溺愛ENMA様

友崎沙咲

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六番勝負

守ってやると言っただろ

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※※※※

「えー、円真君、熱で欠席?!」

私は眉を寄せる桜ちゃんに焦りながら答えた。

「多分、疲れが出たんだと思う。転校してから慌ただしかったし」
「そっかあー、残念」

閻魔がいなくなった夜の出来事を思うと、胸がズキズキした。
閻魔に組み敷かれ、自由を奪われたあの時を考えると涙が出そうになる。

分かってる。
あれは閻魔の苛立ちの表れで、彼が本気で無理矢理どうにかしようと思ったわけじゃないって。
意地悪をしてしまうくらい、彼は蘭さんの傍にいたいのだ。

その時、胸が一際ズキッと痛んだ。
閻魔は本当に帰っちゃったのだろうか。
あんな形を最後に、私達はもう会うことはないのだろうか。
嫌だ、それは嫌だ。その時、

「ルナ、スマホ鳴ってるよ」
「あ、うん」

ロイだった。

「なに、ロイ君?デート?」
「うん。夕飯一緒に作って食べようって」
「いーなあ!」

舞花ちゃんのニコニコ顔に、私もつられて少し笑った。

※※※※※

放課後。

「ごめん、急に。今日から父が出張なんだ。スーパーの惣菜でもいいんだけど、どうせならルナと夕食作って一緒に食べたいなって思って」

私はロイを見上げて少し笑った。

「私、嬉しいよ。ロイと一緒に夕食作りたい」
「じゃ、なに作ろう。スマホで選ぶ?」
「ん」

私達はスマホを眺めながらあれやこれやと選び始めた。結局、クラムチャウダーが食べたいと言うロイの希望と、私が食べたくなった生ハムのピザに決定した。

スーパーで買いそろえた食材を並べると、急に閻魔の顔が浮かんだ。
閻魔とふたりで作ったピザは、確か生ハムのピザだった。

焼きたてのピザに乗せるバジルを閻魔が嫌がって、結局私が全部食べたっけ。
閻魔は生ハムをたいそう気に入って、つまみ食いばかりしちゃうから、焼き上がったピザに乗せる分がなくなって……。

「ルナ」

あ……。
ハッと我に返った時には、テーブルに涙が落ちていた。

「ルナ」
「ごめん、ロイ」

鼻をすすり、慌てて手で涙を拭うと、私はギュッと眼を閉じた。

「おいで」

ロイが私の手を引いてソファに座らせた。

「どうしたの、ルナ」
「分かんない……分かんないの」

本当に分からなかった。
ロイといるのに、閻魔の事ばかり考えている自分が分からない。
閻魔に会いたい、仲直りしたい。
とてもじゃないけどロイと夕食を作って食べる気になれず、私はロイを見つめた。

「ロイ、ごめん。気分が悪くて」
「横になって……少し休んで」
「いい。今日はもう帰るよ。ホントにごめん」

私は涙を拭きながら立ち上がると、ロイの顔も見ずに玄関へと急いだ。

「待って、ルナ」
「ごめん……」

靴を履いて玄関ドアに手をかけた時、ガチャリとロックが動いた。
縦になっていたロックのツマミ部分が、ひとりでに回転したのだ。

私は何が起こったのか理解できず、横一文字になったドアのロックに手を伸ばす。
なに、なんで?ロックを縦にしてドアを開けようとするのに、まるで動かない。

「ロイ、鍵が開かない」

私が振り返ってロイを見ると、彼はなんの感情も浮かんでいない顔で私を見ていた。

「ロイにも分からない?自動なの?」
「ふふふ」

急にロイが笑った。

「ロイ、私今、ふざける気分じゃないの」

言いながら玄関ドアに向き直った時、背後からロイが言った。

「今夜は帰さないよ。僕の花嫁」

思わず背筋がビクンと震えた。
ロイの声は静かな夜の波のように、なんの抑揚もなかった。

「ようやく時が満ちて君に会いに来たら……何だか余計な虫がたかり始めてるね」

次第に心拍が上がる。
ジンワリと背中に汗が伝い、振り向く事が出来ない。

「あの時……あのハロウィンの夜に抱いてればよかったかな。いやあの時、まだ君は幼すぎた」

徐々に肩のアザが熱を持ち始めて、痛いくらい心臓が激しく脈打つ。
動けない私にロイが更に話しかけた。

「さあ、もう君は十分僕の花嫁に相応しい。僕の子供を産んでもらうよ。これからずっと」

涙が後から後から出てくるのに、怖くて身体が動かない。
嘘でしょ、ロイが……誰か、嘘だと言って。
その時、閻魔の言葉が脳裏をよぎった。


『 お前、取り憑かれてるぜ。お前、過去に人間以外と接触しただろ。このアザは、そういう人間に出来るアザだ 』


信じられない。破裂しそうな心臓が痛くて、息が出来なくなりそうだった。
仁じゃ……仁じゃなかったのだ。
私に取り憑いていたのは……ロイだったんだ。
全身の血液が足の先から抜けていくような感覚がして、目眩がした。

