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それぞれの「世界」
第21帖。アウグストの「世界」その3。(守護聖人≠スタンド)。
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散歩先は鍛冶屋であった。
悠太郎が指示しておいた農具たちが生産されつつある。先端が金属に覆われた、この時代では珍しい農具。
こうした農具は地球なら11世紀頃から普及が始まる。村々にも鍛冶屋が生まれ、誰もが入手できるようになるからだ。だから10世紀の今は、こうして王都で生産するしか方法がない。
親方がシャーリーたちに気付き、手を止めた。
「おんや、姫様! それに勇者様も」
「こんにちはー。親方」
シャーリー姫の登場で作業はいったん停止する。しかし親方以外はすぐ作業に戻るのだった。作業第一。鍛冶屋のカガミです。
悠太郎はたずねる。
「親方。調子はどうだ。作れてるか?」
「へえ、勇者殿。こんな感じでいかがでしょう」
「お、いい感じだ。ドンドン作ってくれ。これが富国強兵の第一歩になるんだから」
「ふこく? 何ですって?」
「国を富ませて兵を強くする。親方の仕事がこれからの十国を作るんだ」
「そうですかい! よく分からねえが、大層な仕事なんですね! おうヤローども、しっかり働けよ!」
おう、と鍛冶場の職人たちが元気良く返事するのだった。
悠太郎は農具を見ていると、シャーリー姫が寄ってくる。
「これが十国を変える発明品なの? 農具の先っぽが覆ってあるだけじゃん」
「これだけでかなり違うんだ。あとは大量生産して配りたいんだが、シャーリー姫。これの予算ってどうなってる?」
「城内のことは全部パパに任せていいわよ。だって王様だもん!」
「じゃ、以前言ってた、城外の鍛冶屋に依頼するとどうなるんだ」
「さあ。代金がいると思うけど」
「じゃあ全部ここで作った方がいいな」
「どのくらい作るの?」
「王領の農民に行き渡るようにしたいんだが、どのくらいいるんだ」
「アウグストに聞けば分かるわよ」
つまりシャーリー姫には分からないということだ。
「シャーリー。実はお願いがあるんだが」
「なになに! どんなことでも聞くわよ! 言ってよ、我が良人ユーリ」
「中洲に行きたい。イコンとローリエのいるところに」
「……何しに?」
「何でちょっと声が低くなるんだ。この農具を見てもらう。良ければ普及を手伝ってもらう。何ならこの改良農具と古い農具との交換でもいいんだ。王領に住む農民にはなるべく早く行き渡らせたい」
「急ぐの?」
「もうすぐ冬だ。食料の貯蔵を急いでいる農民が増える。そうなる前にこれを普及させたいんだ」
「すごい。あたし、そんなこと全然考えもしなかった」
「ちょっと悩みがある。いくら城内の鍛冶屋で作ったものと言っても材料費とか人件費がかかっているだろう。タダで配ることに王様は同意するかな」
「ユーリが言うならきっと、いいって言うわよ」
シャーリー姫は言い切るのだった。
「それからもう1つ聞きたい。教育はどうなっているんだ。十国では。王族には家庭教師がつくことは知ってるけど、市井ではどうなんだ」
「えー。分かんない。アウグストに聞いてよ」
「やっぱりアウグストか。何でも知ってるな、彼は」
「そりゃ元・家庭教師ですもの。国内のみならず国外の事情にも通じてるのよ。本当に物知り!」
「アウグストはどこでそんな知識を得ていたんだ? やっぱり家庭教師なのかな」
「アウグストは騎士だから、そうだと思うけど」
騎士は生まれてすぐ守護聖人を決められる。それから教会で洗礼を受け、教徒となる。
そして14歳を迎える頃、それぞれの身分に応じて小姓に出される。これは騎士が落ちぶれたのではなく、修行の一環である。城の風習、騎士のたしなみ、あるいは将来自分が仕えるべき主人のもとで働くことで騎士が出来上がる。その過程で教育を受け、聖人の所行を知り、礼儀を知り、また文字を知る。
城に仕えない者は生まれ故郷で家庭教師を雇ったり、修道院や教会に小間使いとして仕える。いずれにしても教育を受けられる。
一方で一般庶民は教育とはほとんど縁がない。文字など知らなくても畑を耕せるからである。それに大事な子供である。親としては鍬や鋤を握ってほしいと考える。
明治の初期、日本でも学制を普及させるにも農民の反発が大きかった。それでも明治6年に30パーセントだった就学率は明治41年に96パーセントを超えている。
10世紀における一般庶民は、教会に通う以外に教育を受けるすべがない。職人ならば別だが、農民は文盲である。それでも教会で聖書の内容を聞く機会はあるし、文字がある、ということくらいは知っている。
――教育か。
これがまた難しい。
明治の初め、明治政府は学制を発布した。大日本帝国臣民の三大義務は兵制、学制、納税である。その学制を実施するため学校の設置を各自治体に命令した。
つまり金は出さないが学校を建てる義務を押し付けたのだ。そんな乱暴なことで民衆が納得するはずないし、田んぼの働き手を失うのが嫌な農民は学制を拒否し、一揆さえ起こした。
――これを反面教師にしなけりゃならんな。
教育は大事だが、学校を各所に建てる金は王都にはない。そもそも臣下にナメられている段階では、教育よりも兵の増強に比重が置かれてしかるべきだ。
となれば、やむを得ないことだが、教育はしばらく「このまま」で行こうと悠太郎は思った。
「庶民の教育をするのは教会や修道院だったな、シャーリー」
「そうよ。それがどうかしたの?」
「よし。各地の教会や修道院に聖書を送ろう。名目は何とでもつく」
