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第5章 いつか必ず再会を
竹馬ナイン、出陣
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翌日の早朝、メーネは独り集会所にいた。誰よりも早く登校した生徒がそうせざるをえないように、ポツンと椅子に収まって、呆と黒板の方を見つめている。
何か目的があったわけではない。ただ、この場所の居心地の良さを噛みしめているだけだ。目を閉じ、耳をすませば、賑やかな友人達のじゃれあう姿が鮮明に思い起こされる。教室という名の設えは、玲士朗達にとって知識や知恵を教授される場所というより、友人と同じ時を過ごす生活の場であると聞かされて、メーネは興味を覚えたと同時に、すぐに得心がいった。誰かと過ごす時間が愛おしく、楽しく、心地よいものだということを、メーネは玲士朗達から教えられたのだ。
……きっと、ここには二度と戻ってくることはない。それがとても名残り惜しい。彼らと出会うまでは、独りであることを寂しいとも辛いとも感じなかっただけに、メーネは自分の変化に驚くばかりだった。
幸福であればあるほど、人は不幸になるとは誰の言葉だったろう。知らなければ、失うものがなければ、こんな気持ちを抱かずに済んだ。だがそれは同時に、この世界そのものを愛せないことでもあり、愛する人のいない世界を救いたいと心の底から願うことはできなかっただろう。救世主の生まれ変わりが剣臣と出逢うことは、これに気付くためでもあったのかもしれないと、今だからこそ思う。
メーネはもう、救世の天命に従う奴隷ではないし、意志無き神の御使いでもない。誰もが愛する者と同じ時間を生き、死を迎え、次の世代に記憶を受け継いでいく当たり前の営みを取り戻したいと願う、今を生きる多くの中の一人だった。
――もう、十分すぎるものをもらった。この思い出だけで、私は頑張れる。メーネは未練を断ち切るように幸福な幻視を自ら断ち切った。
聖鳥卵色の瞳は、誰もいない物悲しい集会所の景色を映すはずだった。しかし、彼女の視界に飛び込んできたのは、いるはずのない八人の剣臣達の姿だった。メーネは、まだ自分が思い出の中にいるのだと錯覚し、動揺した。
「なんで……その姿は……」
剣臣達は、銀と紅色の複雑な刺繍が随所に施された黒衣を身に纏っていた。夜の闇をそのまま地上に引き下ろしてきたかのような深い色の装束にメーネは見覚えがあった。それはアニーが構想・造形し、アーデンの森のエルフ達よって織られた剣臣のための装束。エルフ謹製の質の良い魔力糸を精緻かつ複雑に編むことで抗魔力と魔術防壁の効果を付与した特級防具であり、軽くしなやかで、損傷しても大気の魔力を取り込んで自己修復する有機的な防御外装。鮮やかな漆黒の染料は肉体の感覚器官以外による探知をかく乱する効果を生み、着用者の防備をあらゆる面から支援するエルフ族の技術の粋を結集した至高の逸品。
詩音は手を合わせ、拝むような仕草で謝罪した。
「遅くなってごめんね! 着替えに手間取っちゃって」
鷹介は彼らしい不敵な笑みを見せる。
「霊廟を巡礼する旅、俺達もついて行くぞ。バラルとマリスティアを倒す」
「……本気ですか⁉︎ 過酷な……命の保証のない戦いですよ」
柚希は穏やかに、しかし力強く返答する。
「怖くないわけじゃないけど、私達にしかできないことだから」
涼風も晴れやかな面持ちとともに断言する。
「今まで私達が平和な日常を送れていたのは、誰かに守られていたからなんだって気づけた。守られるだけじゃなくて、自分も誰かを守りたいって思えるようになったの」
普段の頼り無さが嘘のように、悟志は勇壮とした表情を見せる。
「目の前で、誰かが理不尽に傷つくのは、もう嫌だから」
美兎の優しく、柔らかな笑顔が弾けた。
「それにね、竹馬ナインは友達のために助け合うんだってことをコズが思い出させてくれた。メーネはもう、竹馬ナインの一員だもん」
颯磨は軽口を叩くような気安さで言ってのける。
「人を痛ぶって悦にいるような奴がのさばるのは気に食わないしね」
玲士朗は決然として宣言する。
「そういうことだメーネ。この勝負、全員で勝ちに行こう」
