お世話になります ~仕事先で男の乳首を開発してしまいました~

餅月ぺたこ

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7.エロスの下ごしらえ

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 ドロドロに溶けた夜は、二人ともが倒れ込むように眠りに落ちたことで、ようやく朝を迎えられた。

「ん……」

 白米が炊ける匂いと、調理している音と美味しい香りが、大夢を夢の中から引っ張り上げる。

(喉……カラカラだし……、お腹……めちゃくちゃすいたぁ)

 んーっ、と伸びをしてから、ベッドに一人でいる事にようやく気づき、大夢は用意されたように枕元に畳んで置いてあったトレーナーを被って着ると、軋む身体でなんとかゆっくりベッドから下りた。冷たい床で四つん這いになって、今回も足腰が立たなかった事にひとしきり赤面して悶えてから、這い這いでドアまで移動して、気づかれないようにそっと開けてリビングを覗く。

(市……煌人さんも同じくらい腰使ってたと思うけど、起きて料理できてるって凄いな……)

 妙なところで感心しながら、大夢はまだ自分が覗いている事に気づかれていない状況にワクワクする気持ちで、四つん這いの高さの目線で市井の姿を探すと、食卓テーブルの脚越しに、市井の長い素足を捉えた。テーブル板が視界を邪魔して、太腿くらいまでしか見えないが、見える範囲は筋肉が綺麗についた素足しか見えない。

(わぁっ、煌人さん、寒くないのかな?)

 リビングはエアコンで一応は暖まっているようだが、二月のこの時期に全裸だとやはり寒いと思う。

 そう思ってから、大夢はいつもこの部屋で目にする、社名の書かれた市井のエプロン姿を思い出す。

(……エプロンだけつけてる、とか?)

 その発想に、大夢は更にハッとする。

(えっ、だったら、あんなにスラっとした長い足がどこまでも見えるなら、エプロンしかつけてないってこと!? ……それって……裸エプロン……)

 そこまで考えたら、是が非でも見たくなった。

 市井のその姿に、萌える萌えない、とかいう事ではなく、もっと切実な、このまま、恋人としたい事リストを彼女側でずっと消化してしまうことが濃厚な大夢が、初めて彼氏側でチェック印を入れることができるかも知れない、男としての沽券に関わる大事な局面なのだ。

 裸エプロンの市井ならきっと、いつかのメイド服みたいに、逞しい身体でコミカルさを余計に強調した状態を生み出してくれるだろうと、大夢の期待も高まった。

 ぐっ、と両足に力を込めて、椅子を杖代わりにふらつく身体で立ち上がる。

「おはようございますっ」

「わっ、びっくりしたっ。はい、おはようございます」

 左手にフライパン、右手にフライ返しを持った市井が、突然の大夢の出現に肩をビクンと跳ねさせ、無駄な贅肉ひとつない見事な上半身を捻って振り返る。黒色のボクサーパンツ一丁だったから、引き締まった筋肉の動きがとてもよく分かった。直ぐにキラっと爽やかな笑顔で対応しているところも流石だ。朝日が差し込む窓を背にした市井の笑顔が、いつもの三割増しでキラキラして見えた。

 そんな市井の笑顔と身体に一瞬見惚れてしまった大夢だが、本来の目的を思い出し、そして愕然とする。

 裸だったが、エプロンがない。

「エプロンは!?」

 期待した姿が無くて、割とショックを受けた顔で思わず声に出して尋ねてしまった。

 そんな大夢の質問に、市井は大夢が何を考えていたのか直ぐに察してクスクス笑う。

「朝からエッチですね。そんな姿、俺が大夢で見たいです」

 爽やかな笑顔のまま、人のことをエッチだなどと言えない同レベルの返事をして、市井は大夢を見つめると更に笑みを深めた。

 つまらない妄想がバレた大夢は、返答に困って赤面するしかない。フライパンをコンロから上げて持ったまま、大夢を見つめていつまでも視線を外さない市井に気づいたら、なんだか視線で舐めまわされているような感じがして恥ずかしくなってきて、もじもじしながら寝癖で跳ねた前髪を触ったり、服の裾を握ったりしてしまう。

