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具体策
第47帖。男はみんなおっぱいに興味アリ。(シャーリー姫は世界を知りたし)。
しおりを挟むむー。むー。とシャーリー姫様御年16は悩んでいる。長い金髪を後ろでひとまとめにしている。整った顔いっぱいにシワを寄せ、口びるをへの字に曲げている。
ルテキア城内の中庭。
その中庭にはシャーリー姫専用の家があった。ドンジョンに行くときは会議があるか夜に寝るときか。普段使いの部屋はこちらである。
日本風にいえば平屋建ての一軒家だった。柱を立てて壁は泥で塗られている。屋根は藁で葺いてある。簡素だが質実剛健な造りをしている。
間口も間取りも広い。それに窓も大きい。防御よりも住みやすさを重視してある。
部屋の中でシャーリー姫は勉強をしているのだった。現代風に言えば帝王学の勉強中。姫たるもの学がなくてはただの女の子。地図を覚え、近隣諸侯の顔を覚え、ときには趣味や家族構成さえ丸暗記する。王族の仕事をこなすには絶対必要な学問。帝王学をシャーリー姫は学んでいた。とても嫌な顔をしながら。
「あー、もー! やってらんない! 悠太郎に会いたい!」
突如として羽ペンを放り出すや泣き言をブチ明ける。子の侯爵の母親の出自がどこだ、卯の侯爵の親父は過去にこう言った、王領はどこまで広がっているのか……。とにかく覚えることは多い。
それもこれも立派な姫として必要なことだ。そう分かっていても勉強は好きになれないシャーリー姫だった。
「姫様。行儀が悪うございますよ」
ノッポ先生こと現・家庭教師が、シャーリー姫をたしなめた。
「だって先生。文字の書き取りなんて面倒じゃん! ラテン語なんて今は誰も使ってないのに」
「左様です姫様。すでに死語に近い言語です。しかし聖書をお読み下さい。一般庶民用ではなくちゃんとした聖書の方を、です。それはラテン語で書かれております。神の教えはラテン語を通して私たちに語りかけてくるのです。粗末にしてはなりません」
現家庭教師は正しい理屈を述べる。シャーリー姫はぶーたれた顔をさらに強めた。
現家庭教師は聖職者で、もともとは王領にあった教会で牧師をしていた。前回の卯の侯爵の侵攻で避難した折、王様と出会った。王様は現家庭教師の才能を見抜き、当時は前線に出て不在だったアウグストに代わり、彼をシャーリー姫の家庭教師に充てたのだった。
その職は今も変わらない。
正直なところシャーリー姫はアウグストの方が良かったと考えている。厳格で通す筋は通す。しかし相手に合わせてジョークも言う。悠太郎はそんなアウグストと一緒にいれて幸せだ。
「はーい、はいはい」
「返事は1つです。姫様」
「はーい」
シャーリー姫は勉強に飽きていた。飽きるほど勉強をやったかと言われたら、それは否。集中力が長続きしないことに定評のある、現代っ子みたいなシャーリー姫だった。
シャーリー姫は不満を悠太郎に向けるのだった。国家改造の建白書を提出してからというもの悠太郎はアウグストとかかりっきり。ドンジョン3階で泊まってくれないばかりか王都を離れている時間が増えている。
それも美末を連れ立って。
――そんなに貧乳が好きなのかな、ユーリ。
あるいはあたしに魅力が足りてない? そんな疑問を呈する。が、自信満々シャーリー姫はすぐさま否定する。
こんなに魅力あるボディにそれはないぞ、と。おっぱいを揉みしだきながら。おっぱいふかふか。これで何が足りないのか。何が足りなくて悠太郎はあたしを引き止めないのか。シャーリー姫は悩んだ。
「先生。殿方は胸が好きなんだよね」
「それより姫様。書き取りは終わりましたか」
「まだだけどどうしても気になって」
「聖書には汝姦淫するなかれとあります。神の道を進むのであれば清廉でないとなりません。姫様。ですからお答えできかねます」
「うはーい」
シャーリー姫は察した。聖職者たるもの聖書に沿って生きねばならないのだ。
聖職者だから清廉なのは当たり前だとして、それはあくまで建前。イマドキの聖職者なんて妻帯だったり愛人があったりメチャクチャしている。おまけに税金を滞納してまでどんちゃん騒ぎ。
