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意外な一面
《2》
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「嬉しいけど今日は鴨肉のコンフィを作る予定です」
「鴨肉のコンフィ?なんだそれ」
何度も何度も作り方を読んだし、家で練習もした。
だから私は意気揚々と答えた。
「コンフィとは、低温の油で煮るお料理ですって」
「ですって、て。作ったことあんのかよ」
「ちゃんと練習してきましたよ!」
すると凌央さんは意外だと言ったように眉をあげた。
「……へぇ……じゃあ楽しみにしとくわ。俺はまだ作業が残ってるから何かあったら呼んでくれ」
「はい!じゃあキッチンお借りします」
ちょっと緊張する。
だって、凌央さんの為に料理を作るんだもの。
私はドキドキと鳴る胸を、凌央さんに気付かれないように押さえた。
*****
数時間後。
マンションに帰りシャワーを浴びた後、ベッドに仰向けに倒れ込むと私は今日の幸せを噛み締めた。
凌央さんと一緒に鴨肉のコンフィを食べてワインを飲んだこと。
美味しいと褒められた事。
明日からは本格的に家事や画のお手伝いをすること。
それから……彩と呼ばれた事。
『ありがとな、彩。また明日な』
ふわふわ、と胸がこそばい。
凌央さんとの会話を頭の中で再現すると、自然と口元がほころぶ。
*
『アキがワイン好きなんだ。で、毎年ヴォージョレーを置いていくんだが、俺は正直ワインよりハイボール派なんだ』
『あ、じゃあハイボールに変えましょう!私も飲みたいです』
『じゃあ、今度こそマドラー使うから出してくれ』
『あはははは!硝子棒の件はアキさんには言わないで下さいよ?!』
『何でだよ。硝子棒をマドラーと間違えるなんて画に携わる人間の中には皆無だからこの話、かなり喜ぶぞアイツ』
『ダメです!』
*
ああ、楽しかったなあ。
幸せの余韻に浸りながら、水を飲もうとキッチンへ向かう。
ついでに、圭吾さんにオヤスミを言っておこう。
さっきリビングの方で物音がしたから、きっと帰ってきてるんだと思う。
「……圭吾さん?……」
囁くように声をかけながらリビングのドアを開けると、圭吾さんはソファに座っていた。
……上着を着たまま微動だにしないその姿勢に、彼が眠ってしまっているのを感じる。
「圭吾さん」
もう一度小さく声をかけて正面にまわると、彼は俯き加減でやっぱり目を閉じていた。
……寝ちゃってる。
彼の膝の上の書類をそっとテーブルに置くと、私は圭吾さんを見つめた。
……綺麗な人だなあ。
涼しげで整ったその顔は冷たく見えがちだけど、(……まあ、私には本当に冷たいんだけど)こうして眠っていると何だかあどけない。
ふと、パパの言葉が蘇った。
『先代の社長に《研究、開発段階からの輸出入》を強く勧めたのは圭吾君なんだよ。凄いところに目をつける男だよ、彼は。当事まだ若干二十歳の若者だったとは思えないよ』
圭吾さんって、きっと私が想像もつかないほど凄い人なんだろうな。
仕事量も凄く多くて、早く帰ってくる日なんてたまにしかないもの。
そう思うと、妙に私は納得ができた。
……そりゃあ、こんな頭脳明晰で世界をまたにかけて仕事をしているような人が、私みたいな人間と結婚しなきゃならないなんてとんだ不幸で、そりゃニコニコなんて出来ないよね。
『圭吾君は実にいい青年だ。きっとお前を幸せにしてくれるよ』
……私はペタンとソファの前に座ると、思わず首を横に振った。
違うの。違うのよ、パパ。
彼が幸せにしたいのは私じゃなくて花怜さんなの。
「……ごめんね、圭吾さん」
眠っている彼を見つめたまま、私は小さく声をかけた。
「峰岸の家に生まれただけでなんの取り柄もない私と結婚しなきゃならなくなって本当にごめんね。あなたのような人が私の旦那様になるなんてもったいない。いつもイライラさせてしまってごめん。私、三ヶ月後にあなたの奥さんになったら、頑張ります。出来るだけあなたが穏やかに暮らせるように」
だからお願い。
圭吾さん、今だけ私を好きな人といさせてね。
私はキッチンの椅子にかけていたブランケットをそっと圭吾さんに掛けると、静かにその場を後にした。
****
翌日。
圭吾さんの朝食を作りそれにラップをかけると、私はいつもより二本早い電車に乗って出勤した。
今日は朝イチでモデルハウスに飾る雑貨インテリアを夢川貿易に取りに行く予定だ。
昨日、雑貨選びは終わっているから夢川貿易の倉庫からモデルハウスに運ぶだけなんだけど、後の予定がギッシリ詰まっている。
丸の内線に乗り換えようとしていたところでちょうど成瀬さんから電話がかかってきた。
『おはよ。夢川貿易の雑貨輸入担当の中西さんからメールがきてた。どうやら昨日選んだ雑貨をうちの倉庫に搬入してくれたみたいだね。なんでも社長命令で』
嘘。
「え、そうなんですか?!昨日は圭吾さんとはすれ違いになってしまって……知りませんでした」
信じられなかった。
圭吾さんが……?どうして?
