上 下
26 / 98

26話

しおりを挟む
呂布はこの時点で、すでに曹操がどう動くのか予測していたらしく、袁術兄弟が挙兵した時には呂布が兵を引き連れて迎え撃ち、これを撃破した。これによって袁術は勢力基盤を失い、その後は徐州に逃げるしかなかった。その功績を認められ、曹操からの使者がやって来るまでは、呂布の元には袁術討伐の要請が来ていたほどである。
袁術から呂布へ援軍要請の手紙が来た時に、陳宮はようやく事態を理解してすぐに呂布に手紙を送り事情を説明して謝罪をした。
それによって呂布の怒りも解け、呂布は曹操の願い通り袁術から袁家の一門の娘、孟達を奪って娶り、さらには許昌から兵を引き連れ呂布軍は南下した。この時に陳宮が考えたのは、漢王朝の復興ではなく曹操が新政権を樹立する事にあった。その為に陳宮が呂布を推薦し、呂布も快諾したのである。
そうやって陳宮は、呂布に曹操を裏切らせたのだった。
全てを話し終えた後、陳宮は陳宮自身が行った事を詫び、そして曹操には協力すると伝えた。曹操はそれを承諾し、後は二人で策を立てる事にするはずだった。
しかし、ここで陳宮は誤算をしてしまう。陳宮自身は呂布さえ説得できれば、それで曹操との関係はうまくいくと考えていたが、呂布は曹操の事をよく知っていた。
何よりも、呂布自身もまた曹操を尊敬しており、裏切ると言う選択肢がなかったのである。呂布には曹操と敵対すると言う考えは無く、曹操が反董卓連合に参加したのには訳がある事、そしてその真意が袁術を討つ事である事は理解できていた。
それでも呂布は、曹操との約束を守りたいと考えていた。
曹操とは友でありたい。呂布はそう思っていた。たとえ自分の立場が危うくなっても、曹操の頼みであれば聞き入れようと思っていた。
だからこそ、呂布は曹操の元から離れた。
その事が、こんな大事になるとは呂布も予想していなかったのである。
この事は曹操も知らなかった事実で、しかもそれを知ってしまった以上曹操は自分の目で真相を見極めたかったのである。だがそれは叶わずに目の前に現れた偽者によって真実を見失いかけてしまっていた。
もしこれがただの裏切りであるならば、まだ良かったかもしれない。だが今の状況は明らかに曹操への敵意を持って行われている事で、曹操自身にとってもこれは看過できない。ましてや、この場に呂布が現れた事によって完全に疑惑は確信へと変わってしまったのである。
曹操は静かに言う。
「呂布将軍、お分かり頂けましたか?私がこの戦の真の敵はあなたではなく、あなたの妻であると言う事の意味を」
呂布は驚いていたが、すぐに表情を変える。
「何を言っているんだ?」
呂布が驚いた様に、曹操に向かって言った。さすがに曹操の言葉に、曹丕や郭嘉たちは驚き言葉を失っていた。
呂布は確かに曹操に対しての忠誠心など持ち合わせていない人物ではあったが、それはあくまで主君と臣下としての関係での話であり、そこには呂布なりの信頼関係と言うものが存在したのは間違いない。それが今の呂布の反応から見て取れる。
この反応を見る限り、少なくとも呂布の知る曹操と言う人物はこのような人間ではなかったのだろう。つまりはこの状況こそが、呂布の知らない本来の曹操の姿と言う事になる。
だがそうなると、陳宮の策も失敗に終わるだろう事が容易に想像できる。元々が陳宮の想定外であった状況が更に悪化したと言える。
呂布は小さく舌打ちをして戟を構える。
呂布の動きに合わせるように、他の者もそれぞれ構えを取る。
だがそれは同時に、戦闘開始の合図でもある。
呂布も張遼たちも曹操軍の将兵も、一対一の勝負にこだわりはしなかった為だ。呂布にしても張遼にしてみれば曹操との戦いと言うものはあくまでも前哨戦に過ぎず、目的は別にあるのだ。