「それは喜ばれると思うけど、どうしたの急に」
「アウグストに聞けば分かると思うよ」
悠太郎はニヤリと笑うのだった。
悠太郎が指示しておいた農具たちが生産されつつある。先端が金属に覆われた、この時代では珍しい農具。
こうした農具は地球なら11世紀頃から普及が始まる。村々にも鍛冶屋が生まれ、誰もが入手できるようになるからだ。だから10世紀の今は、こうして王都で生産するしか方法がない。
親方がシャーリーたちに気付き、手を止めた。
「おんや、姫様! それに勇者様も」
「こんにちはー。親方」
シャーリー姫の登場で作業はいったん停止する。しかし親方以外はすぐ作業に戻るのだった。作業第一。鍛冶屋のカガミです。
悠太郎はたずねる。
「親方。調子はどうだ。作れてるか?」
「へえ、勇者殿。こんな感じでいかがでしょう」
「お、いい感じだ。ドンドン作ってくれ。これが富国強兵の第一歩になるんだから」
「ふこく? 何ですって?」
「国を富ませて兵を強くする。親方の仕事がこれからの十国を作るんだ」
「そうですかい! よく分からねえが、大層な仕事なんですね! おうヤローども、しっかり働けよ!」
おう、と鍛冶場の職人たちが元気良く返事するのだった。
悠太郎は農具を見ていると、シャーリー姫が寄ってくる。
「これが十国を変える発明品なの? 農具の先っぽが覆ってあるだけじゃん」
「これだけでかなり違うんだ。あとは大量生産して配りたいんだが、シャーリー姫。これの予算ってどうなってる?」
「城内のことは全部パパに任せていいわよ。だって王様だもん!」
「じゃ、以前言ってた、城外の鍛冶屋に依頼するとどうなるんだ」
「さあ。代金がいると思うけど」
「じゃあ全部ここで作った方がいいな」
「どのくらい作るの?」
「王領の農民に行き渡るようにしたいんだが、どのくらいいるんだ」
「アウグストに聞けば分かるわよ」
つまりシャーリー姫には分からないということだ。
「シャーリー。実はお願いがあるんだが」
「なになに! どんなことでも聞くわよ! 言ってよ、我が良人ユーリ」
「中洲に行きたい。イコンとローリエのいるところに」
「……何しに?」
「何でちょっと声が低くなるんだ。この農具を見てもらう。良ければ普及を手伝ってもらう。何ならこの改良農具と古い農具との交換でもいいんだ。王領に住む農民にはなるべく早く行き渡らせたい」
「急ぐの?」
「もうすぐ冬だ。食料の貯蔵を急いでいる農民が増える。そうなる前にこれを普及させたいんだ」
「すごい。あたし、そんなこと全然考えもしなかった」
「ちょっと悩みがある。いくら城内の鍛冶屋で作ったものと言っても材料費とか人件費がかかっているだろう。タダで配ることに王様は同意するかな」
「ユーリが言うならきっと、いいって言うわよ」
シャーリー姫は言い切るのだった。
「それからもう1つ聞きたい。教育はどうなっているんだ。十国では。王族には家庭教師がつくことは知ってるけど、市井ではどうなんだ」
「えー。分かんない。アウグストに聞いてよ」
「やっぱりアウグストか。何でも知ってるな、彼は」
「そりゃ元・家庭教師ですもの。国内のみならず国外の事情にも通じてるのよ。本当に物知り!」
「アウグストはどこでそんな知識を得ていたんだ? やっぱり家庭教師なのかな」
「アウグストは騎士だから、そうだと思うけど」
騎士は生まれてすぐ守護聖人を決められる。それから教会で洗礼を受け、教徒となる。
そして14歳を迎える頃、それぞれの身分に応じて小姓に出される。これは騎士が落ちぶれたのではなく、修行の一環である。城の風習、騎士のたしなみ、あるいは将来自分が仕えるべき主人のもとで働くことで騎士が出来上がる。その過程で教育を受け、聖人の所行を知り、礼儀を知り、また文字を知る。
城に仕えない者は生まれ故郷で家庭教師を雇ったり、修道院や教会に小間使いとして仕える。いずれにしても教育を受けられる。
一方で一般庶民は教育とはほとんど縁がない。文字など知らなくても畑を耕せるからである。それに大事な子供である。親としては鍬や鋤を握ってほしいと考える。
明治の初期、日本でも学制を普及させるにも農民の反発が大きかった。それでも明治6年に30パーセントだった就学率は明治41年に96パーセントを超えている。
10世紀における一般庶民は、教会に通う以外に教育を受けるすべがない。職人ならば別だが、農民は文盲である。それでも教会で聖書の内容を聞く機会はあるし、文字がある、ということくらいは知っている。
――教育か。
これがまた難しい。
明治の初め、明治政府は学制を発布した。大日本帝国臣民の三大義務は兵制、学制、納税である。その学制を実施するため学校の設置を各自治体に命令した。
つまり金は出さないが学校を建てる義務を押し付けたのだ。そんな乱暴なことで民衆が納得するはずないし、田んぼの働き手を失うのが嫌な農民は学制を拒否し、一揆さえ起こした。
――これを反面教師にしなけりゃならんな。
教育は大事だが、学校を各所に建てる金は王都にはない。そもそも臣下にナメられている段階では、教育よりも兵の増強に比重が置かれてしかるべきだ。
となれば、やむを得ないことだが、教育はしばらく「このまま」で行こうと悠太郎は思った。
「庶民の教育をするのは教会や修道院だったな、シャーリー」
「そうよ。それがどうかしたの?」
「よし。各地の教会や修道院に聖書を送ろう。名目は何とでもつく」
「それは喜ばれると思うけど、どうしたの急に」
「アウグストに聞けば分かると思うよ」
悠太郎はニヤリと笑うのだった。
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