異世界産業革命。

みゆみゆ

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それぞれの「世界」

第24帖。美末の「世界」その2。(邪魔者、闖入)。

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〝家〟に帰ると、テントの中では少佐がパソコンの前で座っている。作業中であるが、悠太郎たちを見るや立ち上がって敬礼した。

「おう、ご苦労」

 偉くなったみたいで、悠太郎はちょっと優越感。そうか、軍隊で上官になるとこうなるのか。

 それから和室に入り、コタツにもぐり込む。

「やっぱりこの部屋が落ち着くよ。日本人には和室が一番だ」
「そうですね。はい、お茶」
「ありがとう。……うまい。日本茶サイコー」

 このところ、食事はすべてここでとっている。理由はいろいろあるが、慣れぬ中世食が最たるもので、あとは3階まで上がるのが面倒だとか、薄暗いだとか、とにかく普通の暮らしではない。

 ドンジョンに行く機会はめっきり減っている。今では地下図書館に行くときくらいで、それもそのうちなくなる。
 城のある中洲には空き地がまだあることを見付けた。ここに王立図書館とでも称すべき大図書館を造りたいと悠太郎は思っている。第3のアレクサンドリア図書館を造るのだ、とばかりの意気込みを持っている。

 アウグストには今、過去の資料をすべてタイプライターで打ち直すよう命じてある。いずれそれらの資料はすべてこの図書館に集められる。そればかりでなく史実のアレクサンドリア図書館のように、この世界にある資料をドンドン収集するつもりでいる。
 
 明治の御世、日本を訪れる外国人が増加した。日本人は外国で発表されるあらゆる本をすぐ入手し、たちまち訳してしまうからである。政治的な理由があって自国で読めない本が日本に行けば読める。焚書された本もある。またとっくに散逸したはずの本さえある。
 そんな理由で日本は一時期、世界の図書館としての役割を演じたことがある。

 悠太郎もそこらへんを再現しようと考えている。
 まずなかつくにミッドランドと仲良くやる。これで宗教の面は大丈夫。
 次の文化を集積する。これで世界の知識人が十国とをのくにに集まる。人の往来が増えれば経済は活性化。誰もが十国とをのくにに注目する。もしかすると、遠く世界の果てからも人が来るかも知れない。

 この世界に日本という国があるならば、極東と呼ばれる地域から訪問者があるやも知れぬ。

 ――この取り立てて何もない国は、世界に知られる。

 文化の中心として。

「国家を改造するって、意外と地味だなあ」
「そうですか」
「教会と仲良くやって、図書館を造る。地味だけど大切なことじゃないか?」
「わたしにはよく分かりませんけど、出来ることは手伝います。今は何かありますか。出すものとか」
「実はちょっとまた出して欲しいものがあるんだ。軍隊が欲しい」

 美末が鼻で笑った気がした。

「美末、今笑った?」
「軍オタですもんね。ゆーたろーは。出せますよ。何人必要ですか」
「えーと、人数はまだ考えてない」
「決まったら言ってください。何万人でも出します」
「そんなにいらないよ! 出そうと思えば何人でも出せるのか」
「やったことないですから分かりませんけど、出せるはずです。理論上は。わたしはゆーたろーの望むことを手伝うためにいます。だからゆーたろーが望むなら出来ます」

 美末はハッキリ言うのだった。
 そういえば初めて美末と出会ったときもそんなことを言っていた。ゆーたろーが望むなら、と。

「美末は万能だなあ。何でも出来るじゃないか」
「出来ないのは子供を作るくらいですかね」
「あ、うん……。そうなんだ」
「何を照れてるんですか」
「べ、別に! 照れてない」
「あんまり耐性ないですね。異性に対する耐性が本当に」
「そんな! う、まあ……、そうかな」
「シャーリーにもイコンにもデレデレだし」
「そんなことないと思うけどな」
「……」

 美末が手をやる。悠太郎の手に、自分の手を重ねる。

「何をっ」
「ホラゆーたろー。わたしがこうするだけで照れちゃって」
「……」

 好きなんだから、当たり前だろ。

 思っていても言わない。というか言えない。

「わたしも子供が作れない以外は万能なんですけどね」
「そ、そうか」
「でもゆーたろーが望むなら、わたし何でも」

 ガシャーン!

