呪いの加護を受けたら、懺悔の儀式が始まった。~ごめんなさい!と祟りを恐れたみんなが謝ってくるけど、それは全部偶然でたまたまだ!~

カミキリ虫

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第8話 ファーストキス

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 茜色が空を覆い、世界を真っ赤に染めている。
 この世界の夕日は元の世界の夕日よりも濃い色をしているようで、街の中が満遍なくその色に染められていた。

 夕方だ。

「英雄様……フィリスティアはたくさん食べ過ぎてしまいました。そして今も……はむっ」

 隣でサンドイッチを食べるフィリスティアさん。

「とても美味しいです……」

 幸せそうな顔をしている。両手でサンドイッチを持ちながら、照れたように頬を赤く色づかせている。その隣で俺は、買い込んだ食べ物を持っていた。

 あの後、俺たちは午後からずっと食べ歩きをしていた。
 サンドイッチや串焼き、この世界特有の料理。そういうのを、食べ歩いていた。

 そして気づけばもう、一日が終わろうとしていた。

「私、こんなに幸せな気持ちになったのは、初めてです……」

 今いる場所は広場だ。そこのベンチ、俺たちは隣り合って座っている。
 歩き疲れたのもあるから、休憩も兼ねて、ここでゆっくりしているのだ。

「あっという間に夕方になってしまいました……。英雄様、今日はどうでしたか……?」

「楽しかったです」

「本当ですか……? 私がやりたいことばかりをしてしまったように思えまして……英雄様にご迷惑をかけたと思います」

「あ、いえ、そんなことはありません。俺も食べたいものを食べれたし、楽しかったです。なんだか祭りに来たみたいな気持ちになれました」

「お祭り! 私もお祭り気分でした!」

 屋台が出されている街中を歩くのとか。祭り特有の匂いとか。
 ああいう感じがしたし、聞くところによると、今日は本当に祭りが行われているみたいだった。なんでも英雄の誕生を祝うための祭りだとか。あと、街の中を歩いていると、捧げ姫がどうとかいう話も聞こえたりした。

 捧げ姫。
 それがどういうのかは、分からない。
 フィリスティアさんも教えてはくれなかったし、聞いてほしくなさそうにしていた。

「私……ずっとお城の中にいて、窓の外を眺める生活をしていました。だから、お祭りとかにも行ったことがなくて……一度でいいから行ってみたいと思っていたのです。それが叶いました」

「フィリスティアさん……」

 隣に座っているフィリスティアさんが、俺の肩に寄りかかってくる。

「英雄様と一緒にいると、望みが全て叶ってしまいます……。夢も全て叶いました……。フィリスティアはとても幸せ者です」

 なおも色づく彼女の頬。
 夕日を浴びた彼女の白い頬が、真っ赤になっていた。

 街の中を歩くだとか。街の外に出るだとか。食べ歩きをするだとか。
 普通の人からすれば、それはなんでもないことかもしれない。だけど彼女にとっては、それをずっと望んできたみたいなのだ。
 今日一日、ずっとそばにいたフィリスティアさんは、本当に楽しそうだった。そんな彼女と行動して、俺も楽しかった。

「あの、英雄様っ。私、最後に英雄様としたいことがあります」

「なんでも言ってください」

「では、あのっ、失礼しますっ」

 その瞬間だった。


「んっ」


 なんと、彼女は俺の頬にキスをしていたのだ。

「……あっ、ちょ!?」

 頭が追いつかなかった。
 そして、数秒遅れで、徐々に実感することができた。

「ふふっ。英雄様が、とっても動揺しております」

 くすりと口に手を当てて、可笑しそうに微笑むフィリスティアさん。

「フィリスティアは一度でいいから、キスをしてみたかったのです。……初めてのキスなのです」

「初めてのキス……」

 つまり、それは、ファーストキスーー。
 ちなみに俺もしたことがない……。

「だから、今度は本当に……。ちゅっ」

 フィリスティアさんが、もう一度顔を近づけてくる。
 ベンチの。隣に座っている。俺の顔に向かって。

 でも。

「だ、ダメですよ」

「だめ、ですか……?」

「ダメだと思います……」

「でも、フィリスティアは、しとうございます……」

 ちゅっと、再び口付けをしてくれるフィリスティアさん。
 今度は頬にではなく……唇にだった。

 俺は動揺して、目を瞑るだけだった。そしたらフィリスティアさんの唇がもう一度、触れていて、唇の先に柔らかい感触が伝わってきた。本当に柔らかい……。

 でも……果たして、こんなことをしてもいいのだろうか。
 相手は王女様で、俺たちは今日出会ったばかりなのだ。

「ふふっ、いけないことかもしれませんっ」

 頬を赤く染めて、恥ずかしそうにしているフィリスティアさん。

 それでも、彼女は俺の手を握ってきて……。

「今日は英雄様とのデートでした……。デートの最後は、キスをするものだと耳にしたことがあります。だから、私にとっての、最初で最後の口付けです。んっ」

 止まらなかった。いつしかフィリスティアさんは自分の胸を俺の胸に触れるぐらいまで、体を密着させていた。

 そして、腕の中にすっぽりと収まっているその彼女を、俺はそっと撫でていた。

 その時ばかりは夕日がやけに眩しく見えて、目が眩んでしまいそうになった。



 そして。
 その後は、もう城に帰るだけだった。
 できるだけゆっくりとした足取りで、彼女に腕を抱かれながら、二人で歩いていく。日が暮れるまで、そんな感じだった。

 そして城にたどり着くと、そこで一旦フィリスティアさんとは、別れることになった。

「では、英雄様。今日は本当にありがとうございました。フィリスティアは今日のことは絶対に忘れません」

 そう言って、別れ際に、もう一度彼女は俺に口付けをしてくれた。

 そして迷いのない足取りで歩いていく彼女の後ろ姿を、俺は見送った。


 だけど……この時の俺は気づけなかったのだ。

 彼女がどんな気持ちで、俺に口付けをしてくれたのか。今日一緒に行動をした時に見えてくれた笑顔の理由だとか。

 そして知っていても、多分、それは、どうにもできないことで。
 だからこそ。別れ際の彼女の瞳の端には、輝くものがあったのだ。
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