異世界産業革命。

みゆみゆ

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具体策

第49帖。ゆーたろーと秘密工場。(王領北部の森に武器工場を出す)。

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「ここはどうでしょうか」

 王領司令部である。アウグストが王都に旅立ったあと、残った悠太郎、美末、それに少佐と機械兵たちで語り合っている。
 美末は3D地図上の一点を指差した。ここに武器工場を建てようというのである。至当な場所であると悠太郎は感じた。

「いいね。まるで盆地だ。四方を山に囲まれているから秘密が保てる。真ん中には平らな土地が割とあるから、工場を複数建てられる」
「それに」と少佐が口を挟む。「盆地の真ん中に小川があります。水が豊富な証拠です」

 武器工場を作ろうという計画は、前々から悠太郎の頭の中にあった。美末の手の平からは何でも出るが、それを介さずに自給自足できないかと考えたのである。

 例えば『戦国自衛隊』であるとか、『ジパング』であるとか、その他タイムスリップものでは、必ずこんな表現がある。
「これは現代の技術で造った兵器です。この時代での自給は不可能です」
 戦国時代に連続射撃の出来る歩兵銃はない。1発で城門を吹き飛ばすミサイルなど作れないし、自動車用のガソリンだってない。

 太平洋戦争当時にサジタリウスの矢を自給することは無理だ。高性能レーダーも故障したらそれまで。代替品さえない。

「こちら」の世界で無双できる悠太郎だったが、過去に戻って現代兵器で無双する作品を読むたびに思う。早いうちに自活兵器を作ればいいのに、と。

 たとえば戦国時代にだって火薬はあるし、静岡県や新潟県で湧出する石油を精製すれば、ディーゼルエンジンくらいなら何とか動かせる。
 太平洋戦争に行くなら、ミサイルをたっぷり持って行けば、いかに週刊護衛空母なアメ公だって、手を上げることだろう。

 そんなこんなで、美末の手の平に万が一のことがあった場合に備えたい悠太郎だった。

「ゆーたろー」
「ん?」
「なんで工場なんか作るの? 武器だったら、わたしいくらでも出すのに」
「万が一に備えてだよ」

 悠太郎は、先程の理由を説明した。すると美末は機嫌が悪くなった。

「な、なんで機嫌を悪くする」
「ツーン」
「ツーンじゃなくてさ」
「ゆーたろーはわたしのことを信用できないんですか」
「ど、どういうこと」
「わたしは常にゆーたろーのそばにいます。どこへも行きませんし、いなくなりもしません。なのにゆーたろーはわたしがいなくなった時のことばかり考えている。そこがイヤなんです」
「そんなつもりじゃ……あ、あれだよ! ホラ、この時代の人たちのためなんだって!」
「?」
「つまりさ、文明が進歩するには他の文明と衝突させなきゃならないんだ。刺激が必要なんだ。自分しかいなけりゃ進歩がない。それを防ぐ為に工場が必要なんだ」
「それと工場とどう関係するんですか」
「僕はこの工場を現地の人たちに営業してもらおうと思うんだ。最初はアウグストたちに。これから先に登場する武器を渡す。戦場で使われれば、相手も対策を考える。こっちもその対策に負けないよう努力する」
「お互いに切磋琢磨するわけですね!」
「そういうことだ。そうするとこの世界にも、産業革命とまではいかなくとも、それなりに技術の進歩が起こるはずだ」
「あくまで自然な形で、ですか。分かりました。そこまで考えていたなんて……。じゃ、さっそくやりましょう。何が欲しいですか。ライフル・原爆・機関銃。何でも出せます」
「い、いらないよ。さしあたっては歩兵銃、擲弾筒、大砲が欲しい」

 900年後の現代、火砲は全盛期を迎えている。歩兵銃からミサイルまで火薬を使う武器ばかりだ。

 火薬の起源は不明だが8世紀、大陸で薬として用いられていた硝石が、10世紀には火薬として使われ始める。これが13世紀にアラビアを経由してヨーロッパに持ち込まれた。

 記録に残っているヨーロッパ最初の火砲は1342年にイギリスで、今が10世紀であることから鑑みれば火砲の発明まであと300年はある。
 日本に当てはめれば1543年(以後、世乱れる)鉄砲伝来で500年ある。機関銃が発明された欧州大戦(第一次世界大戦)まで900年もある。

 未来を先取りするためには絶対に欠かせない。

 歩兵銃……つまりライフル銃、擲弾筒、大砲。
 これら近代兵器があればこの先500年は安泰だと悠太郎は考えている。これら三種の神器を作るため、必要な工場がいる。

「よし。地図を眺めているよりも現地に行こう。少佐。トラックを出してくれ」
「神成閣下。現地までの道がありません。そこは未開の土地です」
「え、そうなのか」
「ヘリコプターを上空を飛ぶのはいかがでしょう。美末閣下なれば手の平から出せると思います」
「出来ますね」と美末はうなずく。
「本当? じゃあお願いしていいかな。あ」
「どうしました」
「僕ヘリに乗るの初めてかも知れない」