メーネは玲士朗達の背後に、聖祖アルテミシアの後姿を見た気がした。神々しく、雄々しく、世界を覆う闇を斬り裂く力強い輝きを秘めた原石、それが今の玲士朗達なのだ。
命は、日々生まれ変わって湧き出し続ける躍動、身を焦がし時に引き裂くほど荒々しい感情、決して御せられまいとする活力の混合物である。雑多な力強さに満ち溢れた生命という神秘は大いなる可能性の揺籃でもある。
いつか死ぬ定めの命だからこそ、恐怖や苦痛に打ち負かされないように、艱難辛苦を乗り越え強く鍛えられ、生きる喜びと幸福な時間によって魂の純度を磨き上げられなければならない。心残りの錆《さび》もなく、後悔のくすみもない、清い光に輝く鋼鉄の魂を持った剣、それこそが剣臣の真の姿。かつて、メーネと共に蛇神バラルを打ち破った剣臣達と同じ境地の入り口に玲士朗達は立っているに違いない。剣臣は戦うためだけの剣ではなく、見るものを時に圧倒し、時に魅了し、理不尽や不条理に抗う勇気の象徴でもある。心に秘める彼らの剣は、敵ではなく、誰もが幸福に過ごす未来を切り拓くためにあるのだ。
聖祖アルテミシアから分かれた、自分と対となる救世の力。その覚醒の萌芽を目の当たりにして、メーネは沸々と沸き起こる自信に昂揚した。彼らと共に在れば、どんな逆境にも、どんな強敵にも、負ける気がしなかった。
「……皆さん、ありがとう。とても心強いです」
「よし、それじゃやるわよ!」
詩音の意気込みに涼風は怪訝な眼差しを向ける。
「やるって、何を?」
「円陣!」
「言うと思った……」
渋い表情を見せる颯磨と無理やり肩を組みながら、詩音は竹馬ナインを円状に整列させる。メーネは初めて見る異世界の文化に戸惑いながらも、隣り合う柚希と玲士朗と肩を組み合う。
「梢の分まで声張るわよ。じゃ、いつものやつね! ……戦うからには!?」
「「「勝利する!」」」
「全力尽くして!」
「「「勝ちに行く!」」」
「竹馬ナインは!?」
「「「絶対勝つ!」」」
「行くぞお前ら!」
「「「ファイトォ! オー!」」」
息の合った掛け声が高らかに集会所に響く。闘志と気合を漲らせた一人ひとりの精悍な姿が、互いの勇気や自信を鼓舞し、士気を高め合う。メーネもまた、彼らに触発されて、湧き上がる熱い気持ちの心地良さに心躍っていた。
何か目的があったわけではない。ただ、この場所の居心地の良さを噛みしめているだけだ。目を閉じ、耳をすませば、賑やかな友人達のじゃれあう姿が鮮明に思い起こされる。教室という名の設えは、玲士朗達にとって知識や知恵を教授される場所というより、友人と同じ時を過ごす生活の場であると聞かされて、メーネは興味を覚えたと同時に、すぐに得心がいった。誰かと過ごす時間が愛おしく、楽しく、心地よいものだということを、メーネは玲士朗達から教えられたのだ。
……きっと、ここには二度と戻ってくることはない。それがとても名残り惜しい。彼らと出会うまでは、独りであることを寂しいとも辛いとも感じなかっただけに、メーネは自分の変化に驚くばかりだった。
幸福であればあるほど、人は不幸になるとは誰の言葉だったろう。知らなければ、失うものがなければ、こんな気持ちを抱かずに済んだ。だがそれは同時に、この世界そのものを愛せないことでもあり、愛する人のいない世界を救いたいと心の底から願うことはできなかっただろう。救世主の生まれ変わりが剣臣と出逢うことは、これに気付くためでもあったのかもしれないと、今だからこそ思う。
メーネはもう、救世の天命に従う奴隷ではないし、意志無き神の御使いでもない。誰もが愛する者と同じ時間を生き、死を迎え、次の世代に記憶を受け継いでいく当たり前の営みを取り戻したいと願う、今を生きる多くの中の一人だった。
――もう、十分すぎるものをもらった。この思い出だけで、私は頑張れる。メーネは未練を断ち切るように幸福な幻視を自ら断ち切った。
聖鳥卵色の瞳は、誰もいない物悲しい集会所の景色を映すはずだった。しかし、彼女の視界に飛び込んできたのは、いるはずのない八人の剣臣達の姿だった。メーネは、まだ自分が思い出の中にいるのだと錯覚し、動揺した。
「なんで……その姿は……」
