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第3章 誰かが死ぬということ
生きるべきか、死ぬべきか
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「『世の中の関節は外れてしまった。ああ、なんと呪われた因果か、それを直すために生れついたとは』」
悲劇『ハムレット』の台詞を口にしながら、梢は瓦解した石棺を背に、決然とスピッツベルゲンの後姿を直視した。雄々しい黒曜の瞳に、鮮やかな紅色がけぶり始める。彼女の相棒たる銃剣が具現化され、凄烈な闘気と気迫が周囲の空気を震撼させた。
スピッツベルゲンは、梢の魂そのものから発せられる猛々しい波動を感じ取る。剣臣本来の強大な力を覚醒させ始めた梢を脅威と認識し、スピッツベルゲンが咆哮を上げる。黒い影から無数の杭が発射されるが、柚希の操る自在剣と共闘して梢はその尽くを撃ち落とした。
獣のような俊敏さと獰猛さで迫るスピッツベルゲンを視界に納めながら、梢は沈着冷静に敵の動きを見極め、蓄積したエネルギーによって鳴動する銃剣の引き金を引く。
「破界剣『空想追い抜く黒弾』」
音速を超える弾丸が轟音と共にスピッツベルゲンの不可視の防壁を撃ち抜き、破壊した。
具現鋳造の弾丸に炸薬は内蔵されていない。弾丸そのものに加わった超高速の純粋な運動エネルギーが炸裂した結果であった。あり余る破壊力はスピッツベルゲンの右腕をも吹き飛ばし、赤黒い血が飛び散って、おぞましい悲鳴が響き渡る。スピッツベルゲンは堪らずたたらを踏んだ。
梢の内から沸き起こる絶大な力の源泉は、自己の犠牲も厭わない彼女の覚悟に他ならない。その決意を支える竹馬ナインとの思い出を梢は思い起こしていた。
(みんなは、こんな私を、見捨てなかった。口にはしなかったけど、私、嬉しかったんだよ)
梢の高校生活は、それまでの日常から一変した。奨学金支給の条件である上位の成績を維持するために死に物狂いで勉学に励み、生活のためのアルバイトもこなす多忙な日々は、これまで兄弟姉妹のようにほとんど毎日顔を合わせてきた竹馬ナインの面々と過ごす時間を奪わずにはいられなかった。
無くしてみて初めて分かる大切さがある。心休まる暇がない高校生活が始まって三か月後、目まぐるしい毎日にようやく慣れ始めてきた梢は、ある日、無性に寂しくなった気持ちを鮮明に覚えている。
気の知れた友人と会えない、話せない。ただそれだけのことなのに、就寝前の静かな暗闇を直視すると、得も言われぬ心細さに思わず涙が出た。自分がこんなにも弱弱しいことに悔しくなり、明日を迎えることに挫けそうになった。
そんな時に彼女はスマートフォンを手に取った。彼女ができたのは、グループチャットで盛り上がる幼馴染達の会話を眺めるばかりだったが、たったそれだけのことが心を軽くした。涙は止まって、自然と笑みが零れた。他愛のない会話のやり取りを見ているだけで、幼馴染達との繋がりが感じられて、安心できた。
幼馴染達は、付き合いの悪くなった梢を何も言わずに受け入れて、決して除け者にしなかった。そして、毎月一回、土曜日に予定を合わせて梢を遊びに誘っていた。涙を流したあの日から梢はいつ誘われても良いように、毎週土曜日の予定を空けることに心を砕いてきた。誘われることが何よりも嬉しかったし、幼馴染達との時間が梢は待ち遠しかった。
家族の前で弱音は吐けない。常に強く、凛として背筋を張らなければならない。それがたとえ虚勢であっても関係ない。家族のために、自分には果たさなければならない役割と責務がある。家族との時間は心休まる温かなものではあったが、役割や責務といった重荷から解放される気安いものではなかった。
緩むことのない緊張感と寂しさと孤独感で疲弊した彼女を癒してくれるのは、気の置けない仲間達との他愛もない日々だったのだ。彼らの前なら、失敗しても、弱音を吐いても、頼り無い姿を見せても良いという気楽さがあった。十七歳の少女らしく無邪気に振舞える、かけがいのない一時。
