恋愛ノスタルジー

友崎沙咲

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あなたに融けていく

《2》

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*****

「へーえ。良かったじゃん!これでふたりで仲良く大晦日を迎えられるじゃん!」

その日の夜、美月から着信があり、私はあの後圭吾さんとの間に起こった出来事を全て話した。
圭吾さんは少し仕事があると言って書斎へ入ってしまったから経緯を説明していても照れ臭さはあまりなく、むしろ嬉しい気持ちが勝っていた。

「うん。美月のお陰だよ」

小さく微笑むと美月は、

「じゃあ今晩はラッブラブじゃん!もしかしてこの電話で邪魔しちゃった?」
「美月ったら!圭吾さんは書斎で仕事中だし私は今お風呂から上がってもう寝るところ」

「はあ?想いが通じ合った日の夜は一緒に過ごすでしょう、普通は!それともなに?!抱いてほしいけど内気な彩ちゃんはそんな事いえましぇーん!ってか?!」
「な、なに言ってんのっ!抱いて欲しいとかそんなの、」

その時後方のキッチンから足音がして、私は思わず立ち上がった。
圭吾さんだ。
ビクッとした拍子にスマホが指から滑り落ち、焦った私はそれを掴み直そうとした。

……でも今考えると、どうやらそれが悪かったみたいだ。
落ちる寸前にスピーカーボタンに指が当たったらしく、突然部屋中に美月の声が響き渡る。

「両想いなんだから思いきって言えばいいのよ。『抱いて、圭吾さん』ってね。そしたら圭吾さんだってウハウハだわよ」

ハンズフリー機能が作動しているスマホの会話が、数メートルしか離れていない圭吾さんに聞こえないわけがない。
たちまち驚いたようにこちらを見る圭吾さんと視線が絡む。
嘘でしょ、どうしよう!

「言えないなら私が代わりに言ってあげるわよ。ほら、圭吾さんに代わって」

美月はこの非常事態に全く気付いておらず、スマホからは彼女の声が惜し気もなく流れ続けている。

「あれ?!彩?聞こえてるー??なんか自分の声が響くー……」

もう、美月のバカ!
……いや、私がバカだ。 
力なくスマホを拾い上げ、スピーカー機能を解除した途端、ヒョイッと携帯を奪われる。

「け、圭吾さんっ」

焦る私を斜めにチラリと見下ろすと、圭吾さんは視線を空中に移して口を開いた。

「白崎美月さん、先日はどうも。今から彩を抱くからご心配には及ばない。うん、うん。では会える日を楽しみにしてる」

は、はあっ?!
慣れた手つきで通話を終わらせた圭吾さんが、なぜか私のスマホを自分の着ているパーカーのポケットにしまった。
それから私の前にたち、黙ってこちらを見下ろす。
熱い顔が更に熱くなる中、なんとかこの場を取り繕おうと、私は圭吾さんを見上げて口を開いた。

「美月ったら冗談ばっかり……。あ、彼女は今帰省中なんです。実家は関西で四人姉妹で。多分姉妹仲良くお酒でも飲んで酔っ払ってるんだと思います。だからあんな事言ったりなんかして、きゃあっ!」

圭吾さんは最後まで私の話を聞かなかった。
それどころか私を引き寄せると、なんと素早く喉元に唇を押し付けてきたのだ。
水を飲んだばかりの圭吾さんの唇はヒヤリとしていて、あまりの驚きに思わず私は声を上げた。

慣れない感覚に仰け反り、反射的に圭吾さんの身体にしがみついてしまうもすぐ我に返った。
返ったけど……もう手遅れだった。

「ダメだ。逃がさない」

少しだけ首を横に振ると私をきつく抱き締め、圭吾さんは囁くような声で言った。

「……抱いたら……嫌か?」

その熱い声に、心臓が止まりそうになる。

「っそ、んな……」

止まりそうだった心臓が今度は忙しなく、痛いほど脈打つ。
裏腹に身体は硬直し、ピクリとも動かない。

「……本当は結婚式まで待とうと思ってたけど……待てそうにない。可愛すぎて、好きすぎて」

圭吾さんの言葉に力が抜けて、身体全体が沈みそうになる。

『可愛すぎて、好きすぎて』

こんな言葉、一生もらえないと思っていた。
親同士が決めた政略結婚で、仕事のようなものだと言った人がこんな言葉をくれるなんて。

「正直、自分で自分の事はまるで分かりませんけど……そんな風に言ってもらえるなんて嬉しいです」
「……」

少しだけ圭吾さんが身を離して私の瞳を覗き込んだ。
真近にある圭吾さんの眼が本当に綺麗で、たとえば今この瞬間が嘘だったとしても後悔なんかしない気がした。
でも、だからこそちゃんと伝えておきたい。

「圭吾さん、私みたいな何の取り柄もない人間を好きになってくれてありがとう」

すると圭吾さんが少し私を睨んだ。

「何の取り柄もない人間だと?たとえ本人でも……俺の好きになった人をそんな風に言わないでもらいたい。それに」

圭吾さんここで一旦言葉を切ると、私の頬にキスをした後、続けた。

「俺は最初から、彩がよかったんだから」
「圭吾さん、大好きです……!」



****


うわ言のように圭吾さんの名前を呼ぶ度、彼は私を抱く腕に力を込めた。

鍛えているであろう逞しい身体は私をドキドキさせ、その甘い眼差しと低くて艶やかな声は胸を切なく軋ませる。

薄いレースカーテンから降り注ぐ月の光が彼の身体の美しさを際立たせていてずっと見ていたいと思う反面、一ミリだって離れたくなかった。

「……良く似合ってる」

アルテミスで選んだネックレスは私の首元で光を帯び、圭吾さんが揺らす度、皮膚を滑った。

「圭吾さん、これからずっと仲良くしましょうね」
「ああ」

低くて優しい声にたまらなくなって、両腕を投げ出すようにして圭吾さんの首に抱き付くと、彼は私をベッドへ優しく倒した。
綺麗な眼が至近距離からこちらを見ている。
温かくて優しくて、このままこの人に融けてしまうような幸せな感覚。

『離さないで』と言う自信がまだないから、私は心の中でそっと呟いた。
圭吾さん。私、もう貴方から離れません……。
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