張遼が先頭に立ち、まず夏侯惇に斬りかかる。呂布がそれに続いたおかげで、張飛の攻撃は陳宮に集中出来た。だが陳宮はその一撃を防ぎながらも大きく後退させられてしまう。さらにそこへ張済による追撃が加えられる。
張越と馬騰が迎撃に走るが、その間に韓浩と王平の矢が放たれ、李典の剣に切り裂かれてしまい、逆に足止めされてしまった。
その間隙を縫って、関羽と楽進の二人が陳宮を守る。
これで残るは曹操軍の武将三人。
さらに曹操、劉備、呂布の一騎討ちが始まった。
呂布が放った強烈な戟の一撃は、曹操の持っていた刀に遮られるがその衝撃まで防ぐことは出来なかったらしく、曹操は大きく後ろに飛ばされて膝をつく。そこへ追い討ちをかけるように戟を振り下ろすが、今度はその刃が受け止められてしまった。その鍔迫り合いの最中に呂布が視線を動かすと、そこにいるはずの陳宮の姿が見えない。
一瞬遅れて気づいた時には、呂布の背後に陳宮が迫っていた。陳宮は弓に矢をつがえており、それを呂布に向けているところだった。
しかし、そこで陳宮は違和感を覚えた。何かがおかしい、と。曹操は陳宮の方へ目を向けたまま動きを止め、劉備は武器を持った手を押さえたまま動かない。呂布は慌てて振り返ろうとするものの、陳宮が向けた矢が呂布の首筋に向けられている事を知り、ようやく動きを止める。
この場で戦っている中でただ一人動いていたのは、曹操だけなのである。そして、その中で唯一動きを見せなかった人物がいたのだが、その人物が動いた。
いや、違う。
正確には、動けなくなった。
突如現れた女性に手を掴まれ、身動きが取れなくなっていたのである。
彼女は、徐栄だった。
戦場に突然現れて、徐栄の手首をがっちりと捕まえたその女性は華雄だった。
董卓四天王と呼ばれる董卓の腹心の一人、樊稠を暗殺した人物であり、その正体は謎に包まれていたが、おそらくは男であろうと言われていた。その彼女が、なぜ女物の着物を着て髪を伸ばし化粧をし香水をつけていて、しかもまるで曹操の侍女の様な姿で曹操の前に現れたのか。
その理由を知る者はいない。
誰も知らなかったが、たった一人、知っている者がいた。
陳宮だった。
陳宮はこの時になって、やっと曹操の真意を知った。何故、曹操がこれほど周到に準備を整え、呂布軍を罠に嵌めようとしていたにも関わらず、呂布軍はそれをことごとく食い破ってきたのだろうか。それは曹操の用意した策略では、絶対に突破出来ないと呂布自身が判断していたからではないのだろうか。
そして、その事実を裏付けるかのように、曹操はこう言っていた。
『私はただ、この戦の勝者になりたいだけです』
そう、曹操は勝ちたかっただけだった。曹操が本当に呂布を裏切らせようとした訳ではないのである。曹操の願いは、呂布と戦って勝つ事ではなく、この戦の決着をつける事であった。その結末は曹操にとって勝利以外の何物でもない事を、彼は理解している。呂布との戦いで敗北するのであれば仕方がないが、それは呂布が裏切った事によってではなく、呂布自身の意思によって敗北したのであれば良いと思っていた。
呂布が裏切り、反旗を翻そうとしたと言う事実があれば、それで充分であり、呂布を討ち取る事が目的である曹操にとってはそれが真実であればいい。そう思っていた。だから、わざわざ曹操はこんな演出を用意させたのである。そうする事で、曹操が呂布の忠義を確かめる事が出来るし、それによって呂布に対する疑いを晴らす事も出来るからだ。
もっともそれは、曹操が呂布と言う武将に対して絶対的な信頼を持っている事を示していて、呂布を良く知る者ほど驚きを禁じ得ない事でもあった。
だからこそ、呂布は曹操との約束を守らなければならなかった。曹操と友で在り続ける為には、ここで曹操と戦う事は出来なかった。
