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第1帖 北支 昭和15年の科学捜査
しおりを挟む昭和15年は日本にとって重大な年であった。
支那大陸では重慶の蒋介石率いる中国国民党が攻勢めざましく、事変の終熄はいつとも知れなかった。
日本は蒋介石に対抗させるべく、中華民国の首都南京に新政府を設けた。汪兆銘(おうちょうめい)を首班とする南京政府である。後世「偽国民南京政府」と罵られるこの政府を、日本が承認したのは、この年だった。
また援?拔ルートを絶つべく、ヴィシーフランス政府の要請により南部仏印へ進駐したのもこの年で、これは来年(昭和16年、1941年)の日米開戦の遠因となった。
昭和15年11月27日の朝だった。真冬の北支(北部支那)の朝にも拘らず、珍しく温かみがあった。普段ならば台所の水瓶は底まで凍ってしまう。それが今朝は、井戸のつるべ桶の水さえ、ほんのりと温い。
北京市内を2頭の軍馬が歩いていた。馬上の人は北支軍司令官参謀して着任したばかりの高月保中佐と、その同期生であった。
朝8時。2人は軍司令部へ出勤の途上である。佐官であるから営外居住と乗馬通勤とが許可されている。
「今朝はだいぶ温かかったじゃないか」
高月中佐は何気なく語った。同期生の参謀は馬に揺られながら答える。
「11月の北支にしては珍しかったなあ。本当なら耳が千切れるくらい寒いぞ。日本ならば小春日和と呼ぶところだが、支那では何と言うんだろうか」
雑談混じりに2人は馬の歩みを進めていた。朝が早いから道行く人影は少ない。
煙草屋の前でのんきそうに煙草を吹かしている支那人たちがいるに過ぎない。煙草屋はすでに営業を始めているらしい。
冬なので物乞いの姿も見かけなかった。
のんきだ、と高月中佐は思った。早いところ支那事変も片が付けば良いと常々思っている。
「事変も早いところ終わればいいんだがなあ」
「もう3年になるのか。そう言えば高月。君の子供はいくつになった」
「5つだ。元気に走り回っているよ。言葉をよくしゃべるようになってなあ。九官鳥みたいにピーチクパーチクよくしゃべる」
「ははは。酷い例えだが、元気なのは良いことだ。高月も立派な父親って訳だ」
同期生は頬をほころばせる。
高月中佐の頬もゆるんでいる。自分の子供は目に入れても痛くないようで、自宅では良い父親なのだろう。
煙草屋の前を通り過ぎたときだった。
それまで煙草をくゆらせていた支那人たちが、いきなり、高月中佐たちに向けて拳銃を乱射した。朝の静謐を破って銃声が響く。
突然のことだった。
応射する暇も刀を抜く時間もない。
高月中佐の馬は悲鳴を上げた。前足を高く掲げると、乗り手である高月中佐を振り落とし、その場に倒れた。
高月中佐は左側背胸部から右前胸部にかけて貫通弾をくらい即死した。
一方で同期生の方も左大腿部に貫通弾をくらう重傷を負ったが、馬は彼を乗せたまま走り出したので命だけは取り留めた。同期生の馬はそのまま司令部を目指し、衛門で力つきた。
振り落とされた同期生はびっこを引きながら司令部に至り、衛兵に肩を借りながら、どうにか事の次第を伝えたのち、気絶した。
後に言う『高月事件』の発生だった。
◆
急報は司令部を通して、北京憲兵分隊(分隊長は加藤清一憲兵少佐)に飛んだ。
日本軍人とくに将校が事件に巻き込まれた。憲兵の行動は機敏であった。兇行のわずか15分後には、派された憲兵が現場を封鎖していたのである。
道路に縄を張り、立ち入りはもちろん出ることも禁止された。現場の保存は完璧だった。
地面には倒れた馬と、高月中佐の出血痕とが固まりきらないまま残されている。凄惨であった。野次馬が集うたびに腕章を巻いた憲兵に追い返された。市民たちは怪訝そうにその場を去った。一様に無関心な顔をしているようで、腹の底では別の感情を抱いているようであった。
