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序章
プロローグ | 世界線にて
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1982.12.15.
マルグルタ共和国テリゼン市第一区、跡。
果てしなく広がる灰色の地。荒廃した市街、崩れた建造物。暗雲立ち込め、冷たい小雨がシトシトと降り始めた。
戦場に立つ一人の女。名前すらわからないが、唯一こいつの異名だけは知っている。
『赤長髪の魔王』
その名に相応しい容姿に、魔王とも形容し得ようその強さ。間違いない。
そして相対するは二人組の男達。
ベスタールとヴァロムス。本来、魔術士というのは二人組が定石である。
一対二の戦い。それでもって苦戦を強いられていたのは二の方であった。
「「…くそッ…!」」
それに対して一の方はまるで余裕の息遣い。
「ふふっ…」
お互いが間合いを縮めては広げ、魔術を顕現して攻撃を繰り出す。隙を探りあいながら繰り広げられる数多のステップは、地に降り積もった灰燼を再び巻き上げて、戦場は瞬く間に煙たくなっていく。
そしてお互いの動きが止まる。間合いは約3メートル。その瞬間、時間が止まったようにも感じた。お互いに集中し、観察し合う。
「もう一度言うよ、抵抗をやめて。それとも死にたいのかい?」
一戦交えるも、わずかな攻撃すら与えることができず、間合いを整えようとした束の間の猶予で煽るように再び降伏を命令してきたのだ。その女の口角は上がっていたが表情はどこか冷たい。
「はぁ…ッ…降伏など…俺たちはしない。」
―――降伏などありえない。こいつらが支配するその行く末などたかが知れているのだ。
「ふぅん?」
その女の戦闘方法、それは自身に纏わせた魔力で身体を拡張・強化する魔術、広義には【魔力結生術】と呼ばれる、魔力を固め形状を生み出す魔術を利用した体術だった。
それに対してこちらは両刃剣を持つ二人組。物理的な防御に対してはめっぽう強い質量と切れ味。魔力のシールドに対しても打ち方によっては粒子内均衡を崩して破壊できるが、完璧に整流された魔力の前ではこれすら弾かれ、職人の手で鍛えられた剛刃も刃毀れしてしまった。
胸部を緑色に不気味に輝かせているその女は常に周辺空間から魔力を【同調】させ続けている。
「………」
いつ攻撃を仕掛けようか。黙して機を窺っていたその矢先、先手を打ったのは敵の方だった。
魔力の流れを【索探術】、所謂魔力のレーダーのような物で見透かしていた二人でも気づけないその一瞬で、魔力を右手に固め巨大な刃を生成したかと思えば、それをこちらに振りかざしてきたのだ。
空気が切り裂かれる音。間一髪で後ろに下がることができたためにその刃を食らうことはなかった。
そして後ろに跳び、視線をもう一度その女に向けた。僅かな時間しか無かった筈なのにいつの間にかその女は手に薙刀を持っていた。先程の手先の刃同様、一瞬で魔力を固め仕上げたものだろう。これほどまでに形状が正確で大きなものを一瞬で生成するのは、世界を探してももう一人見つかるかどうかも分からない程、素晴らしい妙技。うっかり感嘆の声を漏らしてしまうほどだった。
「これが噂に聞く『赤長髪の魔王』か。相当なものだな。」
「ヴァロムス、俺にいい考えがある。お前の術と俺の術を使えばあいつを地面に封じ込めることができるはずだ。」
「…なるほど、了解。」
慣れた技で仕留めるしかない。半端な魔術では【無効化(キャンセル)】される可能性がある。
ヴァロムスはベスタールの意図を全てくみ取ったかのように、何も聞き返す事無く肯定の返事をした。それはお互いの信頼の表れでもあった。
ベスタールはゆっくりと地面に手を付き、師匠から教えてもらった通りの、魔術を展開へと導く一文。いわゆる呪文にあたるものを唱え始めた。
「大地よ…応えろ!」
―――【動的魔術】。自身に同調させた魔力を直接エネルギーに変換し、それを利用する魔術だ。ベスタールは大地の中で魔力を破壊のエネルギーに変換し、それを利用して間接的に地面を操る。
