異世界産業革命。

みゆみゆ

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それぞれの「世界」

第23帖。美末の「世界」。(ゆーたろーと、ひとつ屋根の下)。

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 ルテキア城のある中洲の、端っこ。
 城壁に囲まれてはいるが、何もない広場がある。もともとは倉庫が立ち並んでいたが、ドンジョンが石造りに改修されたとき、材料置き場にするため倉庫群は解体されたという。
 ドンジョンが完成したあと、倉庫群が再建されることはなく、空き地になっているという。

「おあつらえ向きの広場じゃないか。学校のグラウンドよりちょっと狭いかな。でも家を建てるには広すぎる」
「出しますか?」
「お願い。あ、ちょっと待って」

 言うのが遅かった。美末のかざした手の平から、すでに1軒の家が出された。
 3階建ての民家。縁側がある。南に面する部屋がある。玄関は広い。屋根には太陽光発電のパネルがある。

「おー、見事な家だ!」
「何を待つんですか」
「あ、うん。家の周囲を生け垣かなんかで囲んでくれないかな。ホラ、城壁の上に立つと部屋の中が丸見えだから」
「分かりました。じゃ、ポプラの木でも植えましょうか」

 たちまちその通りになった。

 家に入る。新築のピカピカ。
 悠太郎は1階から3階までスキップしながら見て歩く。

「やっぱり3階はいいなー」
「階段を登るのが大変ですよね。1階をメイン住居にしましょうよ。わたしたちの」

 言われて悠太郎はドキリとする。

「もしかして僕ら2人で住むの?」
「もちろんです。1階は共用の空間ですね。じゃ、2階がわたし。3階がゆーたろー。どうですか」
「こ、心の準備が」
「わたしだって出来ていませんよ」

 美末はサッと目をそらす。
 あ、これ恥ずかしがってるな。一目で分かる。

「うん。美末、一緒に住もう」
「……はいっ」

 そういうわけで、美末とは1つ屋根の下で住むことになった悠太郎であった。







 1階の一室が和室になっている。コタツが備えられているので美末はこの部屋を気に入ったらしく、コタツから動こうとしない。

「冬はやっぱりコタツですよね」
「ネコみたいに丸くなってるな、コタツで」
「寒いですもの。ほら」

 美末が手を握って来るのだった。

「う、うん。冷たいな」
「ゆーたろーは暑そうですね。顔が赤い」
「そ、そうだ。あれを出してよ!」
「何ですか」
「機械兵」
「出しますか。いいですよ」

 言うや、和室に1人の軍人が出現した。
 中肉中背。がっしりした体付き。鋭い眼光を放っている。

「初めまして」と、その機械兵は言った。
「うわっ。ホンモノみたいだ」
「自分は機械であります」と、その機械兵は表情も変えずに言うのだった。

 ――最初の頃の美末みたいだな。

「あーと、名前は?」
「自分にはありません」
「機械なの?」
「はい」
「軍人なのか」
「そうカスタマイズされております。ご不満でしたら再度カスタマイズいたします。ご命令を」と、機械兵は美末を見る。
「ん? 美末の命令に従うの?」
「はい。自分はそうカスタマイズされております」

 軍人みたいにハキハキした口調。

「じゃ、命令します」と美末は言う。「ゆーたろーを上官と思いなさい。上官の命令は絶対です。いい?」
「はっ」と、機械兵は敬礼する。

 それから悠太郎の方を向く。

「ふつつかな機械ではありますが、なにとぞ宜しくお願いいたします」

 その挙動は見事だった。まるで見本のようである。
 どう見ても人間そのものに思えるが、彼は機械なのだ。やむなく悠太郎は彼を「少佐」と名付けるのだった。







 美末、少佐を引き連れて家の前に立つ。

「美末。もう1つお願いがあるんだが」
「1つと言わずにいくつでもどうぞ」
「ありがとう。実は地図を作りたいんだ。伊能忠敬みたいに歩いて作るんじゃなくて、こう、上から写真を撮って、それをそのまま地図にしたい」
「分かりました。じゃ、ドローンを出しましょう。それに少佐」
「はっ」と、機械兵の「少佐」は気をつけをする。
「わたしがここにテントを張りますから、あなたはパソコンで画像を処理して地図を作りなさい。作り方は任せます」
「承知しました」

 少佐は形式通りの敬礼をするのだった。
 それから、美末が出したカーキ色のテントの中で、パソコンを目の前にして座る。

 ドローンを空中に飛ばし、ルテキア城のみならずルテキア市内を写真に収める。もちろん操縦は少佐である。

「機械兵って便利だな。何でも出来るんだな」
「そりゃあ機械兵ですから」
「ふうん……」
「どうしたんですか。考え込んで」
「思うんだが、機械兵に政治をやらせるってのはどうだろう。機械だから疲れ知らず。命令には服従する。適任だと思う」
「いくらでも出しますよ。何人欲しいですか」
「ま、待った」
「はい。待ちます」
「いきなり刑部官だの農政官だののトップに据えたら反発されるよ。とりあえずはそうだな、下働きからやらせよう。まずは受け入れてもらうところからやらないと、曹操と一緒になっちまう」
「三国志の?」
「そう。曹操は漢の皇帝に取り入って、側近たちをドンドンいい部署に配置した。実質、漢という国を乗っ取ったんだ。その結果、皇帝は曹操なしには政治が出来なくなった」
「なら皇帝は曹操を追放すればいいのに」
「当時は乱世だからね。皇帝の権威は地に落ち、頻発する乱にも対処できなかった。曹操に頼るしかなかったんだ」
「まるでこの世界みたい」
「似ている。となると僕は〝乱世の英雄〟ということかな。それもそうか。勇者なんて世が乱れているときにしか現れないからなあ」
「じゃ、平和になったらどうするんですか」
「そのときはそのときだよっ、おっ」

