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vol.6
愛は暗示を破れるか《2》
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私と先輩を恋人同士だと勘違いしている翠狼が、私に先輩を嫌いになるように暗示をかけた。
そして先輩のピアスを奪うようにと。
その上、私が自分に心変わりをしたと見せかけて先輩を傷付け、彼を殺させようと……!
「早く石を奪ってこい」
私は叫んだ。
「嫌よ!石は先輩を選んだの。たとえ耳を切って奪ったって無駄だわ。そんなのアンタが一番よく分かってるでしょ」
翠狼が眼を見開いて私を見下ろした。
「思い出したわ。あんたの子供じみた暗示をね。もう効かないわよ」
「っ……!」
もう、暗示になんか負けない。
私の先輩に対する思いは、暗示なんかに、負けない!!
私は翠狼に向かって口を開いた。
「いい加減、子供みたいに拗ねるのはよしたら?!先輩から聞いたけど、あなたと先輩は幼馴染みなんでしょ?だったら助け合うものじゃないの!?きっと先輩は今もあなたを好きだし大切に思ってる!だってあなたの話をする先輩はとても辛くて悲しい顔をしていたもの!天狼神の石は先輩を選んだけど、それはあなたの力をふまえてだと私は思ってる。天狼神の石は、あなたの力がきっと先輩……白狼の助けになるって察してたんだわ」
一気に捲し立てた私を見て、翠狼が掠れた声を出した。
「……知った風な事を言うな」
「翠狼……」
翠狼が拳を握りしめて叫んだ。
「お前に何が分かるっ!?俺が……ガキの頃から、人狼王になるためにどれだけ苦労し努力してきたか、お前に分かるのか!?」
ギリッと歯軋りし、悲しみと憤りの渦巻く光を瞳に宿し、翠狼は真正面から私を捉えた。
翠……狼……。
その痛々しい表情を見た時、私は分かった気がした。
この人は……翠狼は、先輩が嫌いなんじゃなくて……。
殺したいなんて嘘だ、多分。
彼は悲しいんじゃないだろうか。
確かに……人狼じゃない私に、王になれなかった翠狼の胸の内は計り知れない。
幼馴染みで仲の良かった二人がこうなってしまった歴史を、私は知らない。
そう思うと、何だか偉そうに意見してしまった事を後悔した。
「翠狼……ごめん」
翠狼が、訝しげに眉を寄せた。
「あなたは……悲しいんだね。悲しくて苦しくて、その思いから身を守る方法が分からなかったんだとしたら……偉そうな事を言ってごめん」
翠狼が軽蔑したように私を見て浅く笑った。
「……俺を怒らせたことを後悔してるのか。殺されたくないからそんな事を」
「確かに殺されたくはないけど、そうじゃない。もしも私があなたの立場だったらって考えたの。もしも私ならどうだろうって。
そしたら多分、めちゃくちゃ悲しかったんじゃないかなって。
人狼王になるために、幼い頃からそれだけを目標に生きてきたんだとしたら、その夢が破れた時、私なら凄く悲しい。
立ち直るのに何年かかるかなんて予想できない。それなのに私、先輩の事ばかり考えてた。……ごめん」
翠狼は、唇を引き結んだまま何も言わなかったから、私は続けた。
「でも、これだけは分かって欲しいの。雪野先輩は、今でもあなたを好きだって」
翠狼が苦しげに眉を寄せて、私から顔を背けた。
「もういい。行け」
言うなり彼は私の身体を抱き上げて階段を上ると、玄関の扉を開けた。
「大通りに出たらタクシーを拾え」
グシャリとお札を私の手に握らせると、翠狼はそのまま門まで私を運んだ。
「行け」
「翠狼……」
「俺の気が変わらないうちに早く行け!」
痛む身体を引きずるようにして、私は大通りを目指した。
その時、
「瀬里っ!」
あれは……雪野先輩……。
