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44話

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ところが意外な事に、劉備はこの場に留まる事を決めた。呂布もそれに同意したが理由は自分でもよく分からない。劉備の侠気が働いたのか、あるいは呂布に対する情なのか。何にしても呂布が助かったのは事実である。
さてどうするかと考えていた矢先、呂布は李儒に出くわした。いや、会ったという表現の方が適切かもしれない。呂布はその日まで毎日の様に鍛錬に明け暮れていたがその時まで一度として李儒の姿を見たことが無かった。文官とは忙しいものだしましてあの広大な城内を全て把握しているとは考えにくいのに、偶然すれ違う事すら無く、本当に実在しているのか疑う事もあった。だがこの時は運良く鉢合わせする事が出来たのである。
「李粛との勝負ですが」
そう切り出した時は、正直なところ驚いた。その事は呂布はもちろん張遼も知っており、張繍からも聞いているはずなのだ。しかしそれを今、ここで話題にする意味がよくわからなかったからだ。まさか再戦すると言いだすのではないかと思ったのだが。
「僕と貴方達とで賭けをしませんか?」
……そうではなかったようだ。
そういえば前にも同じ提案を受けたような記憶もあるが、確かあの場合は呂布の勝ちとあっては言い出せなかったとかそういう話だったのでは無いだろうか。今回も呂布軍の武名が云々と言っていた様な気がするが結局は自分が楽しみたいというだけの理由で言っているようにしか思えない。この人の本心が全くつかめないだけに、下手に断ろうものなら何をしでかす事やら分からなかった。
それで、その勝掛けの内容を尋ねる呂布だったが、その返事を聞く限りでは何の捻りも無いありきたりのものにしか聞こえなかったので不安を覚えていた。
ただ、この男と正面切って戦うと言う事は避けたかったのであり、とりあえずは内容を確認する事に決める。
それは簡単なもので、呂布と陳宮はこれから毎日李典と于禁に鍛えられる事となった。その期間については、お互い同じ時間と日に。内容は基礎体力の向上を中心とした実戦形式での特訓である。勝敗の決め方は相手の行動不能や降参、戦闘継続が不可能と判断した時点で終了とすると言うものだった。そして、勝利の証は互いの身体の一部を持ち合い勝者が持つ権利を行使してもよいと言うのだ。
はっきり言ってかなり面倒臭い話である。そもそもの話呂布も陳宮も、この男相手にはまともにやり合うつもりが無いという前提があるのだから当然と言えばそうなるだろう。要は相手を疲れさせ動けなくしたり怪我させて終わらせればいいのだ。
ただ、李儒がわざわざそんな分かりきった事をしなければいけない程自分にも自信がないのかというのでは無謀だと言う事も承知していた。つまりこれは何かあるのだろうと思い、その事を指摘したところ予想通りであった。この男の頭の中ではまだ戦いの最中だったようで、呂布軍が徐州を攻めている最中であっても劉備軍と袁紹軍は戦端を開いていたらしく、その為の準備をすでに始めていると言うのだ。劉備軍に援軍を要請してきた袁紹からの報告でそれを知ったらしいのだが、問題はそこでは無く既に袁術も兵を募っていると言う事の方で、それがまた凄まじく兵が多いらしい。袁術も名門である為、袁紹と同じく数万と言う大軍勢を率いて向かってくると言う事だった。おそらくは十万近く動員してくるのではないかと、李粛の見立てであると言う。
