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第3章 誰かが死ぬということ
無憂の天蓋の真実
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「――つまり、あの無憂の天蓋の所為ってこと?」
ベッドから半身を起こしていた颯磨は、詩音にそう尋ねた。奥のベッドでは、信じられないと言わんばかりに眼を大きく見開く悟志の姿があった。
「メーネが言うには、そうらしいわ……」
詩音も未だ納得し切れていない様子で、歯切れの悪い返答を返す。彼女の脳裏には、今しがたメーネの語った言葉が残響のように反芻され続けていた。
「最初は……本当に最初は、彼女の祈りだったんです」
俯いたまま語るメーネは、罪悪感の重みに首根を押さえつけられているかのようだった。
「無念のまま死んでいった人々の未練や怨みがマリスティアに変わり果て、生者を襲う。誰もが恐怖しました。自分が死ぬことも、魔物となって大切な誰かの命を奪うことも。その根源的な恐怖がバラルの呼び水となる。誰もが怖れれば怖れるほど、その恐怖を苗床にバラルが顕現し、人々を殺戮していく。だから聖祖アルテミシアは願ったんです。誰もがその恐怖から解放されることを。その願いの結実である無憂の天蓋が、死への怖れを忘却の帳で覆い隠し、封印しました。テルマテルの人々は、故人を失った悲しみや苦しみ、憎しみや寂しさから解放されるのと引き換えに、いなくなってしまった人達との思い出や記憶を忘却していくことを運命づけられてしまった。
祈りは――人々を護るために呪いになった」
詩音達の表情を恐る恐る窺うメーネの怯えた様子があまりにも憐れで、弱弱しくて、詩音はその姿を忘れることが出来なかった。
かつての自分が敷いたテルマテルの摂理。どのような葛藤と決意の中で創り出されたものか追体験できないメーネにとっては、どんな理由であれ、今まさに悲嘆に暮れる異世界の高校生達がその行いの非を強く表していると感じた。その姿に心を痛めるからこそ、祈りを呪いに変えてしまった罪悪感に打ちひしがれるのだった。
「一夜明けると、死んだ人のことを忘れる、か。いくら異世界だからって滅茶苦茶だな」
颯磨のぼやきに詩音も同意した。
「でも、その話が本当なら、村のみんながネフェのことを憶えていないことも説明できる。親が死んだ子どものことを忘れてしまうだなんて、あんまりだもの」
悟志は溜め込んでいた緊張を吐き出すように大きく息を吐く。
「アニーさんが自分の父親のことを『いなくなった』としか表現できないって言ってた理由も分かる気がするよ。人は死んでもその存在が唐突に無くなるわけじゃない。記憶が薄れたり、記憶する人が徐々に減っていったりすることで、存在が緩慢に壊死していくようなものなんじゃないかな。死は過程なんだと思う」
「過程がない死はむしろ消失ってことになる?」
詩音の問いに、悟志は陰鬱そうに呟いた。
「誰もが死んだ人の記憶も思い出も一斉に失くしてしまうなら、その人は急にいなくなってしまったって感じるのかもしれない。僕達が会ったこともない人達の死に感慨を抱けないように、死の『記憶』は単なる『記録』にすり替わってしまって、悲しみも苦しみも感じず、死者を振り返ることもないから」
消え入るような儚さで紡がれる言葉は、しかし、詩音と颯磨の心中にずしりと重く響いた。母親を早くに亡くした悟志も、玲士朗と同じように死の気配を身近に感じ、否応なく接してきた。それ故の持論だった。
悟志は、図らずも鬱屈としてしまった場の雰囲気を取り繕うように、慌てて話題を逸らした。
「そ、それより、涼風と柚希の様子はどう?」
「え? あ、嗚呼、柚希は昨日のことが嘘みたいにいつも通りよ。涼風は少し落ち着きを取り戻した。ネフェのことをみんなが憶えていないショックは変わりないけど、原因が分かっただけでも違うわよね。
でもまだ不安定だし、霊廟へは連れて行けない。だから村に残ってもらおうと思ってる。颯磨、悟志、悪いけど頼むわね」
「了解」
「一緒に行けなくて、ごめん」
「何言ってんの水臭い。あ、美兎がね、悟志のことも心配だから残ってくれるって。良かったわね」
揶揄われる悟志は不服そうな顔つきを見せる。詩音はケラケラと笑った。
「じゃ、行ってくるわね。アンタ達、ちゃんと安静にしてなさいよ?」
「詩音」
辞去しようとする詩音を颯磨が呼び止めた。
「気を付けて。あの化け物に容赦しちゃいけない」
その表情に普段の気軽さはなく、憎しみすら感じさせる険しさだった。詩音は寂し気に颯磨を見返した。