◆
昭和13年、戦火の拡大に伴って北支那方面軍が新編されている。
昭和14年に入り、これと中支那派遣軍との統合が為され、支那派遣軍となった。
支那派遣軍の総司令官たる西尾寿造大将の下、総兵力は85万名。関東軍をしのぐ大外征兵団となっていた。
支那派遣軍の新編とともに、北京に北支那駐屯憲兵司令部が新たに編成された。編成当時の憲兵司令部の定員総力は1624名であった。
85万名も人間がいれば不届きな輩は必ずいる。そうした不逞軍人を取り締まるのは憲兵の役目である。
当時、憲兵は軍の警察と知られていた。まさしく憲兵とは、軍事警察権(軍の警察)および普通警察権とを執行できる資格を持った人間であり、「軍秩の維持」と「安寧治安に対処する」ための存在であった。
憲兵は陸軍大臣の管轄下にあるが、その職務執行については、対象の種類によって陸軍大臣、海軍大臣、内務大臣、司法大臣の指揮を受けることになっていた。
ただ場合と状況とによっては、その権利が民間(普通の警察)に移管されることもまれではなかったのである。つまり戦場が現場であっても、憲兵が常に出張ることはない。
しかしながら、高月事件は軍人が犠牲者となった。従って調査の第一権は憲兵にある。
そういう訳で地元の警察が到着はしていたが、日本憲兵たちが比較的丁寧な言葉遣いで、しかし頑として立ち入りを許さないのを見、すごすごと退散して行ったのだった。
北京憲兵分隊の上部機関である北京憲兵隊(隊長は由里亀太郎憲兵大佐)から増派された憲兵が到着したのは発生から35分後であり、極めて迅速であった。
調査班はただちに犯人の捜索を開始することとした。
ひとりの憲兵少佐が現場にやって来た。そして歩哨をしていた憲兵軍曹を見るや、口早に尋ねた。
「おう。自分は本部の渋川(しぶかわ)だ」
憲兵軍曹は答礼をして言った。
「憲兵分隊の乙倉(おとくら)であります。どなたにご用事でしょう」
「分隊長殿はどちらにおいでだ」
「はっ。あちらの簡易天幕におられます」
「おう、ご苦労」
渋川と名乗った憲兵少佐は労をねぎらうと、足早に、急ごしらえされた天幕に向かって行った。武骨だが芯のありそうな人柄であると思った。
乙倉憲兵軍曹はその背中を見つつ、とある言葉を心の中で繰り返した。
――本部から来た、だって?
憲兵隊の最小単位は憲兵分隊で、おおよそ15名から30名で編成される。その管内で起きた事件は憲兵分隊で解決するのが普通だ。
それが、上部機関である憲兵隊から憲兵が増派されたのだ。
それだけ上層部がこの事件を注視している証拠である。
そしてまた、向後、この事件の捜査は乙倉の所属する憲兵分隊ではなく、憲兵隊本部が直々に執ることを意味している。
明治14年に制定された憲兵令にも設置目的に「軍の擁護」と「公安の維持」とが挙げられている。憲兵はこれを「軍の儀表」をもって自負していた。
――それが侵される程の事件ってことか。
乙倉は腕章をさすりながら身震いした。自分はそんな重大な事件を解決せねばならない。
責任は重大である。乙倉は臆病風に吹かれて震えているのではない。武者震いによるものであった。
これに先立つこと10年前の昭和6年、日本軍人たる中村震太郎大尉が殺害される事件が起きていた。それが万宝山事件とともに満洲事変の起爆剤となって、今の支那事変につながる。
すなわち、ひとりの軍人の死が、今や世界最大の85万名という派遣軍を作り出したのだ。
――もしかすると。
乙倉は思った。後世、この事件も、同様の重大な事件として憲兵に記憶されるかも知れない。
◆
後日、乙倉は簡易宿舎前の広場にいた。何十名もの憲兵が、朝礼台を向いて、直立不動である。
間もなくひとりの憲兵少佐が壇上に上がった。朝露に濡れた台に登るその顔に、乙倉は見覚えがあった。
事件発生当時、声をかけて来た憲兵少佐であった。確か渋川とかいう名前であったはずだ。