 少佐はヘリコプターの前で説明をした。自衛隊のヘリだ。とっくに生産中止になっているが、アクロバット飛行さえこなす優秀な機体である。
 その機体を前に少佐は説明をする。

「まずこのヘルメットをかぶってください。ヘリのエンジンは頭のすぐ上ですから騒音が凄まじいのです。会話は内蔵ヘッドホンを介して行います。それにジャケットを着てください。冬場ですから。座席に備え付けのベルトをしておくと万全です」
「わ、分かった少佐。ありがとう」
「いいえ。ご質問は」
「たぶんない」
「ではフライトに参りましょう」

 少佐は操縦。悠太郎は助手席に座る。助手席は意外と広い。恐らくは武装した兵が腰掛けても良いよう、広めに作ってあるらしい。

「ゆーたろー。もうちょっと詰めてください。よっ」
「おわっ、押すな。え。一緒の席なの?」
「助手席は広いですから2人いけます」

 そう言って美末は華奢な体をグイグイ押し付けて来る。いいぞもっとやれ! 女の子らしい柔らかな体に悠太郎の下半身がやや反応したが、そこは理性でセーブする。
 1人では広めな助手席は2人だと確実に狭い。肩どころか体の横半身が完全に密着する。

「狭くない?」
「わたしが太ってるってことですか。ゆーたろーが痩せればいいんです。ついっ」
「オウフッ」

 脇腹を指先で「ついっ」と押され、悠太郎は身をねじりつつ妙な声を出した」

「何する」
「あははっ。怒らない、怒らない」
「からかいやがって」
「わたしはいつでも本気ですけど」
「……」
「赤い顔」
「う、うるさいな」
「シートベルトちゃんと締めて下さい」
「あ、はい」

 シートベルトを2人で1本。安全を考えたらトンデモナイ話だが、今の悠太郎にはちょっと幸せである。美末と一緒に縛られている感じが。
 とまれ、フライトの準備が整った。

 少佐の、「離陸準備!」のかけ声が為されるや、キーンという甲高い機械音が頭上でした。
 プロペラが回転し出した。

 機体全体が揺れる。さっきまで静寂だった森の中に喧噪が生まれ、周囲の木々がざわめき、小鳥が飛び去った。

 たちまち爆音となった。

 ――ヘリってこんなウルサイのか!

 初めて乗ったので初めて知った悠太郎である。振動もすごい。地震かと思えるほどだ。

「離陸!」

 少佐の言葉はもはや聞こえず、これはヘッドホンから聞こえた言葉である。間もなく視界が下がった。

 ――離陸したのか。

「!」

 ぎゅ、と。

 美末が手を握ってくれた。どうやら初フライトでビビっているのを見抜かれたようである。

「大丈夫ですよ。わたしは常に隣です」

 そう聞こえた気がした。なるほど、美末だ。悠太郎が手にちょっとだけ力を込める。すると美末はさらに強く握り返してくる。やっぱり美末は可愛い。心底思う悠太郎だった。







 しばらく遊覧飛行を楽しみ、ようやく目的地上空にたどり着く。そこは3D地図で見たものと同一の地形であった。

「美末! 頼む!」

 悠太郎がお願いした。
 はい、と美末の口が動いた。

 すると眼下のお盆の中に、ぱっと出た。
 巨大な工場だった。トタン屋根から排気口が等間隔に突き出ている。壁には最低限の窓しかない。直方体の工場が幾棟も列なり合って、工場群を為している。

「おお……」

 悠太郎はただ嘆息した。緑の森に出現した工場群の並びは自然と調和し、上空から見ると実に美しい。自然と人工物が不自然なく存在している。

 それに工場へと続く道さえ整備されている。完璧だった。ここが今後、兵器の自活工場として機能するのだ。







 工場脇に設置されたヘリポートに降り立ち、工場視察を行う。明るく清潔な工場内には工作機械が詰まっていた。
 どれもこれも悠太郎には馴染みがない。が、どこか仰々しく、頼もしく感じるものばかりだ。どれがどう動くか定かでないが、歩兵銃を作り、擲弾筒を作り、大砲を生み出すのだろう。

 少佐が尋ねて来た。

「神成閣下。ここの工場ですが、資材はいかにして確保するのです」
「僕も同じことを思った。工場があったって、資材を美末に頼っていたら元の木阿弥だなあ。王領に鉄は出たかな」
「無論です。石炭も出ますし木炭も準備できます」
「硫黄は鉄鉱石を掘ったあとの副産物として出て来るから問題ないとして、硝石はどうかな」
「王領内でも少量は産出しますが……」

 そういって少佐はデータを見せた。それは年間の産出量であり、グラフ化してあるので分かりやすい。
 その隣の表には、10世紀の戦争1会戦で消費される硝石量が記されている。表は25年刻みで記され、最後の方は15世紀で止まっている。

