ゲート SEASON2 自衛隊 彼の海にて、斯く戦えり

柳内たくみ

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3熱走編

3熱走編-3

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 お宝は自分達の船に。捕虜は捕虜収容船へ。
 ほとんどの船では戦いも終わり、荷物と人員の積み替え作業が進められている。
 しかし、ナーダ号だけは制圧が終わっていなかった。
 何しろ船団の中で最も大きな船だ。制圧に多少の時間を要するのは仕方ない。だがそれでも制圧完了の報告がいつまでも上がってこないことに、ダーレルは苛立っていた。
 確かに自分はドラケに対し、飛船がやって来るのはずっと先だと言い切った。だが彼も心のどこかで噂を恐れる気持ちがあった。だから手際よく仕事を終え、手際よくズラかりたいのだ。
 もしナーダ号が小さな荷役船だったらとっくの昔に制圧を諦めていたかもしれない。
 だがナーダ号はパンタグリュエル商船団の旗船。船団主が乗っていて、当然ながら最も多くの財貨、最も高価で貴重な品々を積んでいる。
 出港地に潜り込ませた諜報員の報告では、積み荷は琥珀こはく、飛竜のうろこ鯨油げいゆ、白金のインゴット、砂金、異世界からのガラス製品といった高価な品々ばかりだ。とても諦められるものではなかった。

「ちっ、しょうがねぇなあ!」

 ダーレルは航海士に命じるとモナム号をナーダ号に接舷させた。そして自ら乗りこむと、景気の悪そうな顔付きをした配下達に尋ねた。

「お前達、何をもたもたしてやがる!?」
「あ、お頭!」

 振り返ったのは三人だった。
 千人以上も配下がいるので名前なんぞいちいち覚えていられないダーレルは、右から黒髭、狐目、鼻くそぼくろと瞬間的に命名した。

「実は、ここの梯子段を降りたところにいる奴がやたら強くて手も足も出ないでさあ」

 甲板の開口部から船倉へと向かうには、狭く急峻きゅうしゅんな梯子段を降りていかなければならない。
 しかし横幅が狭いので侵入者は足場の悪い梯子段を一列になって進むことになる。そのため階下で待ち受けている敵には一対一で対峙しなければならない。そこへきて下で待ち構えている敵は相当の手練れだという。そのせいで先に進めなくなっているとのことだった。

「で……どんな奴なんだ?」

 ダーレルは開口部から中を覗き込んだ。しかし中は暗く、強い陽射しを浴びる露天甲板からではよく見えなかった。

「どんなって言いますと?」
「このスットコドッコイ! 俺が聞いてるのは、下にいるのがどんな奴かってことに決まってるだろうが!」

 ダーレルは察しの悪い黒髭の頭を拳でぶん殴った。相手が粋がった腕自慢のガキなのか、老獪ろうかいな戦士なのかで、こちらの対処も変わるのだ。

「痛ててて! すみません、お頭! 許してくだせえ!」

 すると狐目が庇うように言った。

「女です。やたらと腕の立つ女ダークエルフですよ!」
「女だとお?」
「これがすこぶる付きのいい女でしてねえ。見ているだけでたまらなくなってくる程色っぽいんです!」

 鼻くそぼくろは問われてもいないことを口にする。だがそこまで聞けば、ダーレルも事情を理解できた。

「なるほどな……」

 下で待ち構えているのがいい女ならば、配下連中が不覚をとるのも仕方がない。
 美女が相手なら生かしたまま捕らえたいと思うのは当然。出来るだけ傷つけたくないと剣先が鈍ってしまうのも納得できる。
 だが、それで殺されていたのでは元も子もない。まあ、実際はそこにまで考えが巡らないから海賊なんぞをやっているとも言えた。

「仕方ねえなあ。俺が直々に相手してやるか……」

 ダーレルは自ら舶刀カトラスを抜くと梯子段に足をかけた。
 そして配下どもの言う『いい女』とやらがどれほどのものなのかを直に確かめるべく、剣先を下に向け一歩一歩慎重に降りていったのである。


 一段一段の踏み板は狭く、そして傾斜は急峻。しかも、ダーレルの体重に悲鳴を上げるように音を立てて軋む。おかげで注意力の過半を足元に割かなくてはならないから、周囲への警戒がどうしてもおろそかになった。
 そこでダーレルは、不意の襲撃に備えるために一段降りては視線を巡らせ、また一段降りるという作業を繰り返した。
 やがて暗がりに目が慣れてきて周囲が見えてくる。