その女を取り囲むように地面が大きな円を描いて光り輝き、そして次の瞬間には一撃地鳴りのような響くと綺麗な亀裂がその女を囲んだ。ベスタールは地面を逆円錐型に切り取り、大地からその地面をきれいに切り離した。
そしてベスタールはヴァロムスに次を託す。
「ヴァロムス!」
ヴァロムスはその切り取られた大地に力を与える。
「万物に従属されし自由を…」
―――【静的魔術】。自身に同調させた魔力を物質や、あるいは人体そのものに【魔導】させることで魔導させた対象に効果を与える術。魔導によって影響させられる要素は非常に多岐にわたるが、彼の場合は温度を変えずに流体と固体、そして気体と、物質の状態を自由に操れる。
ヴァロムスがそう唱えると、その地面はまるで沼のようにドロリと溶け、そして蟻地獄のようにその女を引き込み始めた。
その女はズルズルと流体と化した地面に沈んでいく。思いがけない策に少々の戸惑いを見せたが、すぐに冷静を取り戻す。
「…ほう、考えたな。だが少々愚策だね。」
ヴァロムスが必死にその術を維持していると、その女の周囲が目が焼けるほど煌びやかに輝き始めた。そしてそれと同時に大量の魔力がそこに集中しているのも見えたのだ。
「まて!術を止めろ!」
ベスタールがそう叫んで1秒も経っていない一瞬だった。噛みあわない歯車を無理やり回したかのような凄まじい轟音。束の間、彼女の周囲のシールドの周りから、驚異的な爆発が発生した。
彼女の正体不明の魔術によって、液体にしていた地面があらゆる方向に四散する。魔力の干渉圏外となったそれらは再び元通りの固体となり、飛来する凶器へと変貌した。そしてそれは―――
―――――
これから我々が目にするお話。それはこの語られない戦い15年後。
大陸西部の地域【エレイグ】。この地で過去に起こった無制限戦争は後世にまで残った影響も含めれば数え切れ無い程の死者を今も出し続け、そして無数の戦災遺構が残る大地へと仕立て上げた。これはそんな絶望の土地から始まる、二人の少女を主役とした話である。
マルグルタ共和国テリゼン市第一区、跡。
果てしなく広がる灰色の地。荒廃した市街、崩れた建造物。暗雲立ち込め、冷たい小雨がシトシトと降り始めた。
戦場に立つ一人の女。名前すらわからないが、唯一こいつの異名だけは知っている。
『赤長髪の魔王』
その名に相応しい容姿に、魔王とも形容し得ようその強さ。間違いない。
そして相対するは二人組の男達。
ベスタールとヴァロムス。本来、魔術士というのは二人組が定石である。
一対二の戦い。それでもって苦戦を強いられていたのは二の方であった。
「「…くそッ…!」」
それに対して一の方はまるで余裕の息遣い。
「ふふっ…」
お互いが間合いを縮めては広げ、魔術を顕現して攻撃を繰り出す。隙を探りあいながら繰り広げられる数多のステップは、地に降り積もった灰燼を再び巻き上げて、戦場は瞬く間に煙たくなっていく。
そしてお互いの動きが止まる。間合いは約3メートル。その瞬間、時間が止まったようにも感じた。お互いに集中し、観察し合う。
「もう一度言うよ、抵抗をやめて。それとも死にたいのかい?」
一戦交えるも、わずかな攻撃すら与えることができず、間合いを整えようとした束の間の猶予で煽るように再び降伏を命令してきたのだ。その女の口角は上がっていたが表情はどこか冷たい。
「はぁ…ッ…降伏など…俺たちはしない。」
―――降伏などありえない。こいつらが支配するその行く末などたかが知れているのだ。
「ふぅん?」
その女の戦闘方法、それは自身に纏わせた魔力で身体を拡張・強化する魔術、広義には【魔力結生術】と呼ばれる、魔力を固め形状を生み出す魔術を利用した体術だった。
それに対してこちらは両刃剣を持つ二人組。物理的な防御に対してはめっぽう強い質量と切れ味。魔力のシールドに対しても打ち方によっては粒子内均衡を崩して破壊できるが、完璧に整流された魔力の前ではこれすら弾かれ、職人の手で鍛えられた剛刃も刃毀れしてしまった。