「北京憲兵隊本部の渋川である。諸君も知っての通り我が軍の中佐……失礼、戦死認定により大佐となられた軍人が殺された。この事件を彼の名を取り高月事件と名付け、事件解決に当たり、諸君らと邁進してゆこうと考えている」
それから渋川は、自分が捜査班長に任じられた、と言った。本部との協力を密にしてゆくべく諸君の力を借りたいと訓示を述べる。
乙倉は驚いた。軍人とは思えぬ物腰の柔らかさである。上官なのであるから「やれ」と命令すれば良い。それを懇願という形で乙倉たちに言葉を投げかける。
その姿勢に乙倉は親近感を覚えた。
挨拶もそこそこに解散となり、各人は複数の班に別れて捜査に移った。
乙倉は渋川の班になった。
「おや、貴様は見覚えがあるな。そうだ、当日に天幕の場所を聞いたっけ」
「乙倉であります」
「おう、そうだったな。早速だが乙倉。この町の造りを見ろ」
渋川は机の上に地図を広げる。それはこの町の地図である。指差しながら渋川は、てきぱきと説明をする。
「この町は城下町だった。昔の城の中にある、この地点。西城、と呼ばれている地区だが、この一帯にある井戸を調べてもらいたい。凶器の拳銃はそこに隠されているはずだ」
「井戸さらいでありますか」
「そうだ。事件からすぐ、城門の警備を強化する命令が徹底されている。犯人はまだ城内に潜伏中だろう。馬の逃げ込んだ司令部は城内の東だ。犯人はこの逆、つまり西に逃げた可能性が高い」
渋川は淡々と説明した。机上に広げられた地図を指差しながら、簡明な説明を続ける。
「犯人は縁故者の家か、軽症者を装ってひそんでいるものを思われる。よって宿舎を転々とすることはなかろう。目撃者が増えるからな」
「軽症者」
「どうも暴れた馬に蹴られたらしい。ドジなやつだ。遺棄された煙草の吸い殻からしてルビークインの愛煙家だ。血液型はA型。靴跡や歩幅からして身長は5尺5寸(約1.7メートル)程だろう」
使用された拳銃はドイツ製のモーゼル式大型拳銃。弾数は7発だが、いつまでも持っていては犯人だと自供しているようなものだから井戸に投棄したか、第三者に預けた可能性がある。
北京の治安からみて犯人は天津あるいは南京方面から最近入り込んだ、定職のない独身者であろう。
第三国租界内の銀行、郵便局への該当人物の出入りの有無と、事件後に金銭が振り込まれたり引き出されたりしていないかの確認。それに重慶、上海からの通信受領者も重要な証拠となる。
重慶政府(蒋介石の中国国民党)は日本の軍人の首に賞金を懸けている、ともっぱらのウワサだった。
将官から3万円、大・中佐なら2万円で少佐なら1万5千円。大尉は1万円で中・少尉は5千円から7千円の報奨金が出るという。
内地ならば1千円あれば東京市内に家を建てられる。1万円あれば、その金利でどうにか食べてゆける。昭和15年はそんな時代だった。
だから犯人は報奨金を目当てに重慶政府と通信するはずであるし、突然大金が振り込まれた口座は怪しい。
「本年8月以降、西城付近に転居してきた者の調査は別班に頼んである。北京出身者で重慶軍の遺家族や縁故者の調査もだ。念のためモーゼル拳銃所持者の報告には懸賞金をかけてあるし、租界地で不審な電波がないかも調べさせている。それに重慶政府のニュース速報もな」
乙倉は舌を巻いた。事件はほんの数日前のことだ。その短期間にこれほどまでに徹底した調査計画を立てるとは。
さすがは本部付の憲兵少佐である。そしてこれが憲兵のあるべき姿なのだ、と乙倉は心に刻んだ。
◆
こうした調査は実を結んだ。
11月27日に事件が発生してから一ト月経っても北京駅出入り口での荷物点検は続けられている。特にレントゲン装置を利用した拳銃の発見は効果的であると思われた。
結果として容疑者と思しき者は以下の通りである。
10月以降、重慶方面から電波を受信した者9名。
西城付近の新居住、青壮年6名。
重慶軍将校の北京在住遺家族23名、縁故者および友人69名。