「待ち構えているのは女だと言ったが……とんでもねえ虐殺者に違いねえ」

 梯子段を降りきった二層目の甲板には、配下だった男達の骸が散らばっていた。そして血液と屍体で舗装された甲板に、長身の女が佇んでいた。
 褐色かっしょくの肌。笹穂耳ささほみみ。銀糸のごとき長い髪。滑らかで豊かな身体の線が顕わな黒革の鎧。まさしくダークエルフの女だ。

「確かにい女だ。そのへんの奴なら一目見ただけで骨抜きにされちまうな」

 海賊なんていう連中の審美眼では、相当な醜女しこめでもない限り大抵が美人に括られる。だがそこにいたのは紛れもない美人。しかも若さだけが取り柄のガキと違い、艶気つやけたっぷりの大人の女だ。まさに極上中の極上であった。

「愚か者が、また来たか……」

 だが、そのダークエルフは血に濡れたサーベルを提げている。
 殺意の籠もった冷視線と罵倒を浴び、震えるような心地好さを感じたダーレルは、唾をぐびりと呑み下すと降伏を促した。

「おいお前、俺の情婦じょうふにならねぇか? お前みたいな佳い女を殺しちまうのはもったいない」
「その提案には乗れん。の心と身体は、既に我が物ではないからだ。聖下より託された使命を果たさねばならん」
「なんでぇそりゃ? つまりお前は誰かの奴隷ってことなのか?」
「此の身はそのように理解し、行動原理としている。我が主――あの男にとっては迷惑なことのようだがな」
「なら、海賊の流儀でお前を俺のものにする」

 ダーレルは女の見せた隙を見逃さなかった。サーベルの切っ先が僅かに下がった瞬間を突いて、勢いをつけた斬撃に打って出る。
 梯子段の高さを生かした力任せの一撃だ。体重のしっかり乗った威力と衝撃で、細身のサーベルなどへし折れるはずだった。

「なんだと!?」

 しかし彼の刃は虚空を斬った。
 女はダーレルの剣にサーベルを合わせようともせず、彼の脇をすり抜けたのだ。
 違う。そう感じたのはダーレルだけであった。
 現実はダーレルが足を置いた踏み板が割れ、彼の巨体が落下したのだ。
 ダークエルフの女は、それにぶつからないよう脇に退けただけだ。
 どうやら踏み板に細工がされていたらしい。この女が先ほど見せた僅かな隙は、この仕掛けに誘い込むための罠だったようだ。
 たちまち立場が逆転し、床に転倒したダーレルは女を見上げることになった。床に激しく身体を打ち付けた苦痛と屈辱でダーレルは顔をしかめる。

「くそっ……してやられたぜ! 女、お前の名を教えろ」

 女は油断することなくサーべルの切っ先をダーレルの喉元に押しつけた。

「ダークエルフ。シュワルツの森部族デュッシ氏族出身、イタミヨウジのしもべ、ヤオ・ロゥ・デュッシ。してドワーフの海賊、御身おんみの名は何という?」

 鋭い尖端が分厚い皮膚を破らんと弾力の限界まで押しつけられる。少しでも余計な動きを見せたら皮膚が破れて大量の出血となるだろう。

「ちっ……俺か? 俺はなっ!」

 しかしその瞬間、梯子段の上部から矢が撃ち込まれた。ダーレルの配下が頭目を助けるために射かけてきたのだ。

「!?」

 しかしヤオはそれを察知して身をひるがえす。
 瞬間、サーベルの切っ先が離れたが、ダーレルは身じろぎ一つ出来なかった。降ってきた矢が彼の右耳の傍らと、左肩の側に突き立ったからだ。

「お頭!」

 とはいえこの好機に寝てなんかいられない。すぐに立ち上がって梯子段に手を掛けた。

「待て!」

 ヤオは追おうとするが、再び矢が降ってきて行く手を阻む。

「誰が待つか! 俺はダーレルだ。ダーレル・ゴ・トーハンの名を覚えておけ!」

 ダーレルは捨て台詞のように名乗りながら、命からがら露天甲板に逃れたのである。


「てめえらか、矢を射かけてきたのは!? 危うく俺に刺さるところだったじゃねえか!」

 ダーレルはまず配下の黒髭、狐目、鼻くそぼくろの三人を手酷くぶん殴った。

「痛てっ!」
「で、でも……」
「ひでぇ、お頭のためにやったのに……」

 配下達は涙目になって苦情を言った。

「んなことは分かってらあ! おかげで助かったのも確かだからその分は褒めてやる! だがな、俺に危うく矢が刺さるところだったんだぞ! それと合わせたら差し引きゼロだ、くそ馬鹿野郎どもめが!」
「お、お頭ぁ。殴られたら差し引きゼロになってませんよ!」
「そ、そうか?」
「そうですよ!」

