います。
そう女神様は言ってくれた。
ありがたかった。
しかも、生まれ変わるのは、別の世界という話じゃないか。
来世では、きっと幸せになれるはずだ。
『そこはあなたが元いた世界とは大きく違う世界です。魔法という概念があります』
最高だ。
『しかし、元いた世界にいたあなたが、その世界に転生する際に、懸念すべき事項があります。それは魂の関係で、あなたの肉体が、その世界に相応しい状態にならないかもしれないということです』
つまり、魔力が使えないとか。
そういうことが起きるとのことだった。
『これでは、あなたはすぐに死んでしまいます。世界に蔓延る魔物たちを前にした時、対処できないかもしれません。こちらとしても、勇敢で正義感あふれる正しい心の持ち主のあなたが、再び命を落とされてしまうということは、とても悲しいものです……」
その美しい女神様は、俺のことを心配してくれていた。
「女神様……」
誰かに心配されたことなんてずっとなかったから、俺はそれが嬉しかった。
『なので、どうでしょう。私の権限で、あなたには死なない肉体を与え転生していただこうかと思います』
そして、俺はこの世界に転生し、人生をやり直すことになった。
この時の俺はまだ知らなかった。死ねないこと、それが地獄の始まりだということに。美しい花には毒があり、その言葉の裏には決していい事ばかりではないということに。
そうして、別の世界から転生した影響で、懸念されていた通り魔力がこれっぽっちもなかった俺。生まれた場所はお世辞にもいいとは言えず、食事すら口にさせてもらえなかった俺。普通餓死するはずのその状況でも、女神様がくれた死なない肉体のおかげで、かろうじて生きていた死なない俺。否。かろうじて生かされているだけの状態で、どれだけ苦しかろうと死ねない俺。
そしてこの世界では、才能ある物たちは幼少期からその才能を遺憾無く発揮する。
才能のない者はそれに追いつくことができない。
その才能のない者たちよりも、さらに劣っている俺。
そんな世界でどうやっても死ぬことができず、生き続けないといけない。
まるで、地獄のようだと思った。
セカンドライフでなら、救われると思った時期もあった。けれど、そんなことはなかった。
むしろ、酷くなっている。
ある意味、死ぬことは救いだ
でも、死んでこの世界に来た俺にとって、死ぬことは地獄の始まりだ。例え死んでも変わらない。この世界でも希望なんて見出すことなんてできそうになかった。
……けれど、見ていろ。
このまま黙って、朽ちるなんてごめんだ。
「最後に笑うのはこの俺だ」
あの日誓ったその言葉を思い出しながら、俺は一人笑みを浮かべるのだった。
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