11月27日以降、アスピリン、睡眠剤購入の、容疑者に類する者8名。
青壮年官吏で豪遊する者13名、職務怠慢7名。
「この135名を第一容疑者として内偵することになったがなあ」
「はあ。何か問題でも」
乙倉は尋ねた。
何事にもハキハキと物を言う渋川である。珍しく歯切れが悪い。
「容疑者が怪我をしている可能性が高い。個人的にはアスピリンを購入した者が怪しいとにらんでおるのだが……」
アスピリンは鎮痛剤として一般的である。当然、薬屋で売っている。
「では薬屋に聞き込みを行って参ります」
「そこだよ乙倉!」
「はっ?」
「日本の薬屋のように堂々とした店構えならば良い。だがここは支那だ。ひどい店になると普通の民家で商売をやっていることさえある。西城だけでそんな店舗は100を超える」
乙倉は面食らった。あまりの件数の多さに目を回すところであった。
「すでに部下を遣(や)っているが、なにぶん軒数が多くて難儀しておる。留守で数度尋ねたこともある。そうなると延べ件数は300を超えるかもしれん」
乙倉は唖然とした。日本では想像も出来ぬ件数である。
市内に100を超える薬局があること自体、驚きに値する。しかも表向きはそれと分からぬ場合があるとは。自分の常識が通じない。それでも地道な行動で真相をつかもうとしている。
◆
やがてその行為が実を結ぶ。その薬屋の1軒で、耳寄りな情報を得たのである。その日の渋川は喜色満面。小躍りせんばかりの足取りであった。
「何かありましたか」
「おお乙倉! ようやく敵さんのシッポをつかんだぞ!」
話はこうであった。11月27日というから、ズバリ兇行の当夜である。市内の北海公園近くの薬局で、表を締めてまもなく来客があった。
店主が扉を開けると顔なじみの材木屋の子供で、アスピリン錠を売ってくれという。
「夏から滞在している客が風邪気味だとその子供は言ったそうだが、実に分かりやすい嘘だ。夏だって? 何ヶ月前の話をしているんだ」
その後もたびたび買いに来るというから、ますます怪しい。
しかし喜ばしい。犯人と思しき者がまだ市内にいることを示しているからだ。
渋川は部下に命じその材木屋の場所を聞き出した。材木屋はかなり大きい。広い敷地に塀をめぐらしてある。塀の上に建材の頭がにょっきり出ているのですぐ分かったという。
部下は周囲をうかがった。4、5件向こうに煙草屋を見付けたので客を装い、煙草を買う。火を借りる振りをして図々しく居座りながら、留守番役の娘と雑談をした。
憲兵であるから支那語も話せる。外国語を話せれば基本給の他に手当金が出ることが憲兵服務で定められていた。
こうして聞き出したところ、材木屋は王という名字で、子供が2人いる。夏頃、30歳くらいの客が滞在したそうだが近頃は姿を見ない。
「そうかい。ところでその人は確かルビークインを買ったはずだが……」
「えっ。ご存知なのですか」
部下のカマが当たった。だが、娘の顔には驚きとともに不審の色が浮かんだ。
――こりゃあまずい。
部下は困った。だいたい自分が憲兵であることを隠しているのだ。怪しい男が材木屋を嗅ぎ回っている、というウワサが立てば、犯人はまた姿をくらますだろう。
「ははは。なあに、おじさんは彼とは友達なんだよ。だから知っているんだ」
とっさにそうごまかして場を立ち去った部下はただちに渋川に報告した。
努力が実ったぞ、と渋川は歓喜した。
「乙倉。検挙の準備をするんだ。ただちに手数を集めろ。数日内に踏み込むぞ」
「はっ」
◆
数日後の払暁、渋川は憲兵30名を引き連れ、くだんの材木屋までやって来た。抜き足差し足で忍び寄り、部下を手近に寄せた。
「どう見る」
「おかしいです。建材の位置が数日前から変わっておりません」
「商売っ気なしか。携帯の電波探知器には何かあったか」
「反応があります。通信の形跡があります」