 どうやらダーレル自身、自分の矛盾に気付いていなかったらしい。配下に指摘されてようやく理解したようだ。

「それより、これからどうするんですか?」

 狐目が、このままこうしていてもらちが明かないと指摘する。
 お宝の詰まった倉庫はあのヤオというダークエルフの背後にある。あの女をなんとかしない限り、そこまで辿り着けないのだ。

「ふむ……」

 ダーレルはしばしの黙考の後に言った。

「おい、大砲を一門持ってこい」
「大砲?」
「おうよ、モナム号の大砲を一門降ろせ。そいつをここに据えて、下に向かって撃ち込む!」

 ダーレルはそう言って甲板を指差した。入り口が塞がれているなら、別の場所に入り口を作ればいいという訳だ。

「そ、そんなことをしたら……この船の底に穴を空けることになっちまいませんか!?」
「頭の硬い奴らだな。その分魔法の力を加減させればいいだろ! 四の五の言ってないでとっとと仕事にかかりやがれ!」
「は、はい! お前達も手伝え!」

 海賊達はこうして作業にとりかかった。


 一方のヤオは、ダーレルを仕留め損なったものの、これで力押しは不可能だと海賊達に思い知らせることが出来たと考えた。
 敵が再び攻めてくるとしても別の手段を講じるだろう。その準備にしばらく時間がかかるはずだ。
 そこで背後の戸をくぐって船倉に入った。

「あ、あんた。無事だったのか!?」

 中には船団主の商人や船守り、乗り合わせていた旅客、乗員の生き残りが立て籠もっていた。
 彼らの皆がヤオの姿を見て驚く。無謀にも扉を守ると言って外に残った彼女が、まさか無事に戻ってこられるとは思っていなかったのだ。

「なんとか海賊どもを追い返すことには成功した。だが、これで諦めるような奴らではない。すぐに次がやってくるだろうから、この扉は塞いでしまったほうがいい」

 ヤオが言うと、船団主の男が乗組員達に命じた。

「お前達、そのあたりの箱を運んでこい。扉の前に積み上げて入り口を塞ぐんだ」

 しかし、船倉にいた乗組員達は彼に従わなかった。

「どうしたお前達?」

 この危機的状況で無為無策は自殺行為と同義であるのに乗組員は動かない。船団主がどうして何もしないのかと問いかけると、乗組員の一人が躊躇いがちに答えた。

「こんなことして意味があるんですかね?」
「意味はあるだろう? 時間さえ稼げれば海軍が助けに来てくれるんだぞ!」
「ティナエの海軍なんか当てになるもんですか! 結局、護衛だって満足にこなせなかったじゃないですか!」
「そうですよ。いっそのこと積み荷を海賊に差し出して、命だけは助けてくれと頼めば奴らももしかしたら……」
「んな訳あるか!」
「試す価値はありますよ。奴らだって人間だ……」
「馬鹿みたいな希望に縋ってないで、手を動かせ!」
「はっ、嫌だね。この期に及んで自分の積み荷を守りたいだけの守銭奴に従えるか!」
「そうだ! 積み荷を守って争おうとするから殺し合いになるんだ! こんなもんくれてやれ!」

 どうやら一部の男達が敗北主義に取りつかれているようだった。それ故船団主に反抗的なのである。
 これには船団主も怒った。
 卑怯にも彼らは海賊に向けるべき怒りと反抗心を、今この場における最善手を実行しようとしている船団主に向けているのだ。
 だから船団主は部下を怒鳴り、殴りつけて働くよういた。
 だがそうなれば、乗組員達も頑として言うことを聞かなくなり、激しく抵抗する。そして一部の乗客達までもが抗戦派への加勢を始めた。

「海賊に降伏して無事で済む訳ないだろ! 奴らは嬉々として我々のことを奴隷商に売り払うだろうが!?」
「それだって死ぬよりマシだろ!」
「そうだ! どうして悪いほうにばっかり物事を捉えようとするんだ!」