「おっと、大丈夫?」

ロイの言葉と同時に、私の身体がスーッと浮いた。

「や、だ。やめ……」

怖くて喉の奥がキュッとしまる。
声が震えて、ちゃんと喋る事が出来ない。
身体がひとりでに玄関ドアから離れていって、

「さあ、リビングに戻って」

そう言って踵を返したロイの背中を追ってしまう。

「嫌、嫌だ、ロイ」

絞り出した私の声を聞いてロイがクスリと笑い、肩越しに振り返った。

「約束したじゃないか。将来、結婚しようって。僕の花嫁になってくれるって」

ロイの青い瞳が、ギラギラと光った。
カチャリと勝手にドアが開くと、私の身体は浮いたままロイの横を通りすぎて、ソファに寝かされた。

「楽しみたい?それとも早く済ませたい?」

ロイが上着を脱いだ。
途端に彼の肩が光を放ち、私は息を飲んだ。

「お揃いのマークだよ。……実はね。君のことは君が生まれたときから眼をつけてたんだ。まあ、ハロウィンの日が初対面だったけどね」

ロイは更に笑った。

「さあ、君のマークも見せて」

口角を上げて微笑んだロイの顔が狂気に満ちていて、私は必死で叫んだ。

「嫌……嫌ぁっ!」

その時、何かがロイに体当たりした。
それと同時に私はソファから転げ落ちた。
身体が……ちゃんと動く。

「ルナ、逃げろっ!」

赤い瞳が私を捉えた。仁だ。

「仁、仁っ!」

「いいから、逃げろっ!」

弾き飛ばされたロイが床に尻もちを付いたまま、忌々しげに仁を睨んだ。
怒りを押し殺したロイの声が響く。

「仁じゃない。彼の名はジーン。僕の部下だ」

う、そ……。
嘘……!
ロイは続けた。

「ジーン、いつからご主人様に刃向かうようになった?」

ご主人様……。
仁が眉を寄せて唇を噛み締めた。
その様子を見たロイが、ククッと笑ってゆっくりと立ち上がる。

「あれ、言ってなかったの、ジーン。ルナに近付いたのは僕の命令だったって。ずっと余計な虫がつかないようにルナを監視してたって」
「違う!貴方は俺を騙してただけだ!ルナに子供を産ますなんて一言も言わなかった!」

ロイが侮蔑の表情で仁を見た。

「そうだね、可愛い女の子がいるから、友達になってやれとしか言わなかったよね。その意味か分からないなんて……お前は頭が悪すぎる」

ガシャガシャと何かが崩れていく感覚がして、私は胸に手を当てて仁を見つめた。
怖くて声が震える。

「仁……」

涙声の私を、仁が切な気に見つめた。

「ルナ……すまない」

私にそう言うと、仁はロイに向き直った。

「アスモデウス様、たとえ貴方でもルナに手を出す者は俺が許さない」

アスモデウス……?
それって一体なに?
息を飲む私の前で、アスモデウスと呼ばれたロイがニヤリと笑った。

「お前が僕に敵うわけないだろ?」

言うや否や、ロイの口から黒いなにかが飛び出した。

「うわあっ!」

避けきれなかった仁の肩が、シュワリと音をたてて溶けた。黒い湯気のようなものが肩から上がる。

「きゃあああっ!仁!」

その時、仁の赤い瞳が更に燃えるような赤に変化した。

「ルナに手を出すな!」

仁の眼から赤い光が放たれ、それが剣のようにロイめがけて突き刺さった。

「グッ!」

ロイの右腕から黒々とした血が滴り落ちて、彼は低く唸るように言った。

「油断したよ、ジーン。お前が本当に僕に牙を剥くなんて」

仁が肩を押さえたまま、ロイを見据えた。

「言っただろう。ルナに手を出す奴は俺が許さないと」

ロイの眼が怒りに震えた。

「殺す」
「ルナ、今のうちに逃げろっ!」 
 
嫌だ、仁をおいてなんか行けない!