 美末がそばに寄り添うのだった。

「美末、ちょ、何だいきなり」
「どういう世の中になってもわたしはゆーたろーのそばにいます」
「……うん、ありがとう」

 悠太郎はそれだけ言うと、空を旋回し続けるドローンを眺めるのだった。







 ルテキア城内の地下図書館である。
 明るい。
 天井には蛍光灯がはめられている。もちろん美末が手の平から出してくれたもので、これで地下での作業はものすごく進むのだった。

「地図を作っているのですか。それは大仕事です」
「うん。地図は国家の機密だからな」
「しかし勇者殿。地図の作り方までご存じなのですか?」
「いや、知らない」

 これは正直なところである。中世、どのようにして地図が作られたのか悠太郎は知らない。伊能忠敬なら海岸線を延々測って、大日本沿海輿地図を作り上げたことを知っている。
 中世の地図作りは知らない。

「ご存じないのに、どうやってお作りになるのですか」
「ああー、うん。〝錬金術〟を使う」
「錬金術? ああ! なるほど、錬金術までも精通していたとは思いませんでした」

 意外とすんなり納得するアウグスト。そりゃそうだ、と悠太郎は思う。今、地下図書館を照らす蛍光灯を見れば、中世の人間は悠太郎が錬金術師であると錯覚するはずだ。
 
 錬金術師といえば「石ころを黄金に変えますぜ、へっへっへ」と言って資金をダマし取るイメージが往々にしてある。半分正解で半分間違っている。
 錬金術の概念自体は3世紀の古代エジプトにすでにあったらしく、それがイスラムに伝わり、8世紀から10世紀のアラビアで最盛期を迎える。12世紀にはヨーロッパに逆輸入され、錬金術は科学の祖となった。蒸留、酸性、アルカリ性、それに水兵リーベ僕の船……で有名な元素たちも錬金術師たちが黄金を創らんとした過程で発見されたものである。

 ただ当時はフラスコだの五徳だのビーカーだのがものすごい高級品で、金がなければ錬金術を学べない。そういうわけで錬金術師たちは嘘ではないが本当でもない方便で時の権力者たちに金をせびったが、当然、石ころから黄金など創れやしない。
 しかし錬金術がなければ科学はなかった。

 この異世界にも錬金術があることは、地下図書館の資料から知っている悠太郎である。
 それは四国よのくに(場所はエジプトに相当)のさらに東の国に関しての資料からであり、地球の地形に当てはめればまさしくアラビアから伝わったものであったことを知る。

 10世紀はアラビアで錬金術師の最盛期であるから、ヨーロッパでも存在は知られている。だから錬金術と言ってもアウグストには通じたのである。

「勇者殿も空を飛んだり、姿を消したり、そういうことが出来るのですか」

 かなり間違った方向ではあるが。

 ――なんだその「外人の思う忍者」みたいなやつは。

「いや、そういうのは出来ないよ。いや。空を飛ぶのはギリギリ出来るかな」
「ええっ!」

 これはグライダーやヘリコプターを美末に出してもらえれば出来そうである。

「あとはそうだな、遠くの出来事を一瞬で知れる」
「まさかそんな」
「僕が本気を出せば卯の侯爵の屁の音さえ聞けるぞ」

 アウグストは笑うのだった。

 が、悠太郎は本当のことを言っている。たとえば卯の侯爵の屋敷に盗聴器を仕掛けるとか、屋根裏にスパイ兵器を忍び込ませれば、いかに敵地とはいえヒソヒソ話さえ筒抜けである。
 
「それでアウグスト。地図を作るにしても基点が必要なんだ」
「基点ですか。ああ、水準点ですか」

 たとえば今の地図は、ご存知イギリスはグリニッジ天文台を通る経線を標準時子午線とし、ゼロとしている。日本のそれは兵庫県明石市に引かれ、東経135度である。

 これと同じように地図にも基点がある。日本なら「大日本水準原点」と記された水準測量の基準点が東京にある。あらゆる地図はこれを基点として作られる。
 
 この世界でも地図を作るのならば、緯度と経度の基準点が必要である。もちろんそれは王都ルテキアを通る線でなければならない。

「でしたら城内の王座を基点にするのが至当かと思われます」
「そうだよなあ。王様だしな。分かった。地図が出来たらまた言うよ。添削してくれ。城とか王領とかに載せてはいけない場所があるでしょ」
「あります。分かりました、完成までに候補を挙げます」

 戦前なら宮城こうきょ、衛戍地、軍港、軍用飛行場の一部が黒塗りで発行されていた。また地図に載せられない島もあった。防衛に関わるからである。
 いかに10世紀といえど、秘密は秘密。特に防衛に関わる城、食料集積地、それに場合によっては軍用道路も地図には載せられない。敵の攻撃目標になるのを避けるためである。

 チーン!
 タイプライターの音が地下図書館に響いた。美末である。タイピストはまだいない。悠太郎とアウグストの会話で重要な箇所は美末がこちらの言葉で文書化してある。

「どうぞ」と美末はA4用紙を悠太郎に手渡す。
「ありがとう。……アウグスト、この文書にある通りに地図を作るけど、いいかな。目を通しておいてくれ」
「分かりました」
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