 こうして船倉に逃れることが出来た僅かな生き残りが、抗戦派と恭順派に分かれて醜い言い争いを始めてしまったのである。


 そんな一連の出来事を見ていたヤオは怒るでも呆れるでもなく、身につまされるような気分になった。

「危機に瀕した時の人間の振る舞いというのは、種族を問わず似たようなものになるのだな」

 この状況と同じようなことは、かつてシュワルツの森でも起きた。
 目覚めたばかりで腹を空かせていた炎龍が襲ってくるため、逃げ隠れする羽目に陥り狩猟も農耕も出来なくなった。やがて蓄えも底をついて……絶望した同胞達は互いに反目し合い、口汚くののしり合った。
 危機に瀕しても状況を冷静に把握し、合理的に行動可能性を探りそれを実行できるというのは才能の一つなのかもしれない。シュワルツの森でも、無気力になったり、かえって破滅を促進させるような行動をとったりする者が続発した。
 特に目立ったのは、本来敵とすべき炎龍にくみし、味方を裏切る行為をした者の出現だ。炎龍に味方をすることで自分だけは助かると思ったのかもしれない。炎龍にとっては、どちらも同じくエサでしかなかったというのに。実に滑稽なことである。
 しかしヤオとて他人のことは笑えない。救いを強く求めるあまり、愚劣かつ卑劣な行動を起こしてしまった。
 にもかかわらず今こうして生きていられるのは、それまで彼女の身に起きてきた様々な不運を相殺して余りある、大幸運な出逢いに恵まれたからなのだ。
 その時のことを思い返したヤオは、この争いに関わることを避けるべく船倉の暗がりへと引っ込んだ。そして隠れるように腰を下ろす。
 今まで平静を装ってきたが、海賊達との戦いでやはり疲労が溜まっていたらしい。身体が重い。何一つ安堵できる状況ではないが、今は休みたい。そんな想いに駆られて壁に背中を預け、目を閉じたのである。
 眠っていたのか、あるいはうとうとと眠りに落ちかけていたのか。
 ヤオは雷鳴のような爆裂音で叩き起こされた。続けざまに大量の木片が船倉にいた者達に降り注ぐ。

「な、何が!?」

 見上げてみれば天井に大きな穴が空いていた。そして穴の縁には、大砲がその筒先をこちらに向けている。砲口からは白い煙が噴き出していた。
 事もあろうに、海賊達は船倉への道を強引に開いたのだ。
 周囲を見渡せば、船倉内にいた者は舞い上がった埃や煙で混乱に陥っていた。撃ち込まれた砲弾に巻き込まれ、口から血を吐いている者もいる。太い梁材りょうざいの下敷きになって呻いている者の姿もあった。
 ダーレルは船倉を覗き込んで勝ち誇った表情をしていた。そして配下に命じる。

「野郎ども! かかれ!」
「いけぇ!」
「うらーああああああああああああ」

 海賊達が喊声を上げながら、一斉に飛び降りてきたのである。
 突然の出来事に、船倉の乗組員達はまったく対処できずにいた。
 海賊達は、抗戦派やら恭順派やらを区別してくれる訳もない。降伏しようとした者も腹部に深々と舶刀カトラスを突き刺されて悲鳴を上げ、あるいは喚き散らしながら逃げ回るばかりだった。
 ヤオは素早くサーベルを抜き、挑んできた海賊達と切り結んだ。
 剣を交えたかと思うと、絡め取り、あるいは軽く弾いて隙を作り、電光のような斬撃、刺突を繰り出す。
 彼女の剣はまるで吸い付くように敵の舶刀カトラスに張り付き、海賊達を翻弄していく。
 海賊達は腕を、ももを、首筋を薄い刀身で刻まれ、次々と倒れていった。

「女一人に何手間取ってる!? 取り囲んで袋にしろっ!」

 ダーレルが頭上から指示する。
 それに従った海賊達が、ヤオに一斉に襲いかかった。

「風の精霊よ! 光の精霊よ! quiiiili morgann!」

 だがヤオは咄嗟とっさに呪文を唱えて、左手を振るった。
 すると突然放たれた光が、風が、海賊達に襲いかかる。
 光はフラッシュのように輝き海賊達の視界を塞ぐ。そして風精霊は、空気の渦の中に真空状態を作るとそれを解放し、大きな炸裂音を周囲に放つ。それらの効果が合わさり、閃光衝撃弾のごとき魔法が海賊達を襲った。

「め、目がぁ!」

 その隙を見逃すヤオではない。右手に握ったサーベルの剣先を生命の急所である喉、わき内腿うちももへと突き刺して回る。

「うわっ、この女……」
「て、手に負えない!」

 素早く動き回るヤオに対し、取り囲むことすら困難だった。
 海賊達は悲鳴を上げながら、たまらず引き下がる。
 無論、ヤオはそれに乗じて追い打ちをかける。しかしその時、彼女の剣が甲高い音を上げてへし折られた。

「何!?」

 目の前には海賊ダーレルの姿。
 ダーレルがその巨体で飛び降りてきて、渾身の力を込めて肉厚のなたを振り下ろしたのだ。
 ヤオは咄嗟にそれを受け止めようとしたが、勢いに負けサーベルが折られてしまう。
 ヤオの胸元に突きつけられる短剣の切っ先。ヤオは半身の剣を片手に動けなくなった。

