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具体策
第53帖。まずは節制、あとからゼイタク。(二宮尊徳方式で行こう!)。
しおりを挟む財政官の屋敷で、アウグストは食事をしている。財政官との会食だった。
「そういうわけですから財政官殿。王陛下の命令書もございますから、ここは財政官殿が率先して倹約に励まれるべきであると考える次第です」
「うむ。分かってはおるがのう」
悠太郎の発案で、二宮金次郎方式である。すなわち国の中枢にいる全員がちょっとずつ倹約する。いままで食事にかけていた金額を、王を100とした場合、王はこれを90にする。
財政官が今まで80であったならば、これを70にする。そうして倹約することで、財政を健全化する。
貴金属が無限に出て来るので、いくらでも予算を組めるが、それでは人は努力しなくなる。さながら滅亡寸前のアトランティス帝国のごとく堕落し、人の乱るるところ麻のごとくなり、濁流に飲み込まれて滅ぶ。
予算を握るのは王だが、実際の指揮をとるのは財政官だった。その財政官にまず話を進めるアウグストだった。ところが豚はなかなかウンと言わない。誰だって良い生活をしたいし、一度ゼイタクを覚えれば元には戻せない。
「アウグスト。倹約は素晴らしい。しかれど、なにぶん付き合いというものがあるのだ」
「国家の中枢ともなれば、会食の数も増えましょうし、いい加減な会食を催せば隣国にナメられますな」
「左様。こうして行う会食もまたしかり。お主もわしも王陛下の臣下である。会食をないがしろにする行為は王陛下への侮辱も等しいのではないか」
ブタと見まごう財政官(兼ルテキア市長)はもっともらしいセリフを吐く。何ということはない。ゼイタクをやめたくないというのだ。
建白書にも質素倹約令があるし、勇者・悠太郎にしてもシャーリー姫との新居建築を取りやめていることは、重々承知のはずだ。それでもなお自分の生活に固執するあたり、財政官は豚そのものだ。
だがアウグストも引かない。節約もせずに国力を上げようなどとは虫が良い。それにトップたる財政官が先に立つことに意味があるのだ。
過去、王から倹約令が幾度も出された。それは王命であった。本来ならば絶対服従のはずだが、今や従う者は少ない。十二諸侯は言わずもがな。官吏にしても一度ゼイタクを覚えれば、財政官のごとくになる。
「それよりも肉だ。肉を食おうではないか」
財政官は手を振りほどくような仕草を見せた。それを合図にしてか、食事係の下女たちが台所方面に消えた。そして、大皿とともに戻って来た。
運ばれて来たのは豚の丸焼きである。ホカホカと湯気が立つ。焼きたてそのもの。表面がキツネ色に焼けた、ウマそうな丸焼きだ。飾り立てのブルーベリー、ラズベリー、香草が美しい。
これに大量のマスタードが添えられていた。マスタードは中世を通して大人気のソースで、当時から大量に使われていた記録が残っている。
他にもハーブをすり下ろしてワインや未熟ブドウで味付けしたソースが好まれ、今も壷いっぱいに入って、財政官の手の届く箇所に置かれた。
ただ、それらが普及するのはもう少し後の時代のはずだ。それが10世紀の食卓に上るのは、ひとえに悠太郎の助言によるところだった。男をオトすにはまず胃袋から! の助言通り、食事の改善もこっそりと進められていた。
財政官は豚の焼き肉にソースをつけ、食べ、喜色満面!
「うーむ、うまい。こんなソースがあるとは。勇者殿が作ったとな?」
「左様です。美末女史も手伝いまして、城の厨房で腕を奮っております」
「ほうほう。武だけでなく知にも通じる。うむ、まったくうまい話だ」
豚が豚を食べているぞ、とアウグストは思った。口にはしないがそう見えた。
間もなく冬だ。冬に備えて動物は屠殺され、塩漬けで保存されるのが普通だが、ギリギリまで生かしておくのが常道だ。やはり殺したての動物が一番うまい。
塩漬けにすると食べるとき水につけて塩抜きせねば食べられないし、冬の間は嫌でも塩漬け肉しかない。保存食であるはずのそれすら冬を越す前に腐ってしまうことがよくあった。そういうときは無理にでも食べる。捨てるという発想はない。食べねば生きられないからだ。
だから財政官が喜んで焼き肉を食べる理由もアウグストにはうなずけた。冬になると、いかに財政官といえども塩漬け肉しか食べられない。そうなる前に堪能しておこうというのだ。
この世の最後の晩餐とばかりに豚は豚にソースをかけて舌鼓を打っている。フォークはないがナイフならある。ナイフで切り分けてもらい、熱いまま手で口に運ぶ。タオルは手元にあるので、肉汁やソースはそれで拭う。
「うまい、うまい。お、アウグスト。その肉は食わんのか」
「いえ、はい。良かったらどうぞ」
「済まんな。おや、こっちのはパイか?」
「そうですね。ニシンのパイです」
財政官は目ざとく見付けた。ニシンは冬を越す保存食として欠かせない。塩漬けあるいは薫製にする。第一次世界大戦でも兵士たちの食卓にはこれが並んだ記録がある。
一方で生ニシンはコショウやショウガで味付けし、パイにする。ボラやシタビラメ、カレイもよくパイにされた。
「ほう。うまい。いけるぞ。勇者殿万々歳だな、うん」
他方でエンドウ豆の煮物も財政官はパクパク食べた。タマネギやサフランで味付けしたもので、中世ではよく食べられたおなじみの食べ物だ。
デザートにはリンゴ、モモにハチミツをかけたものが出され、これまた甘いものが好物の財政官はすっかり皿までなめる勢いで平らげた。
「ふう。で、質素倹約かの」