「こんな電話も引いておらん材木屋で無線通信だと? やはりな。ただの材木屋ではない。よし、行くぞ!」
渋川の指示で憲兵たちは縄梯子をいっせいに伝い、塀を乗り越えて敷地内に突撃した。
すると、塀の上から突き出ていた建材は、高い台に乗せられ、ただ並べられているだけであった。家用の長い建材だと見せかけてあったのである。
「ますますもって怪しい」
家の戸を蹴り破って屋内になだれ込んだ。
王の家族を一室に集めて奥の間まで探すと、客間のふとんがまだ温もりを持っていることに気付いた。
「まだ遠くへは行っておらん。探すんだ」
客間の壁には本棚があり、本がびっしり置かれていた。相当の勉強家である。渋川はそのうちの1冊を抜いてみた。ほこりが舞った。かなりの間使われていない。
順々に見て行くと端の10冊ほどにはほこりが溜まっていない。最近手に取った形跡があった。
渋川はその10冊ほどを抜くと、その奥から革袋が出て来た。ひもとくと1冊の分厚い帳面が出て来た。
――重慶軍の暗号帖だ。
蛇の道は蛇。渋川にはすぐそれと分かった。もはや疑いようはない。この材木屋はアタリだ。
「暗号帖が出たぞ。反応があったと言ったが、どこかに無線機があるはずだ。それに諜報員も隠れている」
家中をくまなく探すが、どちらも見付からない。そのうち部下が渋川に耳打ちした。
「班長。さっきから王の子供が……」
「何だ。不安そうにしているのか」
「はい。その視線があそこの物置へ行くのです」
渋川は数名を引き連れて物置へ足を運んだ。木箱で満載だった。だがどれもこれも空で、難なく動かせる。擬装だ。
「これを見ろ。地下室への入口だ」
木箱を取り除くと、上げ蓋式の入口が現れた。地下室に恐る恐る入り込むと、1人の男がうずくまっている。年齢は30歳ほど。身長170センチ前後。その脇にはトランクが置いてある。中身を改めると無線機であった。
「こいつめ!」
渋川はその男を引っ張り出した。間違いなく、高月中佐を暗殺した犯人であった。
◆
男は名前さえ語らず、容易に口を割らない。身体検査をしてみると服の縫い込みに重慶軍との通信文があった。そこで男はついに観念したのか供述を始めた。
「自分は郭という名前だ。重慶軍での階級は大尉。タカツキ中佐を殺したのは自分だが、共犯者2名とやった」
「武器はどうした」
「拳銃なら西城近くの井戸に投げ捨てたよ」
井戸に急行した渋川はポンプで水をかい出したが、湧水量が多くて手がつけられない。そこでふと、電磁石に防水装置を施してつり下げた。
「やったぞ」
うまくいったようで、凶器の拳銃3梃が現れた。ここに高月事件は一応の決着を見た。北京憲兵隊本部の勝利であった。
この事件が公になったのは戦後のことである。
昭和15年当時は事変の真っ最中であり、友軍の将校暗殺を、わざわざ公表する必要もなかった。
わずかに翌年、昭和16年2月16日付の朝日新聞に、郭大尉と併せて、その共犯者たる麻、丘の2名が処刑されたと報道されたのみで、詳細も続報もなかった。
平成の感覚からすれば科学捜査などとは到底言えないこの事件は、昭和15年当時からすれば代表的な科学捜査方法であって、憲兵を育成する軍学校では教材として取り上げられるにまで至った。
捜査の主だった渋川は終戦間近に山西省にある憲兵分隊長として勤務中、戦死する。死後に中佐に進級した。
また乙倉憲兵軍曹は支那から南方へと転属となり、現地人と良好な関係を気付き、大東亜戦争を生き抜く。
戦後、乙倉は現地人から命の恩人と崇められ、邦貨3億円を贈られるというので、ひととき新聞を賑わせた。ただこれは話に尾ひれが付いたもので、実際には短刀1本が贈られたに過ぎない。
乙倉は戦後、医師となり、平成に入って間もなく亡くなった。南方から贈られた短刀は生家近くの護国神社に奉納されている。
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