だが曹操には最初から呂布と戦いたいと言うつもりは無く、また陳宮に呂布の妻として同行してもらう事でこの策を成功に導く事が出来た。その為の手段として陳宮を使ったのであり、結果としてこの事態を引き起こしてしまった。もしこの策が上手くいかなければ、呂布と本気で戦うしか無くなっていただろう。だが、曹操の狙いは成功したと言える。
この策の為に陳宮が必要だったのであって、呂布と曹操の間に戦いが起こったと言うのは誤算ではあったが、それでもまだ最悪の状況とは言い難かった。
このまま曹操軍が撤退すれば問題なくこの戦は終結するが、それだとあまりにも曹操の器が狭すぎる事になる。そんな事は、呂布にも曹操軍の武将達も許せなかった。曹操軍の面々の表情にはまだ余裕があり、曹操に至っては笑みさえ浮かべている。
呂布軍の方は陳宮や関羽、張飛などは険しい顔をしているが、他の者は一様に楽観的な空気を放っている。呂布軍の将兵は元々曹操と仲が良かった事もあり、この戦に勝っても負けても曹操と共に歩む事になると思っている。
対して、曹操軍の方は完全に曹操を見限っており、この場にいない夏侯惇でさえ同じ気持ちなのだが、それでも最後まで曹操に従い、そして曹操軍の武将としては曹操を討つつもりでいた。
曹操と呂布が戦えば、勝敗がどうであれどちらかが死ぬ可能性は高い。そうなれば、勝ったとしても後始末は面倒になるだけである。それに呂布軍の武将は皆呂布の人柄を知っているが、曹操軍の武将は曹操に騙されている部分もあるので、その点に関しては同情的になってしまう。そんな中でも特に怒りを見せているのは夏侯惇だった。その矛先は何故か、自分の腕を掴んだまま放さない華雄へと向けられている。
「放せ! お前はいつまでその格好をしているのだ!」
夏侯惇は怒鳴るが、華雄は首を傾げるばかりだ。
華雄の正体が呂布軍の華雄ではなく別人なのは、すぐに分かった。しかし、それが誰なのか分からない以上、下手に攻撃して正体不明の人物を傷付けるわけにはいかないので迂闊に手出しが出来ない。
正体がバレていない自信があるのか、それともこの方が都合が良いとでも思っているのか、華雄は全く気にしていない。むしろ、自分が夏侯惇を抑えていられるのは今だけだと考えているらしく、徐栄に向けて口元を動かす。
その時になってようやく、劉備が曹操の前に飛び出して曹操を守るように武器を構える。
劉備はこの時ようやく気付いた。この戦いが始まってから、ずっと感じていた違和感の原因に。その答えに辿り着いた瞬間、劉備の顔から血の気が引いていく。
劉備はその違和感の正体にようやく気づいた。
劉備自身、今までの戦いの中でいくつもの修羅場に遭遇してきた経験はある。その全てが、戦場と言うよりは乱戦であったが、その中で命を落としそうになった事も一度や二度ではない。その度にある人物に助けられ、そして助けた事もある。
劉備の目の前にいる人物、その正体はおそらく曹操だったはずなのである。
劉備が曹操と戦った事は無いが、曹操の噂は聞き及んでいる。勇猛果敢な人物であり、人徳溢れる人物であるとも聞いており、また、その智謀は古今東西並ぶ者がいないとも言われている程だったはずだ。
ただ戦場で対峙した事がある訳ではないため、噂でしか知らないのだが呂布もその事を良く知っていたし、曹操本人もそれを良く自覚していた。だからこの一戦では全力を出すと言っていたはずだった。
それなのに今の曹操は呂布に対して油断している訳でもなく、呂布に対して敬意を持っている様子でもない。そして呂布軍は確かに強かったものの、呂布は呂布なりに、曹操軍は曹操軍のやり方があって、それぞれがお互いを尊重し合っていたはずである。