 そんな姿に市井は満足げに頷いて、料理の続きに戻った。

「裸エプロンは次の楽しみにします。今は彼シャツで充分満足できました」

「……彼シャツ?」

 そう言われて、自分の太腿の中ほどまで丈のあるトレーナーの裾を見てから、両手の指先まで隠している袖を見て、大夢はガクリとテーブルにその萌え袖をつくと、渾身の力で両眼を瞑って悔しがった。

「コレもあったぁぁぁ!」

 キュキュッ、とリストにチェックが入るペンの音が、大夢の耳にだけ大きく聞こえた。




 もう少ししたら大夢を起こそうと思っていたと市井が言うように、すぐに朝食の用意が整った。

 どうして服を着ていないのか、寒くないのか、と大夢が市井の格好を見て質問すると、身体が火照っているから裸だったと言われ、柔らかく微笑まれて見つめられ、なにやら食前のデザートにされそうな空気になり、大夢は慌てて、目のやり場に困るのと、風邪をひいてはダメだからと、部屋着を着てもらい、なんとか小さなテーブルに向かい合って座り、無事に食事にありつけている。

「ん~。今日も美味しいです」

 ベーコンに半熟の目玉焼き、それから市井が作り置きしていたおかずを幾つか温め直し、朝食にしてはボリューム満点の品数を、二人でペロリと平らげる。

 それが、二人の昨夜の消費カロリーを表しているみたいで少し恥ずかしい。

「このあとお風呂にしましょうか」

 そう言って市井がキッチンの側にあるパネルをピピッと押してお風呂の準備をする。

 湯船にお湯がはるまで、コーヒーを飲みながらまったりしていると、テーブルの上に置いたマグカップの持ち手に指をかけていた大夢の指へ、市井が向かいの席から手を伸ばして指先を絡めてきた。

「えっと……」

 明らかに良からぬことを始めようとしている指の触れ方に、大夢の心臓がバクバクと大きく打つ。

(なっ、これっ、どうしたらいいんだ!?)

 こういう時の経験値がなさ過ぎて、本当に困ってしまう。指を握り返せば良いのか、まだ体力が回復していないから、と素直に言えばいいのか分からない。

(でも、触れてきてくれるのは、恥ずかしいけど……凄く嬉しい)

 市井の長い指に撫でられる自分の手を見ながら、大夢は分からないなりに、空いている左手をそっと市井の手に重ねる。当然のように、市井も両手で参戦してきて、マグカップから大夢の指先を攫うと、指を摘んだり揉んだりしてじゃれてから、ツーッと右の手のひらに指先を滑らせて、くるくると渦を描いて擽ってきた。仕返しに大夢が市井の手の甲を甘く抓ると、市井も負けじと指を交差させて絡め、恋人繋ぎにして封じてしまう。テーブルの上で手だけでしばらくイチャイチャして、堪えきれなくなったところで二人同時に笑いあった。

「あははっ、煌人さん、何か喋ってくださいよっ」

「ふふ。大夢の恥ずかしがる顔を見るのに忙しくて」

「えっ……、もうっ、そう言われたら余計に恥ずかしいです……」

 繋いだ右手はまだ離してもらえなかったから、左手だけで赤くなる顔を隠していたら、音もなく立ち上がっていた市井に右手を引っ張られて、気がつけば身体を支えられ、テレビの前にある二人掛けのソファに向かっている。