「すぐに楽にしてもらえると思うなよ! 手間をかけさせられた分、仲間が流した血の分、お前にはきっちり対価を払ってもらうからな」

 ダーレルはヤオの抵抗を封じた上で、ヤオの革鎧を切り裂いていった。

「くっ……」

 数度の作業でヤオの豊かな胸が露わになる。
 ヤオは腕を畳んで胸を隠そうとするが、ダーレルは短剣の切っ先をヤオの褐色の肌に押し付けてそれを禁じた。そして肌の弾性限界を試すかのように更にぐいと押しつける。

「はっ、隠すんじゃねえよ。減るもんじゃねえし、別にいいだろ?」

 無防備なヤオを見て舌舐めずりをしながら、ダーレルは革鎧の胸部を切り裂いた刃をいよいよ下半身にまで下ろしていく。

「ダークエルフがどんな味で、どんな声でくのかたっぷり楽しませてもらうぜ。俺が飽きたら配下にお前を下げ渡す。俺の配下は軽く千人は超えるから楽しみにしてろ。一時も休むことなく、全員でたらいまわしにしたら一体何日かかるかな?」

 ヤオが衣一枚まとわぬ姿になると、ダーレルはそう言って嫌らしそうにわらった。
 その時である。
 遠方から何やら音楽が聞こえてくる。
 アップテンポのストリングスと、ファンファーレからなる疾走感溢れる曲。そしてその曲を背景に、なまりのある特地語の声が轟いた。

『我々は日本国海上保安庁ならびに海上自衛隊である。君達を、殺人、傷害、暴行、強盗、営利目的誘拐、海賊行為等処罰法諸々の現行犯で逮捕する。抵抗をやめ、捕らえた人々を解放し、速やかに投降せよ! 繰り返す、我々は日本国海上保安庁ならびに海上自衛隊である!』

 鼓膜を破るような勢いで周囲に響き渡る音楽、そして警告の大音声だいおんじょう
 甲板にいたダーレル海賊団の海賊達は、いきなりの呼びかけに振り返るとその発生源に目を見開く。

「な、なんだあれは?」
「と、飛船だ」

 彼らの目に飛び込んできたのは、凄まじい速度で近付いてくる船の姿だった。
 碧い海を切り裂き、白い水飛沫をまき散らしながら突き進んでくる。マストに十六条旭光の旗を掲げて、海賊船の間を高速で駆け抜けていった。

『繰り返す、我々は日本国海上保安庁ならびに海上自衛隊である。君達を、殺人、傷害、暴行、強盗、営利目的誘拐、海賊行為等処罰法諸々の現行犯で逮捕する。抵抗をやめ、捕らえた人々を解放し、速やかに投降せよ! 繰り返す、我々は日本国海上保安庁ならびに海上自衛隊である!』
「や、やっちまえ!」
「撃て撃て!」

 海賊達は矢を放ち、先込式大砲の砲弾を放った。

「な、なんてぇ速さだ。まるで風だ。いや、風以上だ!」

 しかし砲弾は、飛船が通り過ぎた遙か後ろに水柱を上げるばかりでかすることすらない。そして弓箭は海の波間に虚しく突き刺さるだけであった。


    *    *


 ミサイル艇が海面を疾駆しっくする姿をイメージするのに、最も適しているのは山を走るモトクロスバイクかもしれない。
 スピードを言えばレース用のモーターボートなども引けを取らないが、荒波に揉まれるそれとは比較にならないのだ。
 波の斜面を駆け上がり海水の尾根を越えた瞬間、艦体は僅かに宙に浮かぶ。
 そして着水とともに波の谷間に舳先を深々と突っ込む。更にそこから波飛沫を浴びながらも再び波面はめんを駆け上るのだ。
 飛んで、跳ねて、突き進んで、また駆け上がる。ミサイル艇とはそんなかんなのである。

『海賊が発砲!』
『複数の矢の発射も認めます!』

 CICでそれらの報告を受け取った黒須は間髪を容れずに命じた。

「舵長! 細かな回避は任せる! ただし海上にいる漂流者を巻き込むなよ! 見張り員は監視を厳となせ!」
『了解!』

 黒須の指示を受けた舵手が舵を握り締める。そして海賊船の間を縫うように、『うみたか』を右左に蛇行させた。

「海賊船九隻を確認……これをアルファ1から9とする」

 その間に、黒須は敵の状況や戦力の評価を行っていった。
 まずアルファ1を含め、民間商船に接舷している海賊船は攻撃対象から外す。すぐには脅威にはならないし、砲撃で民間船を巻き込む可能性があるからだ。
 そうでない船だけを叩き潰すことで圧倒的な力を見せつける。それにより敵の戦意を喪失させれば、その後は平和裏に対処することが可能になるはずだ。

