お世話になります ~仕事先で男の乳首を開発してしまいました~

餅月ぺたこ

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5.二人きりの一夜

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 二月に入って、ますます寒い日が続いている。

 八木沢大夢は週末の営業で取引先を渡り歩いていた。

 午前中に二つの商談を終わらせ、次の取引先へは同僚の佐藤と合流してから向かう。そのため、地下鉄を乗り継ぎ、待ち合わせをしていた喫茶店に近い地上出口へ上がった。階段に吹き込む寒風に負けないくらい地上も寒く、ぶるりと震えて身を縮こまらせる。そんなときだった。

 すぐ傍にあった百貨店の出入口から、見覚えのある男が、女性と連れだって出てくる姿が目に入り、大夢は寒さを一瞬忘れて思わず立ち止まってしまった。



 お世話になります #5



(そうだとは思ってたけど……。やっぱり、目立つ人だなぁ……)

 知り合いの男の名は市井。大夢が週三回お世話になっているハウスキーパーさんで、モデル顔負けの、顔良し、スタイル良しの見栄えを持つ人物だ。正に今も普通に歩く姿が、通りすがりの周囲の人たちを、モデルか芸能人かと思わせているようで、視線を集めている。

(デート……かな)

 市井の隣を歩く女性のめかしこんだ姿と、市井を見る熱っぽい瞳。そしてなにより、市井が社名入りの青いエプロンをしていなかったからそう思った。

(よく考えたら、俺、市井さんのまともな格好、初めて見るかも……)

 市井が聞いたら泣けてくるような感想だが、大夢の市井像は【エプロンを着けた家事上手なイケメン】だったし、エプロンを外した姿で記憶に残っているのは、パンツ一丁の姿と、背中のファスナーが上がらなかったメイドコスプレ姿くらいだ。ちなみに乳首を舐める姿も記憶に新しいが、アレは市井の口元しか鮮明に思い出せない。

 とにかく。その市井が女性に向けて、優しい、穏やかな微笑みを向けている。それは、男の大夢と一緒にいるときに笑い合うものとは違い、より市井を男性的にセクシャルに見せる笑みに見えた。

(なんか、俺の知ってる市井さんじゃないみたい。あれが……彼女だけに見せる笑顔……かぁ)

 男のハウスキーパーにはなかなか顧客が付かない、と失態を見せた大夢を説き伏せてまで契約を続けていた経緯もあって、自分だけの家政夫さんだとどこかで思っていた。そんな大夢にとって市井のプライベートは、まるでテレビのフレーム越しのような遠い光景に見えた。そして、市井の特別な笑顔を幸せそうに受ける女性を、大夢はちょっぴりジェラシーめいた思いで見つめてしまった。

「よぅ、何見てんの?」

 物思いに沈みそうなところで、急に背後から肩に腕が回された。

「えっ、えっ?」

 すぐに状況が呑みこめず、混乱しながら振り返ったら足がよろけて、腕を回してきた背後の人物の胸に縋ってしまう。

「さ、佐藤っ。びっくりするだろっ」

「い……いや、吃驚したの、俺……」

 現れたのは待ち合わせをしていた同僚の佐藤だった。地下道の階段を上がってきた佐藤は、待ち合わせの店にも入らず、寒い場所で突っ立っていた大夢を見つけ、肩に腕を回しただけだ。そこへよろけた大夢に抱き付かれ、上目づかいで胸元から睨まれている。

 大夢の視線の色香には惑わされないよう気を付けていた佐藤だが、今また正面からその視線を受けてしまった。

「くそー……女の子だとこんなシチュエーションに中々ならないのに、なんでお前だとこうも易々……」

「え? 何?」

「なんでもない。……なんでもないけど、なんとも言えない感じが……たまらんっ」

「ちょ、佐藤っ? おいっ、ひょっとして臭い嗅いでる!? こんな人込みで何やってんだっ」

 縋って来た大夢の身体をおもわず抱き寄せて、無意識に首元のマフラーに顔を埋めてクンクンとしてしまった佐藤に大夢が身体を引き剥がして、頭をペシっと叩く。

「遊んでないで、メシ食ったら仕事行くぞっ」

「悪ぃ悪ぃ」

 ヘラヘラと笑って誤魔化す佐藤だが、内心、大夢が止めなかったら変な世界に足を踏み込みそうだったと、大夢の抱き心地と自分の行動にドキドキしてしまった。

 そして今、その場面をドキドキして見ていた人物がもう一人。

 抱き合う大夢と佐藤を、偶然目撃してしまった市井である。

(な、……な、な、なんだったんだ今のは……っ)

 最近通い始めた仕事先のお宅で、「契約時間がまだあるから、娘の買い物に付き添ってくれ」とその母親に頼まれて街に出た市井だったが、娘の積極的な態度から、自分がデートクラブまがいの用事を言い使ったことに気づいて溜め息を零していた。今回のようなことは一度や二度の経験ではなかったし、夫がいる奥さんから迫られたことも過去に経験していた市井は、どうやってこの家からの、今後の契約を角が立たないよう担当を断ろうかと考えていた。そんなところに、衝撃的な場面が目に飛び込んできたのだ。

 泣きっ面に蜂――まさにそんな場面だった。

 せっかく安定した仕事量が確保できたかと思っていた矢先に顧客を失い、そして市井の心のオアシスとなっている大夢が、佐藤と街中で人目も憚らずいちゃつく現場に遭遇するとは。

(佐藤さんが八木沢さまに触るたび、羨ましいし、ムカムカするし、奪いたくなってるしっ)

 その悔しさのイメージは、ハンカチがあればその端を噛みしめて引きちぎりたいほどの衝動だ。それをどうにか抑えようと、代わりに百貨店のショッパーの手提げを無意識に握りしめて耐えていた。

 突然立ち止まって動かなくなった市井に、顧客の娘が「どうかしたの?」と聞いてくる。

「なんでもないですよ」

 そう答えたときには、陰りもない爽やかな表情だったのは流石だ。

 ただ、指先の色が白く変わるほど握りこんでいたことに気づいて、市井は大夢への執着心の大きさに驚かされた。

(待ってくれ……、八木沢さまは俺の恋人でもない、ましてや、同性で……それなのに俺……何考えて……)

 佐藤のものだからと何度反省しても、大夢に対してだけはどうしても理性的でいられなかった。だがそれは、1LDKというあの狭い特殊な空間でしか会ってなかったから、ホモに当てられて毒されたのだと思ったり、酒のせいにしたりしていた。

(でも、これは……。これじゃまるで……俺、佐藤さんに、完全に嫉妬してる……)

 こんな都会の真ん中で、こんな広い場所に立っても湧き上がるこの気持ちは、もう市井を誤魔化せなかった。

(くぅぅっ、……もう認めるっ! 俺、八木沢さまが、好きだ!)

 気づくのと同時に失恋するのは、市井にとって初めての出来事だった。

 そのまま何事もなかったように買い物を済ませ、仕事をこなしながら、市井は頭の中でずっと諦めの悪い事を考えていた。

(せっかく好きな人ができたのに、俺はもう何もできないのか? この前みたいに、八木沢さまからお願いされるのを待つだけで満足できるか?)

 答えは何度考えても〝否〟だ。

 気づいてしまったら、認めてしまったら、大夢の姿を思い出すだけで胸が苦しい。

 そうして眠れない一夜を過ごし、大夢の家へ訪問する土曜日の朝に、ようやく市井はこれからのスタンスを決めた。

(よしっ。八木沢さまを悲しませることはしないってルールで!)

 つまりは、出来る限り自分の恋も頑張るので、大夢には覚悟してもらう事にした。
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