ひだまりのFランク冒険者

みなと劉

文字の大きさ
6 / 22

6話

しおりを挟む
翌朝、リルドはギルドの裏庭にある、あまり使われていない古びた焚き火場にいた。
手には、昨日もらった木の実と、市場で安く分けてもらった堅焼きのパンがある。
「よし、今日はここでゆっくり朝ごはんを食べよう」
リルドが小枝を集めて火を起こしていると、背後から重々しい足音が聞こえてきた。
「……朝っぱらから、贅沢な時間を過ごしてるな、リルド」
現れたのは、ギルドマスターだった。いつもは険しい顔で書類と格闘している彼だが、今は少し疲れた顔をして、リルドの向かい側にどっかりと腰を下ろした。
「あ、マスター。おはようございます。よかったら一緒にどうですか? パン、炙ると美味しいですよ」
「ふん、ありがたく頂戴するか」
マスターはリルドからパンを受け取ると、遠い目で焚き火の炎を見つめた。
「……近頃、隣国の国境付近で不穏な動きがあるとか、魔獣の活性化がどうとか、騒がしい報告ばかりで胃が痛い。お前のように、石ころ一つで笑っていられる奴が羨ましいよ」
「マスターもたまには休めばいいのに。ほら、この木の実、甘いですよ」
二人がのんびりとパンを齧っていると、突然、裏庭の木々が激しくざわめいた。
空から巨大な影が降りてくる。それは、迷い込んだ「ワイバーン」だった。
飛行能力を持つ竜種は、王都の防衛網を潜り抜けてしまったらしく、苛立ったようにギルドの建物へ向けて火を吐こうとする。
「チッ、こんな時に……! 全員避難させろ!」
マスターが立ち上がろうとした瞬間、リルドが「あ、熱いのは困るなぁ」と呟いて、立ち上がった。
リルドは手に持っていたパンの欠片を、ひょい、と空中のワイバーンに向けて放り投げた。
ただのパンの欠片だ。しかし、それは空気を切り裂く弾丸のような速度で飛び、ワイバーンの喉元にある特定の神経を正確に弾いた。
「ガフッ!?」
ワイバーンは火を吐き出す寸前で、まるで急に眠気に襲われたかのように、翼を畳んで裏庭の隅へズシンと着地した。そのままスースーと寝息を立て始める。
「……マスター、あの子、お腹が空いてたみたいですよ。静かになったし、続き、食べましょう?」
リルドは再び座り込み、何事もなかったかのように火の番を始めた。
マスターは、気絶して大人しくなったワイバーンと、ニコニコしているリルドを交互に見て、深く、深くため息をついた。
「……お前なぁ。今のはSランク冒険者が十人がかりでやる仕事だぞ」
「ええ? 僕はただ、せっかくの朝ごはんを邪魔されたくなかっただけですよ」
結局、そのワイバーンは後で駆けつけたSランク冒険者たち(ガルドを含む)によって、リルドの知らない間にこっそりと回収されていった。
世間では「ギルドマスターが気迫だけでワイバーンを追い払った」という不思議な噂が流れたが、マスターは否定も肯定もせず、ただ苦笑いしていた。
「リルド、お前には敵わんな」
「なんのことですか? あ、マスター、パンのおかわりありますよ」
裏庭には、再びパチパチという焚き火の音だけが流れる。
どんなに世界が騒がしくなろうとも、リルドの周りだけは、いつも穏やかな時間が流れている。
夕方、リルドはギルドの受付で、今日のご褒美に一枚だけ金色の落ち葉をもらった。
「裏庭を掃除してくれたお礼よ」という受付嬢の言葉に、彼は世界一の宝物を手に入れたような顔をして、家路につく。
今夜は、拾った落ち葉を栞にして、古い図鑑でも眺めよう。
万年Fランクの冒険者の日常は、今日も誰にも邪魔されることなく、ゆるやかに過ぎていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

処理中です...