ただ楽しいから、話す。
ただ顔を見たいから、会いに行く。
ただそうしたいから、一緒に過ごす。
何も生み出さないし、何も得るものはない。この時間を勉学やアルバイトに費やした方がよほど成果は出たし、意味があっただろう。
けれど梢は、その無駄で無益な時間を愛おしく、大切に感じていた。役割や責務、打算、合理性……人間社会のありとあらゆる意味付けから解放されて、ただ生きていることの喜びを噛み締める束の間の安らぎがそこにはあった。彼らとの繋がりがなければ、自分は今日まで走り続けることができなかったに違いないと梢は断言できた。
(私は、みんなにいつも助けられていた。今度は私が、みんなを助ける番だから)
スピッツベルゲンの凶悪な咆哮が梢の意識を現実に引き戻す。スピッツベルゲンは周囲に赤黒い光の渦――破界の心働を纏い、あらゆる命を無に帰す災厄そのものと化して、梢に猪突した。
「破界剣――」
スピッツベルゲンに向けられた銃口に眩く煌めく光が収斂される。
「『人理刻む銀弾』」
一瞬の眩耀とともに、三発の光の銃弾が連射される。人知を超えた悪鬼羅刹は人理を装填した弾丸で汚染され、零落し、人類が殺すことのできる存在に成り下がる。スピッツベルゲンの周囲に展開する破界の心働もまた例外ではなく、境界は神秘を殺す毒を注入され、腐敗するように崩れ去っていく。
残り二発の弾丸はスピッツベルゲンそのものを捉えていたが、黒い影が本体の盾となって弾丸を飲み込み、破界の心働と同じ末路を辿る。中枢種の脅威たる二つの固有能力は完全に無力化された。
だがスピッツベルゲンは怯まなかった。当初から特攻を画策していたかのように無謀な突進を続け、迎え撃とうとする梢の左腕を強靭な顎で捉える。
筋肉を貫通する鋭利な牙、万力の如き容赦ない咬合力が梢の細腕を襲う。グチャリと肉を噛み潰す音、バキッと骨を噛み砕く音。不吉な響きを持った音に続いて大量の血液がマリスティアの口腔から漏れ出ていた。
「っ――――!」
言語で表現できない苦痛が梢に壮絶な絶叫を余儀なくさせた。
悲劇『ハムレット』の台詞を口にしながら、梢は瓦解した石棺を背に、決然とスピッツベルゲンの後姿を直視した。雄々しい黒曜の瞳に、鮮やかな紅色がけぶり始める。彼女の相棒たる銃剣が具現化され、凄烈な闘気と気迫が周囲の空気を震撼させた。
スピッツベルゲンは、梢の魂そのものから発せられる猛々しい波動を感じ取る。剣臣本来の強大な力を覚醒させ始めた梢を脅威と認識し、スピッツベルゲンが咆哮を上げる。黒い影から無数の杭が発射されるが、柚希の操る自在剣と共闘して梢はその尽くを撃ち落とした。
獣のような俊敏さと獰猛さで迫るスピッツベルゲンを視界に納めながら、梢は沈着冷静に敵の動きを見極め、蓄積したエネルギーによって鳴動する銃剣の引き金を引く。
「破界剣『空想追い抜く黒弾』」
音速を超える弾丸が轟音と共にスピッツベルゲンの不可視の防壁を撃ち抜き、破壊した。
具現鋳造の弾丸に炸薬は内蔵されていない。弾丸そのものに加わった超高速の純粋な運動エネルギーが炸裂した結果であった。あり余る破壊力はスピッツベルゲンの右腕をも吹き飛ばし、赤黒い血が飛び散って、おぞましい悲鳴が響き渡る。スピッツベルゲンは堪らずたたらを踏んだ。
梢の内から沸き起こる絶大な力の源泉は、自己の犠牲も厭わない彼女の覚悟に他ならない。その決意を支える竹馬ナインとの思い出を梢は思い起こしていた。
(みんなは、こんな私を、見捨てなかった。口にはしなかったけど、私、嬉しかったんだよ)
梢の高校生活は、それまでの日常から一変した。奨学金支給の条件である上位の成績を維持するために死に物狂いで勉学に励み、生活のためのアルバイトもこなす多忙な日々は、これまで兄弟姉妹のようにほとんど毎日顔を合わせてきた竹馬ナインの面々と過ごす時間を奪わずにはいられなかった。