「あ、あの……煌人さん……? 俺、もう体力が……」

 あれよあれよと足を進められていくことに、恐る恐る進言してみた大夢だったが、市井は拗ねたように口を尖らせ恨めしそうに大夢を見た。

「俺が性欲の塊みたいに言わないでください。俺だって、今は無理です」

 そう言って市井は先にソファのアームにもたれて片足だけ座面に上げ自分の座る場所を確保すると、大夢の手を引いて、長い足の間に引っ張り込む。

「わぁっ」

 市井の胸に背中をトンっと預けてしまい、まるでぬいぐるみを抱き込むみたいに大夢は市井にすっぽり包まれた。

「お風呂の準備が出来るまで、です」

 今は無理だと言っていたし、ただ引っ付いているだけなのだろう。それなら願ってもない嬉しい提案だったから、大夢も素直に甘えてみることにした。

 小さく頷くと、腰に回されている市井の手を取って、先程と同じように指を絡めて手を繋ぐ。

 自分でしておいて少し恥ずかしそうにはにかむ大夢の横顔に、市井は目を細めて大夢の髪に頬を寄せた。

 くっ付くと温かくて、二人は更に身体を寄せ合う。

 もぞもぞと動いて身体を擦り合って、市井の手が我慢出来ずに大夢の胸元に寄っていくと、手を繋いでいるからそのまま少し力をいれるだけで大夢がやんわり阻止をする。そんな攻防が何度も続くから、大夢は繋いでいた手を離して身体を反転させ、市井と向き合うと、可愛い睨みをきかせる。すると、それを待ち構えていたように唇をぺろっと舐められた。

「んっ」

 驚いて顎を引き、うつむいてしまってから、大夢は自分の消極さを反省する。

(触れた後に逃げるとか……俺が煌人さんに同じことされたら、……凄く落ち込むよな)

 これではいけない、と三秒ほど固まって考えている大夢を観察している市井が、そんな内気な姿も楽しんでいるとは思ってもいない。

 だから、腕の中にいる恥ずかしがり屋な恋人に、市井は完全に油断していた。

 困ったように眉を寄せて、胸元からそっと見上げてくる大夢に余裕の笑みを返していたら、スッと背筋を伸ばされ距離を詰められて、唇を奪われてしまった。

 まさかの大夢からのキスに、驚いて動けない市井に気づかないまま、大夢は目を閉じて、恥ずかしそうにほくろのある目元をうっすら赤め、ちゅっちゅっと、角度を変えて唇を二度三度と合わせる。それから、手探りで見つけた市井の手を握るとキュッと指に力を込め、なかなか開いてくれない市井の唇に舌を添わせ、上唇を舐めたり、下唇を吸ったりして、これ以上どうすれば良いのか分からないまま、どうしていつもは簡単に舌と舌が絡み合うのかと頭の中を疑問符でいっぱいにして、アピールを続けた。

(びっ……くりしたっ。こんな積極的なことしてくれるの、もっと先のことだと思ってたっ)

 我に返った市井の口元が、一生懸命にキスしてくる大夢の可愛さにニマニマしてしまう。

 必死な大夢の唇の動きをもう少し味わっていたいところだが、大夢を最大限に甘やかしたい市井としては、間近に見える、困り眉で目を閉じて、ノープランで市井の舌を呼ぶノックを唇に繰り返す大夢を、大急ぎで迎え出なければならない。

 ギュッと手を握り返して、唇を開き、大夢の舌先を吸って招き入れると、もっとおいでと舌を伸ばさせるように口の中へ誘い込む。

 柔らかさに滑りが加わり、知らずに深くなっていくキスに鼻から声を零して、大夢は気づけば夢中で市井と舌を絡めていた。

 市井は自分との闘いだった。

 可愛い求愛で本格的に身体に火をつけられると、また大夢の身体に負担をかけてしまう。市井は大夢を抱きしめ直すように装って体勢を動かし、惜しい気持ちを抑え込んで、なんとか唇から離れることができた。トロンとした目と、唾液で濡れた半開きの口から舌を出したまま、どうして続けないのかという表情を向ける大夢にクラクラさせられる。

「……キス、そんなに気持ち良かったですか?」

 そっと囁いて大夢を抱き込み、その背中を撫でながら市井が尋ねると、大夢が市井の胸にコテンと頭をあずけて恥ずかしそうに頷いた。そして、何か言おうかどうか悩んでいるのか、唇をもごもご動かしている。