袁紹は董卓軍を相手にするので精一杯なのでそちらへ回せる兵力は皆無、徐州太守であった劉焉も袁紹を裏切った事への報復措置の為攻められていて、残る頼みの綱は孫策軍だけである。が、こちらは先の戦で大きく兵を減らしており戦力にはならないだろうと。そうすると袁紹・曹操連合と劉備の対決となる訳だが……袁紹は劉備に恩を売っておきたいが為にも呂布を何とか倒そうと画策しているのだとすれば、この状況を利用しない手はないはずであろう。呂布を潰すだけでなくその後に来るはずの袁術に備えて、曹操軍をも利用しようと考えているはずだとも。袁術軍に対して十分な備えが出来なかった以上劉備には時間が必要なはずであり、その間に呂布を討つなり捕らえれば、それだけ袁紹の功績となり得るからである。もちろん呂布を討ち取る事が出来るとは思えないが、それでも呂布に勝てば袁紹の評価がうなぎ登りになる事は疑い無い。そうすると呂布を倒した後、呂布の妻子と呂布配下を全て人質に取り劉備に対し強気に出る事が出来ると李儒は予測している。曹操からしてみても呂布を失う事になるのは大きな痛手でしかないはずであるから袁紹の行動には乗ってくるはずで、結果として呂布達が徐州に帰る事が叶わなくなってしまう恐れもあった。その辺りも説明してくれたものの……やっぱりよく分からない話だったので、とりあえずはこの場を逃れる事を優先させる事にした。それに、まだ呂布達は負けていないどころか戦ってもいないのだが。ただ逃げるよりかは遥かに良い手段だと思うので、その件について承諾した。ただし条件を付けて。
張遼は呂布軍の将軍として残ってもらい、万が一曹操と劉備の間で和議が成立した場合は呂布と共に戦う様にする事と、その旨を劉備にも了承してもらう事である。これくらいは飲ませないと張遼の気が済まない上に他の将士達の手前示しがつかない事でもあった。
その申し出を聞いた李儒は少し不満げではあったが、しぶしぶと言った様子だったが受け入れてくれた。その時に、今度からはせめて李粛との決着だけは着けてもらいますと言ってきたのだが、それは呂布としてもご免被りたかった。そもそもあんな小者と戦う意味を見出せないでいるので仕方が無いと言えばそうなる。
そのやり取りの後で李儒はその場を去りかけたところで足を止めて振り向くと、笑顔で提案を持ちかけてきた。
「よろしければ、城内の庭にある四阿にてお話を伺いますよ」
どうしようか迷ったが、ここで拒否すれば余計な不信感を募らせる恐れがあると考え応じた。
さすがは広大な城内、その中央にある庭園は見事なものでありそこに作られた四阿もまた立派で手入れも行き届いているのが良く分かるほどだった。呂布と陳宮が中に入ると、いつの間に現れたのかお茶の入った器を持った文官が現れて置いていった。しかも、何故か三人分ある。
何はともあれ呂布は茶を飲む事を提案した。特に話があったわけではないが、さっきまで李粛の事ばかりを考えていたので気分転換も兼ねたのである。陳宮は相変わらず眉間にしわが寄っていたが、意外にもそれを断る事は無かった。
呂布と陳宮がまずは喉を潤したところで、先ほどの話に移る。その前に李儒が何やら口を開くのだが、その内容に思わず耳を疑ってしまった。今回の戦の総大将は袁紹ではなく自分のはずなのに、李典と于禁の二人が自ら志願してきていると言うのだ。これには呂布と陳宮は驚かざるを得なかった。この二人なら喜んで戦いに行くのではと思ってしまうのに。
さらに驚くべきは、袁紹が自ら兵を率いてこちらへ向かって来ていると言う事である。いくら呂布軍と劉備軍とが不仲とは言えこれは明らかに不自然だった。何か罠の気配を感じざるを得ない。呂布としてはこの男が来る事に納得はしていないが陳宮の反応が気にかかっていて李儒の話はろくに耳に入っていない状態だった。そして、李儒が去った後に呂布はその事実を告げる事にする。もちろん李儒の言っていた事も踏まえた上でだ。その言葉は予想外に大きな衝撃をもたらした様だった。李儒の言った通り呂布軍は全軍を動員していたが為兵のほとんどを連れ出されていた訳だが、それが徐州軍からの援軍を足止めするという目的も含んでいた事は言うまでも無かった。呂布軍と呂布軍以外全て、という事である。その為、劉備軍は呂布軍を除けばわずか百名ほど。それに対して袁紹軍はすでに二十万人以上の軍勢を集めていたのだから。しかも徐州からの増援は袁紹軍が押さえており、援軍を要請しようとも曹操軍からも袁術軍へも伝令を飛ばしていたらしい。
