歴史の裏側の人達

みなと劉

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43話

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俺は思わず笑いだしそうになってしまった。
「だが、あんたのような未来から来た人間が『存在』したらそれは『世界そのもの』を変えるようなもんだろ。そんな奴がまた現れたらそれは世界の理そのものを『壊す』ような事にはならないのか?」
(それは俺が今考えていることだよ 坂本龍馬君)と、思ったが俺は笑いで誤魔化してしまった。だから彼は
「なるほど……そういう発想もあるのだな」

「まあもしも『この世界が壊れてしまうかもしれない』とか思ったらそれは杞憂だぞ。どうも俺はこの時代の『世界の理』とやらの境界線に立ちそうになっていたらしいが……俺は興味本位でこの時代の理にはあまり深くは入れないんだわ。というか興味がない」
と真面目に言ってしまった。
(特にこの男、坂本龍馬に興味なんてひとかけらも持てそうにないからよ!)
「何だか興味なさそうだなあんたの顔にそう書いてあって面白いぞ、良順殿 」
(あれ?俺そんなに表情に出して喋ってた!?)
「だからあんたは俺に興味を持つな、そして俺も興味は持てないんだ」
「……ふぅん……変わった人だなあんた」
「生きてる世界の理にそこまで興味持たないだろ普通、だけど今のところはあの『修正された過去』を元のままにするために、俺はここにいる。でもまあ、もうそろそろ俺は行く。またどこかで会おうぜ。龍馬」
そして俺は龍馬との『会談』の場を後にした。
「またどこかで会う、か……」
そんな坂本の言葉に振り返ると彼は俺に手を振っていた。
*
(結局【松蔭寺】で俺は桂さんと話をしないままになってしまった……居たかどうかも定かでは無い。)
大体の検討はついていたのだがどうしても今の居場所が特定できそうにも思えない……。
けどなんであんたはいねえんだ桂さん!? ところで、おれが【松蔭寺】から出よう!
という時になったぞオイ!!! いや坂本と話しこんでいたのは俺なんだけども、朝の空気っていうのは庶民派の俺様にはジメジメとしててあんまり好きな感じじゃないね。
ま……それでもこんな朝も悪くはないかと思う。
この【明治】という時代は俺が居た世界の【律経】とはまた別のベクトルで感じるんだ。
ポリポリと顎の生え際を人差し指の第二関節で数回往復する。
(誰だって居るんだよ【神】や【仏】はな)
相変わらず少々不快気味の空の下に、普段見慣れた境内の中に先ほど思い出していた子供連れの母親が歩いている。
俺はその母親の顔をじっと見ていた、そして──『ああ……』と思った。
母親の顔は……どことなく『俺の世界』に居た『俺』と似ているような気がしたからだ、まあ今の俺とは全く似つかないのだが。
(……この建物は確か)
そうだよ、覚えてる。この『寺』は見覚えがあるぞ!しかも遠い未来において鮮明に覚えているくらいだ。今みたいに走馬燈のように記憶が蘇ってくるなんて事はなかったが、俺はこの寺の形と場所の記憶をはっきりと覚えていた。
* 俺がその寺に寄ったのは桂さんに会おうと思ったからではなく、単に自分の記憶力が『どの程度まで』なのかを確かめておこうと思っただけだ。
「ここだな、うん」
「あの……あなたはどちら様ですか?」
「ここの責任者だよ。やあ『桂さん』お元気そうで」
「……あなたが例の吉田君(松本良順の未来での本当の苗字)ですね?それに今日はすこしあなた
変わっていますね、今日はとても鋭い目を向けていらっしゃるんですね。ええ、あなた方のおかげで随分と母は助かっている様ですから」
俺はズバリその1週間、これまでの自分がどう自分を演じていたのかを彼に伝えたんだ。
『自分は未来から来た人間です』
『この明治はあなたの知る未来ではありません。』
『あなたの母からあなたの存在の記憶を感じます』
彼は困惑することも無く真摯に受け止めこの先に訪れるであろう未来のために尽力を尽くすと俺に約束してくれた。
今だから言える事だと思うんだが俺は【この時代】
に来て良かったのか……と自分を疑っていたんだと思う。
はっきり言えばあまりいい気分がしなかったことは確かだし、なによりこの
【慶応元年】
と呼ばれる時代自体がどうひいきめに言っても上手くいかないというような雰囲気でいっぱいだったからだ。
この世界を変えたいと思ってもそのどの行動が既に決定し、そして歴史は変えられないなんてのは既に『史実通り』のルートしか存在しない。
そんな状況だったのは、この『平行世界』においては『歴史は修正される』なんてことは本当にあるんだろうか?
そんなこと考えていても時間は過ぎるのだ。
俺が知らない未来になったとしても俺は何ひとつの後悔はしない。
この時代に生きる人達のために出来ることだけ探そう。
こうしてあの【江戸】へ帰ることになるんだ
──
ここまでが俺の記憶の中で一番に憶えてる松蔭寺のこの場所の事だった。
* やはり場所は移り変わっていたか……よく漫画であるな『主人公が未来で下宿していた木の下に来たら』まるで俺が住んでいたような感じになってたなんて事だけど。
(そんな事を言ってる場合でもないな……この世界がどこに位置しているのかはわからん)
と松本良順として思ったんだ。
そして、俺の記憶の中でのこの木の根元には確かに1本だけ木が生えていた。
「ここだ」
俺は桜の根元に近づいて来た、桜の木自体は苔も生えていたからもうだいぶん前に切り倒されて伐採済みなんだろう。
だからこの『平行世界』には『その歴史は在ったのだがその歴史自体が消えてしまっている』ということらしいな。
『俺の世界』は、 俺の記憶にある松蔭寺は、 今俺が見ているこの場所とは全く違った。
もう変わってしまっていたんだ……と俺は思ったんだ。
しかし
──
(あれ?この松の木に寄りかかるように誰かがいるぞ)
そよそよと風が吹く中に切り株に座っている人影。
近くに行くとその人物はゆっくりと目を開ける。
「今日ここへ来た君と同じことを言う人間に出会った」
──
!?
俺と同じ事を知っている……アイツだ!
(うわっ、久しぶりだなあ……)
その人物は、先程の記憶の中にある『桜の木の下に居る人物』によく似ていた。
いや、それは『似ている』のではなく、その人物は、その桜の木の下にずっと座り、その木の根を枕にして眠っていたようだった。
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