「感想を、聞かせてもらえるんですか?」

 もしそうだったら是非聞かせて欲しくて、柔らかい声で市井が促すと、陶酔の状態にいる大夢がうっとりと遠くを見つめて、本当に感想を話だした。

「とっても……幸せになります。……柔らかくって、……優しくって。……気持ちいい、です」

「ッ……そ、そうですか」

 大夢の頭上、大夢から死角にある市井の整った顔面が、嬉しさに口元から崩壊し始める。

「あったかいし、大きい唇に包まれると、市井さんの特別になれてるんだって……思えて、……嬉しい」

(何この可愛い生き物っ! 天使!?)

 口元の次に崩壊したぶるぶる震える肩に、このままでは奇声を上げて喜びを表現しかねず、渾身の力を込めて筋力で抑え込んだら、逃げ場のない歓喜の震えが、放出先を探して身体中を巡り、体温を上げ、結果、勃起した。

(うわー……、確かに消防の放水ホースにカタチが似てなくはないけど……)

 しかしこのホースは事態の消火用ではなく、むしろ延焼用だ。

(まずい。これは、拙いぞ。この人を食べないと俺が治らなくなる)

 もう、お互い様ということで手を出してしまおうか。

 そんな思考にほぼほぼ固まったとき、大夢の思わぬ言葉に水を差された。

「あの……、俺、二十五歳になるまで誰かと付き合う事もキスした事もなかったから……。市井さんとの、その……エッチな色々……も、全部二十五歳になってからだから、今年は、怖いくらい、俺、幸せです……」

 嬉し恥ずかしそうに市井の胸に顔を埋めて、ギュウッと市井の服の生地を握り締めてくる大夢の旋毛つむじを見下ろしながら、市井はデレた顔から一転、真顔で口の端を痙攣ひきつらせて、乾いた笑い声を上げるしかなくなった。

「……あはは……、そういえば仕事が一番忙しかった十二月が誕生日……でしたよね……」

 市井の変化に気づかず、大夢はまだ夢心地だ。

「はい……。あの日は俺の好物ばかり作ってあって、ケーキも用意してもらえてて。……残業でクタクタになって帰ってきて、部屋にひとりなのに、煌人さんが部屋に来てたんだって感じれて、寂しくなかったです。今更ですけど……、ありがとうございました」

「いえいえいえっ。――いや、あの……です、ね……」

 市井の仕事に対して、大夢はいつも感謝の気持ちを伝えてくれる。こうして言葉で直接のときもあれば、会えないときはメモをテーブルに置いてくれていたりもする。

 市井は、自分が人より多少目立つ容姿だという自覚はあるにはあるが、それでもこの仕事に就いてからはそれが仇となる場面も多く、順風満帆とは言い難い思いをしてきていた。まず、当時付き合っていた彼女に転職を理由に振られた。市井の前職の肩書きが無いと、彼の持つ容姿や人柄だけではお気に召されなかったらしい。それからは派遣される各家庭で、同性の雇い主からは市井の台所に立つ姿に、いい歳をした男が、と言われた事もあれば、家政婦業そのものを見下した言葉をかけられたこともあった。女性の時は、やはり家に上がる仕事柄なこともあり、性別で最初から担当を外されてしまうし、受け入れてもらえたかと思えば性的な需要を期待された事も一度や二度ではなかった。

 もちろん全てがそんな人ばかりではなかったし、自分が求めた、誰かの役に立てている充足感で満たされる日も何度もあった。

 しかし、企業という組織から抜けた、市井煌人という一個人への世間の評価は、吹けば飛ぶようなちっぽけな男だという事を突きつける現実で、親から家業を継げと転職に反対されても押し通した仕事は、達成感を感じるよりも、往々にして理不尽な壁だらけだった。