無くしてみて初めて分かる大切さがある。心休まる暇がない高校生活が始まって三か月後、目まぐるしい毎日にようやく慣れ始めてきた梢は、ある日、無性に寂しくなった気持ちを鮮明に覚えている。
気の知れた友人と会えない、話せない。ただそれだけのことなのに、就寝前の静かな暗闇を直視すると、得も言われぬ心細さに思わず涙が出た。自分がこんなにも弱弱しいことに悔しくなり、明日を迎えることに挫けそうになった。
そんな時に彼女はスマートフォンを手に取った。彼女ができたのは、グループチャットで盛り上がる幼馴染達の会話を眺めるばかりだったが、たったそれだけのことが心を軽くした。涙は止まって、自然と笑みが零れた。他愛のない会話のやり取りを見ているだけで、幼馴染達との繋がりが感じられて、安心できた。
幼馴染達は、付き合いの悪くなった梢を何も言わずに受け入れて、決して除け者にしなかった。そして、毎月一回、土曜日に予定を合わせて梢を遊びに誘っていた。涙を流したあの日から梢はいつ誘われても良いように、毎週土曜日の予定を空けることに心を砕いてきた。誘われることが何よりも嬉しかったし、幼馴染達との時間が梢は待ち遠しかった。
家族の前で弱音は吐けない。常に強く、凛として背筋を張らなければならない。それがたとえ虚勢であっても関係ない。家族のために、自分には果たさなければならない役割と責務がある。家族との時間は心休まる温かなものではあったが、役割や責務といった重荷から解放される気安いものではなかった。
緩むことのない緊張感と寂しさと孤独感で疲弊した彼女を癒してくれるのは、気の置けない仲間達との他愛もない日々だったのだ。彼らの前なら、失敗しても、弱音を吐いても、頼り無い姿を見せても良いという気楽さがあった。十七歳の少女らしく無邪気に振舞える、かけがいのない一時。
ただ楽しいから、話す。
ただ顔を見たいから、会いに行く。
ただそうしたいから、一緒に過ごす。
何も生み出さないし、何も得るものはない。この時間を勉学やアルバイトに費やした方がよほど成果は出たし、意味があっただろう。
けれど梢は、その無駄で無益な時間を愛おしく、大切に感じていた。役割や責務、打算、合理性……人間社会のありとあらゆる意味付けから解放されて、ただ生きていることの喜びを噛み締める束の間の安らぎがそこにはあった。彼らとの繋がりがなければ、自分は今日まで走り続けることができなかったに違いないと梢は断言できた。
(私は、みんなにいつも助けられていた。今度は私が、みんなを助ける番だから)
スピッツベルゲンの凶悪な咆哮が梢の意識を現実に引き戻す。スピッツベルゲンは周囲に赤黒い光の渦――破界の心働を纏い、あらゆる命を無に帰す災厄そのものと化して、梢に猪突した。
「破界剣――」
スピッツベルゲンに向けられた銃口に眩く煌めく光が収斂される。
「『人理刻む銀弾』」
一瞬の眩耀とともに、三発の光の銃弾が連射される。人知を超えた悪鬼羅刹は人理を装填した弾丸で汚染され、零落し、人類が殺すことのできる存在に成り下がる。スピッツベルゲンの周囲に展開する破界の心働もまた例外ではなく、境界は神秘を殺す毒を注入され、腐敗するように崩れ去っていく。
残り二発の弾丸はスピッツベルゲンそのものを捉えていたが、黒い影が本体の盾となって弾丸を飲み込み、破界の心働と同じ末路を辿る。中枢種の脅威たる二つの固有能力は完全に無力化された。
だがスピッツベルゲンは怯まなかった。当初から特攻を画策していたかのように無謀な突進を続け、迎え撃とうとする梢の左腕を強靭な顎で捉える。
筋肉を貫通する鋭利な牙、万力の如き容赦ない咬合力が梢の細腕を襲う。グチャリと肉を噛み潰す音、バキッと骨を噛み砕く音。不吉な響きを持った音に続いて大量の血液がマリスティアの口腔から漏れ出ていた。
「っ――――!」
言語で表現できない苦痛が梢に壮絶な絶叫を余儀なくさせた。
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