剣臣達は、銀と紅色の複雑な刺繍が随所に施された黒衣を身に纏っていた。夜の闇をそのまま地上に引き下ろしてきたかのような深い色の装束にメーネは見覚えがあった。それはアニーが構想・造形し、アーデンの森のエルフ達よって織られた剣臣のための装束。エルフ謹製の質の良い魔力糸を精緻かつ複雑に編むことで抗魔力と魔術防壁の効果を付与した特級防具であり、軽くしなやかで、損傷しても大気の魔力を取り込んで自己修復する有機的な防御外装。鮮やかな漆黒の染料は肉体の感覚器官以外による探知をかく乱する効果を生み、着用者の防備をあらゆる面から支援するエルフ族の技術の粋を結集した至高の逸品。
詩音は手を合わせ、拝むような仕草で謝罪した。
「遅くなってごめんね! 着替えに手間取っちゃって」
鷹介は彼らしい不敵な笑みを見せる。
「霊廟を巡礼する旅、俺達もついて行くぞ。バラルとマリスティアを倒す」
「……本気ですか⁉︎ 過酷な……命の保証のない戦いですよ」
柚希は穏やかに、しかし力強く返答する。
「怖くないわけじゃないけど、私達にしかできないことだから」
涼風も晴れやかな面持ちとともに断言する。
「今まで私達が平和な日常を送れていたのは、誰かに守られていたからなんだって気づけた。守られるだけじゃなくて、自分も誰かを守りたいって思えるようになったの」
普段の頼り無さが嘘のように、悟志は勇壮とした表情を見せる。
「目の前で、誰かが理不尽に傷つくのは、もう嫌だから」
美兎の優しく、柔らかな笑顔が弾けた。
「それにね、竹馬ナインは友達のために助け合うんだってことをコズが思い出させてくれた。メーネはもう、竹馬ナインの一員だもん」
颯磨は軽口を叩くような気安さで言ってのける。
「人を痛ぶって悦にいるような奴がのさばるのは気に食わないしね」
玲士朗は決然として宣言する。
「そういうことだメーネ。この勝負、全員で勝ちに行こう」
メーネは玲士朗達の背後に、聖祖アルテミシアの後姿を見た気がした。神々しく、雄々しく、世界を覆う闇を斬り裂く力強い輝きを秘めた原石、それが今の玲士朗達なのだ。
命は、日々生まれ変わって湧き出し続ける躍動、身を焦がし時に引き裂くほど荒々しい感情、決して御せられまいとする活力の混合物である。雑多な力強さに満ち溢れた生命という神秘は大いなる可能性の揺籃でもある。
いつか死ぬ定めの命だからこそ、恐怖や苦痛に打ち負かされないように、艱難辛苦を乗り越え強く鍛えられ、生きる喜びと幸福な時間によって魂の純度を磨き上げられなければならない。心残りの錆《さび》もなく、後悔のくすみもない、清い光に輝く鋼鉄の魂を持った剣、それこそが剣臣の真の姿。かつて、メーネと共に蛇神バラルを打ち破った剣臣達と同じ境地の入り口に玲士朗達は立っているに違いない。剣臣は戦うためだけの剣ではなく、見るものを時に圧倒し、時に魅了し、理不尽や不条理に抗う勇気の象徴でもある。心に秘める彼らの剣は、敵ではなく、誰もが幸福に過ごす未来を切り拓くためにあるのだ。
聖祖アルテミシアから分かれた、自分と対となる救世の力。その覚醒の萌芽を目の当たりにして、メーネは沸々と沸き起こる自信に昂揚した。彼らと共に在れば、どんな逆境にも、どんな強敵にも、負ける気がしなかった。
「……皆さん、ありがとう。とても心強いです」
「よし、それじゃやるわよ!」
詩音の意気込みに涼風は怪訝な眼差しを向ける。
「やるって、何を?」
「円陣!」
「言うと思った……」
渋い表情を見せる颯磨と無理やり肩を組みながら、詩音は竹馬ナインを円状に整列させる。メーネは初めて見る異世界の文化に戸惑いながらも、隣り合う柚希と玲士朗と肩を組み合う。
「梢の分まで声張るわよ。じゃ、いつものやつね! ……戦うからには!?」
「「「勝利する!」」」
「全力尽くして!」
「「「勝ちに行く!」」」
「竹馬ナインは!?」
「「「絶対勝つ!」」」
「行くぞお前ら!」
「「「ファイトォ! オー!」」」
息の合った掛け声が高らかに集会所に響く。闘志と気合を漲らせた一人ひとりの精悍な姿が、互いの勇気や自信を鼓舞し、士気を高め合う。メーネもまた、彼らに触発されて、湧き上がる熱い気持ちの心地良さに心躍っていた。
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