成瀬さんは続けて、
『敏腕社長のうえに気が利くわね、彩の旦那様は!てことでミーティングの前に車に積み込み作業を終わらせておこう。下の倉庫で待ってるからね』
「わかりました。後数分で駅につきますから、20分後に倉庫で」
「鴨肉のコンフィ?なんだそれ」
何度も何度も作り方を読んだし、家で練習もした。
だから私は意気揚々と答えた。
「コンフィとは、低温の油で煮るお料理ですって」
「ですって、て。作ったことあんのかよ」
「ちゃんと練習してきましたよ!」
すると凌央さんは意外だと言ったように眉をあげた。
「……へぇ……じゃあ楽しみにしとくわ。俺はまだ作業が残ってるから何かあったら呼んでくれ」
「はい!じゃあキッチンお借りします」
ちょっと緊張する。
だって、凌央さんの為に料理を作るんだもの。
私はドキドキと鳴る胸を、凌央さんに気付かれないように押さえた。
*****
数時間後。
マンションに帰りシャワーを浴びた後、ベッドに仰向けに倒れ込むと私は今日の幸せを噛み締めた。
凌央さんと一緒に鴨肉のコンフィを食べてワインを飲んだこと。
美味しいと褒められた事。
明日からは本格的に家事や画のお手伝いをすること。
それから……彩と呼ばれた事。
『ありがとな、彩。また明日な』
ふわふわ、と胸がこそばい。
凌央さんとの会話を頭の中で再現すると、自然と口元がほころぶ。
*
『アキがワイン好きなんだ。で、毎年ヴォージョレーを置いていくんだが、俺は正直ワインよりハイボール派なんだ』
『あ、じゃあハイボールに変えましょう!私も飲みたいです』
『じゃあ、今度こそマドラー使うから出してくれ』
『あはははは!硝子棒の件はアキさんには言わないで下さいよ?!』
『何でだよ。硝子棒をマドラーと間違えるなんて画に携わる人間の中には皆無だからこの話、かなり喜ぶぞアイツ』
『ダメです!』
*
ああ、楽しかったなあ。
幸せの余韻に浸りながら、水を飲もうとキッチンへ向かう。
ついでに、圭吾さんにオヤスミを言っておこう。
さっきリビングの方で物音がしたから、きっと帰ってきてるんだと思う。
「……圭吾さん?……」
囁くように声をかけながらリビングのドアを開けると、圭吾さんはソファに座っていた。
……上着を着たまま微動だにしないその姿勢に、彼が眠ってしまっているのを感じる。
「圭吾さん」
もう一度小さく声をかけて正面にまわると、彼は俯き加減でやっぱり目を閉じていた。
……寝ちゃってる。
彼の膝の上の書類をそっとテーブルに置くと、私は圭吾さんを見つめた。
……綺麗な人だなあ。
涼しげで整ったその顔は冷たく見えがちだけど、(……まあ、私には本当に冷たいんだけど)こうして眠っていると何だかあどけない。
ふと、パパの言葉が蘇った。
『先代の社長に《研究、開発段階からの輸出入》を強く勧めたのは圭吾君なんだよ。凄いところに目をつける男だよ、彼は。当事まだ若干二十歳の若者だったとは思えないよ』
圭吾さんって、きっと私が想像もつかないほど凄い人なんだろうな。
仕事量も凄く多くて、早く帰ってくる日なんてたまにしかないもの。
そう思うと、妙に私は納得ができた。
……そりゃあ、こんな頭脳明晰で世界をまたにかけて仕事をしているような人が、私みたいな人間と結婚しなきゃならないなんてとんだ不幸で、そりゃニコニコなんて出来ないよね。
『圭吾君は実にいい青年だ。きっとお前を幸せにしてくれるよ』
……私はペタンとソファの前に座ると、思わず首を横に振った。
違うの。違うのよ、パパ。
彼が幸せにしたいのは私じゃなくて花怜さんなの。
「……ごめんね、圭吾さん」
眠っている彼を見つめたまま、私は小さく声をかけた。
「峰岸の家に生まれただけでなんの取り柄もない私と結婚しなきゃならなくなって本当にごめんね。あなたのような人が私の旦那様になるなんてもったいない。いつもイライラさせてしまってごめん。私、三ヶ月後にあなたの奥さんになったら、頑張ります。出来るだけあなたが穏やかに暮らせるように」
だからお願い。
圭吾さん、今だけ私を好きな人といさせてね。
私はキッチンの椅子にかけていたブランケットをそっと圭吾さんに掛けると、静かにその場を後にした。
****
翌日。
圭吾さんの朝食を作りそれにラップをかけると、私はいつもより二本早い電車に乗って出勤した。
今日は朝イチでモデルハウスに飾る雑貨インテリアを夢川貿易に取りに行く予定だ。
昨日、雑貨選びは終わっているから夢川貿易の倉庫からモデルハウスに運ぶだけなんだけど、後の予定がギッシリ詰まっている。
丸の内線に乗り換えようとしていたところでちょうど成瀬さんから電話がかかってきた。
『おはよ。夢川貿易の雑貨輸入担当の中西さんからメールがきてた。どうやら昨日選んだ雑貨をうちの倉庫に搬入してくれたみたいだね。なんでも社長命令で』
嘘。
「え、そうなんですか?!昨日は圭吾さんとはすれ違いになってしまって……知りませんでした」
信じられなかった。
圭吾さんが……?どうして?
成瀬さんは続けて、
『敏腕社長のうえに気が利くわね、彩の旦那様は!てことでミーティングの前に車に積み込み作業を終わらせておこう。下の倉庫で待ってるからね』
「わかりました。後数分で駅につきますから、20分後に倉庫で」
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