もはや呂布軍に逃げ場などない状態となっていた。それでも何とか出来ないかと考えたものの……思いつくような事は李粛が許してくれるはずもなく。結局李粛の指示通り袁紹軍に向かって突撃をかける事となった。当然と言うべきか袁紹軍は徐州軍を迎え撃つ形を取り徐州軍を壊滅させようとするのだが、この時も呂布軍は散々打ち破られる事となる。
李粛の狙いはもちろん徐州城であった。そこで曹操軍に合流させ呂布を討ち取り、劉備も曹操の元へ降伏させる腹積もりなのだ。呂布と陳宮はそれを知っていただけに、どうしても負けられなかった。
結果、徐州軍の奮闘によって何とか死地を脱した呂布達だったが、劉備が袁術の元へ向かい曹操軍が劉備軍を追撃した事を知ってしまった事で劉備と曹操はついに和議を結んでしまい、その事を知った呂布は失意の内に軍を解散、呂布達はそれぞれの故郷へと戻る事になる。その後の呂布は曹操の下で客将となりその才能を発揮したとかしないとか。また陳宮は魏続と共に董卓に仕えたのだがその才覚を発揮しきれずに失脚し流浪したあげく呂布と巡り会う事にもなるのだが……呂布は曹操に仕える為にそれを知らない。
劉備の治める地は豊かである。
それは誰もが認める所であり、実際に多くの難民を保護下に置いた事から見てもそれは分かるだろう。
ただ一点問題なのは常に人が集まって来る事に対して仕事の方が全く足りていないと言う状況である。つまり人手不足に陥っていると言うわけだが、それは仕方の無い部分でもある。
劉備には天下を望む意志は無く、あくまでも困っている人達を助けたいと言うだけで義勇軍を編成したに過ぎないのだから。そうするとどうなるかというと民を救済する事は出来るがそれ以上は何も出来なくなる。
劉備自身に武の才能が無い事に加えて、他の将帥や兵もいないので大軍を動かせるほどの資金力も無いのだ。その為、今の劉備の勢力は小さくせいぜいが町一つといった規模でしか無いのである。
しかしそんな中でも関羽の率いる精鋭部隊は群を抜いていたと言えるだろう。少数ではあるが、その実力は下手な一軍よりもあるのではないかと思わせる程の強さを誇っていた。ただ問題は、これが劉備の意思に反していると言うことだ。何しろ本来ならばこの精鋭部隊で国を攻め落としてもいいところを、あくまで民衆を助けるためのものに留めておかなくてはならない。これは難しい。何故なら、その武力を背景にして強引に物事を進める方が余計に厄介事が多いからである。例えば、もし劉備と敵対する勢力が武力行使に踏み切った場合それを鎮圧しなければならない。そうなると今度は、討伐した勢力に対する報復行為が発生する。これを避けるためには武力を行使するのがベストとなるが、これをやってしまうとやはり敵は劉備に刃向かうであろう。そういった意味においては劉備が目指すものこそが究極の形だと言わざるを得ないが……それが果たして可能なのか? という事が最大の問題になるはずだ。劉備はその理想を実現する為に動いているとも言える。少なくとも、今現在の時点ではそう考えるべきだ。ただし劉備のやり方では実現できない。何故かという理由に関しては後ほど説明する事になるが、結論だけを言えばまず兵力の不足だ。いかに優れた武将達がそろっていても、その数は二千が限界と言ったところだ。呂布の率いていた軍に比べれば数は少ないと感じるかもしれないが、あれだけの騎馬軍団となると話は別である。あの時の呂布の軍と比べるべきではない。さらに付け加えるのであれば呂布の軍は歩兵の数も多く、さらには武器防具が優れていたので呂布軍そのものの戦力が大きかった。その差を考えれば劉備の配下にいる者だけを見て判断するのは早急過ぎるとさえ言えるのではないだろうか。
それでも尚、その武勇で劉備を支え続ける関羽や張飛。その二人の存在は間違いなく大きかったと言わなければならないだろう。そしてそんな二人の活躍は当然ながら呂布の耳にも入ってきていた。
呂布自身も呂布なりの方法で劉備を支援しようとしていたのである。それは情報だった。
どんな些細な情報でもかまわないので、とにかく集めたものを呂布の下に集まる様に手配したのである。特に必要としているものは、曹操の周辺の情勢であった。さすがと言うべきか、呂布軍は袁紹軍に阻まれていたせいもあって曹操軍の正確な動きを把握していなかったのである。そこで劉備と呂布の間で同盟関係を築く事になったのだが、ここで大きな障害となるはずだった趙雲がすでに徐州を離れ曹操の下へ行っていた事は、結果として劉備に大きなプラスとなっていた。