 そんな市井に、大夢の気遣いや感謝の言葉が、どれほど嬉しく、力になって励まされていたことか。

(その件について、お礼をめちゃくちゃ言いたいんですけど、今はそっちじゃなくなったっ)

 恋慕の情と全幅の信頼を寄せてくれている大夢に感謝を告げることが出来る、ものすごく感動的な場面になっていくはずなのに、何故に自分は過去にあんな行動をとってしまい、そして今まで黙ってやり過ごしてきてしまったのか。

(自業自得とは正にこのことだ)

 心にしこりを残したくない自分自身のために、そして、大夢ときちんと向き合うために、話さなければならない。

 市井は、大夢の背中を撫でていた手を止めた。

「あの……、大夢のファーストキスは、二十四歳のときで、その……俺が貰ってしまいました」 

「…………え?」

 驚くでもなく、ただただ市井の言っている言葉が日本語に聞こえていない感じの聞き返しだった。

 仕方なく、もう一度繰り返す。

「いえ、だから、大夢の初めてのチューは、去年の誕生日より前で、相手は俺です」

「……どうやって?」

「えっ、それは口と口で……」

 珍しく本気でボケる市井に、そうじゃなくてっ、と大夢が詰め寄る。

「俺、全然覚えてないし、知らないんですけどっ」

「それは……」

 当時を思い出して市井は口籠もったが、もういっそ盛大に怒られて、断罪されればすっきりするのだろうかと考える。

「……去年の秋の、佐藤さんが取引先のツテでお酒を、一升瓶でたくさん持ってきてくれたときに――」

 市井の話しだした季節は、大夢が思ったよりもずいぶん前だ。

(佐藤が大量の一升瓶を持ってきた秋? それって、市井さんと契約してひと月経ったくらいだったっけ?)

 そういえばそんな日があった。徐々に市井との交流が始まり、食生活が潤い、週末に佐藤と三人で酒盛りするのが楽しみになっていた頃。そう、確か佐藤と市井が自分より仲良しになってて、無性に悔しかった記憶がある。

「佐藤さんが寝落ちた後、……酔ってる大夢が可愛くて、佐藤さんに嫉妬した俺が我慢出来なくなって、優しくするからって流れで、こう……チュッ、と」

「チュっと!? それで俺どうなったのっ?」

「どうって……。優しくできましたかって聞いた俺に、優しいけど、キスはダメじゃないのか、とか言われました。本当にごめんなさい」

 しょんぼりとこうべを垂れた市井が、弱ってる大型犬っぽくて、そんなの叱れない。

 大夢はその頭をよしよしと撫でながら、今の話が何となく初めて聞く気がしなくて記憶を手繰る。やはり、どう考えても何度も見た、夢の中で市井に迫られるシチュエーションと丸被りだと流石に気付いた。

「夢じゃ……なかった」

 酩酊しているときに済んでしまっていたファーストキスが、その後繰り返し夢に見たことで、むしろ色んなアングルで記憶に刻まれている。なんなら、大夢の中ではドラマのようなロマンチックなシーンに仕上がっているのだ。

(ずっと、欲求不満が見せる独りよがりな妄想だと思ってたけど、ホントにあった事だったんだ……。――っ……えええーっ、なんか謝られちゃってるけど、俺としては、それ、嬉しいしっ)

 相手が市井なのだから、大夢に不満などあるわけ無かった。

「あのっ、煌人さん。俺、怒ってないから。だから、そんな謝らないでください。……ね?」

 ウィンウィンだと結論を出し、顔を覗き込んでくる大夢の対応に、市井は信じられないという表情で目を見開く。

「怒ってないって……、だって酔ってる時に勝手にキスしたんですよっ? それに、まだ続きもあって、乳首舐めたし、素股もしたし、お尻だって指突っ込んで――」

「――!?!?」

「もう大夢は可愛い反応するし、やっぱり佐藤さんには嫉妬するしで……」

 どうやら話しているうちに当時を思い出してきたのか、市井の声に熱がこもり、切ない表情を浮かべているのだが、内容が酷い。一方、大夢はというと、怒ってないとは言ったが、想像以上に手を出されていて、驚愕の感情が追いつかなかった。