「……うん、分かってる。ちゃんとみんなで無事に戻ってくるから」
ベッドから半身を起こしていた颯磨は、詩音にそう尋ねた。奥のベッドでは、信じられないと言わんばかりに眼を大きく見開く悟志の姿があった。
「メーネが言うには、そうらしいわ……」
詩音も未だ納得し切れていない様子で、歯切れの悪い返答を返す。彼女の脳裏には、今しがたメーネの語った言葉が残響のように反芻され続けていた。
「最初は……本当に最初は、彼女の祈りだったんです」
俯いたまま語るメーネは、罪悪感の重みに首根を押さえつけられているかのようだった。
「無念のまま死んでいった人々の未練や怨みがマリスティアに変わり果て、生者を襲う。誰もが恐怖しました。自分が死ぬことも、魔物となって大切な誰かの命を奪うことも。その根源的な恐怖がバラルの呼び水となる。誰もが怖れれば怖れるほど、その恐怖を苗床にバラルが顕現し、人々を殺戮していく。だから聖祖アルテミシアは願ったんです。誰もがその恐怖から解放されることを。その願いの結実である無憂の天蓋が、死への怖れを忘却の帳で覆い隠し、封印しました。テルマテルの人々は、故人を失った悲しみや苦しみ、憎しみや寂しさから解放されるのと引き換えに、いなくなってしまった人達との思い出や記憶を忘却していくことを運命づけられてしまった。
祈りは――人々を護るために呪いになった」
詩音達の表情を恐る恐る窺うメーネの怯えた様子があまりにも憐れで、弱弱しくて、詩音はその姿を忘れることが出来なかった。
かつての自分が敷いたテルマテルの摂理。どのような葛藤と決意の中で創り出されたものか追体験できないメーネにとっては、どんな理由であれ、今まさに悲嘆に暮れる異世界の高校生達がその行いの非を強く表していると感じた。その姿に心を痛めるからこそ、祈りを呪いに変えてしまった罪悪感に打ちひしがれるのだった。
「一夜明けると、死んだ人のことを忘れる、か。いくら異世界だからって滅茶苦茶だな」
颯磨のぼやきに詩音も同意した。
「でも、その話が本当なら、村のみんながネフェのことを憶えていないことも説明できる。親が死んだ子どものことを忘れてしまうだなんて、あんまりだもの」
悟志は溜め込んでいた緊張を吐き出すように大きく息を吐く。
「アニーさんが自分の父親のことを『いなくなった』としか表現できないって言ってた理由も分かる気がするよ。人は死んでもその存在が唐突に無くなるわけじゃない。記憶が薄れたり、記憶する人が徐々に減っていったりすることで、存在が緩慢に壊死していくようなものなんじゃないかな。死は過程なんだと思う」
「過程がない死はむしろ消失ってことになる?」
詩音の問いに、悟志は陰鬱そうに呟いた。
「誰もが死んだ人の記憶も思い出も一斉に失くしてしまうなら、その人は急にいなくなってしまったって感じるのかもしれない。僕達が会ったこともない人達の死に感慨を抱けないように、死の『記憶』は単なる『記録』にすり替わってしまって、悲しみも苦しみも感じず、死者を振り返ることもないから」
消え入るような儚さで紡がれる言葉は、しかし、詩音と颯磨の心中にずしりと重く響いた。母親を早くに亡くした悟志も、玲士朗と同じように死の気配を身近に感じ、否応なく接してきた。それ故の持論だった。
悟志は、図らずも鬱屈としてしまった場の雰囲気を取り繕うように、慌てて話題を逸らした。
「そ、それより、涼風と柚希の様子はどう?」
「え? あ、嗚呼、柚希は昨日のことが嘘みたいにいつも通りよ。涼風は少し落ち着きを取り戻した。ネフェのことをみんなが憶えていないショックは変わりないけど、原因が分かっただけでも違うわよね。
でもまだ不安定だし、霊廟へは連れて行けない。だから村に残ってもらおうと思ってる。颯磨、悟志、悪いけど頼むわね」
「了解」
「一緒に行けなくて、ごめん」
「何言ってんの水臭い。あ、美兎がね、悟志のことも心配だから残ってくれるって。良かったわね」
揶揄われる悟志は不服そうな顔つきを見せる。詩音はケラケラと笑った。
「じゃ、行ってくるわね。アンタ達、ちゃんと安静にしてなさいよ?」
「詩音」
辞去しようとする詩音を颯磨が呼び止めた。
「気を付けて。あの化け物に容赦しちゃいけない」
その表情に普段の気軽さはなく、憎しみすら感じさせる険しさだった。詩音は寂し気に颯磨を見返した。
「……うん、分かってる。ちゃんとみんなで無事に戻ってくるから」
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