「10世紀から14世紀まで硝石の使用料はほぼ皆無だな」
「火薬が戦争に使用されるのは15世紀よりも後ですから、至当でしょう」
「つまり少佐の見立てでは王領にあるわずかな硝石でも14世紀終わりまでは……今後400年間は保つってことか」
「はい。新たに硝石鉱を開発する必要はありません。もちろん調査はすべきでしょうが」
「分かった。調査は任せる。少佐、頼むぞ」
「はい。またお知らせいたします」

 黒色火薬に必須の硝石、硫黄、木炭の全てが揃った。ここは今後、黒色火薬生産工場として働くことになるだろう。
 その消費量は微々たるものだ。15世紀に火砲が恐るべき大発展を遂げるまでは、本当に少ない。

「よーし。さしあたり歩兵銃は初期のマスケット銃をモデルにしようかな。擲弾筒は旧日本軍のもので、大砲はオスマントルコの馬鹿デカいやつをマネするとして……」

 ウキウキし出す悠太郎だった。
 男の子はみんなおっぱいと兵器が好きというが、悠太郎もその理論から外れない。すでに悠太郎の頭の中ではシャーリーのおっぱいに顔を埋めたり、イコンにいいこいいこされたり、マスケット銃を揃えた横列隊が敵を容赦なく駆逐するシーンで満たされていた。

 それもこれもこの十国とをのくにのためだ。シャーリー=おっぱいのためでもあるが、そうした個の前に、十国とをのくにを救うという巨大な目的がある。救国の英雄なればおっぱいなんぞ後からいくらでも着いて来るだろう。

「そうなるとマスケット兵を組織するには大量の兵隊が必要だなあ」

 初期のマスケット銃は命中精度が良くない。だから密集隊形を取り、一度にたくさん弾丸をバラまく。
 それを実現するには大量の兵隊が必要になる。こんな徴兵制どころか徴兵の命令に時間のかかる10世紀で、マスケット銃隊を組織するほどの人間を集めるのは苦労だろう。

 仮にマスケット1個中隊200名を組織するには1つの村の男子を全員徴兵せねばなるまい。しかし、そんなことをすれば国民の反発は恐るべきものとなろう。
 ではたくさんの村から少しずつ兵隊を集めれば良いが、10世紀は人口希薄な地が多い上、戸籍がないに等しく、平等に集められるかも不透明だ。

「となるとやっぱりアウグストが感心していたみたいに戸籍を作らなきゃ。この時代なら教会や修道院にそれっぽいものがあるはずだから、それを下地にして……。きゃっ」

 頬が冷たくなったので悠太郎は女子みたいな悲鳴を上げる。

「コーラです。どうぞ」
「ああ、うん。ありがとう」
「ゆーたろー、すごく難しい顔をしていました。考え事ですね」
「うん。ごくごく」

 近衛隊という制度には驚いた。10世紀にはない制度だ。
 王様が率いるのはあくまで自分の領土……王領から徴集した兵のみ。あとは言うことを聞く騎士たちを徴集するが、早い話、金をもらっている間だけ王様に着くという状態。

 戦争状態であっても帰ってしまうことさえある。いかに金をもらおうとも40日間が過ぎたら、騎士は勝手に帰って良い暗黙の了解があった。40日間というのは確か聖書にある聖なる数字に関連したはずだが、いつだったか、王と騎士のそんな関係を美末が「ストイック」と表現したのはその通りだった。

「ふーん。戸籍作りですか」
「それに徴兵制はいずれ布きたい。今までみたいに王領の兵だけが王様の兵って事態を避けたい」
「周囲がそれでいいなら、いいじゃないですか」
「まわりと同じことをしていては沈んでしまう。ただでさえ王様には権威も権力もない時代だ。他とは違ったことをしないと滅ぼされる」
「それで徴兵制ですか? なんか時代遅れな気が……」
「それは僕らが平成に生きてるからだ。もともと徴兵制をやるには国家に力がないと出来ない」
「?」
「つまり国内のどこにどれだけ住んでいるか国家が把握していなきゃならない。これは国内の隅々まで政府の力が及んでいる」
十国とをのくににとっては理想型ですね。王の力が国の隅まで達している」
「そういうこと。十国とをのくにの隅まで王様の声が届き、国民はその言うことを聞く。そんな〝中世なら当たり前〟みたいなことが出来ていない時代なんだ。今は」
「まだまだ長いですね。戸籍作りって大変そうですもの」
「でもそういうのを人類はちゃんとやってきて、平成という時代があるんだ。出来ないはずがない」
「……」
「ん? どうしたの」
「今日のゆーたろー、割とカッコいいです」

 言うや、美末は笑う。

「ど、どうしたんだ突然」
「別に」

 それきり美末は黙って、ただ悠太郎を見詰めている。
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