徐州を劉備に託した後の事について、曹操は何の動きも見せていなかったが、呂布軍にとって袁紹の動向が気にかかるのと同様に曹操にとっても袁紹の態度が気がかりとなっている。
袁紹も袁紹軍も曹操を快く思ってはいない事については間違いは無いはずなのだが……。
「徐州が落ちたようだ」
曹操の言葉はそれこそ衝撃的であった。徐州攻略の為に徐州を放置していた事も驚きではあったが、その事よりも曹操が自ら動く事は考えてもいなかった。しかもその報告を受けた直後に、袁術からの和睦の要請があった事を呂布に伝える。
それはまさに呂布達の思惑通りの展開となったわけなのだが、袁術軍による曹操軍への攻撃が思った以上に手荒であった。呂布の率いる曹操軍は袁術軍を一方的に打ち破り徐州城も陥落させるに至るのだが、そこに袁紹からの停戦の申し入れ。
袁術軍があまりにも簡単に敗北し呂布軍が呂布軍以外全て引き連れて撤退してしまった事もあり袁紹軍は曹操軍への攻勢を弱め、呂布軍に対しても手を出してこなかったが、この展開は呂布達からすると非常に不本意なものと言えるだろう。
このままでは袁紹と連合している他の勢力も同調する可能性が高いと思われる為、何としてでも呂布軍と他の勢力の連携を防ぎたい所だが、肝心の公孫賛は荊州に向かったまま戻ってこない。
おそらく劉虞を頼っているものと思われるが、それならばそれで劉表に働きかけてもらってはどうかと言う話になった。もちろんこれは、劉備と呂布、双方の共通の考えである。
こうして劉備の提案した呂布軍の留守中の防備を呂布自らが行う事が決まり、呂布はすぐに呂布軍の兵を呼び寄せ劉備の治める地の周辺に配置しようとした。この時ばかりは呂布軍の兵士達も喜んで劉備に協力する事になる。それはつまり、曹操との約束を破る事になってしまうのだが……それくらいの事は曹操自身が許してくれるだろうと呂布は考えた。
実際、この時にはまだ呂布には曹操の真意を測りかねていたので、曹操が何を考えているのか理解するまでには少しの時間が必要だったのだ。それはともかく劉備の協力を取り付ける為に呂布が取った手段は実に単純で分かりやすいものだった。劉備に対して使者を送り、協力を取り付けようとしたのだ。これには当然、裏の意味が存在する。
袁紹から俺呂布が襲われてから数ヶ月が経った頃
俺はまた激しい吐き気に襲われる。
「うっ……」
しかし今回は今までのような不快感はなく意識を失うほどではない。
ただの疲労感や怠惰といった症状でしかなかった。
こうやって症状が落ち着くのを待つ以外に今の俺はできない状態なのでしばらく横になっていようと思っていたら今度は身体を動かす事に不自由を覚えるほど体力を失っていく。
こんな時でも冷静さを保ってはいられる自分が恐ろしくもあるが。
「呂布将軍!凄い青い顔してるじゃないですか」
「吐き気が止まらない」
いつものように丁原に呼び出されている時に、一緒にいた紀霊や徐栄が声を掛けてくる。
今はそんな状況じゃなかったので断ろうとするが呂不韋は有無言わさず部屋に押しかけてきたのが現状だった。
さすがに体調が悪いとは言えないので黙っていたものの、どうやら無理をしていたように見えたらしくすぐに気付かれてしまったらしい。
「呂布……お前すぐに医者にみせにいくぞ」
流石は腐っても親父だな。こう言う勘だけは良く鋭いよなぁ。
それに俺も自分で分かっていながら何も対処しなかったし、これはもう甘えさせてもらうか。
そんな感じで始まったのだが、結局分かったのは何も分からなかった、と言うだけだった。
一応何か病気ではないか調べるために採血なども行われたのだが特に問題は無いとの結果だった。
だが、衝撃的な事を言われた。……妊娠? は?誰が?誰の子供?……はあ!?お腹の子の父親!?心当たりが

袁紹…まさか。あいつなのか?
あの時は戦で俺に襲いかかってそれでしてしまったけど
それで出来てしまったって?