その曹操が、この場での総大将が率先して最前線に出てくるだろうか? しかも、その相手がこの様な小物を相手にする様に軽んじられ、蔑ろにしても良いと思われる相手に対して、ここまで冷徹になれるものだろうか。
だが、その疑念が確信に変わった時、既に遅かった。
劉備が止める間もなく、曹操は動いた。
その行動は素早く、誰にも予想する事が出来なかった。曹操は呂布と曹操の間の僅かな隙間を縫う様に移動し、剣を振り下ろす。
狙いは呂布の妻である張氏。張氏は一瞬の出来事に、身動き出来ずに立ち尽くしていたが、その刃は間に入る事で防いだ者がいた。
呂布が、張氏の前に立って曹操の一撃を戟で受け止めたのである。
張氏が悲鳴を上げるよりも早く、呂布が動く。
そのまま振り上げた槍の石突きで曹操を打ち上げると、曹操と入れ替わる形で今度は呂布が曹操に向かっていく。
さすがに曹操も予想外の展開に慌てていたが、それでも即座に反応出来たのはさすがと言うべきだろう。それでも完全に対応出来たとは言えないが、それでもかろうじて致命傷だけは避ける事が出来た。それは呂布も同様で、呂布の攻撃もまたわずかに届かなかった。それでも、曹操は胸を切り裂かれており、その勢いのまま後方に吹き飛ばされる。
「殿!」
関羽が呂布の脇を抜けて曹操を助けに向かうが、夏侯惇と夏侯淵がその進路を防ぐ。さらに華雄が呂布の前に立つと、呂布は曹操の方を向いていた顔をそちらに向け、再び攻撃を仕掛けようとしたその時、夏侯惇達が阻んだ道を通って呂布の妻である張氏が現れる。
その姿を見た途端、呂布は目を丸くする。
劉備が曹操がこの姿の曹操ではないと察知するまでにかかった時間よりはるかに短い時間で、呂布は正体を見抜いてしまった。
「お父さま……」
涙を浮かべながら言う張氏に対し、呂布は言葉を失った。
張氏との再会も驚きだが、呂布が言葉を無くしたのは、曹操の狙いを瞬時に見抜いたからだ。
曹操はこの策の為に、わざと陳宮に姿を晒させたのだ。陳宮が陳宮と分かっていて、呂布の妻である張氏も共にいる。その情報さえあれば、この戦の勝敗がどちらに転んでも曹操に損はない。曹操は最初から、この為に呂布に勝つ必要があったのだ。
そうでなければ、曹操ほどの人物が無策のままで呂布の前に現れる事は無かった。ましてや妻を連れているとは言え、その妻とはぐれている可能性の方が高かった状況なのだ。そんな好機を見逃すほど、曹操も愚かではなかった。
曹操は呂布の想像以上の男であった。
だが、それで納得出来る呂布ではない。
曹操にこれ以上ない程の侮辱を受けた怒りは消えず、そして愛する家族を危険に晒された事に対する怒りに変わって呂布を突き動かす。
その怒号のような声と共に繰り出された攻撃を、しかし曹操は再び弾き飛ばす。その攻撃は夏侯惇や夏侯淵では受けきれないと判断し、夏侯惇達は劉備の元へ下がって曹操への助勢を願う。その意図を読み取った劉備は関羽に合図を送るが、関羽が応じる前に二人の人物が立ち塞がった。李典と于禁である。
この二人はそれぞれ魏の武将であるが、今は董卓軍の残党を率いて曹操軍と行動を共にしていた。曹操の作戦は、この二人にも伝わっている。
それならば、ここで二人が戦う理由はどこにもないはずなのだが、曹操軍の武将としては呂布軍を裏切る事になってしまう。その為か、あるいは単純に曹操を助けるつもりなのか、夏侯惇達と同じく曹操の元へ向かう劉備の前に立ちはだかったのである。
劉備としてもこの二人の事は嫌いではなく、出来れば戦わずに切り抜けたいところだった。しかし、向こうはやる気になっている上に、こちらもすでに劉備の側に集まって来ていた徐州兵、劉備軍に投降していた黄巾党の生き残りを合わせて千名程になっていた。その程度であれば問題無いと思っていたのだが、そこに突然騎馬の一軍が襲いかかってきた。その先頭にいたのは徐晃で、それに続いてやって来た者達の中に曹操軍の者はいないようだったが、その馬蹄の音を聞いた瞬間に呂布軍は恐慌状態に陥る。その姿を見て、曹操軍の面々が驚いた表情をしていた事からしても、これは曹操の意図外の事らしい。だが、その動揺の中で曹操だけが冷静さを保っており、すぐに迎撃態勢を取ると迎え撃つ準備を始める。
