異世界産業革命。

みゆみゆ

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はじめての転生

第9帖。ガチムチの名はアウグスト。(近衛隊隊長アウグスト、勇者に初接見す)。

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 しらふの騎士は若くない、と悠太郎は思う。年齢すでに20を超え、ことによると25にせまるかもしれないと悠太郎は目算する。
 悠太郎は17歳だから、25歳の男なんて単なるオッサンにしか見えない。ましてヒゲを生やしていようものなら。

 平均寿命が80を超える日本国なら20歳なぞ若造である。お尻に卵の殻が引っ付いているに過ぎない。

 だが中世ならば話は違う。織田信長は人間50年……と舞った。これはまさしく戦国時代の日本国の平均寿命だが、中世でもおおよそ似たようなもので、50まで生きられれば天寿をまっとうしたと判ぜられる。
 だから、しらふの騎士が20半ばであれば、すでに人生の折り返し地点。断然オッサンである。

 しらふのガチムチ騎士は言う。

「お会い出来て光栄です。勇者殿」
「こちらこそ。ええと」
「アウグストと申します」

 普通の名だった。何のひねりもない名前。日本国ならば鈴木とか山田とかそのへんに該当する。
 アウグストは礼儀正しい男だった。伸びた背筋。切り揃えられた金髪。この時代なら普通の西洋人である。どこかで見た覚えがある、と悠太郎は思った。

「そうだ、思い出した! 確か王様のテントにいましたね。近衛隊隊長の」
「覚えてくださいましたか」

 あのとき、若い騎士と老いた騎士の仲介を取り持った男だった。優秀な男である、と悠太郎は思った。

「アウグストさん」
「勇者殿。お気を使わずに。ただのアウグストで結構です」

 などと2人がなじもうとしたとき、酔っ払い騎士がからんできた。

「ようようお前ら! 無視ですかー!」
「控えろ」とアウグストは言った。「勇者殿の前だぞ」
「勇者だー? へー。卯の侯爵の軍を前にビビリやがって! 反乱兵どもなんざ、さっさとぶっ殺しゃ……ウオッ」

 ガシャン。

 テーブルがひっくり返される。皿が割れ、スープが飛び散る。広場の騒音が一瞬、ぱたりと止んだ。
 アウグストがテーブルを蹴り飛ばしたのだ。

 酔っ払い騎士が床に倒れ込む。驚いた顔をしている。

「この野郎!」

 アウグストにつかみかからんとする酔っ払い騎士。アウグストはするりと避ける。酔っ払い騎士は再び床にぶっ倒れた。
 もともと酒に酔い足下がおぼつかないのだ。

 が、すぐにもとの喧噪けんそうに戻る。それどころか周囲の騎士たちは、さかんにはやし立てた。

「お、ケンカか?」
「いいぞ! やれやれ!」
「誰だ? またあいつか……」
「アウグストに手を出すなんて運の悪い」

 笑い声。はやし声。
 酒の場での騒ぎなどよくある話で、いちいちケンカを止めることはない。ケンカどころか剣を抜き、流血事件になることもよくある話で、悪いときには死者が出る。
 しかし中世ではよくある話で、酒の場での殺人はお咎めなし、となることが普通だった。あまりに流血事件が多いので、某王などは「7人以上集まった宴会での殺人はこれを裁かず」などという法を発布したほどだった。

 酔っ払い騎士は剣を抜く。場がますます湧く。
 アウグストは言った。

「勇者殿を侮辱したのは許さん」
「何い」
「勇者殿はシャーリー姫様の望みで我々の国に来られたのだ。勇者殿への侮辱はシャーリー姫様いわんや国母様への侮辱!」
「えっ」と、酔っ払い騎士はようやく事態に気付く。「こ、国母様って王女様……。いや、そんなつもりは……」
「ではけい、抜かれたその剣は?」
「はっ、その」と酔っ払い騎士はすぐ剣を収めようとするするが、酒に飲まれているのでなかなかしまえない。「こ、これは国母様への忠誠を示すものであります」
「ふむ。一理ある。剣や盾を打ち鳴らすのは忠誠の証だからな」
「その通り! アウグスト殿も理解が早い! ははは、……」

 などと急速に勢いを失う酔っ払い騎士。

 なんだー、もう終わりかー。周囲は面白くなさそうな空気。火事とケンカは江戸の華。宴会の騒ぎも楽しみの一つだった。とくに血の気の多い若者には。

 場がしょんぼりしたところで悠太郎は言う。

「アウグスト殿はお強いのですか」
「そうでもありません」

 あくまで謙遜するアウグスト。

「そうでもあるわよ!」と、話に割り込んでくるシャーリー姫。
「うおっ。シャーリー」と驚く悠太郎。
「アウグストは強いわよー。なんたって剣を取らせたらこの国では右に出るものなし! いっつもあたしたちを守ってくれるんだからね!」
「たち?」
「あたし、ユーリ。王家を守るのは近衛兵の役目よ」
「近衛兵か。王を守る最強の兵……。日本でも近衛師団は最強だったからな」
「ユーリの国にもいるんだ」
「ああ、いたよ」
「強いでしょ!」

 はしゃぐシャーリー姫。
 シャーリー姫のおしゃべりタイムが炸裂する。悠太郎ユーリがどうした、悠太郎ユーリがどうだった、……似たような話を延々、アウグストに聞かせる。
 アウグストはえらいもので、嫌な顔一つせずにひたすら耳を傾けている。

 ――そういうもの近衛兵の仕事なのかな。

 悠太郎はその場をそっ……と離れる。
 宴会場は喧噪だった。
 一段高くなった貴賓席では女王が公達と話をしている。もしくは騎士たちをねぎらっている。
 シャーリー姫は近衛兵アウグストと悠太郎ユーリの話をしている。

「どこ行くの」と美末。「どっか行くならわたしも連れてってください」
「……ションベン」

 美末の顔が即座に歪む。

「下品です」
「どうする美末。行くか?」
「帰りにジュース取って来てください。おいしいやつ」
「あ、はい」
「あ、ゆーたろー。ちょっと待ってください」
「ん?」
「トイレ行く前に取って来てくださいね」
「……えっ。それなんか酷くない?」
「気分の問題です。食事のおいしさは気分に左右されます」
「おいしさ? おいしかった?」
「……」
「沈黙もまた解答だね」
「全然かっこよくないです」
「ぐっ。今日一日でだいぶ僕に厳しくなるよね」
「ジュースください。ジュース」
「ああ、はいはい。」

 悠太郎は席を立つ。本当なら給仕に「ジュースをもて」と命令すればいいのだ。でも貴賓席にいる悠太郎は先祖をさかのぼっても平民だから、そういうものだと思っていない。

 ――みんな忙しそうだ。

 騒ぐ騎士たち来賓の間を縫うように、彼ら給仕たちは働いている。新しく食べ物を準備したり、あるいは酔って寝た者に毛布をかけたり。

 ――ん?

 その中に1人、席についている給仕がいる。彼だけが宴会場の中でゆっくりしている。
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