恋愛ノスタルジー

友崎沙咲

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恋愛ノスタルジー

《1》

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一ヶ月後、凌央さんの個展前日。

「迫力半端ないね」

手伝いに駆けつけてくれた美月が、ギャラリーの中に展示された凌央さんの画を見渡して眼を丸くした。

「本人から漂う雰囲気はただの陽気なイケメンって感じだったけど」
「美月ったら!さっき初めて会ったばかりなのに遠慮なさすぎ!」

私が軽く睨むと美月はシラーッと私から視線を逸らした。

「それにあの立花さん?あんたを丸裸にしようとした」

ギャラリー内は声が響くから、余計にドキッとする。

「み、美月っ」

案の定、アキさんがギョッとしたようにこちらを見た。
けれど美月はお構いなしで、腰に手を当てて凌央さんの画を見つめたまま続ける。

「あの人……バカ真面目なんだね。なんか眼を見てたらそう感じたわ。あんたを誤解したのも真っ直ぐすぎるゆえだね」
「うん……」

そこでようやくアキさんがクスリと笑った。

「優ちゃんはね、ガキ大将だったらしいよ。曲がったことや卑怯な事が大嫌いで、直ぐに怒って追いかけ回してたらしいよ。可愛いのに喧嘩っ早いし」

……いくらなんでも子供の時の話を未だにされるなんて、可哀想……。
驚く私の隣で美月が、

「あら、私と一緒。気が合いそう」

美月ったら。
でも、立花さんの真っ直ぐさと美月の正義感の強いところは何だか似ている。
ほんと、気が合うかもしれないな。

「あ、そうだ」

その時、美月が思い出したように私を見た。

「そういえば……あと会ってないのは、圭吾さんとイケメン料理人よね。圭吾さんは電話で話したし彩の彼だからどうでもいいとして、イケメン料理人とはいつ会わせてくれるの?」

美月の言うイケメン料理人とは、尊さんの事だ。

「凌央さんの友人で銀座のイタリアン料理店 《brillare》ブリッラーレのオーナーなんでしょ?独身って言ってたよね。紹介してよ。私、婚活しようと思ってるんだ」

それは……お料理を食べに行って挨拶がてら可能だけど……問題は、その……。

「あのね美月、尊さんはね」
「……何?」

美月が怪訝な顔をする。
……言いにくい。言いにくいけど、言わなきゃいけないようなー……。

「尊さんはね、だ、だ、男子が好きっぽい……」
「あら」

美月はパチクリと瞬きした後、

「別に構わないわよ。気に入ったら猛アタックするのみよ」

その時、

「ねえ美月ちゃん、やっぱりその画はこっちがいいかな。それとも反対側がいいかな。今ならまだ場所替え間に合うからさ、事務所にいる凌央を呼んできてもらえる?!」

急にアキさんが私と美月の会話に割って入り、私たちは彼に視線を移した。

「アキさん、毎回そうやって配置決めた後も悩んでるんですか?」

私が驚くとアキさんは、

「うん。凌央はそういうのこだわらないんだ。しかもアイツは作品にタイトルをつけないし」
「雑いわね!やっぱり芸術家って変」

美月は呆れ顔で首を振った。

「だから、たまにここに足を運んだ人から電話で問い合わせがあった場合に凄く困るんだ」
「アキさんも大変ね。分かった。呼んでくる」

事務所に向かう美月の背中を見ながら、アキさんが小さく咳払いをした。

「あの……さ、彩ちゃん」
「はい?」

アキさんが、思いきったように口を開く。

「俺さ、リハビリに通おうかと思うんだ」

アキさん……。
アキさんが長めの前髪を避けるようにして私を見つめた。
確か四、五日前の搬入作業の最中、脚立に乗ってライティングを替えていたアキさんを心配すると、凌央さんがこう言ったっけ。

『医者がいうには、もうアキの足は治ってるらしい。未だに引きずる癖が抜けてないのは何らかの精神的な問題でリハビリ不足なんだ』って。

リハビリに通おうと思うって事はいい兆しなんじゃ……。
……なんか嬉しい。
足を引きずっててもアキさんが素敵な事に代わりはないけれど、精神的なものを乗り越えて前に進むなら私は応援したい。

「大賛成です!最初はあまり頑張りすぎず、無理しない程度に始めたらいいんじゃないかな」

応援したい気持ちが溢れ出てしまって思わず声が弾む。
そんな私を見て照れ臭そうに目尻を下げたアキさんも、何だか嬉しそうだ。

「アキさん……何かいいことでもあったんですか?」

何気なくそう尋ねると、アキさんはビクッとしたように肩を動かして私を見つめた。

「……なんで?!」

そのぎこちない表情に今度は私が驚く。

「え?いえ……何だか浮き浮きした感じだしテンション高いし。何かあったのかなって」
「なにもないよ?!」

両手の平を私に向けてブンブンと振る様子は明らかにいつものオットリしたアキさんとはかけ離れてるけど……。
その時、

「アキさん、呼んできたよ」

廊下に美月が見えた。

「あっ、うん、うん!ありがとう美月ちゃん!」

……ん?!
凄く不自然なアキさんの声に驚いて彼を見上げれば、美月を見た後にこちらを向いた彼の顔がカアッと赤くなるのが分かった。

「あ……、えっと俺、」

このドギマギする態度って……もしかして。

「……アキさん……もしかして美月のこと……」
「えっ、なっ……!」

真意を確かめたくて思わず凝視してしまった私にアキさんがアワアワし、やがて諦めたように小声で言った。

「……正解……」
「きゃあーっ」

驚きのあまり小さく叫んでしまった私にアキさんが飛び付く。

「な、内緒!」
「は、は、はい!」

大きなアキさんの手に口を塞がれ、声の出せなくなった私はコクコクと頷いた。
そんな私を至近距離から見て、アキさんが恥ずかしそうに囁く。

「綺麗で強い美月ちゃん見てると凄い力が湧いてくる気がしてさ」

……うん、うん。アキさん、見る眼ある。

「頑張ってね、アキさん!」
「……うん」
「なーにー??内緒話ー??またあのムッツリな婚約者がヤキモチを焼くわよ」

わざと両目を細めた美月がそう言うと、後ろを歩く凌央さんと立花さんが口を開いた。

「美月ちゃん、それは言い過ぎだろ」
「ほんと!ムッツリはちょっとだけ言い過ぎ」
「ちょっとかよ!」

凌央さんの声に私も頷く。

「美月ったら!圭吾さんの名誉のために言いますけど、彼はムッツリじゃなくてクールなんです!……多分」
「なんだよ、多分かよ!」
「実は政略結婚で……。あ、でもこれからもっと観察して圭吾さんを知ろうと思ってます」
「はいはい、勝手にどうぞ。ね、アキさん」
「あっ、うん!」

美月がアキさんに同意を求める。

「ん?どうしたの?顔が赤いわよ?大丈夫?」
「……いや、うん、大丈夫……」
「そ?」

美月は不思議そうにアキさんの顔を覗き込み、私はといえば皆にバレないようにひたすらそっぽを向いていた。

「まあいっか。アキさん、足大丈夫?配置変えるなら私が手伝ってあげる」
「あ、うん。ありがとう」

……なんか可愛い、アキさん。
美月とアキさんがうまくいけば嬉しい。
だってお世辞抜きでお似合いだもの。
……だけどこの後、美月とアキさんがどうなったかを私が知るのは、もっともっと後のことだった。

そう。ずっと後のある夏の日……。
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