「FC(射撃管制)、右側の黒船アルファ5から狙え!」

 黒須の指示が出る。
 するとモニターに向かっていた射撃管制員は拳銃にも似た発射装置を握りしめた。オート・メラーラ七六ミリ砲が素早く回旋して海賊船を指向、照準を合わせる。
『うみたか』と海賊船との距離が急速に縮まっていく。

「対水上戦闘始め!」
「主砲発射」

 射撃管制員がモニターに捉えた目標を睨みながら、引き金をぐいっと引き絞った。

「てーい! てーい! てーい!」

 訓練の時と同じように拍子を取る声を上げる。本来ならしないことだが、訓練は実戦のごとく実戦は訓練のごとくという上官からの教えが彼にそうさせたのだ。
 海面上をドリフトしていた『うみたか』は、彼の呟きのリズム通りに主砲弾を放った。
 その砲弾は、舷側に大砲を並べた海賊船の脇腹へと直撃する。
 砲弾発射の原理は、先込式の大砲だろうとオート・メラーラ七六ミリ砲だろうと同じだ。爆発によって発生するエネルギーを砲身内で砲弾に伝え、運動エネルギーを目標に叩き付けるのである。

「だ~ん、着、着、着!」

 ただし先込式大砲が、ヒトの頭ほどもある鉄球ないし用途に応じた形状の物体を叩き付けるのに対して、オート・メラーラ七六ミリ砲は炸薬がたっぷり充填された砲弾が目標に襲いかかる。
 海賊船の木製の船体を貫いた三発の砲弾は内部で炸裂、海賊船の船体を木っ端微塵に吹き飛ばした。

「おおっ!」
「やったぜ!!」

 戦況を直接その目で見ることの出来る艦橋の乗組員達は、爆炎が上がると一斉に声を上げた。海賊船は三回の爆発で大きく損壊し、たちまち海面下に呑まれていった。

「海賊船アルファ5、沈みます!」

 報告をすると、直ちに黒須からの指示がスピーカー越しに聞こえてくる。

『次はアルファ3!』

 アルファ3と命名された海賊船は、甲板に漕手を並べるとムカデの足がごとき櫂を用いて急旋回し、高速で駆け回る『うみたか』の針路を横切ろうとしていた。
 舷側砲でこちらを攻撃する意図があるのは勿論、自分がそうだからと『うみたか』の正面に回れば、火砲の死角に入れると思い込んでいるのかもしれない。
 司令席の濱湊が言い放った。

「我々には死角などないことを教えてやれ!」

 すると『うみたか』の主砲は素早く回旋して正面にその筒先を向けた。

『撃て!』
「てーい、てーい、てーい!」

 再び『うみたか』の主砲が三度炎を放ち、ほぼ同時に海賊船も舷側に大砲の噴煙をまとわせた。
 すぐさま松本が操舵手に叫ぶ。

「おもーかーじ!」

 操舵手が大きく舵を傾け、互いの砲弾が飛翔している間に『うみたか』はドリフトで針路を右に変えた。最高速度での急激な針路変更によって、乗組員達は強烈な横Gを受けてバケットシートに押しつけられる。

「ぐほっ!」

 艇長席に着き、双眼鏡を手に周囲を監視していた海保の高橋が突然の衝撃で呻き声を上げる。
 乗組員達は一瞬額に冷や汗を浮かべたが、敵砲弾は右旋回する『うみたか』の左舷側の海に水飛沫を上げるに留まった。片やこちら側の砲弾は、狙い違わず海賊船の船体に極太の牙を突き立てる。

「だ~ん、着、着、着! 全弾直撃!」
「アルファ3、し、消滅!」

 海賊船は爆炎とともに粉微塵となった。船体の形すら維持されず、海に散らばる木片と化したのである。


『艇長、アルファ7が東南に向かいます。P3Cの報告ではアルファ7には民間人を収容した船が曳航されています!』

 CICのスピーカーから、海保の高橋の声がした。
 艦橋上部に備えられたカメラがアルファ7に向けられ、モニターにその姿が映し出される。

「了解! アルファ7を逃がすな! 収容船との距離が近い……機関銃、舵板を狙えるか!」
『任せてください!』

 黒須の指示に、舷側の機関銃手から頼もしい返事が戻る。松本の指揮で速度を一杯に上げた『うみたか』は、アルファ7に追い縋っていった。
 アルファ7と命名された海賊船との距離がみるみる内に縮まっていく。

「撃て!」

 そしてその右側を掠めるように追い抜く瞬間、『うみたか』甲板に据えられた一二・七ミリ重機関銃が海賊船の尾部喫水線下に向けて弾丸を放った。更にそのまま喫水線下の船体を狙って弾丸を撃ち込んでいく。
 海賊船の舵板はこれによって破壊された。
 針路の変更が出来なくなった海賊船は、これで捕虜収容船同様にただ海に漂流することになる。修理をすれば航行を続けることも出来るだろうが、船体に穴が空いた今、防水処置に人手を取られてそれどころではないはずなのだ。