路肩にバイクを止めると、荒々しくメットを脱ぎ、彼は私に向かって駆け寄ってきた。
「先輩っ」
「瀬里っ」
先輩が私を抱き締めたから、私は少し笑った。
だって先輩が、必死の形相だったんだもの。
だから心配をかけたくなかった。何でもないよって、平気だよって、それが伝わるようにしたかった。
「痛いよ、先輩」
「怪我してるのかっ?!翠狼にやられたのか!?」
先輩が、険しい顔で私を至近距離から見下ろした。
「先輩、暗示が解けたんだよ。もう、先輩といても私、気分悪くならないよ」
私がそう言うと、先輩が信じられないといったように小刻みに頭を振った。
「本当か?……今までに翠狼の暗示が解けたなんて例がないのに、どうして」
だって、先輩が好きなんだもの。
暗示になんてかかってる場合じゃないもの。
でも私は一方的に『好き』を押し付けて先輩を煩わせたくなくて、黙っている事にした。
その代わりギュッと抱き付いて、愛しい先輩の顔を見上げた。
「じゃあ誉めて。私、もう二度と暗示にはかからない。自信があるの。それにね、翠狼は傷付いてるだけで心底先輩を憎い訳じゃないと思うの」
先輩が眉を寄せて私を見つめた。
「先輩、翠狼と仲直りして。彼の苦しみを分かってあげて。そしたらきっと先輩は……天狼神の血を受け継いだ先輩たち人狼は、無敵だと思うの」
「瀬里、お前はこんなにボロボロになりながらなにやってるんだ。俺や翠狼の為にお前は」
私はゆっくりと首を横に振った。
「ボロボロになったのは、私がただドジだっただけ」
ほんと、私はドジだ。もっと上手いやり方があったかも知れないのに。でも、清々しかった。
「先輩、そんな顔しないで。私、先輩に出会ったから生まれて初めて勇気を出して、自分の胸のうちを言葉に出せたんです。ありがとう、先輩……」
「瀬里……」
ああ、もう。何度目の気絶なんだろう。逞しいだけが取り柄だと思ってたのに。
「ごめん、先輩……痛すぎて……もう無理……」
私は遂に力尽きて眼を閉じた。先輩に、何度もごめんって思いながら。
そして先輩のピアスを奪うようにと。
その上、私が自分に心変わりをしたと見せかけて先輩を傷付け、彼を殺させようと……!
「早く石を奪ってこい」
私は叫んだ。
「嫌よ!石は先輩を選んだの。たとえ耳を切って奪ったって無駄だわ。そんなのアンタが一番よく分かってるでしょ」
翠狼が眼を見開いて私を見下ろした。
「思い出したわ。あんたの子供じみた暗示をね。もう効かないわよ」
「っ……!」
もう、暗示になんか負けない。
私の先輩に対する思いは、暗示なんかに、負けない!!
私は翠狼に向かって口を開いた。
「いい加減、子供みたいに拗ねるのはよしたら?!先輩から聞いたけど、あなたと先輩は幼馴染みなんでしょ?だったら助け合うものじゃないの!?きっと先輩は今もあなたを好きだし大切に思ってる!だってあなたの話をする先輩はとても辛くて悲しい顔をしていたもの!天狼神の石は先輩を選んだけど、それはあなたの力をふまえてだと私は思ってる。天狼神の石は、あなたの力がきっと先輩……白狼の助けになるって察してたんだわ」
一気に捲し立てた私を見て、翠狼が掠れた声を出した。
「……知った風な事を言うな」
「翠狼……」
翠狼が拳を握りしめて叫んだ。
「お前に何が分かるっ!?俺が……ガキの頃から、人狼王になるためにどれだけ苦労し努力してきたか、お前に分かるのか!?」
ギリッと歯軋りし、悲しみと憤りの渦巻く光を瞳に宿し、翠狼は真正面から私を捉えた。
翠……狼……。
その痛々しい表情を見た時、私は分かった気がした。
この人は……翠狼は、先輩が嫌いなんじゃなくて……。
殺したいなんて嘘だ、多分。
彼は悲しいんじゃないだろうか。
確かに……人狼じゃない私に、王になれなかった翠狼の胸の内は計り知れない。
幼馴染みで仲の良かった二人がこうなってしまった歴史を、私は知らない。