「左様です。手っ取り早く申しまして、食事のランクを制限しょうかと思っております。1品少なくするだけでも相当の効果が得られるでしょう」
「ふうむ……」
食うこととは人生と見付けたり。財政官はウンとは言わない。
10世紀は物々交換がメインである。つまりモノを節約することは、節約の第一歩である。ましてこれから冬に向かう。物資は先細りするばかりだ。万一に備えて食料を制限するのは当然だった。
「まあ、考えておこう」
「是非とも」
アウグストはうなずいた。
例えば、空腹のとき買い物に行くと余計に買ってしまう。その反対に、満腹のときならば何も買わずに済む。
財政官は満腹である。食への関心が最も低いときが今であった。そこへ倹約の話を持ち出し、強引に許可を得る。
◆
所は変わって、紋章院長の屋敷でも食事中であった。
紋章院長は焦っていた。アウグスト暗殺に失敗したからである。食事の時間であるが、あまり焦っているせいか味が分からない。
「次の手を考えねばならん」
「次の手、ですか」と秘書は尋ねる。
テーブルの上には固く焼き締めたパンがお皿代わりに乗せられている。そこに焼いてから時間のたった豚、やや固くなったパンが乗せられていた。
「そうだ。どうするのが一番いいか」
「先ほどの失敗で警備はなお厳しくなりましょう。それに王領での悪漢騒ぎで王都全体での警備が厳しくなりますから、もはや厳しいと考えるよりありません」
「では、やるならば王都以外か」
「それが現実的であると思いますが……」
「が、なんだ? 間もなく王都移転だ。いくらでも時間が取れる」
紋章院長は疑問を呈した。間もなく王都移転の時期である。それが長年の風習だった。
「王都は今年は移転せぬとの王命です」
「な、何! あ、そうか。あの建白書……」
「はい。勇者殿の建白書にあります通り、王都移転もしないとなれば、冬の間の暗殺は不可能でしょう」
「そ、そんなことは分かっとる! その上で聞いておるのだ」
紋章院長は帽子をかぶり直す。それは焦っているときのクセだった。焦ると自分の弱点たるハゲ頭を慈しもうとするクセがあった。
「いっそのこと」と、秘書はやや声を落とす。
「む」
「勇者殿に休暇を提案するというのはいかがでしょう」
「休暇だと?」
「冬場ですから避寒地に行ってもらう、とするのです。そしてアウグストをその護衛とするのです。避寒地にはオーレア市がよろしいかと」
紋章院長は考えた。もともとルテキアに食料は少ない。王都が移転するはずだったからである。王や官吏たちの分は、その移転先たるオーレア市に優先的に蓄えられているはずだ。
だから理屈としては成り立つ。
「うむ……うむ。オーレア市か。王都の移転先候補ではないか。落胆振りは激しかったぞ。せっかく王陛下からの施しがあるかと喜んでおったのに。かの地では勇者を怨む声もある」
「それを利用するのです。オーレア市には事前に通告しておきましょう。勇者殿が避寒に赴くと。オーレア市民は歓迎するでしょう。何しろ勇者です」
「歓迎させてどうするのだ」
「そこです。全員が喜ぶわけではありません。オーレア市は王都が移転するはずで、現地の有力者たちには勇者殿を怨む土壌があるのです。オーレア市民の一部不逞分子が勇者殿を暗殺しようとする理由があるのです」
「ふむ」
「しかし本当の狙いは勇者殿ではありません」
「アウグスト、ということか……。なるほど。勇者を狙うと見せかけて本当はアウグストを狙う。ふむ。失敗しても勇者を葬れればそれで良いし、警告となる」
「はい。成功すればアウグストを排除できますし、武力の後ろ盾のない勇者殿です。いくらでも料理できましょう」
紋章院長はうなずいた。
そこで執事がワインを運んできた。秋に収穫したばかりのブドウであった。まだ鮮度が高い。
「ワイン、か。そういえば勇者が何やら倹約令を出したとか」
「はい。食事にしてもワインにしても1ランク下げよとのお達しです」
「馬鹿馬鹿しい」
紋章院長はワインを1息で飲み切った。アルコール度数は極めて低い。ブドウジュースとそれほど変わらない。
紋章院長はアルコール臭い息を吐く。
「倹約だと? まったく以て愚かだ。貴族たるもの豪奢できらびやかな生活をするのは当然のことではないか。それが出来るから貴族と呼ばれるのだ。しかも倹約する理由が領民のため、だと?」
紋章院長はアルコールに弱い。いつぞやはブドウジュースで酔ったほどである。最初はただのジュースだったが、保存の末、自然発酵してしまったのだった。
それさえ受け付けぬようで、すぐに赤い顔になった。こうなるともうあとはグチを言うだけであることを、秘書は知っている。
「領民など放っておけ」
「まったくです」と秘書は適当に返事した。
「それよりもアウグストをどう排除するかだ」
「まったくです」
「アウグストが亡ければ軍備を持たぬ勇者などひとひねりなものを」
「まったくです」
「まったく忌々しい。黒髪め!」
紋章院長はワイングラスを床に叩き付けた。それは透明ガラス製の容器であった。容器は砕け散った。それは勇者……悠太郎が政府高官宛に配布したものであった。
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美末さんが大層可愛いらしくてお気に入りです。地味目な話ですけど、しっかり調査され裏打ちされた文章に大変好感が持てます。他のチート物のような現実味のないハイスピードな展開ではなく、今後もじっくりと国を変えていく展開に期待しております。
荒削りだけどとにかく面白い!
大好きです!
美末さんの可愛いらしい姿にも期待してます!