「死ね、ジーン」
「嫌よ、やめてーっ!」

ロイが右手を高く上げた時だった。

「ぎゃあああっ!」

その高く上げたロイの手が、パァン!と音をたてて砕けた。
閃光が部屋いっぱいに広がり、私は思わず顔を覆った。
ああ、でもこの光……。この光に見覚えがある。この光は確か。

「オラオラ、そこのケチな悪魔。俺が相手になってやるぜ。おい赤髪。ルナを守ってろ」

え、んま……。
振り向くと、閻魔がそこに立っていた。
長い刀を肩に担ぎ、神々しい紫色の光を身にまといながら。
恐怖と絶望、それに驚きと安堵が入り乱れる私を見て、閻魔が瞳を優しく光らせた。

「泣くんじゃねえよ。守ってやると言っただろ?」

うん、うん。

「ほら、赤髪と隅に下がってろ」
「ルナ、こっちに」

仁が肩を押さえながらも私に手を差しのべた。

「閻魔っ」

私の声に閻魔が笑った。

「お前を泣かせたチンケな悪魔を退治してやるぜ。俺に惚れるなよ?」

その笑顔は野性的で妖艶で、実に閻魔らしかった。

「閻魔、来てくれてありがと」
「褒美、期待してるぜ?」

うん、うん。なんだってあげる、閻魔になら。

「いい加減にしてもらおうか!」

ロイの低い声が響いた。

「なかなか、良い魔法を使えるんだね。文化祭では……人と見分けがつかなかったよ」

閻魔が刀を回転させて水平に担ぎ直し、それに両腕を絡めた。

「神通力だ、それもごく基本のな。言っちゃ悪いが、お前の可愛い魔法とやらは直ぐに見抜けたぜ」

ロイがグッと奥歯を噛んで閻魔を見据えた。

「昨日は悪かったな、ルナ。こいつを網にかけるためには、お前にああするしかなかったんだ」

私は昨日、閻魔にソファで組み敷かれたのを思い出した。
閻魔はロイを見て、ニヤリと笑った。

「案の定、まんまと掛かってくれて感謝するぜ」

ロイがギリッと歯軋りして、閻魔を睨んだ。

「……喋りすぎだ。もう死ね」
「その言葉、そっくり返すぜ!」

ロイの口から黒い煙が矢のように飛び出して、閻魔に襲いかかった。

「フッ!」

閻魔が抜き放った刀を軽く一振りすると、彼の身体の手前で黒い煙は霧のように消え、跡形もなくなった。
それを見たロイが視線だけで壁にかかっていた絵画を操り、閻魔めがけて投げつけた。

真後ろから飛んできた絵画を振り返りもせずに、閻魔は右腕を上げて粉砕し、ニヤリと笑った。
すると立て続けに花瓶や写真立てが空を飛び、その全てを閻魔が払い落とし、ガシャガシャとけたたましい音が辺りに響き渡った。

「お前、俺を舐めてんのか」

閻魔の言葉に、ロイの顔つきがみるみる変わる。

「遊びは終わりだ」
「そう願うぜ」

ロイの言葉を聞いた閻魔の瞳が、鮮やかな紫に変わった。

「悪鬼清浄急急如律令」

刀を縦にして顔の前で構えると、閻魔は何か分からない言葉を呟いた。

「ぎゃあああー!」

その途端、みるみるロイの身体から何かが霧のように吹き出てして、瞬く間にそれが長い牙を持つ蛇のような姿に変わった。

「許さない!」

信じられない早さで黒い蛇の尾が閻魔の手の刀を弾き飛ばし、数回転した後ドスッと壁に突き刺さった。
刀がっ!刀がないと、閻魔が……!