    *    *


 突然現れた飛船によってダーレル、ブラド、その他を含めた海賊船団は大混乱に陥った。
 凄まじい速度で戦場を駆け抜け、二隻の船が一瞬にして沈められてしまった。しかも海賊側の反撃は掠りもしない。
 逃亡を図った船を率先して叩きに行く飛船の動きから、海賊は一隻も逃さないぞという断固たる意志が感じられた。

「お、お頭! 早く逃げましょう!」
「阿呆か貴様、奴らには俺達を逃がす気なんて欠片もないんだぞ!」

 ダーレル配下のミリア号船長ガルダは、仲間の船が沈められたことに怒っていた。そして飛船に対する反撃を試みていた。

「大砲を早く撃つんだ! どうして撃たない!?」
「む、無理ですって!」

 掌砲長が、狙いがまったく定まらないと叫ぶ。
 舷側に並べた大砲は、砲口を向ける可動範囲が著しく狭く、しかも重い。そのため簡単には動かせないのだ。この欠点は舷舷相摩げんげんあいます接近戦なら問題にならないが、素早く駆け回る飛船を相手にするには致命的であった。

「いいから撃てって!」

 ガルダが掌砲長から火縄を奪って尾栓に押しつける。すると大砲が火を噴き、飛船が通過した遥か後ろに水柱が上がった。
 ガルダは掌砲長に罵声を浴びせた。

「下手くそめっ!」

 しかし掌砲長にだって言い分はある。
 船は波やうねりの影響で照準は絶えず変化する。
 何とか目標を照準の中央に捕らえたとしても、人間が手で火口に火縄を押しつけ、薬室内に火が伝わり爆破が生じるまでコンマ数秒の差が生じる。
 更に砲弾が目標に届くまでに数秒。全て足して生じた時間差が、致命的な誤差を作ってしまう。数百ユン先(一ユン=約〇・九メートル)を高速で動く物体に命中させるためには、それを見越した偏差射撃をしなければならないのだ。
 しかし飛船の素早さはそれをなかなかさせてくれない。蛇行されては尚のこと狙いが定まらなかった。
 ところが、それまで複雑な動きをしていた飛船がミリア号の右舷を通過するコースをとった。同じ速度で、真っ直ぐのコースだ。
 ガルダ船長はそれを敵の増長と受け取った。こちらを舐めているのだ、と。

「よしっ、奴らの足を止めるぞ。風上に舵を取れ!」

 舐めたことを徹底的に後悔させてやる。その思いでガルダは敵が射界に収まるのを待った。しかし、敵は砲撃の寸前で針路を変える。右舷で大きくカーブしたのだ。
 あと少しで敵に一発食らわしてやれるのにという誘惑がガルダの視野を狭くした。

「くそっ! 舵を風上一杯に切るんだ! 右舷漕ぎ方やめ! 左舷漕ぎ方いっぱーい!」

 船長の指示で舵が右一杯に切られる。ミリア号は旋回性能限界の角度で右に大きく曲がった。しかしその時、見張りが叫ぶ。

「ダメだ、お頭! そっちに行ったらカレン号とぶつかっちまう!」

 飛船に翻弄された船が好き勝手に舵を切ったため、二隻の船が互いに衝突コースをとってしまったのだ。あるいは巧みに誘導させられたのかもしれない。

「くそっ……左に舵を切り返せ!」
「ま、間に合いません!」

 慌てて舵を切っても時既に遅し。二隻の船は舷を擦り合わせるように激突。ずらりと並ぶ櫂がへし折れ、漕役奴隷達が反動で吹き飛ばされて床に転がった。
 それでも転がるだけで済んだ者は運がよいほうだ。ある者は甲板から海に投げ出されたり、ある者はマストから甲板に転落したりと大惨事を招いたのである。


    *    *


「アルファ8とアルファ9が衝突!」

 海賊船同士が激突する様子は『うみたか』のCICでもしっかりと捉えられていた。
 画面を見れば、アルファ8がアルファ9に舷側を破られて大きく傾いている。

「さすが松本。狙い通りだな」

 優秀な当直士官は、武器を使うことなく敵を無力化してみせたのだ。
 黒須はこの二隻はしばらく脅威にならないと判断すると、他の船に意識を向けた。
 戦闘を開始して轟沈二、航行不能が三。当初九隻いた海賊船の残りは四隻である。
 大混乱を起こしててんでばらばらに逃げ回っているように見えるが、まだ戦う意志を示している船も二隻ほどあった。
 アルファ2、アルファ4だ。この二隻は捕虜収容船の漂う方角に向かっている。
 その動きが悪質な何かを企図きとしていることは想像にかたくない。そして、この船を倒してしまえば戦いは終わるだろうと思われた。
 問題はこの敵をどのようにして倒すか。否、どのように『戦意』を奪うかである。
 彼らの力で対抗できるとほんの僅かでも思わせてはいけない。生き延びることが出来ると期待させてもいけない。海賊などの力では手も足も出ない圧倒的な存在だと思い知らせる。精神的に打ちのめさなければならないのである。

