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具体策
第48帖。アウグストから本気出す。(近衛隊隊長アウグストを暗殺の魔の手が襲う)。
しおりを挟むアウグストは馬車の中にあった。王領と王都とを結ぶ道を、ガタゴト揺れながら王都ルテキアへ、ルテキアへ。
アウグストは馬車の窓から首をわずかに出し、道を見る。ここは建白書の言い方をすれば大路にあたる。だが今は単なる道だ。
むき出しの地面。地面には車輪のわだちの跡がある。クッキリと付いている。雨が降ると水たまりになる。乾くと凹凸を作り、車輪を破壊する。
往来の多さを示しているが、酷い道だとも思った。
ガタン、と馬車が揺れた。
「いて!」
こんな風に乗り手にも優しくない。悠太郎の提言した街道整備は早急に執り行うことが急務であると実感した。
アウグストは尻をしたたかに打ち付けた。甲冑を着ているせいでダメージが大きい。
「大丈夫ですか。隊長」
同情してくれる騎士がいる。同乗者は副隊長であり、アウグストの親戚でもある。
近衛隊の隊長は1人しかいない。副隊長は複数おり、そのうちの1人だ。
「ああ、大丈夫だ。こんなデタラメな道では一旦緩急あっても駆けつけられん。街道整備を今年度にねじ込んでおいてよかった」
「自分も同感です。国境の小競り合いにすぐさま駆けつけ、すぐさま解決。王陛下のお手を煩わせぬことこそ我ら近衛隊の使命でしょう」
戦さに時間をかけたくない思いは一致していた。サッと動員、サクッと戦い。
およそ10世紀の戦さとはかけ離れているが、2人はそうした軍隊の運営を望んでいた。
アウグストも同意している。
「それはそうだが今のままでは駆けつけたとして兵の数が足りない。いかに冬とはいっても今年は徴集は免れないかもしれん」
常備軍という概念がなく、戦さのたびに徴兵するのが普通の時代である。アウグストの発想は「異常」だったが、理想だった。
近衛隊は名目上、王様に直属する。面倒な動員手続きを省略できる身軽な軍団。兵力としても土木集団としても働くことを期待されている。戦地で陣を構築し、簡易城を作るのも仕事の1つだった。
だからもし王様が「街道整備をやれ」と言えば、すぐにでも準備を進め、来週あたりには近衛隊みんなしてモッコとツルハシで地面を耕すことになる。
王様の領土は王領と呼ばれ、本来なら、ここから徴集された騎士たちが王様の手駒となる。自分の領土に住む人々だから将棋の持ち駒と同じで好きなように使うのが普通だ。
だが何分にも王様の権威が低下し領土はだんだん狭くなった。そこに住む人たちも減り、収穫も減った。とてもではないがそこに住む人々の徴兵だけでは火急の用事に対処できなくなってきた。
そこで考え出されたのが近衛隊という制度である。これは王領のみならず王様の支配地域から少数ずつ兵を出させる制度で、通常と違い、平時も王様に仕える。
食料は必要分の半分を保証する。残りはわずかな給金で何とかせよという制度で、徴集された兵は食うにやっとの給金。
これまで両者にとって都合良く働いていた。
王様からすれば、支払った給金は自分の領地で消費される。間接的に経済が潤うことになる。
徴兵される側にしても王様の側で働けるのだから名誉と考える。腐っても王は王なのだ。権威が低下しても、やはり王様なのだ。
「勇者殿はこれを〝常備軍だ〟としきりに驚いておりましたがどういうことでしょう。王陛下に直属の兵がいること。これは普通のことではありませんか」
「そう思う」とアウグストはうなずく。「勇者殿はときどき意味の分からないことをおっしゃる。多くは我々の知力を超えているが、ときたま普通のことでも驚かれる」
「先達て王陛下に提出したというケンパクショ……ですか。その第何項目だかに『強兵』とあるそうですね」
「そうだ。これには近衛隊の強化が歌われている」
「アウグスト殿が要請したとのウワサですが」
「ぼくは何もしていない」
アウグストが首を横に振った。副隊長はどうやら、隊長アウグストが悠太郎に働きかけていると考えたらしい。だがアウグストにそんな私心はない。ただ今のままでは卯の侯爵が再び起っても対処できない。だから近衛隊の増強を望んだまでである。
悠太郎は言うのだった。常備軍は10世紀においては「異常」な集団である。それを「普通のこと」とするため、王様の支配が及ぶ土地からわずかずつ徴兵し、近衛隊の強化に務める。悠太郎の狙いはその先にある。すなわち徴兵を日常のものにする。
明治初期、徴兵されるのは運の悪い奴とされた。それがいつしか名誉となって、徴兵されてこそ一人前の人間として扱われるようになる。