俺は一応男でもあるから気持ち的には複雑だけど産みたい。でも、まだ子供が出来たのは信じられないので半信半疑の状態ではある。
とりあえずしばらくは戦に出るのをやめるしかない。でもそんな状態で戦いに参加しても 負けるのは目に見えてる。そんなんで死にたくない。死ぬならちゃんと戦いで華々しく死んで逝きたい。
そう思っていたら案の定、次の戦では袁紹は陣中におらず、連合の方々もやる気がないように見受けられた。
これではただでさえ力のない連合軍、士気の差もあって結果は見えたようなものだ。
これでやっと平和になる。と思ったのも束の間、董卓軍が洛陽を攻めるという知らせがやってきた。
それを聞いたとき真っ先に思い浮かぶのがやはり袁紹、このタイミングでの董卓の襲来、袁紹の陣営が乱れたのは確かである。そのせいでこの連合に参加している武将達もかなり動揺が激しいようだ。
さらにそこに追撃を加える様に呂布軍が動き出す。そしてついに連合は総崩れとなった、この連合の中で呂布軍に対抗できるのは呂布、曹操くらいだろう、だが呂布はその体を動かせない状態である。ここで動かせるとすればこの連合をまとめていた袁紹だけであるが袁紹軍はまともに動く事が出来ずにいる。
1年後俺は無事に娘を出産した。名前は李儒、字はない。だがあえて付け加えるならば天麗だろう。この子は俺が守る。絶対に守ろう。だが出産直後だという事であまり動きまわることが出来ない。だからというわけではないが、ある意味で一番危険とも言える存在がある意味俺の側にいる、それは孫策だ。
俺は今、身籠った女性の護衛について欲しいと言われて引き受けていたのだが、そこに何故か袁術の孫堅の息子が同行してきたのだった。まあいいか。と受け入れた訳だが正直こいつは苦手なんだよな。何考えてるかわからないっていうか掴めないんだよね。あと袁術からの依頼で護衛もする事になるから、呂布軍としては仕事が増えた形にはなるが仕方がない。それにこいつがいると色々と楽なのは事実だ。それは戦闘とかでは無く情報収集などでだ。俺はこういう情報の集め方が得意ではなくて、よく徐栄なんかにバカにされてるのだが今回ばかりは役に立ってくれた。何故こいつも一緒かというと、何でもこっちの女性と面識があって話したいことがあるのだと。でもなんとなくわかる気がする。
彼女は袁紹軍の韓玄の娘であり名を白蓮、字は元皓、俺と同じ歳らしい。見た目はまだ若いように見えるし背も高い方ではない、おそらく16、7程度だろう。そんな彼女がわざわざこっちに来た理由は……やっぱりあれだよな。彼女の想い人というのは、同じ漢の将である劉備の事だろう。
おそらく彼女もまた劉備を慕っているが為にここまでやって来たのだと考えられる。それを裏付ける証拠はないが直感的に分かることだ。しかしそれはあくまで推測である上に今はそんな場合ではない。
「ところで劉備は何処に?」
と俺に訪ねてくるのだが全く検討がつかないのだ。劉備は今荊州に向かったとは聞いてはいるのだが正確なところは俺にも分からないので答えられなかったのだ。
その時であった。
徐州城にて待機していた俺たちの前に袁紹の刺客が現れ襲撃をかけてきたのだ。それも尋常ではない数と質、呂布軍といえど一筋縄ではいかない状況だ。
それをどうにか切り抜け、なんとか守り通すことに成功したが、こちらの兵力を3分の1程削られることになった。しかしそれでも十分といえるほどの成果と言えるほどの被害だ、それほどの実力の持ち主だったと言う事である。これは予想していなかったことだが俺にとっても好都合なことが起きた。それは俺の元にも暗殺者が来ると思ってたが来なかったという事はそういう事なんだと思う。呂布の所より遥かに戦力の低い俺の所にわざわざ来るわけないから。
とにかく無事だったが今は休む暇なんて無い状況、早く戻らなければならないが、ここにきて予想外の展開が起きているのだった。そう……援軍要請が舞い込んできたのだ。それも呂布軍でもなく袁紹軍のでも他の勢力のでもない、董卓からのだったのだ。内容は連合軍が攻め込んでくる前に董卓の陣営に降れと言うものだ。
こんなことは常識外の出来事だ……しかも相手はあの董卓なのだ、その恐ろしさはこの世界に住んでる人間なら誰だってわかってることだし、その恐怖政治は民だけでなく兵たちでさえ震え上がるほどだったはず、なのにその恐怖の対象である相手に平伏せよと言っている。これは異常な事態以外のなにものでもない。
一体どういうつもりなんだ?いくら俺と因縁があったとは言え……そこまでの覚悟を決める理由がわからない、何か別の狙いが……何か嫌な予感が……しないと言えば嘘になるけど、もし仮に董卓の思惑通りに行くとしても呂布軍がそれに従ってやる義理は無いはずだ、そもそもこの依頼自体、袁紹側からの依頼であることを考えると……もしかすると……何かとんでもないことをしようとしてるんじゃ? これは確かめないといけないか、このままやられっぱなしというのでは納得がいかな過ぎだ、この勝負は負けを認めたくない、それにまだ何も始まっていない状態で諦めるほど往生際の悪い男じゃない。俺もそう言う男になりたくは無い。そんな決意を固めた瞬間であった。俺のもとに一人の男が飛び込むように走ってきた。
「りょっ!呂布!」
と大声で呼び捨てで俺を呼ぶ奴は間違いなく俺の知る中でこの世にたった一人だけ、それがあいつなら話は早い。
そしてそいつの姿を見て思わず息を飲む、何故なら全身が返り血に染まっていたからだ。
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