恋愛ノスタルジー

友崎沙咲

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冷たい婚約者

《2》

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****


「ダメだよ彩。お前と圭吾君との結婚には様々な企業の将来が絡んでいるんだよ、分かっているだろう?」

意を決して最上階にある父の部屋へ出向いた私に、彼は首を横に振ってこう答えた。

「でもお父さん……圭吾さんも私も、お互いを愛していないの。だからその、結婚はちょっと……」

私がこう言うと、父は諭すように続けた。

「愛なんて今は無くても後から付いてくればそれでいいんだよ。それよりもふたりの結婚が担っているわが社の経済を説明すると……といっても時間の関係上ほんの一部分しか話せないが……夢川貿易がアフリカで政府と共同開発中の米の栽培だが、あれはわが社が百パーセント出資している。干ばつ地域でも生産を安定させるための水の供給設備の技術開発の費用を含めてね」
「はあ……」

まるで早口言葉のような父の言葉に何も言い返せず、私は峯岸グループの本社にある社長室で棒のように突っ立っていた。
そんな私に彼は涼しい顔で続ける。

「それに換金作物のゴムの木の農地拡大費用。雇用に伴う福利厚生費用。莫大な出資に加え、技術開発については峯岸グループの傘下である有名企業が名を連ね、契約は最短で最低十年だ。逆にわが社の世界各国にある飲食店に関して言うなら、夢川貿易の協力で新鮮な食材を瞬時に供給出来るようになった。 夢川貿易の輸送ルート多く、世界一迅速だ。それに水産物調達ネットワークは五十か国以上に広がっていて各国の空港に低温コンテナを大量に設置している唯一の日本企業は夢川貿易だけなんだよ。これらが意味している事が分かるだろ?つまりね、彩。お前の結婚でわが社と夢川貿易だけでなく世界経済が変わるんだ」
「……はあ……」

……半分以上理解できなかった。
私と圭吾さんの結婚を視野に入れた契約とか、動くお金とか開発中の案件とか、正直私にはまるで分からないからなにも答えられない。

「先代の社長に《開発、研究段階からの輸出入》を強く勧めたのは圭吾君なんだよ。凄いところに目をつける男だよ、彼は。当事まだ若干二十歳の若者だったとは思えないよ」

……そんなに凄い人なんだ、圭吾さんって……。
父は更に続けた。

「お前と圭吾君の結婚で、わが社と夢川貿易との揺るぎない強い結び付きを他社にアピールするのはとても重要な事なんだよ」

……。

「それに彩。結婚に関しては昔からパパと約束していただろう?」
「……はい……」

そこでタイムアップだった。

「社長お時間です。銀座でジョシュ・イェーガー様との会食です」

…… ジョシュ・イェーガーさんって確か、世界的に有名なリゾートホテルのCEO……。

「わかった」

第一秘書の柳瀬さんに促され、父が小さく頷いた。

「マリッジブルーとかいうやつだな。絶対そうだ、そうに違いない。でも心配しなくていい。圭吾君は実にいい青年だ。きっとお前を幸せにしてくれるよ」
「……はあ」

峯岸グループの社長である父のスケジュールは常に分刻みだ。
これ以上私に裂く時間も私の意見を聞く気も、彼には無さそうだった。

*****

その夜、圭吾さんが帰宅して早々私を見下ろして言い放った。

「余計なことを言わないでもらいたい。僕の……夢川貿易の信用に関わるじゃないか」

すぐに父が圭吾さんに何か言ったのだと思った。

「親が決めた結婚とはいえ、最終的に決断したのは僕だ。余計なことを考えて波風をたてないでくれ」
「ごめんなさい……」

私の小さな謝罪では圭吾さんの苛立ちは収まらなかったらしく、

「恋愛は自由にやればいいと言っただろう?そういう事で僕は君を縛る気なんか更々ないんだ。巷では不倫は罪だと言うが夫となる僕が許すんだから、君は堂々と楽しんだらいい。だから結婚はする。これ以上無駄な抵抗はやめてもらいたい」

圧倒的な弁論に異議を唱える事なんて出来ない。

「……はい、分かりました」
「……」
「……」

直後に微妙な沈黙が流れる。
まだなにか言いたいのか、圭吾さんは不機嫌そうなまま私を見据えている。
……やだなー……。
あ、そうだ。圭吾さん、夕食は食べたのかな。

「あの……今日は凄く早いお帰りですね。今から夕飯の仕度をしますからシャワーでも」
「いい。会議が長引いてランチが遅かったんだ。僕は適当に済ますから君だけ食べればいい」

ツーン!と私から顔を背けた圭吾さんを見ていると、なんだか自分の分だけ作って食べる気にならない。
……またやってしまった。
今日は外で食べよう。
私は一人きりになった広いリビングでそう思うと、短い書き置きを残して玄関へ向かった。

****


週末ということもあり、街は普段よりも賑わっていた。
ただでさえこの辺りは有名繁華街が近く、人通りが多い。
信号が赤になってしまった交差点でふと道行く人々を眺めると、一組のカップルに眼がいく。
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