「ユーリ! ユーリ!」

 ガラスをぶち破って和室に飛び込む、シャーリー姫。畳の上をゴロゴロ転がって、悠太郎の前に現れるのだった。

「ユーリ! やっぱりここにいた!」
「シャーリー! ガラスを破って! 危ないじゃないか! 美末、ガラスを直してくれ」

 美末はムスッとした顔で割れたガラスに手をかざす。ガラスはたちまち新品同様となった。畳の上に散らばるガラス片も1片さえも残さず。
 いかにも美末が割れたガラスを元に戻したように見える。事実は違う。まず割れたガラスを消し、そこに新たな窓ガラスをはめ直したのだった。

「変な部屋ね。何この床」
「畳だよ。草で編んである。日本の伝統的な敷物だ」
「ふーん?」
「あっ! シャーリー! 靴を脱げ」
「靴を?」
「畳が汚れるでしょ。いいから早く」
「そうなの? 面倒だなあ」

 美末がせせら笑うようにシャーリー姫に言うのだった。

「礼儀を知らなくても姫をやれるもんなのですね」
「あらあら。ミスさん? 何か言った?」
「お耳は良いようで何よりです。ゆーたろーは十国このくにの救世主。その家で無礼を働くのはあまりいただけないことだと思うんです。これはわたし個人の意見ですけど」
「口の減らないチビ助め。ユーリ。明日からあたしと住まない? パパもいいって言ってるよ。なんなら市内のどこかに屋敷を建ててもいいって」
「屋敷を?」
「うん! こんなウサギの寝床みたいなちっぽけな家はユーリには相応しくないでしょ? だから王族にぴったりの大きいのをパパに頼んであげるわ」
「せっかくだけど断るよ」
「えー。なんで」
「これから十国とをのくにの改造をするんだ。資金が必要だ。それに組織も変えることになるだろう。金はいくらでもいるよ。それなのに無駄遣いするわけにはいかない」
「ユーリ、それとこれとは別よ。いい? 王族は偉くないと駄目なの。大きな屋敷に住んで、宴会をやって、宝石を配る。それが人の上に立つ者の役目なの。義務よ。それなのにユーリはこんなところで住んでいる。ユーリはよくてもパパの顔が立たないの」

 ここらへんにも中世の常識、平成の非常識が現れている。
 中世ではシャーリー姫の言う通り、デカい宮殿を立て、宴会を何回もやるのが良い王。2度目になるが、浪費する王は良い王だ。カッコつけるのも王の役目かつ義務なのだ、

 でも平成の政治家が浪費すればマスコミに叩かれる。悠太郎の感覚からすれば、浪費は無駄遣い。だから宮殿も何もいらないと言ったのだった。
 しかしここは中世。そうだ、郷に入れば郷に従う。そう決めたのは自分ではないか。悠太郎は恥じる。

 ――自分で決めたことじゃないか。

 だから、シャーリー姫の言葉を肯定する。

「うーん。言われてみればそうかも知れない」
「でしょ? このご時世よ。王の権威は弱い。ならせめて大きな宮殿で住んでるってところを見せつけないと。パッと見て分かるくらい、羽振りが良くないと。ユーリも言ってたじゃない。ケチな王には誰も付いて来ないって」
「確かに。そうだなあ。じゃあ……、近衛隊のどこかに適当なくらいをもらおうかな。それに相応の住居も」
「近衛隊に? あー、勇者だから妥当なところね。ユーリって本当、欲がない! ちゅ」
「おわわ!」
「うふふ。キスしたくらいで慌てちゃってカーワイイうおお!」

 またも美末に蹴りを入れられるシャーリー姫。
 派手に吹っ飛ぶ。

「何すんだこのつるぺた!」
「ここはあたしたちの家です。部外者は出て行ってもらいましょうか」
「ふん! ぬぁーにが〝あたしたちの家〟よ! お城の中に建ててるクセに! ここはパパの土地よ!」
「唯一教徒の教義では、すべては神とやらが創ったのでしょう。光も大地も、動物も人間も。なら全部は神のものでしょ? シャーリーのものじゃないです。まして王のものでもないです」
「くっ、そ、そうだけど。……あ、あんたは唯一教徒じゃないでしょ! だからそんなこと言う資格なんてないの! だから屁理屈よ!」
「どっちが屁理屈ですか。じゃ、わたしも教会で洗礼を受けましょうか。そうすればわたしも唯一教徒。それから非難すればいいんですね。ゆーたろー。教会に行きましょうか」
「僕もか。ま、まあ待てって」

 悠太郎はその場を取りなす。

「まあまあ2人とも。落ち着いてったら。シャーリーは謝りなよ。いきなりガラス割って入って来て。平安時代なら死罪だよ」
「ヘイアン時代? よく分かんないけど、ユーリが言うなら謝ってもいいけど。ミス、悪かったわね」
「美末もホラ、蹴飛ばしたことを謝りなって」
「はいはい。ごめんね」
「これで一件落着だね! ね!」

 2人の女の子は全然納得していない。ブスリとした顔でお互いにらみ合っている。
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