強大な軍隊を徴兵制によって得る。常備軍を設置し、王様を守る。そのさきがけたるシステムが10世紀に存在したことを悠太郎は驚いたのだった。ローマ帝国に常備軍があったが滅亡とともに失われた。これが再興するのはナポレオン以降のはずだった。
真意をアウグストに伝えた。アウグストにはそれがはるか未来の理想国家に映じたのだった。国家が兵を必要すると、郵便という制度によって津々浦々あらゆる家に葉書が行く。
国家が一丸となって国難に立ち向かう。素晴らしい制度だ。徴兵制という発想にも、国勢調査によって国民の数と住所を把握する発想にも驚いた。
そんなことは王様の仕事ではないからだ。その土地々々を治める諸侯の仕事である。それを王様が行うことで、土地も人も王様のものであるぞと天下に再確認させる。
王様の権威も上がり、強兵も可能とする。素晴らしい発想だとアウグストは手放しで絶賛した。
「隊長。前から乗合馬車です」
1台の馬車とすれ違った。
以前なら考えられない乗り物だった。危険な森を抜けるには近隣の村で馬車と馬と護衛を雇う。18世紀に書かれた『ロビンソン・クルーソー』でさえそういう時代だった。公共の交通機関など存在しない時代、王様が運営をする乗合馬車という制度は斬新そのものだった。
「あれで王都とオーレアが結ばれているのですな。誰もが旅行できる。何とも信じがたい時代がやって来たのですね」
オーレアは王様の支配領域にある中で王都ルテキアに次ぐ大きさの都市だ。
支配下の土地にある都市と都市とを結ぶ。国内の流通さえ王様のもの。そうした狙いもあった。
これが勇者殿の描く「強い国家」なのですな。アウグストは身震いした。斬新かつ見事な発想を次々出す。あれほどの逸材を失った世界はさぞかし苦労しているとアウグストは思う。悠太郎のいたヘイセイという時代が。
勇者殿の国を見てみたい、とアウグストは思った。さぞかし素晴らしい国家だと思った。これまでの制度が全て機能し、きっと王様の権威も雲の上まで届くほどだろう。
馬車が止まった。いななきが悲鳴のように森に響いた。
「な、何でしょうか」
副隊長が言ったとき、馬車の扉に剣の当たる音がした。アウグストはすぐさま席から立ち上がり、腰の剣を確認した。狭い馬車内では戦えない。アウグストはそっと馬車から降り、周囲をうかがった。
黒いローブの人間がいた。見慣れぬ顔であったが傷の多さが野蛮な雰囲気を出している。
「貴様、何事か! この馬車が近衛隊と知っての狼藉か!」
傷だらけの男は単なる盗賊団とは思えなかった。近衛隊の名を出しても、アウグストの格好を見てもいささかも動揺しなかったからである。
それはつまりアウグストが狙いであることを示していた。男は無言のまま切り掛かってきた。
「アウグスト殿!」
「副隊長、手出し無用!」
アウグストは剣を抜きながらその振りを払った。キン、という金属のすれ違う音。その音に盗賊は目を見開いた。盗賊の持っている剣が欠けたのである。
「見たか! 勇者殿の造ってくださった剣を!」
まるでヒッタイトに遭遇した青銅文明だった。アウグストの剣は悠太郎の知識でもって鍛え直した現代西洋剣である。剣は硬いと折れやすい。勢いを殺す粘り気がないとすぐ疲労してしまう。
「……」
男は無言のまま剣を構える。そして2歩、3歩と無造作に距離を詰めた。自信の現れであった。
再び振られた剣をアウグストは見切り、薙いだ。金属と金属とがぶつかり合う音が森に響く。
音はやがて低くなった。男の剣にヒビが入り続け音が変わった。
「……!」
男の剣がとうとう真ん中から折れた。アウグストはその瞬間を見逃さない。驚きの顔を見せた男の片腕に躊躇なく剣を振り下ろした。男の片腕は剣を握ったまま、ごろりと転がった。まるで豚を屠殺するようにアウグストは冷製にやってのけた。
「どうだこの野郎」
「……」
アウグストは威嚇した。
男は悲鳴を上げなかった。それでも歯を食いしばり、必死に痛みに耐えていた。やがてその歯がバキリと折れた。剣を持ったまま地面に横たわる自分の腕を瞬時に回収すると、男は森の中に消えた。
「追いますか」
「よそう。あの傷だ。長生きは出来んだろう。付近の村にお触れを出しておけ。片腕の男が薬を求めて来たら通報するように、と」
「は。し、しかし何者でしょう」
「……さあな」
そういいつつ、アウグストには心当たりがあった。だがそれを口にする訳にはいかない。まさか現王女が武力を使おう、などとは。
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