そして彼らは伝説へ―異世界転移英雄譚―

長月十六夜

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第5章 いつか必ず再会を

不協和音

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「ちょっと! 勝手に決めないでよ!」

 言い争う声を聞き咎めて、メーネは慌てて集会所に飛び込んだ。

「失礼します。何があったのですか?」

 集会所には竹馬ナインと信僕騎士団のイゾレ、そして彼女の側につかず離れず付き添う巨躯の男性騎士が集合していた。両陣営とも友好的な笑顔はなく、むしろ険悪な雰囲気だった。

 憮然とした表情で鷹介がメーネに向けて答える。

「俺達は海を渡ってこの国の首都に連れて行かれるらしい」

 伝説の救世主や剣臣を前にしても表情一つ変えないイゾレは、緩いウェーブのかかったキャラメル色の短い髪と、中性的で爽やかな美貌の持ち主だった。長めの前髪に隠れた瞳は深い紺碧の美しさだが、眼光は鋭く研ぎ澄まされていて、若いながらも騎士として死線を何度も潜り抜けてきた貫禄を感じさせる。

 イゾレはメーネを一瞥してから、淡々とした口調で告げる。

「慣例による仕儀です。メーネ様並びに剣臣の皆様には皇帝陛下に謁見いただき、各地の霊廟を巡礼する御裁可を受けていただきます。陛下の勅許を以て皆様は国内及び信仰圏での活動の自由を認められ、各都市での支援も受けていただくことができる。明日、ルクサディアと帝都シャルアイエを結ぶ定期運航船が出航しますので、急な話ではありますが御同道願いたい」

 玲士朗達は皆一様に強張った表情を呈していた。まさしく青天の霹靂であり、唖然として言葉に窮す。不信感に満たされた心境のままに颯磨が声を上げた。

「でもそれって、否応なく霊廟のマリスティアと戦うための旅に放り出されるってことだよね?」

 イゾレも不快感を隠さない。

「スピッツベルゲン霊廟はその嚆矢こうしでは?」

 柚希と鷹介も加わり、場はさらに緊迫感を増していく。

「私達はフィリネさんを助けるために行っただけで……」

「こっちにも事情がある。そちらさんの都合に巻き込まれるのは御免だ」

「……なんだそれは。嗚呼、やめだ。下手に出ていれば調子に乗りやがって」

 途端に言葉遣いが荒々しくなるイゾレに対し、剣臣達はさらなる戸惑いを隠せない。彼女の同僚も顔を顰めながら諫めようとするが、イゾレは牽制するように睥睨して続ける。

「剣臣として召喚されながらバラルと戦わないなんてどういう了見だ? お前達、一体何をしにここに来た?」

 イゾレの挑発的な態度に、詩音は憤慨した。
 
「は!? 勝手なこと言ってくれるわね。私達だって望んでここに来たわけじゃないわ。こっちだっていい迷惑なのよ」

 鷹介もこれに続く。

「同感だな。勝手に呼びつけられた挙句、仲間は重傷を負って昏睡状態だ。俺達だって自分の命が大事だし、剣臣だからってお前達の思い通りに動く義理はない」

「それこそこちらの知ったことじゃない。四の五の言わず戦え。お前達の存在意義はマリスティアやバラルと戦うことにしかない」

 余りの傲岸な言い草に剣臣達は鼻白んだ。メーネは必死に訴える。

「それは違います! 彼らは天命の奴隷ではありません! 私達と同じように意志も感情もあるんです」

「知っていますよ。でも、剣臣は貴方の『剣』なのでしょう? 意志や感情があろうとも、剣は剣としてしか存在意義を持たない。世界の命運がかかっているのですから、ご自分の武器はきちんと制御していただかねば困ります」

「私は……彼らを武器だなんて思ったことはありません!」

「ならば認識を改めていただきたい。霊廟の中枢種が活動を再開したということは、封印の力が弱まったということ。これに呼応して、各地のマリスティアも力を増し、被害は増大する。バラルの復活も時間の問題、お友達一人が目を覚まさないからといって、思案だ様子見だなどと悠長なことを言っている余裕はない」