「ルナ、ダメだ行くなっ」

仁の腕が胴にきつく絡み付いて私を止める。

「だって、刀がっ」

その時、眼にも止まらぬ早さで刀が壁から抜けた。閻魔の術なのか、ロイの魔法か分からない。
けれど次の瞬間、蛇が笑った。

「自分の刀を身に受けて死ね」

ロイだ、ロイが刀を抜いたんだ。
なす術のない私の前で、刀の切っ先が閻魔を捉えた。
嫌だ、閻魔がっ……。

「閻魔っ」

思わず叫ばずにはいられない私を、仁が強く抱き締める。
閃光をほとばしらせながら、刀が閻魔を狙うように飛んだ。
ああ、もうダメ。

「仁っ……」

見ていられなくて仁にしがみついた私の耳に、閻魔の笑いを含んだ声が聞こえた。

「返してくれるとは……感謝するぜ!」
「ほざけっ!」

ロイが叫び、その時刀が空中で止まった。
指二本を顔の中央で構えた閻魔と、黒い蛇と化したロイの力に、刀が小刻みに震えた。

「刀を取り合ってる……!」

仁がかすれた声でそう言うと、額に汗を浮かべたままそれを凝視した。
次第に閻魔の瞳から、激しい紫の炎が生まれて燃えた。

「悪いな、お前の負けだ」

ゆっくりと刀が回転して、閻魔に向いていた切っ先が、ロイを捉える。

「クッ!」

歯を食い縛るロイに、閻魔が言い放った。

「アスモデウス。悪の復讐者であるお前に審判を下す」

閻魔の低い声は地を這うように響いた。

「罪もない人間の身を乗っ取り、我が身の復讐のために人との間に子孫を増やして人間界を征服しようとするお前の罪は死に値する。この刀を身に沈め、死を以て罪を償え!」

閻魔が言い終わるや否や、刀が蛇に突き刺さった。
それと同時に閻魔が長い呪文を唱え、腕を伸ばして二本の指でロイを指した。

「あああああー!」

ロイの悲鳴と同時に、蛇が粉々に砕け散った。

「きゃあっ」
「ルナ、伏せろ!」

強い風が吹き、それが何もかもを巻き上げ、仁が強く私を抱き締めて庇った。
ガラスの破片や木片が飛び、バラバラと音を立てていたけれど、やがて風が止み、辺りが徐々に静かになった。

「ルナ、大丈夫か?」
「うん……」

身を起こしながら仁に頷き辺りを見渡すと、気を失ったロイを閻魔がソファに横たえているところだった。

「閻魔……」

怖くて声が掠れた。
そんな私を振り返らずに、閻魔はロイを見下ろしたまま言った。

「ルナ、お前家に帰ってろ」
「だ、けど、ロイが」
「コイツは無事だ。後の始末は俺に任せてお前は帰って待ってろ」

目まぐるしく頭で考える。

どうして?ロイが目を覚ますのを、ここで待っていたいのに。

「嫌だ、閻魔、私も」

閻魔が私を振り返った。

「ダメだ!」

その顔を見て、私は全てを理解した。
閻魔の、哀れみの気持ちを含んだ瞳が私を苦しげに見ていて私は悟ったのだ。

ロイは……ロイは恐らく、目を覚ましても私を覚えてはいないのだろう。
ロイが何年前から身体を乗っ取られていたのかは定かでないが、私と出会った時はもうすでに、彼はアスモデウスだったのだ。

目を覚ましても、ロイは私を知らない。
閻魔はショックを受けるであろう私を予測し、先に帰れと言っているのだ。
涙が溢れるのを止めることができない。
あのハロウィンの小さな恋は偽物だった。


『ルナ、好きだよ』

『私も』

『いつか大人になったら僕の花嫁になって、ルナ』

『うん、ロイ』


再会してから告白されたあのキスも。


『ルナ、好きだよ。僕の恋人になって』

『うん。私もロイが好き』


この恋は恋じゃなかったんだ。
ギューッと胸が痛くて、涙で全てが滲んだ。
なんて残酷なの、どうして!
私が好きだったのはアスモデウス(悪の復讐者)だったのだと思うと、自分が愚かで仕方がない。ばかだ、バカだ、私は!!

「赤髪、ルナを眠らせろ」
「……分かった。ルナ苦しむな。今は眠れ」
「……嫌……」
「ルナ」
「嫌だ、逃げるのは嫌」

閻魔と仁が私を見て息を飲んだ。
たとえ偽物の恋だったとしても、さよならを言いたかった。
私はガクガク震える足を必死に抑えながら、ロイに近付いて床に膝をついた。

「ロイ……ごめんね。気付かなくて。それから、大変だろうけど頑張ってね」

涙で声が途切れて、私は大きく息を吸い込んだ。

「ロイ、さようなら」

眠っているロイはとても綺麗だった。
私が見つめていたその時、フワリとロイの口元がゆるんだ。
ロイ……!

その浅い微笑みを、私はずっとずっと忘れない。
さよならロイ、元気でね。
今後のロイの幸せを祈りながら、私は暫くの間泣き続けた。
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