胸部を緑色に不気味に輝かせているその女は常に周辺空間から魔力を【同調】させ続けている。
「………」
いつ攻撃を仕掛けようか。黙して機を窺っていたその矢先、先手を打ったのは敵の方だった。
魔力の流れを【索探術】、所謂魔力のレーダーのような物で見透かしていた二人でも気づけないその一瞬で、魔力を右手に固め巨大な刃を生成したかと思えば、それをこちらに振りかざしてきたのだ。
空気が切り裂かれる音。間一髪で後ろに下がることができたためにその刃を食らうことはなかった。
そして後ろに跳び、視線をもう一度その女に向けた。僅かな時間しか無かった筈なのにいつの間にかその女は手に薙刀を持っていた。先程の手先の刃同様、一瞬で魔力を固め仕上げたものだろう。これほどまでに形状が正確で大きなものを一瞬で生成するのは、世界を探してももう一人見つかるかどうかも分からない程、素晴らしい妙技。うっかり感嘆の声を漏らしてしまうほどだった。
「これが噂に聞く『赤長髪の魔王』か。相当なものだな。」
「ヴァロムス、俺にいい考えがある。お前の術と俺の術を使えばあいつを地面に封じ込めることができるはずだ。」
「…なるほど、了解。」
慣れた技で仕留めるしかない。半端な魔術では【無効化(キャンセル)】される可能性がある。
ヴァロムスはベスタールの意図を全てくみ取ったかのように、何も聞き返す事無く肯定の返事をした。それはお互いの信頼の表れでもあった。
ベスタールはゆっくりと地面に手を付き、師匠から教えてもらった通りの、魔術を展開へと導く一文。いわゆる呪文にあたるものを唱え始めた。
「大地よ…応えろ!」
―――【動的魔術】。自身に同調させた魔力を直接エネルギーに変換し、それを利用する魔術だ。ベスタールは大地の中で魔力を破壊のエネルギーに変換し、それを利用して間接的に地面を操る。
その女を取り囲むように地面が大きな円を描いて光り輝き、そして次の瞬間には一撃地鳴りのような響くと綺麗な亀裂がその女を囲んだ。ベスタールは地面を逆円錐型に切り取り、大地からその地面をきれいに切り離した。
そしてベスタールはヴァロムスに次を託す。
「ヴァロムス!」
ヴァロムスはその切り取られた大地に力を与える。
「万物に従属されし自由を…」
―――【静的魔術】。自身に同調させた魔力を物質や、あるいは人体そのものに【魔導】させることで魔導させた対象に効果を与える術。魔導によって影響させられる要素は非常に多岐にわたるが、彼の場合は温度を変えずに流体と固体、そして気体と、物質の状態を自由に操れる。
ヴァロムスがそう唱えると、その地面はまるで沼のようにドロリと溶け、そして蟻地獄のようにその女を引き込み始めた。
その女はズルズルと流体と化した地面に沈んでいく。思いがけない策に少々の戸惑いを見せたが、すぐに冷静を取り戻す。
「…ほう、考えたな。だが少々愚策だね。」
ヴァロムスが必死にその術を維持していると、その女の周囲が目が焼けるほど煌びやかに輝き始めた。そしてそれと同時に大量の魔力がそこに集中しているのも見えたのだ。
「まて!術を止めろ!」
ベスタールがそう叫んで1秒も経っていない一瞬だった。噛みあわない歯車を無理やり回したかのような凄まじい轟音。束の間、彼女の周囲のシールドの周りから、驚異的な爆発が発生した。
彼女の正体不明の魔術によって、液体にしていた地面があらゆる方向に四散する。魔力の干渉圏外となったそれらは再び元通りの固体となり、飛来する凶器へと変貌した。そしてそれは―――
―――――
これから我々が目にするお話。それはこの語られない戦い15年後。
大陸西部の地域【エレイグ】。この地で過去に起こった無制限戦争は後世にまで残った影響も含めれば数え切れ無い程の死者を今も出し続け、そして無数の戦災遺構が残る大地へと仕立て上げた。これはそんな絶望の土地から始まる、二人の少女を主役とした話である。
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