「待って待って、煌人さんっ。キスだけじゃ無いんですかっ!? それに、佐藤に嫉妬って何ですか?」

「うっ……」

 勢いで話を流してもらえず大夢に止められて、市井の見えない犬耳がキュゥンと垂れる。

「や、ちょっとソレ可愛い顔されてますけど、キチンと話してもらえますか?」

 つい絆されそうになったが、ここはしっかり聞かなくてはいけない。

 けれど、いつもと立場が逆転したみたいな会話になっているのがだんだん可笑しくなってきて、大夢は気を抜いたら笑ってしまいそうだ。

「…………」

「煌人さん」

 優しく名前を呼ばれて話を促され、市井は続けた。

「初めてここへ仕事に来た時……、大夢の行動や部屋の状態と、佐藤さんの様子から、二人が男同士で付き合ってるんだと、……恋人だと、思ったんです……」

 思えば、大夢との出会いがあんな特殊な状況でなければ、二人で朝を迎えるこんな日は来なかったかも知れない。

 大夢と佐藤の仲を勘違いし続けて、嫉妬に悶えた半年間。男同士で恋愛する人たちを初めて間近に見て、市井が最初に思ったのは、どう見ても男である大夢を性的な対象として見れる自分への驚きだった。そして、大夢を一度そういう目で見てしまうと、内気な性格や仕草に可愛らしさを次々と感じとってしまい、大夢からも貴方は俺のものだと独占欲の嫉妬を見せられ、好きだ、一番だと言われて勘違いが深まった。月を追うごとに大夢が見せる他人を気遣う純粋な優しさに友人以上のものを求めて、転がり落ちるように惹かれていった。

「今となっては、佐藤さん絡みのいろいろあった全てが笑い話みたいな事ばかりなんですけど、同性愛者だと思ってた大夢が、俺の事を一番好きだと言ってくれたり、笑顔を向けてくれたりしたその直後に、佐藤さんの名前を口にするだけで……その時の俺は男として一喜一憂の繰り返しでした。――信じて欲しいんですが、佐藤さんとの仲を裂こうなんて、決して、企んでなかったんです。でも、酒が入るからなのか、大夢と二人の空間にいて俺のテンションが上がるからなのか……。大夢と佐藤さんが恋人だと思ってる俺と、そんな事を知らない大夢の話が奇跡的に噛み合うと、なんかエッチな状況に流れる事が度々起きてたみたいで……。恋人がいる人相手に流された俺が一番悪いんですけど、俺が触れても逃げずにいてくれる大夢に、手が、身体が……心が、いつも止められなかったんです……」

 市井の低い声で語られる話に、大夢は先ほどからずっと驚かされ続けている。

 自分の一体どこに、市井から惚れられるきっかけや要素があったのか謎過ぎだったのだが、勘違いから始まっていく過程にものすごく納得してしまう。

 感心して、相槌も打たずに市井の話に聞き入った。

「だから……さっき話したとおり、キスの後もいろいろやらかしてしまってて……。あの夜、大夢の乳首を感じるように開発してしまった事が、シャツの生地に擦れるだけで困るほど弱くなったきっかけだと思うし、夢の中で俺にどうこうされたとか話してたのも実際にあった出来事でした。……だから、もともと女性が恋愛対象なのに、俺という同性を力ずくで意識させてしまう原因になってるだろうから……もし、大夢が俺と身体を繋げる苦痛や嫌悪を言い出せないでいるなら、我慢しないで教えて欲しいです。……辛いけど……頑張って……大夢を忘れます」

「えっ!?」

 黙って聞いていたら話が急展開して、さすがに声を上げる。

 お湯張りが終わったメロディーがリビングに流れたが、大夢は風呂へ入るどころではなくなった。



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