そう思うと、何だか偉そうに意見してしまった事を後悔した。
「翠狼……ごめん」
翠狼が、訝しげに眉を寄せた。
「あなたは……悲しいんだね。悲しくて苦しくて、その思いから身を守る方法が分からなかったんだとしたら……偉そうな事を言ってごめん」
翠狼が軽蔑したように私を見て浅く笑った。
「……俺を怒らせたことを後悔してるのか。殺されたくないからそんな事を」
「確かに殺されたくはないけど、そうじゃない。もしも私があなたの立場だったらって考えたの。もしも私ならどうだろうって。
そしたら多分、めちゃくちゃ悲しかったんじゃないかなって。
人狼王になるために、幼い頃からそれだけを目標に生きてきたんだとしたら、その夢が破れた時、私なら凄く悲しい。
立ち直るのに何年かかるかなんて予想できない。それなのに私、先輩の事ばかり考えてた。……ごめん」
翠狼は、唇を引き結んだまま何も言わなかったから、私は続けた。
「でも、これだけは分かって欲しいの。雪野先輩は、今でもあなたを好きだって」
翠狼が苦しげに眉を寄せて、私から顔を背けた。
「もういい。行け」
言うなり彼は私の身体を抱き上げて階段を上ると、玄関の扉を開けた。
「大通りに出たらタクシーを拾え」
グシャリとお札を私の手に握らせると、翠狼はそのまま門まで私を運んだ。
「行け」
「翠狼……」
「俺の気が変わらないうちに早く行け!」
痛む身体を引きずるようにして、私は大通りを目指した。
その時、
「瀬里っ!」
あれは……雪野先輩……。
路肩にバイクを止めると、荒々しくメットを脱ぎ、彼は私に向かって駆け寄ってきた。
「先輩っ」
「瀬里っ」
先輩が私を抱き締めたから、私は少し笑った。
だって先輩が、必死の形相だったんだもの。
だから心配をかけたくなかった。何でもないよって、平気だよって、それが伝わるようにしたかった。
「痛いよ、先輩」
「怪我してるのかっ?!翠狼にやられたのか!?」
先輩が、険しい顔で私を至近距離から見下ろした。
「先輩、暗示が解けたんだよ。もう、先輩といても私、気分悪くならないよ」
私がそう言うと、先輩が信じられないといったように小刻みに頭を振った。
「本当か?……今までに翠狼の暗示が解けたなんて例がないのに、どうして」
だって、先輩が好きなんだもの。
暗示になんてかかってる場合じゃないもの。
でも私は一方的に『好き』を押し付けて先輩を煩わせたくなくて、黙っている事にした。
その代わりギュッと抱き付いて、愛しい先輩の顔を見上げた。
「じゃあ誉めて。私、もう二度と暗示にはかからない。自信があるの。それにね、翠狼は傷付いてるだけで心底先輩を憎い訳じゃないと思うの」
先輩が眉を寄せて私を見つめた。
「先輩、翠狼と仲直りして。彼の苦しみを分かってあげて。そしたらきっと先輩は……天狼神の血を受け継いだ先輩たち人狼は、無敵だと思うの」
「瀬里、お前はこんなにボロボロになりながらなにやってるんだ。俺や翠狼の為にお前は」
私はゆっくりと首を横に振った。
「ボロボロになったのは、私がただドジだっただけ」
ほんと、私はドジだ。もっと上手いやり方があったかも知れないのに。でも、清々しかった。
「先輩、そんな顔しないで。私、先輩に出会ったから生まれて初めて勇気を出して、自分の胸のうちを言葉に出せたんです。ありがとう、先輩……」
「瀬里……」
ああ、もう。何度目の気絶なんだろう。逞しいだけが取り柄だと思ってたのに。
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私は遂に力尽きて眼を閉じた。先輩に、何度もごめんって思いながら。
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