だが、その必要はなかった。
徐栄率いる漢軍が到着したからである。
しかも、ただの兵卒だけでは無く文官まで同行しているらしく、明らかに戦力にはなっていない。むしろ、戦場で役に立つような立場ではないにも関わらず、曹操は舌打ちしたように見えた。この瞬間、曹操が焦っている事が誰の目から見ても明らかであり、それを見抜いたからこその、呂布軍の恐慌状態である。曹操軍の方からも呂布軍の様子がおかしい事に気付いていたのか、曹操の元には郭嘉の姿もあり、さらに後方からは賈クまでもが現れた。
この事態を前にして、劉備は自分の考えの甘さを思い知らされる事になった。
劉備の目的はあくまでもこの戦いを止める事にあり、この一戦に勝利する事にある訳では無い。
確かにこの戦いで勝利を収めると言うのは良い手だと思うし、実際それが目的でもあるのだろうが、そのために曹操を殺める事を良しとする訳がない。劉備は天下の事を考え、呂布はその呂布の考えに賛同して行動を起こしただけに過ぎない。もし曹操を殺す事で戦いが終わるのならそれも一つの手段であろうが、その方法は取るべきではないのだと劉備は思う。
それに、そもそも今回の一件で曹操を恨むべきなのは陳宮の方であって、曹操は何ら責められる理由が無いのだから、その点も考慮する必要があるはずだ。呂布自身も妻を攫われたと言う事で、怒りを露わにしている事も曹操を斬って捨てるべきと思わせる一因ではあるが、それ以前に曹操を討っても何の解決にもならないのだ。曹操の狙いは、張氏を手に入れる事。つまりは、張氏の夫たる呂布を手に入れようとする事。呂布の妻である張氏は、その証となる存在である。曹操にとってはその妻の命よりも重要なものがあると言う事が知れ渡り、張氏の安全さえ保証されていれば、後は張氏さえいれば曹操は何もしないはずである。
その辺りの事情は、おそらく曹操は分かっている。分かっていて、それでも呂布の怒りを買ってでも張氏を手にしようとしているのだ。そこまでしなければ、呂布の心を動かす事が出来ないと判断したのかもしれない。
張氏にそれほどの価値があるのだろうか。劉備は考える。
張氏の器量に価値を見出しているのではなく、張氏の存在そのものが曹操にとって重要だと言うのだろう。
だが、それは呂布も同様なのではないか。
呂布が曹操を敵視する大きな理由の一つに、張氏を妻に娶られた、あるいは手に入れられた、と言う事があるのは間違いない。張氏の存在は呂布にとっても重要であるはずなのに、張氏にその自覚が薄いように見える。
張氏が自分の身に降りかかった危険を、まるで他人ごとのように捉えているのも、そう言った背景があるからではないかと思う。
張氏を守る事と曹操を討つ事は矛盾するはずがなく、また同時に行われるべきであるのだが、呂布軍としては張氏の無事を確保しておく必要がある。曹操軍と戦う事になれば少なからず被害が出る以上、張氏の身に危険が及ぶ可能性も出てくるが、曹操軍を先に叩けばそちらの方が最小限の被害に抑えられるのは確実であると言える。
曹操軍を相手にするのは、今この時ではない。曹操軍と正面から戦う事を避けて呂布は徐州兵を引き連れて来たものの、この程度の人数では話にならない。この場を切り抜ける為にも呂布軍の武将である呂布と、曹操の妻である張氏とは別々に逃げる必要があった。
しかし、ここで曹操軍の動きが止まる。
しおりを挟む

処理中です...