――ユーリの世界はどうなんだろう。
ゆっくり聞きたい。転移魔法など成功すると思ってはいなかったから、召還が成功したときのことなど想定していなかった。
それでも悠太郎の世界は実在するのだ。ここではないどこかに。
その世界はどのくらい広いのだろう。こちらの「世界」と比べてどうなのだろう。どんな宗教があって、王族はどんな生活をしているのだろうか。悠太郎のように有能な者がいなくなればさぞかし困っているだろう。
でも、それでも。
少なくともその世界は自分の胸よりは大きいはずだ、とシャーリー姫は自負している。
「ねー先生」
「どうしました姫様」
「この世界の外にも世界はあるの?」
十二の国。そして大東方帝国。それが「世界」であると教えられ、地図にもそれらしか描かれていない。だが土地はもっと広いことを示している。近衛隊隊長アウグストさえ、いいや王様さえ知らぬ「世界」が広がっている、と。
現家庭教師は困ったような顔を作った。王族を教える現家庭教師は国家最高の頭脳を持つ。その知識の源はルテキア城や教会、修道院の図書館の図書である。
すなわち、いつだったかアウグストが悠太郎に語って聞かせた「中世の世界観」の域を出ることはない。出たくとも出られない。誰も「知らない」のだから。
現家庭教師はようやく答える。
「四国(エジプト)の東に大東方帝国があります。錬金術が盛んな国です。世界の外にある国とは大東方帝国のことですか」
十国の人間にとっての「世界の国々」とは唯一教国家の国々を示す。大東方帝国は別の宗教を信じている。だから家庭教師の答えは単なる言葉遊びだった。
シャーリー姫は笑った。それは面白いから見せる笑みではない。呆れたときに出る笑みであった。
「先生は大東方帝国に行ったことあるの?」
「ありません。しかし行ったことのある友人がおりまして、よく聞かせてもらいました」
「どんな国なの! 大東方帝国って!」
現家庭教師はちょっと考えた。授業が進まなくなるけれども、シャーリー姫が興味を持っている。世界の観念を教えるのも務めだ。
「十国よりも気候は暑い。日差しが強く、住む人々は白い布を全身に巻いております」
「へー。変なの」
「それに錬金術が盛んな国ですね。火、水、木、金属が何で出来ているのかを知る学問です。世の中の物質はこれらを組み合わせて出来たものですから、その大元を知ろうというのですね」
「知ってどうするの?」
「錬金術を知る者は世界を知る者になるのです。風も木も全て手の平の中。金さえ作り出せる。もはや魔法使いですね。ちょっと前まで私たちの国は錬金術を知りませんでした。大東方帝国の方が進んでいます」
錬金術はのちの科学に通じる。すべてのモトである。
錬金術は古代ギリシャで生まれ、昔はヨーロッパの方が錬金術大国であった。それがいつの間にかアラビアに追い抜かれてしまっていた。中世を暗黒時代と呼ぶ一因でもある。
家庭教師は羊皮紙に羽ペンで大東方帝国の地図を描いた。東西に長い国である。四国(エジプト)の東からずっと先まで概形線を描く。
「大東方帝国の版図はこうです。正確な面積は分かっておりませんが、我ら唯一教諸国よりも広いとされます。大半は人の住めぬ土地であるらしいのですが」
「へー。王都はどこなの?」
「大東方帝国に王はおりません。宗教上の王が国を治めております。我が方に合わせますと法王聖下が国のトップということですね。そうした意味での王都はここです。ちょうど真ん中あたりの、ここ」
「十国と一緒で国土の中心あたりなのね。ふーん。王がいないのか……。国が違えば体制も違うのね」
「左様です。世界は広い。1人の人間が生きているうちに歩める距離は極めて小さいのです。だが1人1人に家族がおり、家庭があり、幸せがある。それらを守るためにも姫様は勉強をしなければなりません。分かりますか」
「はーいはい」
「返事は1つです」
やっぱり現家庭教師のことが嫌いなシャーリー姫だった。
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