 怒気を漲らせた颯磨の瞳がイゾレに向けられる。

「気に入らないな、その言い方」

「現実はもっと不愉快だ。こっちは数えられないほど多くの仲間の犠牲を払っているんだぞ」

 慣れない憤りの発露に声を震わせながら、美兎はイゾレに反駁する。

「数の問題じゃないよ! 大切な友人が目を覚まさないかもしれないんだよ⁉︎」

「家族も友人も一人残らず失う未来が見えていながら、よくそんな甘っちょろい考えができるな。結局、お前達剣臣は諦めているんだろ? バラル神を討滅したところでまた復活する。だから命を懸けるなんて無駄だ、と。だがな、余所者のお前達と違って、私達は生き残ることに必死なんだ。それを無関心に、無自覚に嘲笑うような行動は許さない。今は戦時だ。個人の命より大事なものがある」

 それまで口を閉ざしていた玲士朗が唇を噛み締め、苦し気に呟く。

「……命より大事なものなんて、ない」

「平和ボケした奴の言いそうな台詞だ。とにかく郷に入っては郷に従ってもらう。明日の出発までに去就を決めろ。返答によってはいくら救世主や剣臣といえども容赦しない」

 それまで静観していた巨躯の男性騎士が堪らず割って入る。

「イゾレ、その発言はまずいんじゃ……」

「うるさい! お前は黙っていろ。バラル討滅の力がこんなにも聞き分けの悪いガキどもだとは思わなかった。こんな奴らのために騎士正が命を落とされるなんて……」

 憎々しげに言い放ち、イゾレは集会所を出て行った。残った大柄な男性騎士は溜息交じりに項垂れる。無造作な黒い頭髪から覗く石灰色の角と淡褐色の瞳はオーガの特徴だった。好戦的で、戦いの勝利に至上の価値を見出すオーガの文化や筋骨隆々とした外見的威圧感に玲士朗達は身構えざるを得なかった。

 しかし、大方の予想に反して、男性騎士は謝罪の意志を見せる。

「酷い言い方をしてすまなかった。悪気はないんだが、直情径行な性格が周囲との不和を生みがちでな」

 呆気に取られる一同の様子から察した騎士は頭をかいた。

「嗚呼、自己紹介がまだだったか。ルクサディア管区の騎士トウダという。見ての通りオーガだが、俺はアイツと違って頭に血が上りにくいから、これ以上物騒なことは言わない。とはいえ、救世主と剣臣の降臨を確認した以上、これを皇帝と信仰会本部に報告する義務がある。俺達は明朝、ここを立たなければならないから、それまでに今後の方針を決めてほしい」

 トウダはイゾレの後を追って集会所を出ていった。

「私達、命令されてまで、戦わないといけないのね」

 涼風の吐露に、誰もが苦り切った表情を見せる。剣臣たる自分達には戦うこと以外の選択肢はなく、拒否すれば帝国や信仰会を敵に回すことにもなりかねない。いくら冠絶した力を持とうと所詮は九人だけの小集団、圧倒的な物量を前にすれば、対抗することも逃げることも難しいだろう。自分達は細い糸の上で均衡を保っているに過ぎない危うい存在なのだという自覚が、剣臣達に失望に似た遣る瀬無さをもたらしていた。

 悟志が重い口を開き、独り言のように呟く。

「封印が弱まったってイゾレさんは言ってたけど、霊廟にマリスティアが封印されている経緯を僕達は知らないんだよね」

 玲士朗は助けを求めるようにメーネを見た。彼女もまた、剣臣達と同じように項垂れて、苦悩に翳る表情を覗かせていた。

「……メーネ、教えてくれないか。俺達は何と戦って、これから何を倒さないといけないんだ?」

 聖鳥卵色ロビンズ・エッグ・ブルーの瞳が揺らぎ、躊躇いによる沈黙が流れる。そしてメーネは語り始めた。霊廟が建立された真の理由、世界を救った救世主が辿る最期について。
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