「松本、次の策だが……」

 黒須は当直士官に自分の考えを伝えた。

『了解! 針路、二〇二ふたひゃくふた

 すると松本が即座に反応し、舵長に指示したのだった。


    *    *


 大混乱に陥るダーレル海賊船団。そして逃亡を図って敵の注目を引き、かえって攻撃を浴びてしまった独立海賊。
 そんな中、配下と合わせて二隻の船でこの狩りに参加していた海賊ブラド・ゴ・ガマは、突然現れた飛船とどう戦うかを必死に考えていた。
 結論はすぐに出た。
 追いかけようにも追いつけない相手なら、自分の手の届くところにまで来てもらえばよいのだ。
 相手の気を引くのは簡単だ。逃亡を図った独立海賊船が仕留められたのは、捕虜を収容した船を曳航したままだったから。つまり捕虜を連れ去ろうとしたからだ。
 よほどの重要人物が捕虜の中にいるのかもしれない。
 もしそうであるならば、捕虜収容船に砲撃を仕掛けたら敵は止めようとしてくるはず。

「よし、針路変更しろ。捕虜収容船に向かうんだ!」
「何するんですかい?」
「十分に近付いたら、手旗でアレン号に伝えろ。捕虜収容船に砲撃しろとな!」
「そ、そんなことさせたら、アレン号が狙われちまう!」
「奴をおびき寄せるには持ってこいだろ!? 奴がアレン号を止めようと近付いてきたら、こっちの一斉砲撃をかましてやるんだ。全大砲に弾を込めろ!」
「全大砲って……左右両舷ともですか?」
「そうだ。次弾装填の時間がないから、船の向きを変えて二斉射をかましてやる」
「ラーラホー船長!」

 海賊船の掌砲長達は砲手達を叱咤して装填作業を急がせた。

「捕虜収容船……大砲の射程距離に入ります!」
「よし、アレン号に伝えろ。捕虜収容船を撃てってな」

 ブラドの命令が手旗で伝えられる。
 するとアレン号は、舷側の砲を捕虜収容船に向けるべく針路を変更した。そしてこの様子は飛船にも見えているはずであった。しかし見たところ反応がない。

「どうだ? 奴はこっちに来たか?」
「まだ気付いてないようです」

 その時、飛船は混乱するダーレル配下の船を巧みに誘導し、衝突に追い込んだところだった。

「ダーレルの手下が、船同士をぶつけちまいやした!」
「ちっ……まあいい。捕虜収容船に二、三発も撃ち込めば嫌でも気が付く。いいか、アレン号が撃ち始めたら奴はきっと大慌てでやってくる。その時が勝負だかんな! お前ら気を抜くんじゃねえぞ!」
「ラーラホー!」

 混乱の中なら尚更、リーダーの自信溢れる態度は配下達を感化する。頭目の指示に従っていれば間違いないと、船全体が一体感を持って目的に邁進まいしんする空気になるのだ。

「装填だ、急げ! 急げ急げ!」

 左右の舷砲の準備がたちまち整えられていく。
 アレン号でも準備が整ったらしい。舷側の砲門が開き、そこから大砲が突き出された。
 いよいよ砲撃が始まる――そう思われた時だった。
 遙か遠方を進んでいた飛船が発砲。三発の砲弾が、アレン号を挟み込むように水柱を立てたのである。

「き、夾叉きょうさ!?」
「あ、あんな距離から砲弾が届くのか!?」

 その砲弾は彼らの常識では考えられないほどの飛距離だった。その瞬間、彼らはアレン号が捕虜収容船に迫っても飛船が針路を変えなかった理由を悟る。この戦場のどこにいようと、飛船の手は余裕で届くのだ。
 アレン号は捕虜収容船に向けて慌てて発砲を開始した。
 しかし大砲の一門が火を放ったところで、続いて飛んできた砲弾がアレン号に直撃。重ねての砲撃をする間もなく船は吹き飛んだ。

「せ、船長、アレン号が!?」
「んなこと、言われなくとも分かって……」

 その時ブラドの目に、自分の元に飛んでくる砲弾が見えた。
 それはまばたき一回ほどの刹那のことだった。
 次の瞬間、ブラドの身体と彼の船は粉々に弾け飛んだのである。


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